1983/08/03 - 1983/08/08
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ajiajiroさん
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古いお話で申し訳ございません。
今から約22前の1983年に香港、広州、桂林とツアーで廻った時の記録を引っ張り出してまとめてみました。
5泊6日の旅行で当時の旅行代金が、夏場のピークの為か148,000円だったと思います。
兌換券一元が日本円でおよそ123円だった時代の中国旅行の様子をお伝えします。
この切り絵は当時に広州で買ってきた物です。
-
第一日目は香港観光。ツアー一行17名でお決まりのコースを観光しました。
ビクトリアピーク、タイガーバームガーデン、レパルスベイと宝石工場、中華デパート、漢方屋さんでの買い物などなど。 -
坂の途中で香港警察の白バイが止まっていました。ヤマハのXS650Eでしょうか? 大型のロードタイプの白バイでいろは坂のような山道を走るのは大変そうでした。
当時の香港啓徳空港の近くのリーガルメリディアン・ホンコンエアポートにて宿泊。
翌日は直通列車にておよそ3時間の旅で広州へ移動しました。当時の直通列車は九龍駅から出ていたと思います。
中国の機材、服務員による直通列車は乗り込む前から雰囲気が違いました。自由主義の香港の空気のなかに共産主義の別世界が有るような感じです。 -
広州では中山紀念堂、鎮海楼、広州交易会場などを見学。
宿泊は友誼商店の隣の白雲賓館。
友誼商店での買い物は興味津々の面白いものばかり。
コーラは可口可楽ではなくて百事可楽(ペプシコーラ)だったのが印象に残っています。
部屋にゴキブリが出没。
ちょっと日本では見たことのない種類。たぶん、ワモンゴキブリのなかまと思われる。 -
広州白雲机場から桂林机場まで中国民航で飛びました。
搭乗するとすぐに冷えていないパック入りのジュースと安物の扇子を配られました。
中国の初国内線搭乗の印象はなんというか、誘導路を移動するということが無く、止まっていた場所からいきなりフルスロットルで飛び立ちました。小型だけにすごい加速でした。
桂林近くの上空に差しかかると写真で見たことのある特徴のある山々が見えてきました。 -
たぶん、飛行機はB-737-200115人乗りだったと思います。
熱〜い熱〜い桂林空港に到着です。
当然ながら、まだ国際空港ではありませんでした。 -
田舎の駅に毛の生えたぐらいの空港の建物にタラップを降りて、各自勝手に徒歩で向かいます。
まわりは柵などは無く畑が続いていたと思います。 -
ホテルは市内で絶好のロケーションを誇る漓江飯店でした。
ホテルの部屋からの朝の景色。
すぐ目の前にある杉湖が公園になっていて人民が集まって体操?のようなものをしていました。 -
ホテルからの景色。
漓江の右側中程に象鼻山が見えています。絶景です。 -
芦笛岩の観光に行きました。
鍾乳洞の見学です。
当時は冠岩はまだ開発されていなかったと思います。 -
中は広い広い鍾乳洞でした。
当時でも七色の?カラフルな照明はちょっと違うのではと思いました。
この写真は当時流行していた、コダックのディスクカメラを使って写したものです。
ちょっと粒子が粗いのが目立ちます。 -
当時の桂林の風景。
籾を広場のコンクリートの上に直に広げて干していました。 -
さて、桂林観光のメインの漓江下りです。
なにぶん20年以上前の記憶なのであやふやなのですが、たぶん竹江船乗り場からの予定が異常渇水とのことで、途中の楊堤から終点の陽朔まで乗ったと思います。
乗り場付近の物売りは当時からかなりたくさんいまして、外国人を乗せたバスが到着しますと、大勢が群がって来る状態でした。 -
船下りの景色です。
特筆すべきは、そのときは船のエンジンをかけないでタグボートがロープを使って我々の乗った船を牽いていたということです。
この事によって乗り心地がすごく良くなります。
船は音と振動から解放されて、静かな幽玄の世界を滑るように進んでいきました。
長年の夢だったあこがれの漓江の船下りに相当に感動致しました。 -
あるポイントに近づくと子ども達が大勢、泳いで近づいてきます。
何かと思ったら、香港人のガイドさんが船内にサービスで出ていた飴とか、果物を子ども達に向かって投げ始めました。
子ども達は、水中に沈んだ飴を潜って取ってきては、泳ぎながら自慢げに手にかざします。
そうすると、船内からは拍手が湧き上がり、また新たなお菓子が投げ込まれる仕組みです。 -
たぶん、陽朔から帰る途中の道路脇にいた人びとです。
ちょっと気に入った風景なので額に入れてみました。
当時のツアーメンバーはご高齢の方も多く、この暑さの中で疲れたのか、帰りのバスの中は船を漕いでいる方が大勢いました。 -
桂林の市内観光の様子です。
昼食のレストランの過剰な小姐たち。
七星公園のラクダ岩?
夏場なので最高に臭いのきつかった市場の様子。
アメリカからの華僑訪中団ご一行。 -
パンダ四態
七星公園の動物園ではパンダの写真が撮り放題でした。 -
人間は馬鹿では有りません。
馬鹿とは中国に実在する動物です。
鹿の一種です。 -
子ども達が遊んでいました。
古い写真なのでセピア調に加工してみました。 -
さて、その後に広州に一泊した後、香港に戻るとご覧のとおりの香港観光記念の写真皿が出来上がっていました。
そして、22年の年月が流れました。
写っている人物はだいぶ年を取りましたが、このお皿は今でも我が家の居間に飾られています。
− 終 劇 −
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この旅行記へのコメント (8)
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- 福の海さん 2009/12/15 00:54:39
- お若い
- 2人の記念のお皿
素敵ですね!
