2006/01/06 - 2006/01/10
154位(同エリア266件中)
Mr.陳珍さん
- Mr.陳珍さんTOP
- 旅行記5冊
- クチコミ0件
- Q&A回答1件
- 23,336アクセス
- フォロワー1人
わけあって、福清・福州・厦門に行ってきました。興味のある方はご覧ください。
-
2006年1月6日朝4時半、前日大量に酒を飲んだにも拘わらず、すっきり目覚めた。約1年振りの中国旅行である。昨年2月に家族と北京旅行に行った。398の安いツアーに参加した。今回は福建である。福建は4年振りである。今回の目的は福清である。日本で犯罪を犯す中国人の中でも特にこの福清人が多いと新聞報道であった。「日本でがっぷり稼いで、故郷に豪邸を建てている奴が沢山いる」と書かれあり、興味があった。
-
1月6日お昼頃、福建のアモイ国際空港に着いた。懐かしいアモイ。外に出て見るといくらか暖かい。それもそう、アモイは沖縄より南に位置している。だからと言って半袖では寒い。長袖で充分だ。建前だけの検疫検査を受け(日本も同じ)、入国審査を受けた。中国の入国審査官は人の顔をじろじろ見る。2、3回、パスポートとわいの顔を往復する。わいは、審査官に、にこっと笑顔で答えた。しかし、審査官にスマイルはない。ユーモアがないなあ。ちなみに中国の入国審査官は警察がやっている。実は、入国できるか心配だった。実は、年末、パスポートを確認したら、パスポートの有効期限が今年の1月23日だったのである。以前、国によっては、パスポートの有効期限が3ヶ月ないとダメとか、6ヶ月ないとダメとか聞いたことがあって、ものすごく焦った。気付いたのが12月20日頃じゃった。年末年始を挟むし。とりあえず、中国大使館に電話で問合せてみた。ニーハォ我着急、非常。もしもしー。綺麗な日本語が返って来た。結論はこうである。入国日に15日間の有効期限が必要なんだ。ぎりぎりセーフ!2日ぎりぎりセーフ。神は我を助く。
-
そんなわけで、無事、中国に入国できた。到着口では、名前を紙に書き手に持つ者、首を高くしたり左右にすばやく動かしたりし、目的の人を待つ者。空港にはいろいろな出会い別れがあり、ドラマがある。アモイ空港は比較的新しく施設は綺麗だ。やはり、アモイは暖かい。ちなみに、アモイを漢字で書くと夏門(更に夏という漢字の左側に縦棒1本入る)と書く。なんでアモイっていうかというと、アモイ現地ではアモイのことを「エァモイ」というからだ。これは台湾語も同じだ。これからわいらは長距離バスで、目的地福清に向かう。
福建省は台湾の西側に位置する。要するに沖縄とも近いわけだ。昔、沖縄が琉球王国と言われていた時分かそれ以前、沖縄には沢山の福建人が住んでいたと聞いたことがある。長距離バスに乗ってから、日本語と福建語の面白い話でもしてみたい。さて、アモイは福建省の南に位置し、福清はこの省の北に位置する。南から北に移動する。福建省は日本の九州くらいの面積か?飛行場から長距離バス駅まで、別の食パン車に乗り向かう。ちなみに食パン車とはワゴン車のことだ。食パンに似ているから中国では食パン車という。
やはりアモイもそうだが、中国は活気がある。自動車の運転もあらい。言い間違えました。活気とは褒め言葉でした。長距離バス停に着いた。福清行き、福州行き、泉州行きなどいろいろある。福清までは、68元だ。日本円では1100円位だ。午後3時45分、出発らしい。福清行きバスが来た。外観は埃っぽい。乗車してみた。満員状態だ。やられたー。ここが始発じゃなかったんだー。後ろの方になんとか席を見つけ、座った。隣の男も福清に行くようだ。福清までどのくらい掛かるか我輩は知らない。 -
