1999/09/05 - 1999/09/08
2791位(同エリア3505件中)
早島 潮さん
夕刻コペンハーゲンの観光を終えてオスロへ飛び、翌朝市内中心部から北西に位置するフログネル公園を訪問した。正門とは反対の高台の方から入っていったので先ず最初に目に飛び込んできたのは台座の中央に聳え建つモノリッテンと呼ばれる塔である。
これは高さ17メートルで総重量260トンの花崗岩の塔に老若男女一二一体もの人間像が刻まれている。この塔を囲んで夥しい数の人間裸像が花崗岩に刻まれた彫刻作品として配列されている。それらは男女が抱き合うものや青年がただ一人うずくまるもの或いは親子が睦みあうもの、深刻な表情で考え込んでいるもの等様々な姿態で193体もの彫刻がある。
この石の彫刻群から下段へ下がっていくと今度は噴水があり、噴水の受け鉢を支えた人間像のブロンズ彫刻が幾つか立っている。噴水を巡るブロンズの柵にはこれまた人間の一生を表した彫刻が施されていて、嬰児から骸骨まで様々な姿が表現されている。そして更に下段へ下りていくと人造湖にかかる橋の欄干にはブロンズの人間像がこれまたさまざまの姿をして配置されている。これらの刻まれた人間の像は総計で650体以上になる。
奥行き850ほどの公園には花壇も備えられており折しも赤色とピンク色の花が咲き乱れていた。
正面入口の両側には菩提樹の並木が鬱蒼として立ち並びその下にこの公園の彫刻の作者グスタブ・ビーゲランの像が誇らしげに佇立している。ビーゲランはオスロ市と契約してアトリエと作品の発表場所と生活を保証されオスロ市だけのために生涯彫刻を続けたという。ここは世界にも例のない単独作者の作品だけが展示されている公園である。そしてビーゲランは作品の解説を一切拒否したというから、この作品群を前にして想像の羽を伸ばし独自の解釈を試みるのはとても楽しい至福の一時であった。しかも九月上旬だというのに日本の晩秋の小春日和を思わせる心地よい爽やかな天気であった。
ビーゲラン公園の爽やかな思い出を胸にしまってゲイランゲルのフイヨルドを目指して長駆500キロメートルのバスドライブが始まった。運転手はベンツのバスを三台所有する個人会社の経営者ビダルさんで好感のもてる青年実業家である。1994年のリラハンメラの冬季オリンピック大会では日本のオリンピック選手団の送迎運転手を勤めたと原田選手等の名前を誇らしげに披露した。
道中リラハンメラでオリンピックの行われたジャンプ台まで足を伸ばし目の前にジャンプ台を見学した。ジャンプ台の横にはリフトが設置されており、夏場はこのジャンプ台を見学する観光客に開放されていて多くの観光客で賑わっていた。観光客達は束の間の夏に名残を惜しむかのように肌を思い切り太陽に曝してそれぞれの日曜日を楽しんでいた。また車椅子に乗った身体の不自由な人達を戸外に連れだして日光浴やピクニックを共に楽しんでいるボランティアの人々も相当数目撃した。福祉国家と言われるだけあって、健常者は社会的な弱者に奉仕するのが当然であるというコンセンサスが確立されている社会だなあと感じた。
聖火台も近くにあったが、周囲にはコンテナハウスが三個ばかり置かれているだけで意外にも簡素な設備であった。リラハンメルの町は、人口25,000人の小さな静かな町である。豊かな森林資源に関係のある仕事に携わる人達が多く住んでいるという。オリンピックの時には地元特産のジャガイモで選手団食堂で大量に使われる食器を作り、使用後は土に埋めて資源のリサイクルを図る大会運営で大きな話題を提供した。またこの町はイプセンの作品ヒールギュントの舞台にもなったところである。近隣にはオリンピックのシンボルマークともなった妖精トロールの故郷トロールパークもあり、大きなトロール像が建てられている。
冬季オリンピック滑降競技の行われたヴィンストラという町で昼食をとり、ロムという町では丸太を組み立てて作られたスターブ教会を見学した。この建物はキリスト教がこの地に伝わる以前からあった建築様式で鉄釘が一切使われていない。キリスト教が土着のこの建築様式をそのまま教会の建物に取り入れた例としては世界でもノルーウエーのこの地方だけにしか見られない珍しいものだといわれている。