桂林4回目ということは
何度行っても見ごたえがあるということなのでしょうね。
川であめを拾っていた子供たちは今どこにいるのでしょう。
- ajiajiroさん からの返信 2009/12/15 23:36:31
- RE: お若い→昔は確かに…
- 福の海さん、你好!
いつも書き込みありがとうございます。 m(_ _)m
桂林の船下りも4回目になりますと、かなり予習、復習をしていきまして、あの山は何の山とかが、ある程度判るようになってきました。
まあ、しょせんこじつけに過ぎないのですが…
とても、とても寒い桂林でして… マフラーと手袋と冬支度でした。
船のデッキに立つと風がとても冷たい天気でして、川で泳いでいるのはアヒルぐらいです。
桂林もすっかり大都会になっていました。
今度来るときはさらにどうなっているのやら…
では、また。 再 見 (^_^)/~
-
- こまちゃんさん 2006/07/14 12:13:51
- 飴を貰う子供たち
- こんにちは。
先日桂林へ行って来たので、早速旅行記をアップし、他の方々のを眺めていましたらこちらに辿り着きました。
10年前、この子供たちはお金(コイン)を貰っていたんですが、イメージが悪いと言う事で禁止されたそうです。
筏が接舷しての物売りは健在でした。
かなりウケていましたが、買う人はいませんでしたね。
前回は、筏を離す時の相棒との息が合わず、川に填まるシーンもありましたが、今回は上手くクリアしていました。(^^
ものは偽者なんですが、こまたちは「筏から買った」と言う事に意義を感じで一つ買っちゃいました。(~~;
こま
- ajiajiroさん からの返信 2006/07/22 21:46:58
- RE: 飴を貰う子供たち
- こまちゃんさん、你好!
超カメレスでごめんなさい。
暑い暑い上海に埋没していました。
桂林の景色はやはり甲天下ですよね。
ただ、やはりなんというか、今は人が観光地ずれしているのは中国一なのかと…
若い頃に行った桂林は感受性が敏感だった所為か、かなりインパクトがありました。
あこがれの桂林についにやって来たという感じで見るもの聞くもの珍しく、舞い上がっていたような気がします。
私は1998年以来、桂林には行っていませんが、もうあのような「飴を貰う子供たち」はいないのでしょうね…
今どきの子ども達は中国でも携帯ゲーム機なんかで遊んでいるのかな…
では、また。 再 見 (^_^)/~
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- enyasuさん 2005/06/18 22:55:11
- お皿
- お皿を見ると当時のことを思い出す、なんかいいですね。
そんなサービス、今度どこかの観光地ですすめられたら、少し高くてもやってみようかなと思いました。家族の人数分つくって・・・
私の実家にも、父が写った台湾の円山飯店の絵皿があります。父がだんだん年をとっていくのに、当たり前ですがその写真だけはいつまでも若々しいのです。父は今年で79歳ですが、元気かな〜
8月に一時帰国するんですが、 ajiajiroさんから刺激を受けたので、昔の旅の写真を整理してみようと思いました。そんなに残っていないと思うのですが・・・
ところで写真1枚貼るところに4枚の写真どうやって貼るんですか?
またお邪魔しま〜す。
- ajiajiroさん からの返信 2005/06/19 00:16:31
- RE: お皿
enyasuさん 毎度どうも!
写真皿の件、そんなに捨てたものでもないですよね。
写真だとそのときだけ見てあとはアルバムなどに入れてしまい忘れてしまうものですが、絵皿だとサイドボードの隅とかに入れておくので比較的にいつも見ていますよね。
大掃除のときなど、捨ててしまおうと思っても 顔が写っているとちょっと、捨てられないですよね。
当時の購入価格はたぶん、日本円で1500円だったと思います。
ちなみに、今1986年の旅行記を作っているのですが、ご好評につき?そこにも写真皿を登場させる予定です。
>写真1枚貼るところに4枚の写真どうやって貼るんですか? の件ですが、
アルバムから写真を4枚はがして、裏面をセロテープで仮止めしてスキャナーに載せるだけです。
別になんのテクニックも使っていません。
私は基本的に似たようなアングルの写真は旅行記に重複して載せないように心がけているのですが、ちょっとボツにしてしまうには惜しいが、枚数はあまり多くしたくないという時などに有効なワザ?かと思います。
デジタルデータでも、ちょっとしたソフトでカット&ペーストなどを使えば簡単にできると思うのですが…
私の父は77歳、母は75歳ですが、まだまだ元気です。
enyasuさんも、帰省されたらたくさん親孝行をしてきて下さい。
では、また。 再 見 (^_^)/~
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- ゆっくり歩くさん 2005/06/17 08:27:44
- 懐かしいですね。
- 懐かしの写真有り難うございます。
飛行場はみなあんなもんでしたね。
私にとっての飛行機は,プロペラのお腹の大きなアントノフです。桂林は外貨稼ぎの路線なので,ジェットが入っていたんですね。
- ajiajiroさん からの返信 2005/06/18 23:39:52
- RE: 懐かしいですね。
ゆっくり歩くさん、毎度どうも。
え、プロペラ機の経験がお有りなのですか? (・O☆) 吓了一跳!
アントノフもプロペラの単発から大型ジェットまでいろいろあるようですが…
昔の中國民航はパイロットがみな中国空軍あがりなので、操縦がすごく旨いと中国人の現地ガイドが自慢していたのを「そんなことは無いだろう」と思いながら聞いていた覚えが有るのですが…。
では、また。 再 見 (^_^)/~
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