わいに同行した同志は、てんでんばらばらに座っている。隣の男は、アメリカのバスケの雑誌を見ている。わいは咳が出て来たので、薬を1錠のんだ。間もなくして、乗客の誰かが、「何時に着く?」とバスの前の方にいるバス添乗員に聞いた。「チー、ディエン!」夜7時頃、福清に着くようだ。高速だから、1、2時間で着くのかと思っていた。することがないから、ミネラルウォーターを飲んだ。やばい、NatureisCALLINGだー。おしっこがしたくなってきたー。1時間は我慢できる。あと一回くらいは停車してくれるだろう。
-
予定どおり、午後7時に福清市内に入った。金鷹ホテルが見えた。ここいらじゃ?と思い、訪ねてみると、宿泊予定ホテルはここで降りればいいことに気付く。おしっこがしたい。ホテルの場所が判らん。わいはとおりすがりの女性に卓越ホテルの場所を聞く。あっちだと言う。行ってみる。卓越ホテルに着いた。判らんときは聞けば解決する。早くおしっこがしたい。
ホテルに着いた。何はともあれトイレに駆け込んだ。すっきりしたー。三ツ星のホテルだった。ドアぼーいもいるし、荷物ぼーいもいるし、かなりしっかりしたホテルだ。一泊1500円くらいだ。安い。中国のいいところはかなり安いことだ。チェックインした。初夜である。まさか福清に来るとは…。感慨無量である。 -
ホテルの前に火鍋屋があった。四川火鍋を食いに行った。半分は辛く半分はあっさり味の鍋で羊肉をしゃぶしゃぶみたいに喰う。うまい。しかし、同志の半分は、Give up状態。かーれー、同志にはちょっと、鍋は辛すぎたようだ。店員には中辛でお願いしたが、その辛さは日本の激辛かー。わいは、辛いもの好き。美味しくいただいた。ビールは地元の雪津という銘柄と青島ビールを飲んだ。
夕飯を終え、隣の小売部(雑貨屋)に行った。同志が国際電話をしたかったが、結局公衆電話の場所も判らなかった。ここで驚いた!そこの店員ふたりが日本語を話せるじゃないですか。どうして日本語しゃべれるの?日本の原宿で7年間バイトしていましたから。それほど、この福清の地は、日本と密接な関係にあるわけだ。
卓越ホテルに戻った。同志はまだ喰いたいらしい。そんなことで、ホテル内のレストランに行った。チャーハンを喰った。たかがチャーハンだが本場のチャーハンは実に美味い。味がいい。チャーハンを喰うと昔初めてこの中国の地を踏んだときのことを思い出す。昔、レストランに行っても、チャーハンしか注文できなかった。メニューはどれも漢字。炒飯しかイメージが浮かばなかったのだ。だから、毎回食事は炒飯だった。 -
長距離バスの中で、話そうと思っていて忘れていた。日本語と福建語の違いについてだが、日本語はモンゴル語系と聞いたことがある。確かに文法は、モンゴル語、ハングル語、日本語は似ている。主語、目的語、述語の並びだ。当然だが、日本語は古代中国語の影響を受けたことは誰も否定できない。唐時代、中国で話されていた言葉がいわゆる今の音読みだ。日本のことを北京語ではリベンというが、福州語ではニプォンという。あと世界のことを福州語ではセッカイという。印鑑のことをインガンという。まだまだ沢山ある。今ちょっと思い出したものを言ってみた。ちょっと、上海語についても触れたい。上海語で日本人のことをサパニンという。日本のことをサパンという。マルコポーロが上海を旅したとき、あの黄金の国は?と聞き、上海人は「サパン」と答えたという。そこから、「JAPAN」と呼ばれるようになったということだ。中国の方言を知ると日本についてもなぜか判ってくる。だからわいは中国語が好きなんだ。
-
