2006/05/28 - 2006/05/28
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瑞樹さん
?に続いて犬山篇です。国宝犬山城や有楽園などへ行ってきました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル
-
ホテルのある名古屋から、名鉄犬山線に乗って犬山遊園駅へ。
駅近くの瑞泉寺は法要中のようで、外から覗いただけですが小ざっぱりとしていて、電車が通るほかは静かなこの辺りに素敵な雰囲気でした。
ここには、天正十二年(1584年)小牧長久手の合戦の頃、豊臣方の武将で前犬山城主・池田勝入斎信輝が犬山城を急襲した際、城主定成から留守を預かっていた龍泉院住職清蔵主(内田瑞泉寺塔頭龍泉院の第三世住職)は、総勢僅か二十余名とともに敢然と戦ったそうです。
激戦の末に彼は戦死してしまったそうです。 -
木曽川に掛かる、犬山橋。
すぐ近くに、日本ライン下りの乗り場があります。 -
晴れた日曜日の午前中、周囲を歩くのは私のような観光客がちらほら、地元の人が犬の散歩をしたり、おしゃべりを楽しんだり、のんびりしています。
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木曽川沿いに建つ、名鉄犬山ホテルの手前に可愛いお店がありました。
その名も「Bistro猫」。タリアンのお店のようです。
昔からの町並みに温泉旅館などが点在する中にあって、目立つ存在でした。
しかしまだ朝食を食べたばかりなので、中に入るのはまた次の機会に。 -
犬山城を目指して歩いていましたが、その手前に国宝茶室「如庵」を持つ有楽苑があったので、そちらに先に入りました。
名鉄犬山ホテルの敷地内にあります。
受付の方が、「これから犬山城へ行かれますか?」と訊いたので「はい」と答えると、『国宝二つ巡り』という券を出してくれました。
共通入場券で、大人1200円です。有楽園一箇所だけだと1000円なので、両方行かれる方は、この券がお得です。
写真は、入って直ぐのところ。
新緑の季節、緑が陽の光を一杯に浴びて眩しい。 -
緑の様々な木々に囲まれた路を歩いて行くと、元庵中門の向こうに藤村庸軒旧蔵石燈籠が左手に見え、岩栖門に辿り着きます。
文明年間細川満元の建立で、武家屋敷の門の代表作だそうです。 -
門をくぐると、砂利敷きの小さな庭のような処。右手に、その季節になると見事な花を咲かせる「有楽椿」と、この「ひとつばたご」があります。
昭和3年に国の天然記念物に指定されているもくせい科の落葉高木で、日本では本州中部の木曽川流域と対馬北部に自生している木だそうです。
満開時にプロペラのような真っ白い花が咲き、その姿が海面に映る様子から「ウミテラシ」、、また木質の硬さから「ナタオラシ」、そして見なれない木、珍しい木ということから「何でふ物ぢゃ」→「なんじゃもんじゃ」とも呼ばれているそうです。
開花時季は4月下旬から5月上旬のようで、惜しくも散ってしまった後のようです。 -
青々とした芝生の向こうが、旧正伝院書院です。
ここは右に繋がっている如庵に連なる隠居所で、重要文化財に指定されているそうです。
ここで御抹茶が頂けます。が、観光客の少ない静かなこの苑で唯一お茶を点てるであろうオバサマがひっきりなしに喋っていたので、遠慮。 -
柿葺の端正な外観の茶室、ここが国宝如庵です。
二畳半台目で床脇にウロコ板を入れ斜めの壁を作っていることから「筋違いの囲」といわれているそうです。
ここは織田有楽斎(1547〜1621)の晩年の隠棲の地。
有楽斎は、織田信長の実弟で、茶の湯の創成期に尾張国が生んだ大茶匠なんだそうです。 -
加藤清正が朝鮮より持ち帰ったとの言い伝えのある「釜山海」。
如庵の前にはそのほか、有楽好み井筒や露地などがあります。 -
徳源寺唐門。
織田高長が大和宇陀郡に建立。織田家の菩提寺だそうです。残念ながら本堂は廃頽してしまったとのこと。
どっしりしていて、立派な門です。 -
弘庵の手前にある水琴窟。
涼やかな音を奏でていました。 -
ほかにも庭園や、300種の茶花を栽培している茶花園もあります。
小さな滝や、石の橋などもあって日本の庭の良さを感じられます。
緑一杯のこの時季も、桜の季節も、また紅葉も雪見も絵になるところです。
のんびり出来ました。 -
次は、犬山城を目指して歩きます。
すると手前に、針綱神社や三光稲荷神社などがありました。
針綱神社は御祭神を尾治針名根連命(おわりはりなねむらじのみこと)とし、御神徳は延命長寿、安産、子授け、交通安全、合格、家内安全、商売繁昌だそうです。
