2004/06/30 - 2004/07/04
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さすらいおじさんさん
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成都は四川省の省都で人口約1000万。2500年前の周時代に築城、3世紀の漢時代には中国有数の大都市になっており、三国時代には蜀漢の都、以来四川省の中心都市である。魏軍と対陣中に亡くなった諸葛孔明(181−234年)と白帝城で亡くなった劉備玄徳(161−223年)を祀った武候祠があり、三国志ゆかりの遺物、文物が展示されている。
成都で私が最も興味があったのが杜甫草堂だ。「詩聖」と賞賛される杜甫は科挙試験に何度も失敗するが文才を認められて、楊貴妃のとりこになって国政がおろそかになったと言われる玄宗皇帝に仕えていた。しかし玄宗皇帝へのクーデター、安禄山の乱で長安に監禁され、脱出して粛宗に仕えるものの左遷され辞職。そして厳武の参謀になり、成都の郊外に草堂を築いて759年から4年余り住み240首余の詩作をした。だが厳武の死後内乱となり舟旅に出て、洞庭湖の近くで客死。杜甫は不遇の人生をたくさんの詩で語っており、48作も続いた日本の映画「男はつらいよシリーズ」も同様に不遇が万人の心を打ち、共感を呼んでいるのではないかと思う。
杜甫草堂には私が中学時代に始めて習った漢詩、「春望」が展示されていた。
春望 杜甫
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵万金
春望(しゅんぼう) 杜甫(とほ)
国(くに)破(やぶ)れて山河(さんが)在(あ)り
城(しろ)春(はる)にして草木(そうもく)深(ふか)し
時(とき)に感(かん)じては花(はな)にも涙(なみだ)を濺(そそ)ぎ
別(わかれ)れを恨(うら)んでは鳥(とり)にも心(こころ)を驚(おどろ)かす
烽火(ほうか)三月(さんげつ)に連(つら)なり
家書(かしょ)万金(ばんきん)に抵(あ)たる
白頭(はくとう)掻(か)けば更(さら)に短(みじか)く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲(ほっ)す
国都長安(ちょうあん)の町は、賊軍のためにすっかり破壊されたが山や川は昔のままである。城内にも春がやってきて、草や木が深々と生い茂ったが、この戦乱のなげかわしい姿を思うと花を見ても涙が落ち、家族との別れを悲しんでは、鳥の声にも心が痛む。戦乱が久しく続いているため、家族からの手紙はなかなか来ないので。万金にも値するほど貴重に思われる。度重なる心痛のため、白髪は掻けば髪の毛はさらに短くなり、今ではまったく冠を止めるピンもさせない程だ。
日本でも旅の俳人・松尾芭蕉は生涯を通して杜甫を尊敬しており、杜甫のように旅で客死することを望んでいたが望み通り大坂で客死している。有名な俳句「夏草や 兵どもが 夢の跡」は、「春望」を引用していると言われている。芭蕉も武士として大成できず、杜甫の不遇の詩に共感していたのではないだろうか。
成都は放浪の旅で客死した偉大な詩人、杜甫と芭蕉に思いを馳せることができる街だった。(写真は杜甫草堂)
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