朝8時、運転手がホテルにやって来た。昨日、事前にチャーター車を予約しておいた。1日400元(6500円)でお手頃な値段だ。車はデリカというワゴン車だ。まず、福清市外の観光地、石竹山というところに向かった。ホテルから車で15分位で着いたであろうか。この石竹山というところは、地球の歩き方とガイドブックにも出ていない。ネットでかろうじて見れる。入場券を買い、まず、ロープウェイに乗った。今にでも壊れそうなロープウェイだ。そのうえ、冷たい風が凍みる。
-
ロープウェイで山の頂まで昇った。冷える。福建は沖縄より南方というのはどこへ行ったー。現地のお婆さんが祈願セットを勧めて来た。線香なんかだ。同志の一人はとりあえず、線香一束を6元(100円)で買った。そして、お婆さんに言われるまま、こんどはこっちの仏様、こンドはこっちの仏様というように連れ回された。そして、そのお婆さんが何かをブツブツ言いながら、仏様用のお金(紙切れ)を燃やし始めた。「これで、千じゃー。これで一万じゃー。って。」そしてー同志はお婆さんから300元(5000円)を騙し取られた。
-
「なんかいいこと、あるよ。」とみんな慰める。同志は、「これで結婚できるかな〜。」とちょっと沈み気味。しかし、この300元のお蔭でその後いろいろいいことがあった。石竹山頂上に大きな寺があった。バン、バンー。爆竹で賑やかだ。参拝する人が沢山いる。年配からご老人が多い。わいは、家内安全、世界平和を願った。中国人は信仰心が強い。というか、神頼みでかね儲けを祈る。わいらは、彼等の参拝風景を横目に、山を降りた。
昼11時に運転手と待ち合わせをしていた。しかし、運転手は来ていない。近くの雑貨屋で公衆電話を借りようと思ったが、公衆電話がない。すると、そこの店員は携帯電話を貸してくれた。なんていい人だ。こういうところが中国のいいところだ。日本では考えられない。間もなくして、運転手が来た。 -
2日目の午後は、福清の村を訪ねた。なんで、といわれるかもしれない。新聞なんかで見た。10年前、福建からの密航が全盛期だった。密航して真面目に働き稼ぎ送金することにこしたことはないが、ある者は犯罪に走る奴もいるらしい。最近でもあえて犯罪をしにくる福清人がいるということだ。福清にいても仕事がない。家にいてゴロゴロしているより、海外に出て稼いで来いというのが伝統だらしい。福清は華僑の故郷でもあるのだ。そんな彼らが育った村を見てやろう。
-
同志たちと訪ねる村を検討した。福清には村が20くらいある。午後一杯を使って廻れる範囲も決まってしまう。それぞれ行きたい場所を出し合った。まず、福清東郊外の海口村に行くことになった。中国では村のことを「鎮」というが、ここでは村と言っていくことにする。海口村から車でしらばく行くと、わいの目的地・龍田村に着いた。運転手がわいに言う。「ここに建っている5〜6階建の建物は一軒家なんだ。みんな日本へ出稼ぎに行って儲けて建てた豪華な家だ。」。まるで、ラブホテルだ。趣味悪りぃ〜!と思ったのはわいだけではなかった。それにしてもとんでもない建物だ。これが一軒家かよー。
-
玄関には、キリスト教の紙札が貼ってある。ほかの家を見ても同じような紙が貼ってある。信者が多いんだろう。この辺りは軒並み御殿と言っていいくらいの豪華絢爛な一戸建てがずらーと見える。この御殿の中には、日本で稼いだもの、中国国内で稼いだもの、日本で犯罪行為で稼いだもの。いろいろあるんだろう。外観ではどういう経緯で建てられたのか判りはしない。ただ、成功したから建てたんだ、ということになっているんだろう。本当に実際に見てもらいたい。
-