このロムの町に至るまでの道中で見聞した風物で気のついたことの一つに建物の色が総じて赤黒い色をしており圧倒的に木造建設が多いことがある。しかも壁には必ずと言っていいほど横板が使われている。縦板の使われている建物がたまに見られたがそれは大抵倉庫か家畜小屋であった。聞いてみると赤黒い色はこの地方の土に含まれる成分で自然とよく調和するので伝統的に昔から好んで壁の色として使われているということである。
バスが快適な走行を続け針葉樹の森林や広大な傾斜地に広がる田野の風景を楽しんでいると屋根に草を生やした家があちこちに見られるようになる。これは屋根に草を生やすと根が張って屋根が丈夫になるからわざとそうしているこの地方独特の方法なのである。
そして各所に見られる川の色は概ね碧青色だが、氷河から流れ込んでくる水は川中の岩石に当たって空気が混じり、白く泡立っていることが多く、白い中にもどことなく緑がかった色をしている。流れがゆるやかになり川幅も広まった木立のある広場には数多くのキヤンピンキグカーが駐車してテントが張られているしバンガローも立ち並んでいる。持ち出した椅子とテーブルに腰掛けてお茶やコーヒーを飲みながら行く夏を名残惜しんでいる人達が道路沿いの川辺のそちこちにしばしば見受けられた。
目的地のゲイランゲル近くの標高1,495メートルのダスニッパ展望台に差しかかると道路は上り坂になり次第に周囲の植生にも変化が現れる。白樺の葉は黄色く色づき始めており、から松や樅の木もその樹木が次第に細くなり高さも低くなってくる。そして森林限界線といわれる海抜800メートルを過ぎると立木は一切見られなくなりごつごつした岩肌が剥き出しになって僅かに丈の短い草がへばりつくように生えているだけとなり、消え残った雪がそちこちに散見されるようになる。道路の舗装は既になくなっており砂利だけが撒かれたヘヤピンカーブの連続となる。勾配も次第にきつくなって乗客達の肝を冷しながら高度はどんどん高くなっていく。頂上に辿りつくと期せずして乗客から安着を確認するかのように運転手を労う拍手が一斉に上がった。
ここでは周囲の山々や山の頂に残る氷河を一望できる。遙かな下方の谷間にはきらきら光っている湖面も見えている。岩肌を縫って飛沫を上げながら流れ落ちる滝も幾条か目に入る。周囲に見渡せる山頂の北側には万年雪が残っているのに南側では見られない。太陽エネルギーの強大さも山の向きによってかくも大きく影響を受けるものかと感慨一入である。雨でも降った日にはここへ至る車道は閉鎖されるということだから快晴に恵まれた我々はこのダスニッパ展望台に立ち眼下の景観を堪能できる幸運を得たのである。この幸運を同行者同志お互いに喜び合い、造化の神に感謝した。
ダスニッパ展望台を下りてから間もなく宿泊地のゲイランゲルに到着した。 海岸線から切り立った断崖をくねくねとカーブしながら内陸部まで奥深く入りこんできたゲイランゲル・フィヨルドの最深部にあたるところがゲイランゲル村である。ダスニッパ展望台からは遙か下方の谷間に湖のように光って見えていた所である。山間の秘境に鏡のような水面を見せて横たわる湖はこれが遠路遙々大海から入りこんできたものだとはとても考え難い。
その夜泊まった水際のホテルの部屋にはテレビの受像器が置かれていなかった。その理由は秘境のここまでは電波も届かないということなのか、或いはこんな絶景のただなかにあってテレビ等見ているときではないという宿主の思いやりなのかはよく判らない。
