1988/07/22 - 1988/07/24
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ももんがあまんさん
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パート?は「アンダルシアの小さな村」特集です、アンダルシアと言うのは「ヴァンダル人の土地」と言う意味だそうです、ヴァンダル人というのは、ゲルマン民族の大移動以降(A・C5世紀)に、この地に住み着いた、ゲルマンの一派で、その後、同じゲルマンの、西ゴート族に追い払われて、ジブラルタル海峡をアフリカへ渡り(A・C 429年)、マグレブ地方(モロッコ〜チュニジア)に、独自の王国を作った人々です、その後、海を渡って、ローマを略奪したりして(A・C 455年)、ヨーロッパの歴史の中では「野蛮人」の代名詞となっていますけれど、その事は、現在のアンダルシアとは、まるで関係は、ありませんでしょうねえ・・・ 。
写真は、名も知らぬ町「Librija」の駅で、可愛いフラメンコを見せてくれた美少女です、スペインでは、子供達が、とても元気で明るく、大人たちを信じているように見えました、スペインでは、変質者が少ないのでしょうか ?? 何処にでもいるとは思いますけれど・・・気をつけようね・・・ 。
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マルベージャ(アンダルシア)
ロンダの町から、バスが出ています、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)と名付けけられている、海水浴リゾートです、この頃(1988年)は、物価もまだ安かったですけれど、今はどうでしょう ?? -
マルベージャ
特別に、見るべきものも無いけれど、ジェラートが美味しいです、でも後年、この辺りのリゾートで、観光客を狙った、バスクのテロがあったのですね (用心々々!) 。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ(アンダルシア)
jimena de la Frontera (発音は???)
ロンダからは、鉄道で行けます、駅からは徒歩、約15分、炎天下の場合、帽子は必携、駅前に乗り合いタクシー(普通乗用車)がいれば、ラッキー! -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ、街角
先ず、誰も知らない町ですから、アンダルシアの、本物の町の姿があります、これがメイン・ストリート、途中、バルもありますから、くたびれたら、スペインの地ビール(セルベッサ)で、一休み。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ、街角
jimena de la Frontera
途中には、教会もあります、ここも、お休み処(無料)の一つですね。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ(アンダルシア)
街 角
坂道の向こう、丘の頂に、お城の跡らしきものが見えます、あそこまで、登る事にいたします。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ 塔&町の広場
途中に、駐車場兼、広場がありました、イスラム時代の名残でしょうか、エキゾチックな塔(鐘楼?)があります。 但し、木陰が無いので、休めませんでした。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ、広場の塔
「鐘楼」ではないかと思うのですけれど、今は、「鳩の家」でしょうか ?? -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ、街角
jimena de la Frontera
だんだんと、眺望が良くなってまいります、赤い屋根と白壁のコントラストが、とてもよい感じです。
けれど、こんな昼間に、散歩に連れ出される犬は、かなり大変でしょうね・・・ 同情・・ 。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ
アルカサール(廃墟)への道
ようやく到着、門は意外と小さいです、道も狭いし、なかなか、責めるに難しそうな造りをしています。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ、アルカサール(廃墟)
立派な城壁以外、殆ど何も残っていませんでした、今は、山羊達の放牧地ですね、けれど、美味しそうな草も無さそうです。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ
アルカサール(廃墟)の塔
塔(タワー)が一つ残っています、下からの道中の目印になったランドマークですけれど、来て見ると、それほど大きなものでもありませんでした、けれど一応、記念の一枚。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ
アルカサール(廃墟)の山羊
日陰で休む、頭の良い山羊です。 -
ヒメナ・デラ・フロンテーラ
アルカサール(廃墟)からの眺望
見晴らしは絶景です、丘の上は、風が吹き抜けて、意外と、爽やかでした。 来て良かったですね、掘り出し物(僕だけ)の町です。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ
Arcos de la Frontera
「アンダルシアの白い村」としては、かなり有名な村の一つでしょうか ?? この頃(1988年当時)は、そうでもなかったと思いますけれど。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ (アンダルシア)
Arcos de la Frontera
白い村として有名ですけれど、断崖の上の町としても有名です、ロンダほどではないけれど、それなりに、スペクタクルです。
絶壁の上には、城壁も見えます。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ (アンダルシア)
Arcos de la Frontera
先ずは、断崖沿いに、アルコスの町を下から眺めます、町への入口を探しながら・・・?? -
アルコス・デラ・フロンテーラ (アンダルシア)
Arcos de la Frontera
少し遠くから、町の全景を眺めます、前の方の橋のデザインがイマイチで、むしろ邪魔です、せめて石橋に出来ないものか・・・ -
アルコス・デラ・フロンテーラ
思う存分、町の姿を眺めたら、いよいよ町へ向います、崖の上の町には、何が待っているのでしょうか ?? -
アルコス・デラ・フロンテーラ
町への入口です、ガラスのケースの中は、「聖母子」の像です、スペインの町では、何処でも見かける姿ですけれど、こういう田舎では、ことさら似合っているような、そんな気もします、先ずは一応、敬意を表して、ご挨拶をして入ります。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ メイン・ストリート
通りは、細く、一本道です、これでも一応、メイン・ストリートです。
行き交う地元の人々とは、いやでも目が合いますから、そんなときには「オーラ」と軽く手を上げて、ご挨拶を忘れずに、ですね。
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アルコス・デラ・フロンテーラ
町の人々は、殆どみんな、笑顔で迎えてくれます。
これはホント、スペインの田舎町の楽しいところですね。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ 町の子供達
さすがに、カソリックの国、子供はたくさんいます、学校も、夏休みなのでしょうか ?? 撮った写真は、人数分、ちゃんと送ってあげたのですけれど、届いたでしょうか ?? -
アルコスメデラ・フロンテーラ
カビルド広場
町の頂上にある、市庁舎と、付属の鐘楼です。
歴史を覗わせる、広場&建物です。
広場には他に、教会やら、パラドールがあります。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ
町の風景です、塔が在ったので、登ってみました、白い街に、鐘楼とアルカサールが見えます、アルカサールのほうは、入れませんでした、今は、どうでしょうか ?? -
アルコス・デラ・フロンテーラ
真下には、ムーア人風の建物に、パティオの穴あき屋根が見えます。 -
アルコス・デラ・フロンテーラ
塔の上からは、遠くに湖が見えました、この土地には「フロンテーラ」と付く地名が多いけれど、どういう意味なのでしょうか ?? フランス語のフォンテーヌ(泉)でしょうか??、それとも、フロンティアー ?? -
アルコス・デラ・フロンテーラ
アルコスの町並みです、遠くに広がる街並は、新市街でしょうか ??
