1997/05/05 - 1997/06
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buchijoyceさん
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アイゼナッハ
ホテル・カイザーホフに宿を取る。荷物を置いて散歩にでる。マルクト広場には市が立っていた。出店がいっぱいでにぎやか。そこで料理に使えそうな木製のヘラとハサミを買った。
中央にはゲオルク教会がある。バッハが洗礼を受けた教会だ。
教会の奥に、きれいな木組みの家がある。近づくと、マルチン・ルターの家。ルターが学生時代ここに住んでいた。中に入ると、宗教改革の足跡が説明されている。
それを見ると、この地方と言えども、宗教改革はかなり難航しながら、徐々に広がっていったことが分かる。
帰ろうとすると雨が降ってきたので、近くの店に入って、ハムなど買って、食べている。
ホテルのレストランで食事。旧西ドイツで食事をすると、量の多さに拷問に近いものを覚えるが、
旧東ドイツの方は量が少なくて日本人向きだ。
翌朝、タクシーを頼み、9時前にはタンホイザーのモデルになったヴァルトブルク城に着く。もうかなり人が来ている。この城は宿泊施設があるから、そこに泊まった人たちかなと思うが、そうでもないようだ。
チケットを買って、並んでいると開門。必ずガイドがつく。勝手に移動できない仕組み。だから10時前には行くようにガイドブックには書いてあった。でないと待ち時間が多くなってしまうからと。説明はドイツ語。
本を読むと、ここはけっこういい加減な領地占有から建てられた城のようだ。しかし、歌合戦やルターが新約聖書をドイツ語に翻訳した城として有名になった。
歌合戦の大広間には「タンホイザー」のシ−ンが描かれている。実際にこの城では歌合戦が行われ、敗者は処刑されていた。文字通り命を懸けた歌合戦だったのである。
ある騎士が歌合戦でオーストリア賛歌を歌い、顰蹙をかった。そこで敗者にされた騎士は、王妃の慈悲にすがって、命乞いをし、一年後もう一度チャンスを与えられたという史実がある。これをモデルとしてワグナーがオペラ「タンホイザー」を書いた。
その中で登場するエリザベートは、ここの王女でマールブルク教会に足跡を残す聖女エリザベートがモデルである。
この城の一角、ほんと粗末な部屋で、マルチン・ルターは新約聖書を10ケ月でドイツ語に訳した。ゲーテもここを訪れている。
余談だが、ジャガイモと言うとドイツを連想するが、ルターの時代、まだじゃがいもはドイツに入っていなかった。だから、ルターはじゃがいもの味を知らないのである。
帰り、バスを待っていると、ホテルバスが来て乗せてくれた。しかも、バッハ・ハウスまで回り道をしてくれた。バッハ・ハウスの入り口にもバッハの銅像が立っている。バッハ・ハウスではクラヴィコードや小さなパイプオルガンの生演奏をきかせてくれた。
バッハは大好きである。やはりバッハの音楽は魂にしみる。
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