1970/08 - 1970/08
282位(同エリア322件中)
片瀬貴文さん
ロアールで初めて訪ねたシャンボール城は、この地域にある多くの城(シャトー)の中でも、最も豪華で最も壮大と言われている。
林間の駐車場から城に向かうと、木の間越しにたくさん(365本)の塔を乗せた、白い大きな建物がチラホラ見えてくる。
これから出会う光景を想像しながら、胸がワクワクする。
この城は、フランス国王フランソワ1世(在位1515-47)が、イタリアから凱旋した後に夢と情熱を傾けて築いたもので、1519年に着工され、440室の建物は100余年かかって完成を見た。
これだけの大きなものを造り上げるに要したお金は、どのようにして集められたのだろうか。
素朴な疑問と興味が、ふつふつと湧いてくる。
建築工事に集められた人は、1,800人と言われている。
それから造り上げるに当たっての計画力と意思や情熱の持続性は、日本に無いものである。
石造り文化の特性なのだろうか。
周囲32キロ面積5,500ヘクタールの広大な土地に、狩猟基地と社交を兼ねて造られ、基本構想には国王がイタリアから連れてきたレオナルド・ダ・ヴィンチが関わっていたとされている。
1515年に20歳で即位したフランソワ1世は、即位直後にイタリアに兵を進め、そこでルネサンスを代表する芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチと出会う。
王はダ・ヴィンチを熱心にフランスに誘い、アンボワーズ城の近くにダ・ヴィンチの館を用意し、毎晩のように館を訪ねて二人で語り合った。
まもなくダ・ヴィンチが死ぬと、王は悲しみを癒やすためにシャンボールに、ダ・ヴィンチの発想を取り入れた城を築いたという。
城の真ん中には、上がる人と下りる人が出会うことがないよう、二重の螺旋(らせん)階段があるが、これはダ・ヴィンチが描いた理想の都市の階段を実現させたらしい。
ダ・ヴィンチの理想とはどんなものだったのだろう。
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