2006/05/05 - 2006/05/05
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片瀬貴文さん
村営国民宿舎「あわくら荘」を訪ねて【4】中世の香り豊かな因幡街道を行く
今福を因幡街道沿いに国道373号線を北上すれば、兵庫県(播磨)から岡山県(美作)に入る。
大原の宿を過ぎれば、目的地「あわくら荘」は近い。
並行して走る智頭急行の路線には、大原駅の一つ手前に「宮本武蔵駅」がある。
この鉄道(上郡―佐用―智頭)の建設運動は、1892年(明治25年)に始まり、1994年ほぼ百年ぶりに開通した。
私が国鉄で新線建設を担当した(1971−73年)ころは、いったん工事が中止されかかった経緯もある。
地元の熱意が強く、1987年に第三セクター「智頭鉄道(後に智頭急行と改称)」が設立されて工事が再開された。
そのときに高規格化して、関西と鳥取を結ぶ直通路線となった。
因幡街道の、現代版だ。
一時は時速160キロ対応の電化も検討されたが、現在は時速130キロ規格で、ディーゼル特急が走っている。
戦国時代末期の剣豪宮本武蔵は、生涯不敗と言われる剣の達人で、諸国を放浪し多くの伝説を残した。
しかし、その誕生については未だ不明確なところが多い。
宮本武蔵(1582?‐1645)の生誕地は、武蔵自らが「五輪書」で播州生まれと記しており、高砂生誕説が最も有力視されている。
その一方、作州・大原町では、最も早く宮本武蔵の生誕説を唱え、武藏の生誕地をアピールしてきた。
吉川英治の小説「宮本武蔵」でも、美作国の宮本村(岡山県大原町)を生誕地としている。
因幡街道は、山陰と京都を結ぶ重要な道筋で、中世には隠岐に流された後鳥羽天皇や後醍醐天皇も通られた。
鳥取藩主池田侯の参勤交代時の行列は、700人程度だったと記録されている。
当時通過に要した時間は、6泊7日と見られる。
「あわくら荘」のある西粟倉村(にしあわくらそん)は、岡山県に残る二つの村の一つである。
兵庫・鳥取両県に接し、因幡街道の難所、志戸坂峠を越えれば、因幡の国智頭宿は近い。
志戸坂峠は雪が深く、つづら折りの道は、牛馬が通れない険しさだった。
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