龍田村の御殿がこんなにあるとは…。見て初めて実感した。この村の人達を見てみた。老人ばかりだ。老人が庭先で、中国将棋をしている。なにもせず、ぼーとしている老人もいる。昼間は当然、働き盛りの男は目にしないのであろう。しかし、わいは思った。一昔前、この村から若い働き盛りの男が消えたに違いないと。運転手は言った。紅眼病という言葉を知っていますか?隣が豪華な家を建てると、羨ましくなって、自分の目が赤くなるという意味らしい。それはそうである。隣が豪華な家を建てた日にはわいも、と思うのは当然だ。
龍田村のことを話していても先に進まないので、次の村に行こう。わいは、観光初日にして、お腹が一杯になった。つまりもう見るべきものは見たという感じだった。大満足だった。人の家見て満足とは滑稽な話ではあるが…。しかし、今回の旅、80%は成功だとこの時点で感じた。同志が、龍田村の南方にある東愉村に行きたいと言い出した。この東愉村は福清の最も南にあり、海に接している村だ。途中、高山村を車窓から眺めた。この高山村もよく聞く村だ。 -
高山村は車窓からしか見ていないので、町並みは説明できないが、車窓からの印象は、やはり街中心地に、異様な盛り上がりがあった。建造物群だ。まさに、密航御殿がそこにある。こんな農村地帯にあの建造物は似つかわないのである。また、こんな農村で、大金を稼げるところもないだろうし。まさに密航御殿なんだ。東愉村に着いた。街中を見ると、路上で、魚介類を売っている。カブトガニさえ売っている。犬が檻に入れられ売られている。犬の目は怯えた目だった。犬は自分の行き先を知っている。
東愉村を見て、わいらは、福清市内に戻った。戻る途中、密航御殿を飽きるほど見た。もう、お腹一杯だー。見飽きたー。福清市内の宿泊先に戻った時には、もう日が暮れ、福清市内はネオン街になっていた。運転手にお勧めの料理店を聞いた。「うちのホテルのレストランは美味しいよ。」わいらは、なんの情報もなかったんで、運転手が所属するホテルで夕飯をとることにした。このレストランで何を喰ったのか思い出せない。おそらくごく一般的な中華料理だったんだろう。 -
3日目。前々から決まっていたが、わいらは、福清から福州に行くことにした。昨日の運転手にまた今日もお世話になることにした。さて、昨夜、李某の実兄と会った話は、また移動中、時間があれば話そう。わいらは、福州に向かった。福清は衝撃の街だった。なかなか来れない街だった。福州は福建省の省都だ。日本で言うなら、県庁所在地だ。福清から1時間あまりで、福州市馬尾区に入った。馬尾区は港町だ。それから、福州市街地に入った。まだ午前11時だったが、早めの昼食をとることにした。福州では買い物をすることに。
福州は福清とは違って都会だ。街は大都会って感じだ。道路は広く、ビルは高く、町並みも綺麗だ。わいは、DVDをたくさんこうた。なんせ安い。1枚150円っていうのもある。DVDは中国語の勉強にもなる。今回わいは、DVDを20枚くらいこうた。同志のひとりは、福州で一時期バイトをしていたそうだ。同志が当時住んでいたマンションを一緒に眺めた。同志は昔を懐かしんでいた。自分を見つめ直したんだろう。温故知新。福州の繁華街を歩いていた。警官が警棒で男の足部分を叩いていた。なんだー?人だかりになっている。 -
そして、警官が男の髪の毛をわしづかみにし、引っ張り連行している。なんの事件だ?人だかりの人に聞いた。どうやら、スリだったらしい。わいは、ただボー然と見ていた。人権もなんもないなーって…。日本の警察があんな手荒いことしたら、なんか批判がありそうだ。
福州での夕飯は宿泊先のホテル内で食べた。福州名物の「仏跳壁」という豚肉ならなんやら沢山入ったものを喰った。和尚さんがびっくりして壁に跳び上がるほど美味しいということだが…。