ホテルから目と鼻の先の船着場から朝早く観光船に乗り込んでヘルシルト村まで約1時間のフィヨルドクルージングを楽しんだ。スタート時は山間の朝なので日の光も乏しく何となく薄暗い感じの光景であったが船が進む程に太陽も山の上へ顔を出し、水面を碧翠色に変えていく。切り立った崖の岩肌を洗うように流れ落ちる滝も幾条か目にはいる。そうこうしているうちに切り立った断崖絶壁の僅かな空間にへばりつくようにして民家が一戸建っているのが目に入った。ここで農業を営んでいるのだという。よくもこんな厳しい環境条件のもとで生活できるものだと人間の営為の素晴らしさを知る思いである。次々に変わっていく景色に見とれているうちにあっという間に一時間のクルージングは終わってしまった。ヘルシルト村から再びバスに乗りブリクスダール村までやってきた。氷河を見学するためである。
ブリクスダールからはフィヨルドポニーの曳く馬車に乗って登り道を約15分間走行すると、氷の巨大な固まりが山になっている所へ到着した。ブリクスダール氷河の河口である。河口へ至るまでの道の周囲には樹木や草も青々と繁っている。そして氷河から溶けて流れる川が近くには白い飛沫を上げながら流れている。段差のある箇所ではこれが滝となってその雄姿を誇らしげに顕示して水しぶきを雨の如くふりまいている。
氷河の河口には山頂から流れてきた氷塊が5〜6メートルもの高さでうすら青い色を帯びて白色の天然の造形美を見せながら堆積している。一見テープがカールしたかの如き断面を見せているところもある。我々が見学したブリクスダールの氷河はこの時期には活動しておらず、静止した状態で氷塊となっている河口を見学することができた。ブリクスダール氷河は海抜436メートルのところにある長さ100キロメートル厚さ100メートルにも及ぶヨステルダール渓谷の氷河から流れてきた支流である。
再び馬車に15分揺られて下山しバスに乗り換えて明日のソグネス・フィヨルドの見学に備えてパレストランドの宿へ入った。
朝早くパレストランドの波止場からフェリーボートに乗りソグネスフィヨルドをヘラまでクルージングした。ソグネスフィヨルドは世界一長く、深いフィヨルドである。長さは204キロメートル、深さは最深部で1308メートルにも及ぶ。昨日のゲイランゲルのフィヨルドとは趣を異にしてフィヨルドの規模が大きいため幅が広くて湾を航行しているのと変わらない。周囲の山々が切り立った険しい崖になっているところが湾とは違うところであろうか。対岸には集落や農場も見えている。羊を斜面で飼っているのも目撃した。そのうち次第に川幅が狭くなってくると両岸の山が迫ってきだしてフイョルドらしい雰囲気がでてくる。航行して行く前方に険しい山々が重なりだしたと見とれているうちに目的地のヘラへ着いてしまった。
ヘラでバスに乗り換えてゾグンダール、カウパンゲン、グッドバンゲン、スタルハイムという町村を経由してフロムの町に着いた。途中スタルハイムではヘヤピンカーブの続くつづら折れの急勾配の坂道をスタルハイムホテルまでドライブして眼下に見下ろせる景色の移り変わりゆく様を堪能した。
このスタルハイムホテルには橋本元総理も宿泊したことがあるらしく、夫妻でホテルを背景に撮影した記念写真が展示されていた。ホテルは鉄錆色の建物であるが周囲の景色によく馴染んでいる。時の橋本総理がここへ滞在したときにはここへ通じる道路の交通規制をしたため周辺道路が大渋滞をきたし、日本とはそんなにテロリストの多い怖い国なのかと地元民の顰蹙を買ったという話が伝えられている。ホテルのテラスから俯瞰した景色は絶景の一語に尽きる。
スタルハイムホテルから別のルートで下って行くと二つトンネルがある。二つ目のトンネルを通り抜けると目の前でフィヨルドが終わって二つの山並みの間にフィヨルドの畔に開けている小さな町がいきなり目の中に飛び込んできた。ここがフロムの町である。フロムの町はフロム鉄道を利用してフィヨルド観光に出掛ける場合、オスロからでもベルゲンからでも必ず経由する交通の要衝地点である。従って山間の町としては一寸した賑わいを見せている。土産物屋、レストラン、スーパーマーケット等もあるが過密都市に生活している日本人の目からすればうら寂しい田舎町だとしか写らない。
