2006/06/02 - 2006/06/04
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プイイ フュイッセさん
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そして、旅の終わりに、金城町の石畳道に辿り着きました。玉陵からは徒歩5分くらい。
沖縄の遺構は、ほとんど全て先の沖縄戦で破壊されてしまい、世界遺産として目にするものは、戦後、そして特にここ20年くらいの間に修復されたものです。
ところが、この石畳道は、奇跡的に戦災を免れて16世紀に真玉道(まだまみち;真珠のように美しい道)として造られた往時そのままの姿を見ることができます。
道と言っても、大変急な坂で、階段と傾斜がきつく、また山石(珊瑚石灰岩)で造られている道なので、すべりやすく(特に雨の降った後)という特徴から、歩きやすい靴で、足に自信のない方は余り無理をなさらないように、との注釈を添えておきます。
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守礼の門、あるいは玉陵から下ったところにあるバス通りに標識があります。なので、迷うことはないでしょう。
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少し降りていくと、転がり落ちてしまいそうな急勾配が眼下に。
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同じ坂を、下から撮ってみました。斜面と階段との連続で、この傾斜を上り下りしていたことがわかります。
機械も何もない時代に、石を運び、一つ一つ整形し、組み合わせ敷き詰めていった、その重労働は、我々の想像をはるかに超えると思います。 -
一番傾斜のきついところは、石段になっています。脇の石垣との調和も見事。
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途中に、景観賞を受けた民家があります。
この石畳道は、県の町並み保存の指定を受けてから、道の両側の家は旧来の瓦で葺くことなど、住民の方々のご尽力で、全体景観が保たれているそうです。 -
石畳道から折れて、50mほど歩いたところに、大アカギ群があります。樹齢200年とも300年とも言われる巨木が6本あり、つまりここも戦禍を免れた土地です。
日本では、木はご神木として注連縄を張ったりしますが、ここの大アカギも、村の鎮守の役目を持ち、拝殿が造られて祀られています。立ち寄った当日も、特に大きい2本の木(東側=大嶽(フェーデイン)、西側=小嶽(クーウタキ))の拝殿には、それぞれ3、4人ほど、祈祷でしょうか、一心に祈る姿がありました。 -
大アカギの根元。樹の高さは20mも。その木にカヅラなどが寄生しているため、昼でもかなり暗い森です。それゆえ、霊が降りてくるような神秘性を醸し出してもいます。
大アカギは、琉球列島、熱帯アジア、ポリネシア、オーストラリアなどに分布しているそうです。 -
石畳道に戻ります。石畳をできるだけ、近くに寄って撮影してみました。つんつるんと滑りそうな感じが伝われば。
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坂の途中に金城村屋という休憩所もあります。二方を開け放しにしてある、風通しのよい建物です。
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その村屋の軒の部分。こうしたディテールに目が行ってしまうのが、建築巡礼者の楽しみでもあり、一般の旅人からは「何がおもしろいの?」と怪訝な目で見られてしまうところなのでしょう。
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その村屋を折れると、金城樋川井(かなぐすくひーじゃーかあー)があります。急な崖の下から二つのかけ樋で地下水を導き出しているそうです。周囲三方の土留めの石積み、半円型の貯水池など、水を大切に扱ってきた住民の心が形となっている遺構だと思います。
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湧水がこんこんと湧いている様子が、水面の揺れでわかります。この井戸の両側には各家への水を供給する管が多数あって、いまだに住民の貴重な水源となっていることが見てとれます。
県史跡に指定されていますが、隣の村屋は昔は広場で、そこで馬や人が、この水で喉を潤し一息入れたことなどが、脇に掲げられた標識に書かれていました。 -
来てみるまでは、首里の町が、こんなに水の豊かな町とは考えもしていませんでした。この旅で一番、印象に残ったことでしょうか。
今回は、「プチ贅沢な旅 沖縄」(実業之日本社)と、「沖縄県の歴史散歩」(山川出版社)を携帯しました。
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