中華料理はなにを食べても美味い。はずれはまずない。ゲテモノを頼まないかぎり。夕飯中、明日はどうしようかという話になった。幹事である同志Kは計画どおりあと1日福州に滞在したかったようだ。わいやその他2名の同志は、福州は特に観光地らしきものもないし、ラスト1日はアモイに滞在したかった。もともとの計画では、最終日の朝福州を出て、午後2時頃のフライトという予定だった。しかし、それでは途中なんかあったらおしまいだーという意見も確かにあった。
結局4日目は、アモイ滞在が多数決で決まった。幹事は若干不満そうだった。旅というのは、そうである。わいは、旅というのは、試練だと位置付けている。通常のツアーのことを言っているわけではない。すべてお膳立てされているツアーのことではない。なにがあるか判らない、予想がつかない、自分の実力が図られてしまうのが旅だと思う。学生時代、初めて中国を旅した。船で。10年前は横浜からも月1回、上海まで客船が就航していた。3泊4日の船旅であった。いまでも時間が許せば、船旅をしたい。 -
私の船旅話は横に置いておこう。4日目の朝、福州のホテルをチェックアウトした。アモイ行きのバスは午前9時20分発だ。アモイまでは約3時間だ。福州のホテルの隣がちょうど、長距離バスステーションだ。便利だ。アモイの段取りは、わいに任された。アモイの宿泊先はわいの学びや、アモイ大学留学生寮だ。わいは、朝、留学生寮に電話して、部屋は確保済みである。アモイに着いたら、午後はアモイ市内観光だ。と予定を組んでいた。しかし、その予定どおり行かないのが旅なんである。
-
福州発、アモイ行きのバスに乗った。2階建てみたいな腰高のバスだった。もうかなりの客が乗っている。一番前の席が開いていた。一番前には3席あり、そこは運転手の真上に位置する。つまり、眺めは完璧である。大きなスクリーンが目の前にあるような。中国の町並み、景色がスクリーンに映し出されるわけである。一番前の左の席に女性がひとり座っていた。あと2席開いているわけだ。わいは、その女性に「この席いいですか?」と聞いた。女性は「いいですよ」と答えた。一番年上の同志に「ここ開いてますよ。」と言った。わいは女性に「この人は、中国語が話せないのでよろしく、面倒かけます」と言った。すると女性は「私も外国人ですよ。ノープロブレン」と答えた。えっ!Cさんー!この人、英語できますよー。Cさんは、落ち着いた感じで、女性の隣に腰をすえた。つまり、この3席は左側から言うと、その女性、Cさん、わいという席だ。Cさんは、流暢な英語で女性と話している。なんとなく何を話しているのか判った。まず、その女性が韓国人であること、が判った。中国の印象はどうだの、経済はどうなの、難しい話をしている。たまにその韓国女性がわいに、中国語で聞いて来た。Cさんの英語が判らない部分があったり、自分の言いたいことが英語で言えなかったりしたらしい。わいは、韓国女性に中国語で会話し、Cさんは韓国女性に英語で話すという、よく外国で遭遇する現象になった。わいは、韓国女性に名前を聞いた。呉さんというらしい。わいは、さらに聞いた。「どこで中国語を勉強したの?」「高校で習いました。」「中国は何回目?」「3回目です。」「韓国では何しているの?」「韓国警察大学校を間もなく卒業です。」はよゆーてーなー。呉さんは「高級警察官です」と言った。わいはなんのことか判らんかった。警察官に高級も低級もなかろうが、あっ!もしかして、キャリアかー。よく聞くとキャリアらしい。呉さんは、今、卒業旅行で、ひとりで中国を旅行していて、上海で友達に会い、その後西安に行こうと思ったが、上海が寒く西安はもっと寒いと思い南下してきたらしい。寒いから南下してきたというのも面白い考えだ。これは真の旅人か?