この町で二時間近く時間待ちをしてからミュルダール経由オスロ行きの電車に乗った。車両の横幅が多少広いのか座席は横に五人腰掛けられるようになっている。列車には三つの大きな団体客が競合したが全て日本人であった。
車窓には白樺、から松、樅などの木立が続いていて、時々岩肌を滑るように流れ落ちる滝を散見できる。また線路に迫っている岩山には岩石の崩落の跡が認められその下には明らかに崩落したと思われる岩石が堆積している。屋根に草を生やした平屋の木造建築もちらほらと見え隠れする。トンネルを幾つか通り抜けると途中Kジョスフォッセンの滝の見える所では停車して乗客に写真撮影の時間を与えてくれる。駅ではないがプラットフォームが設けられていて下車撮影が可能なのである。乗り継ぎ駅のミュールダールでは再び時間待ちをしてボス行きの電車に乗った。
ここでは外国からの観光客とおぼしき老婦人二人連れと向かい合わせの座席に乗り合わせた。英語でどこから来たのかと聞いてみるとドイツからだという。フイヨルド見学をしての帰りだが昼食がまだだとも言う。座席に座るとやにわにスーパーマーケットで買ってきたらしいパン四個と袋入りのチーズと小さなパックになったバターを取り出した。ナイフでパンを縦に割り、中へバターとチーズを挿入してむしゃむしゃと食べだした。丁度通りかかった売り子からコーヒーを紙コップに買って美味そうに飲んだ。ドイツ人の国民性は質実剛健であるとよく言われるが、目の前にその見本を見る思いであった。
ボスの町で待ち構えていたバスに乗り今夜の宿泊地ベルゲンまでドライブした。
ベルゲン近くまできて山間の道を通り抜けたと思ったらいきなり目の前にベルゲン市内の町並が飛び込んできてとても印象的であった。山の斜面に沢山白壁に赤屋根の家が立ち並び深く入り込んだ入江がそこにはあった。
ベルゲンはノルウエー第二の都市で人口は約22万7,000人。1070年にオラフ・キュレによって開かれた盆地状の歴史の古い港町である。12世紀から13世紀まではノルウエーの首都であったし、北海に面した港としては唯一の不凍港である。ベルゲンでは地形のせいか雪が降ってもすぐ溶けるという。入江は町の奥深くまで入り込んでおり船便のよい美しい水の町を形成している。
ベルゲンは中世にロンドン、ブリュージュ、ノブゴロドと並んでハンザ同盟の四大中核都市の一つとしてドイツのハンブルグやリューベックからやってきた商人が北海産のニシンの集荷流通を独占的に牛耳ってきた商都である。当時欧州各地の漁港から集荷した乾燥ニシンを貯蔵しておく木造の倉庫群が今は店舗に改装され、往時そのままの姿で何棟も保存されていて中世の町並みを偲ばせてくれる。このブリッゲンと呼ばれる地区はユネスコの世界文化遺産に指定されていて、近くにはハンザ同盟の建物が博物館として残されている。この中には当時ドイツから渡ってきた徒弟達が寝起きした粗末なベッドや道具類等が保存されていて興味つきないものがある。
ベルゲン市内にはノルウエーの生んだ天才画家ムンクの絵画を多数展示しているラムスマイヤーコレクションやベルゲン美術館の他に工芸博物館、海洋博物館、歴史博物館、自然史博物館、ブリッゲン博物館、ベルゲン劇場博物館、国立劇場、コンサートホール等の施設も整っており文化の香りが漂う町である。
周囲の山の傾斜面には高級住宅が軒を連ねていて美しい町を形成するのに一役買っている。市の郊外には不世出の天才音楽家グリーグが愛妻と22年間生活したビクトリヤ調の白い住居も元の形で残されており、愛用のピアノや調度品が展示されている。目と鼻の先にはグリーグが自らも演奏した200人収容できる愛用のコンサートホールがある。このコンサートホールの中からはベルゲンに入りこんでいるフィヨルドの海を展望することが出来、現在も毎日のように利用されている。このコンサートホールの屋根には例の如く草が山のように生い茂っているのが物珍しい。
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