四月初めの犬山祭は、慶安3年(1650)尾張徳川家の家老で犬山城主・成瀬隼人正正虎(はやとのしょうまさとら)の沙汰により氏子が行粧の車山(やま)、ねり物を出したのが、今日の車山の始まりとされています。
各町内より曳き出される車山は高さ約8m、上層より上山、中山、下山の三層よりなり、現存する13輌の車山は、として県無形文化財に指定されており、13輌の車山全部が「奉納からくり」を行うのは全国的にも珍しいといわれています。
近くには、文化史料館やからくり展示館などもあります。
写真は、朱の鳥居が美しい三光稲荷神社。
御祭神は宇迦御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)・大宮女大神(おおみやのめのおおかみ)の三神。
奥の院には、稲荷神の使者である城山の老白狐「御小女娘」の祠があります。
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こちらの神社から、「犬山城近道」の看板が所々に見えます。
辿って行くと、見えました、犬山城。
4階まで上って望楼から見ると分かりますが、この白は標高約40メートルの崖の上に建ち、木曽川が自然の要害となっています。
天守は全国の現存するもののなかで最も古いとされているそうで、2004年3月まで成瀬家蔵、つまり個人蔵のお城だったのです。 -
どこのお城もそうですが、中の階段って急ですよね〜。
そういえば「功名が辻」ゆかりの地ですね、ここ。 -
望楼より木曾川を望む。
内部には絵画や工芸品、古文書や歴代城主の写真なども飾られています。
城マニアにはたまらない?全国の各城の写真も展示されています。 -
この唐破風は、天文6年に天守閣が築かれたときから77年後の元和から貞享にかけて成瀬城主が増築したものだそうです。
曲線が美しい。 -
犬山城から直ぐ近くの犬山市甲冑工房さん。
日曜日のみの開館です。甲冑師の熱田伸道さんが作業中でした。入場無料。
私にもうちょっと知識があれば、きっと質問にも気さくに答えてくれそうな方でした。
ただ歓心を得て静かに眺めて帰りました。 -
この辺りは、古い街並みが楽しめるところです。
和雑貨屋駄菓子を売る店などが並び、そして旧磯部家住宅があります。
磯部家は江戸の頃には「柏屋」の屋号で呉服商を営んでいた商家で、城下町の雰囲気を残す貴重な住宅です。
土間、番台からかまどのある通り庭や中庭、釜風呂、品の良い庭、そして奥土蔵など綺麗に整備されています。
こちらも入場無料です。展示スペースになっている蔵では、時期によって様々な催し物が開かれます。 -
静かな街並みを楽しみながら、旧奥村家住宅を利用したフレンチ・レストラン「なり多」を目指します。
が、着いた時間が遅すぎ、また予約もしていなかったため断念。
写真はお寺さんに居た犬。 -
同じく、猫。
頭を浮かして寝ています。なぜ? -
こちらが「なり多」。入りたかった〜。
<「さくっと愛知?」に続きます>
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この旅行記へのコメント (2)
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- mia sakoさん 2006/06/09 02:20:25
- こんにちは!
- コメントしたくて、登録してしまいました。
池田信輝!
そうです。備前岡山藩初代藩主池田光政のおじいさんですよ。
池田恒興(つねおき)という名前の方で出てくる方が多いです。
信輝という名は、信輝の母が、織田信長の乳母だったので乳兄弟だったことから来ているそうです。
信長は、何人もの乳母の乳首を噛み切ったという伝説が有名ですね。
ですので、信輝の母は、秀吉からも凄く慕われて大切にされていました。
信輝自身は、長久手の戦いで長男とともに戦死しています。
次男が家を継ぎまして、池田輝政ですが、姫路城を立てた人です。
はっ!池田家の歴史を熱く語ってしまいました。職業病ですね。
- 瑞樹さん からの返信 2006/06/12 12:30:12
- RE: こんにちは!
- こんにちは!
おおお、びっくりしましたよ。
>コメントしたくて、登録してしまいました。
流石です〜ワタクシ全然知りませんでした、池田信輝。
備前岡山藩初代藩主のおじいさんでしたか。
しかも違う名前があるとは、お・覚えられない…。
今、「巧妙が辻」を観ているので、少しはあの時代のことを覚えられそうですが。
池田信輝の次男が姫路城を立てた人…すごい、色んな繋がりがあるんですね。
うぅむ、勉強になります。
是非是非mia sakoさんも写真だけでも、旅行記作ってくださ〜い。
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