福清の石竹山で、同志が300元を騙し取られた、いや、お布施をしたおかげで、こんな出会いを仏様は授けてくれた。だから旅は面白い。人との出会いがある。 -
福州を出発して1時間半くらい経ち、バスはサービスエリアみたいなところで停まった。トイレ休憩かー。水でも買ってくるかー。福州からアモイに向かっている、南下しているだけあって、バスの中も暑くなって来た。あと、アモイまで半分かー。アモイには午後零時半ころ着かな〜。水を買い、バスに戻った。運転手が「エンジン壊れたから、今、福州から別のバス出たから。」わいらは、どこか判らん土地で足止めをクラッタ。まあ、中国じゃよくあることだ。それにしても、「今、福州を別のバスが出た」ということは、1時間半待たんとならんのかいな。まあ、気楽に待つかー。昼ご飯を喰う時間もあるなー。そのサービスエリアでカップラを喰った。康師「人専」(カンシーフ)というカップラだ!美味い!中国の乗客は黙っていない。ある婦人は「この方は日本の会社の方で、アモイから飛行機に乗らなくちゃならない。遅れたらどうする!」と攻め寄る。ある中国人の男は、運転手に「賠償しろ!」と詰め寄り、どこからかドライバーとペンチを持ってきて、バスのナンバープレートを剥がし出した。運転手は「やめろー!」と叫ぶ。「このナンバーを取って証拠にするんだー!」運転手は「それをすればあんたが犯罪だ!」わいらは、横目にひなたぼっこをしていた。日本の会社の方達は、サービスエリアに停まっていた、乗用車に便乗させてもらっていた。しかし、荷物が大きすぎて、トランクに入らない。そのあとのことは見ていなかったが、予想はついた。トランクに入らなかったから、膝の上に抱えたんだろう。午後1時頃、別のバスが来た。「20人、乗れる!」、よいしゃー!わいらは急いで乗った。満車になった。さっきから、運転手に詰め寄っていたおっさんが遅れてバスに乗って来た。けど、なんか席がないらしい。みんな大爆笑!!さっきは、おっさんと一緒になって運転手に詰め寄っていた人達も、大爆笑!!わいらも爆笑!おっさんは、ふんだりけったり。
-
午後3時頃、アモイに着いた。さすが、アモイは南国って感じ。また、道も埃っぽくなく、綺麗だ。経済特区ということもある。なんか、故郷に帰って来た感じがした。わいは、学生時代このアモイで短期留学した。挨拶程度しか話せなかったころだった。アモイ大学で、先生とワンツーマンで、筆談しながら勉強したのが懐かしい。同志のひとりも、ここアモイで1年間留学した。アモイ大学の同学だ。アモイは福州よりも都会だ。
わいらは、アモイ大学留学生寮に宿泊することに決まっていた。韓国のキャリアは聞くとアモイ大学に宿泊する予定だという。韓国のガイドブックでも、安いことで有名らしい。結局、わいらと韓国キャリアはその後、アモイ観光、夕飯、翌日の観光も一緒にすることになった。アモイ市内の長距離バスステーションに着いた。アモイの手配はまかしてくれ!わいは、すぐにタクシーを見つけ、アモイ大学までのタクシー代を交渉した。普通のタクシーならメーターが付いているが、ワゴンタイプの白タクタイプはすべて交渉で金額が決まる。だから、大体の相場を知らないと損をする。また、大体の距離を知っとかんと騙される。わいも、当初、よく騙されたもんだ。騙されて勉強していった。もう騙されまいと相場をしるようになった。また、必ず値段交渉する癖もついてしまった。バスステーションからアモイ大学までは、20分くらいだ。懐かしい町並みが眼に飛び込んで来た。変わってない町並みもある。アモイ大学に留学していた同志と、「ここは変わってないの、ここは変わったの。」温故知新した。留学生寮に着いた。10階建で9階10階が来客用の部屋だ。 -