だいたい白で統一している処が、協力的ですね。 -
ヘレス・デラ・フロンテーラ (アンダルシア)
シェリー酒の原産地として有名らしいのですけれど、アンダルシアの街としては、イメージとはだいぶ違う平地の町です、椰子の木の似合う、明るい町です。 -
ヘレス・デラ・ヌロンテーラ 駅舎
スペイン・レンフェ(国鉄)の駅です、タイルの美しい印象的な建物です。 -
レブリハ ひまわり畑
ヘレスからセビーリャへの途中、ひまわり畑を見つけたので降りてみました、7月も20日を過ぎれば、さすがに、ひまわり畑も殆どお終いですけれど、此処だけ、かろうじて、残っていました。 -
レブリハ 教会の見える街並
観光地でもなんでもない、ただの田舎町ですけれど、ちゃんと、それなりの教会と、ムーア人様式の塔がありました。
セビリアの、ヒラルダの塔ほどではないけれど、なかなか、美しい形をしています。 -
レブリハ 教会の見える街並
名も無い町の、名も無い街角ですけれど、とても雰囲気の良い通路です。
瓦の屋根に白壁が、なかなか良いです。 -
レブリハ 丘の上の聖人像
教会の向かいの丘に聖人像がありました、どんな聖人かは知りませんけれど、南米か、何処かの町にもあったような風景です、勿論、こちらが本家ですけれど。 -
レブリハ、聖人の丘から
キリスト教の教会ではあるのでしょうけれど、良く見れば、モスクのような建物です、元々の建物は、かなり古いものなのかも知れません。 -
レブリハ キオスクの少女
表紙の写真の少女のお仲間です、多分、駅のキオスクで働いている、母親のところへ来たのでしょう ? カメラを構えたら、喜んでモデルになってくれました、でもちょっと、歯が・・・ -
レブリハ Lebrija
キオスクの少女達(姉妹?)
多分、姉妹だと思います、二人とも、大きな瞳がチャームポイントですね。
これは、1988年の写真ですから、今はもう二人とも、大人の女性ですね、いつかもう一度、この駅で降りてみたい・・と、そんな気がしますね。 -
セビーリャ (アンダルシア・州都)
カテドラル&ヒラルダの塔
オペラ「セビリアの理髪師」で有名な町、この町は二度目ですけれど (最初はパック旅行) 、やっぱり、明るくて美しい、良い町です、けれど・・・暑い!
この町が、キリスト教勢力の手に戻ったのは、1248年ですけれど、本格的に発展したのは、15世紀以降だそうです、新大陸発見以降は、金銀財宝の積み下ろし港として、栄えたそうで、この写真の、カテドラルが計画されたのも15世紀、完成に100年かかった、スペイン最大の大伽藍であるとか。 -
セビーリャ
ヒラルダの塔&街並
塔(高さ98m)の方は、作られたのは12世紀、ムーア人の手になるものだそうで、モスクの方は、壊されたけれど、これは鐘楼として残されたとか、なかなか、印象的な、美しい塔です。
頂上の女人像(ブロンズ)は、16世紀に、新たに設置されたもので、「ヒラルダ」の語源は、この像が風見(ヒラルディーヨ)の役目を果たすところから、来ているとか。 -
セビーリャ スペイン広場
スペイン広場と呼ばれる、この辺りは、1929年の博覧会のために、整備、改築され、スペイン館のパビリオンとして使用されたところとか、わりと新しいんですね。 -
セビーリャ スペイン広場
何処から何処までが、新しい建物なのでしょうか ? 左の橋と欄干などは、かなり新しそうですけれど、奥の宮殿やら塔は?? それとも全て・・??? 良く解かりません。 -
セビーリャの街角
セビーりァで一番、広々として美しく、明るいところです、昔の博覧会場のなごりだと聞けば、納得ですね、最近、セビリアでは、また万博が開かれたけれど、どう変わったでしょうか ?? -
セビーリャの街角
この近くの交差点に、温度計があって、なんと!「45℃」を表示しておりました、ここの処、毎晩、やや、頭痛に悩まされていましたが、原因が解かりました、「日射病」or「熱射病」・・・ です。 -
セビーリャ
宿(民宿)のパティオです、「45℃」の表示に脅かされたので、帰って、一眠り(シェスタ)致します、宿の犬も完全に死んでおります・・・、夜になったら、タブラオへ、フラメンコ見物ですね・・・ -
セビーリャ
タブラオのフラメンコです、衣装がすごいです、踊りは ? 歌は ? 頭痛の為か、あまり良く記憶しておりません・・・昔見た、マドリードの劇場などの方が、ショートしては上かなあ・・・
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