2006/07/07 - 2006/07/07
372位(同エリア385件中)
早島 潮さん
瀬田川の畔には大学や高校の艇庫と合宿所が沢山ある。秀麗な瀬田川では朝早くからスカル、クォドプル、フォア、エイト等様々な艇種のボートを浮かべて漕手達が練習に余念がない。7月8日(土)この瀬田川で東大対京大の対校ボートレースが行われた。このレースは戦前旧制一高と三高が毎年対校戦を行っていたのを戦後、学制の変更により新制大学が発足してからも東大対京大対校競漕大会として引き継がれている。回数も第57回を数える伝統的なレースである。漕手は何れも二回生でクルーが編成され日頃の練習の成果をお披露目する意味も持っている。そして何よりも青春の一時期、滾る情熱を一本のオールに託して試合に臨んだ想い出は青春譜として漕手達の脳裏に刻みこまれ生涯忘れることのできないものとなっている。
対校レースに先立ってアトラクションとして催されるOBレースも年齢別のクルー編成によって戦われ、全国から駆けつけたOB達が旧交を温めるいい機会を提供している。
筆者も一OBとして学生選手達の応援方々OBレースに出漕するため、レース前日石山入りし瀬田川を散歩するとともに石山寺を再訪した。
石山寺の歴史と文化については滋賀県石山観光協会のホームページhttp://www.ishiyamadera.or.jp/ishiyamadera/culture.htmlから引用すると以下のようなものである。
以下引用である。
さざなみが煌めく琵琶の湖水が、やがて穏やかな流れとなる瀬田川、石山寺はその西岸の伽藍山の麓の景勝地にあります。その創立は、東大寺大仏造立のための黄金の不足を愁えた聖武天皇が、ここに伽藍を建てて如意輪法を修すようにとの夢告を受け、良弁僧正を開基として開かれた寺院です。また、本尊の秘仏如意輪観音像は、聖徳太子がお伝えになった、縁結び、安産、福徳などに霊験あらたかな仏さまとして信仰を集めています。
石山寺は奈良時代から観音の霊地とされ、平安時代になって観音信仰が盛んになると、朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占めるとともに、多くの庶民の崇敬をも集めました。その後も、源頼朝、足利尊氏、淀君などの後援を受けるとともに、西国三十三所観音霊場として著名となり、今日まで参詣者が絶えません。
引用終わり
石山寺紀行は筆者が撮影した写真と立て札の説明の転写で構成してみたい。
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京阪電車石山寺駅。終点である。
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石山寺の標識石
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石山寺境内図。滋賀県石山観光教会のHPより転載。
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朗澄大徳ゆかりの庭園の説明。
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朗澄大徳ゆかりの庭園
石山寺山門の近くにある。 -
石山寺についての説明
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東大門の仁王像。
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東大門を入ると目の前に開けている参詣道。緑が美しかった。
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東大門をくぐり抜けると右側にある拾翠園
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東大門をくぐり抜けて左側にある光風園
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大黒堂の門
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世尊院の門
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石山寺境内図の立て看板
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石山の地層の説明
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石山寺地層の標本
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くぐり岩の説明
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大理石でできているくぐり岩
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比良明神影向石の説明
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比良明神影向石
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蓮如堂
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硅灰石の説明
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硅灰石
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本堂の内側を覗く。内側は写真撮影禁止である。
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願掛け用の絵馬
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本堂建物内から見た庭の立ち木
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本堂内の様子
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本堂前の紫式部の像が置いてある部屋
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紫式部の人形
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石山寺三十八所権現社本殿の説明書き
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石山寺三十八所権現社本殿
意外に小さいのに驚いた。 -
腰掛け石
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芭蕉の句碑
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多宝塔の説明
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多宝塔
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芭蕉庵
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月見亭
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月見亭付近から見た瀬田川と町並み
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