アモイに着いた、4日目夕方、わいら6人は、アモイ市内観光に出た。福州〜アモイ間で2時間浪費したので、若干計画がずれたが、急げば大丈夫。ポイントを絞って廻ればアモイは満喫できる。アモイといえば、コロンス島に行かなくちゃ意味がない。実際、コロンスに行かない人はアモイに来たとは言えないという諺もあるくらいだ。コロンス島へは当然船で行く。フェリーで5分くらいで着いてしまうが。船からアモイ市街を眺めるのもなんかいい。コロンス島は戦前欧米諸国の祖界となっていて、建物の屋根は朱い。
コロンス島中心に日光岩という高台がある。アモイで一番高い位置になる。ここからの眺めは最高だ。祖界時代の名残である朱い屋根とアモイ市内の高層ビル。アンバランスだけど、そこにはパワーが漲(みなぎ)っている。台湾の金門島を眺めたが曇っていて見えない。アモイと台湾の金門島(正確には、小金門島)は肉眼で見えるくらい近い。最後の夜にしては最高の景色であった。アモイ本土に戻るための波止場に着いたときにはすっかり日が暮れていた。 -
韓国女警さんは、明日夕方、武い山まで汽車で行く予定だそうで、アモイ駅まで切符を買いに行った。わいらは、アモイの繁華街、中山路で買い物だー。「じゃ、午後7時半、鷺江ホテル前で待ち合わせ!不見不散!(落ち合わなければ、その場を離れない)」そして、最後の晩餐は、同志たちの要望もあり、アモイの海鮮料理となった。わいは、食べたことのある近くのレストランに決めた。ここでも何を喰ったのかてんでん思い出せない。普通の中華料理だったんだろう。ビールの印象だけは残っている。今回、最後まで地元の麦酒「雪津」を呑んだ。美味かった。夕飯のあと、また中山路で買い物をし、アモイ大学に帰った。大学内にも呑むところはあるのだが、明日、大学で試験があるということで、営業してなかった。大人しく寮に戻った。部屋の鍵穴に鍵を入れたら、鍵が折れた。またも、トラブル発生だ。しかし、すぐに服務員が来てくれ対処してくれた。わいは、物足りなかったので、康師ふを食べた。同志が、「シャワーのノズルを回したら、折れたー。」と言った。また、トラブル発生です。(同部屋の同志ふたりは中国留学体験者だったので、たいして驚いていない。まあ、よくあることだくらいにしている。部屋でもう一杯呑んでージーパンを履いたまま寝てしまった。
-
5日目の朝、寮の1階で朝食をとった。韓国女警さんのおごりであった。いろいろお世話になった御礼ということである。帰国のフライトは午後2時だ。だから、午前11にアモイ大学を出れば余裕だ。それまでの間、わいらは、大学横の南普陀寺という歴史のある仏教寺院に行った。その後、湖里山砲台に行った。天気がよければ、台湾の金門島が見えるはずだ。砲台に着いた。ここは、昔、刑務所であったことで有名で、今でも拘置施設が残っている。(ドーン!ドーン!ドドーン!)聞こえた、聞こえた。この音は、金門島で空砲を撃っているのだ。この砲台に立っていると中台関係が肌で感じとれる。うっすらと小金門島が見えた。ラッキーだ。ツイテイル。
-
さきほど刑務所だといったが、今はその施設を利用して、博物館になっている。小型砲が展示してある。あと、いろんな石、奇石が展示してある。肉石とか毛が生えた石なんかだ。砲台観光を終えた。つまり、全ての観光を終えたのだ。
砲台からアモイ大学まで、歩いて10分くらいだ。歩いて帰った。一休みをして、午前11時にアモイ大学を出ることにした。11時、チェックアウトをし、タクシーも来た。
韓国女警さんも、見送りに来た。また世界のどこかで!再見!!
今回の旅行は途中トラブルはあったものの、全体的には順調だった。それも、石竹山で同志が300元騙された、いやお布施をした賜物だと感謝している。またいつ来るか判らないアモイ。またいつ来るか判らない中国。わが第二の故郷、中国。再見!そしてー謝謝!
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
25