2004/08/06 - 2004/08/14
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Bostonianさん
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ローマから、日帰り旅行で、ポンペイまで行ってきました。前日に、地球の歩き方を読んでいて急に行きたくなって、行ってきました。
案外知られていないようですが、ローマから日帰りで十分、ポンペイは楽しめます。ナポリから、地方電車のようなのに乗り換えますが行き方は簡単です。ナポリでの乗り換えも観光客も多いので、間違えることもないでしょう。
2000年も前の人の生活が目に浮かびそうなまでにリアルに残っています。化石や遺跡等とやや趣きを異にし、昨日のような大昔のようなとても変わった雰囲気を醸し出しています。
火山灰に埋まっている限り現状のまま保存されるポンペイの都市も、掘り返されることで、徐々に風化が始まるそうです・・・現代の科学では、この過去と現代をつなぐ歴史の証拠をそのままで保存することはかなわぬそうです、皆さんも一刻も早く・・
写真のアップはしばしお待ちください。
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ポンペイって、こんな町です。
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ここが、バジリカの奥にある法廷です。しかし、既に1世紀でこれほどのものを建てる技術を持っているんですねえ・・・。
日本の1世紀って・・・忘れた。うーん、邪馬台国が3世紀くらいだから、弥生時代くらいでしょうか・・・間違っていたらどなたか訂正お願いします。 -
バジリカ-フォーロと呼ばれる町の中心にあった建物。紀元前2世紀頃に建設。円柱が28本、3列に区切られていたらしい。
建物の奥は、一段高い法廷であったらしく、さぞ偉そうに踏ん反りかえっていたのでしょう。
当時の豪華さがなんとなく伝わってきませんか?
でも、この建物、屋根がどうなっていたか、定かでないようです・・・瓦で覆われていたという学者、中央が吹き抜けであったという学者・・・あなたはどう思われますか? -
迷路の家というそうです。モザイク画「迷路のテセウス:からとったそうですが・・・そのような物・・・知らん!!見ていないかも。
ちなみに、「迷路のテセウス」って、(ぱくりです)
クレタ島にある地下宮殿の迷路の中に、ミノタウルスという怪物が閉じこめられていて、アテネの人々は毎年、少年と少女を生贄としてミノタウルスに捧げなければなりませんでした。
アテネのテセウス王子は、ミノタウルスを退治するために、自ら生贄の一人に加わり、クレタ島に向かいました。そこでテセウスはクレタ島の王女アリアドネと恋に落ち、アリアドネは剣と、迷路から抜け出せるようにと毛糸をテセウスに渡しました。
無事にミノタウルスを退治して戻ってきたテセウスは、アリアドネを連れてアテネに向けて出航しました。しかしテセウスは、アリアドネを途中に立ち寄ったナクソス島に置き去りにしてしまったのです。
酒の神デュオニッソスはこれを見て哀れに思い、アリアドネに宝石を散りばめた黄金の冠を贈り妻としました。かんむり座はこの冠を表しています。
ちなみに、迷宮から確実に抜け出す方法って知ってます?「左手の法則」です。右手の法則でもいいのですが・・・。
ちゃんちゃん・・・ -
ファウノの家・・・ローマ時代の定型的な家の形式。2000年前のポンペイで最も美しい邸宅であったらしい。この地方の有力な人物の家。
この像、「踊るファウノ像」ということで結構有名らしい・・・
しかし、家の中心にこんな像があったら邪魔じゃあ・・・
あ、そうか家が大きかったから問題ないか・・・敷地は四方を道路に囲まれ、40mX110m。敷地いっぱいに建物は建っていたらしい、要は超金持ちだったということでしょうか。
居間を飾っていたモザイク画は、ナポリ国立博物館へ。 -
これもファウノの家だったと思う。
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ポンペイの典型的な家は、屋根のある中庭(アトリウム)と屋外の中庭(ペリスティリウム)があったらしですが、これは屋根なしの中庭。
これ、家の敷地内です・・・はい。 -
これは、何んだろ・・どうしよう歴史的価値のあるものだったら・・・どなたか教えて・・・
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フォーロの浴場です。ローマの人はお風呂が大好きです。優雅な装飾画があったようです。
一応、男性用と女性用に分かれていました。 -
テピダリウム−温気浴室だそうです。
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これは「アッセリーナの居酒屋」です。ポンペイの居酒屋でも最も保存状態のよいものだそうだ。
上の階には、小さな部屋がたくさんあるそうだ・・・怪しい商売もしていたそうな・・・ -
フレスコ画・・・これどっかの通りにあったものだから、たぶんこういうのが普通に道端に描かれていたのでしょう。
結構派手な町だったのかな?? -
これはなんだったか?
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これは、パン屋の小麦挽き臼です。
で、でかい!! -
不幸にも逃げ切れなかった方々です。2000年後にこのような形で人前に出るとは・・・
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円形闘技場です。
よく行われた競技としては、剣闘士と猛獣の戦いでした。剣闘士同士も戦ったらしい。
剣闘士は、奴隷か戦争捕虜だったので、勝てば自由・・・負ければ・・・・・・。
当時の一般的な娯楽だったらしい。ローマの行政官が民衆の支持を得るため、また選挙活動の為に支援していたらしい・・・・物騒だなあ・。 -
アポロ神殿です。
これ、元々このフォーロができる以前からあった建物の改築らしく、その起源は紀元前6世紀になる。
その為、古代イタリア系とローマ系の建築様式が混ざっているらしい。
ちなみに、手前の台は生贄の台です。世界中の至る所で、なぜ生贄という習慣がなくならないのでしょうか? -
矢を射るアポロ像です。
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これはジュピター神殿の一部でしょうか・・・うーん、記憶があいまい・・・。
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