2006/06/22 - 2006/06/22
578位(同エリア1578件中)
obaqさん
9:15
終日、タリンの町散策
エストニア人口130万人
うちタリン 1/4の40万人
2004年UE加盟
2008年ユーロ通貨予定
エストニアの簡単な歴史
1208年 エストニア人がドイツ人,スウェーデン,デンマーク人と戦う。
1227年 エストニア人の住む地域がリボニアと呼ばれる。
16世紀 バルト海の覇権をめぐり,ロシア,ポーランド(リトアニア),スウェーデン,デンマークが争う。
エストニアは,スウェーデン,ポーランド,デンマークにより三分割。
17世紀 エストニアがスウェーデン領に。
1700年 スウェーデンとロシアの間の大北方戦争。エストニアは帝政ロシア領に。
1918年2月24日 エストニア共和国の独立宣言 (エストニア独立記念日)。
1918年2月 ドイツ軍によるエストニア占領。
1918年11月 ソ連軍がエストニアに侵入し,エストニア独立戦争。
1919年6月23日 エストニア軍,ドイツ軍 に勝利。エストニア戦勝記念日に。
1920年2月2日 タルト平和条約。ソ連は,エストニア共和国を承認。
1940年8月 ソ連に併合される。
1941年 ドイツ軍によるエストニア占領
1944年 ソ連による再占領
1987年 歌う革命
1991年8月20日 独立回復
1994年8月30日 ロシア軍がエストニアの領土から撤退
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9:15
歌の原にて写真ストップ
5年に一度開かれる歌の祭典「会場」
1869年第1回目が開かれました。
1988年9月11日人口の1/3 30万人以上が集い、独立への思いを歌にした。 -
これがバルト3国人口の1/4の600万人が一同に会して手を繋ぎ、「人間の鎖」を作り、独立を求めて歌を歌うという行動に至ったと言うことです。
下の絵は祭典でのコンサート会場に集まった時のもの
上は今撮った写真です。
次回は2009年7月開催予定だそうです。 -
彫像はこの国の有名な指揮者「グスタス・エルネサフ」
ここではそれ以外にも沢山のイベントがあります。 -
近くで演奏されていたエストニアの伝統的な楽器「コナル」
道路の上で演奏をしてました。 -
胸にエストニアの宣伝
これからの観光国として力を入れているのでしょう -
旧市街への途中、ピリタにて写真ストップ
1980年、モスクワオリンピックの時にRegattaの会場に。
当時ソ連がこんなに美しく発展していると言うことをタリンを競技場とすることでアピールしたかった。・・・という現地ガイドの説明でした。 -
対岸にこれから向かう、タリン旧市街のパノラマ
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旧市街入り口で下車
建物は「ふとっちょマルガリータ」と呼ばれる
この名前は、1529年監獄に使われていた頃の、食事担当の女将さんに由来する。 -
トーンペアの丘
古代の王カレフが眠るところ
泣き続ける「リンダの像」
王の妻、夫の墓を、石を積んでト−ンペアの丘になる。
その石を足の上に落とし、痛みで泣き続ける。
そばのウレミステ湖は涙の湖。 -
トーンペア城13世紀
エストニア人の砦のあったところに建てた騎士団の城
エカテリーナ2世が知事官邸として使うために現在の姿に。
今は、大統領官邸
下の写真の右側
トーンペア城の近くにある「のっぽのヘルマン」
ヴィリニュスの「大聖堂前」とともに「人間の鎖」の起点になったところ。 -
聖ロシア教会 アレクサンドロネフスキー教会
旧市街に似合わない・・・ガイドの言葉
山の手へ
議員や大使官邸などのステイタスな家が並びます。 -
大聖堂
またの名「聖母マリア教会」
1219年デンマーク人がトームペアを占領してすぐに建設
エストニアでもっとも古い教会
プロテスタント -
街並みを山の手の高台へ
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高台から下町を展望
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下町へ
ピックヤルク(長い足通り)を下り -
お店の看板も「長い足」の表示
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距離をショートカットするために
今度はリュヒクヤルク(短い足通り)へ右折 -
町の中を散策しながら
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楽しそうなお店が沢山並んでいます。
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午後の自由時間にどう歩くか考えながら・・・
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旧市庁舎広場(ラエコヤ広場)へつきました。
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広場に面する旧市庁舎と
下はその他の家々 -
旧市庁舎のシンボルです
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広場のレストラン街で昼食を。
左の人はレストランの呼び込み
右の観光客は呼び込みに誘われて、一見のお店へ入ってゆきました。 -
食後、自由時間ですが、聖オレフ教会の塔に有料で上がれると言うことで、早速展望台へ
町の風景 -
城壁
周囲2.35km
高さ15m
塔 当初64個 現在27個 -
バスを降りた「太っちょマルガリータ」が見えます。
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その後町を散策
右は三人姉妹の家 -
残った時間を街の中をめぐる可愛い列車で・・・
まだ見ていなかった通りを見ながら -
タリン旧市内の散策を終了
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翌朝、6月23日 第6日目
8:00サンクトペテルブルグへ向かいバスで出発。
車窓から -
エストニアーロシア国境そばのナルバの町到着
国境に接した「ナルバ城」
予定外の見学です。
白い塔は当時の王ヘルマンにに由来して「のっぽのヘルマン」といわれています。 -
レーニン像は悪いことをした人として、城の庭の隅っこに置かれていました。
13世紀デンマークの支配下のとき、ロシアとの国境を守るために立てられました。 -
対岸はロシアの側の城
イワンゴロド城
このあと昼食後、出国とロシア入国
出国に30分
入国に相当かかると覚悟していましたが、係官に鼻薬を効かせたところかなりスムーズに通過。
今までのことを考えると奇跡的だそうで・・・
ロシアの現状を垣間見たような感じ・・・ -
一路サンクトペテルブルグへ
18:55
ホテル「グリバルチスカヤ」へ到着
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