マニラ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
帰国当日の朝、私が予約を入れていたバンコックから飛来してくるパキスタン航空のマニラ発のフライト時間は早朝の七時だった。空港まで渋滞が無い早朝の時間帯なら30分、6時には空港に到着するようにするには、逆算していくと5時半頃にはYMCAを出てタクシーを捕まえなければならなかった。大型ザックは空港に預けていた。前夜は早起きに備え、はやい時間帯に荷造りを済ませベッドに入った。 <br /><br />翌朝5時過ぎに目覚めた私は手短に身支度を整え、YMCAを後にした。やや大きめのサブザックと貴重品を入れた麻製のショルダーバッグはいつも、たすき掛けに首から下げていた。<br />YMCAから程近いロハス大通りに出て、流しの黄色いボディカラーのタクシーを停めた私はその時、何故か助手席に乗り込んだ。 運転手とは道中きっと他愛のない話をしたはずだが、どんな話をしたか記憶に無い。 やがて空港に到着したタクシーを降り、空港ビルに入る際にパスポートの提示を求められた私は自分の肩に掛かって居るはずのショルダーバッグが無い事に初めて気が付いた。ほとんど血の引く思いだった。私の乗ってきたタクシーは既に走り去っている。一瞬の間が有って私は叫んだ。貴重品を入れたショルダーを最後の最後になってたすき掛けにせず、肩掛け状態でタクシーに乗っていたのだ。<br />神経が目覚めて居ない所為もあったかもしれない。<br />ウワ〜〜〜〜ッ!! 私は声にならない叫び声を上げ地面にしゃがみ込んだ。身体がそのまま地面の中に吸い込まれていくような気分になった。今まで快適な旅を続けていたのに最後の最後で暗転していく自分自身の間抜けさに腹が立った。 <br /><br />やがて立ち上がった私はタクシーが、もしや忘れ物に気が付いて戻ってくるのではと、とても往生際の悪い事を考え、しばしその場で待ったが、<人のモノは自分のモノ>が常識の<盗難アジア>の彼の地でそんな事になるはずも無かった。手持ちの財布には空港使用料の数ドルしか入れてなかった。パスポート、航空券、トラベラーズチェック<旅行小切手>と200ドル近いキャッシュはすべてタクシーと共に消えていった。<br />私は旅行小切手の通しナンバーの控えを空港に預けた大型ザックの中に入れて置いた事を思いだし、事情を説明し空港の荷物預かり所に通して貰った。引換券を渡すとザックは戻ってきたが、ザックに縫いつけていた、諸外国で購入して各国の紋章、エンブレム、国旗の大部分が剥がされていた。日の丸までもがナイフで切り取られていた。マニラの空港ではこの類のモノは盗られると聞いていたが、今はそれどころでは無かったので怒りの気持ちを半分だけ飲み込みながら 空港警察に向かった。<br /><br />乗ってきたタクシーの中に貴重品を置き忘れた旨を伝えると、ここでは取り扱えないのでpasay cityの警察で紛失届けを出せという。<br />云われるままにタクシーでpasay警察に向かった。払いはドル紙幣で払った。その時点で私の全財産は数ペソと1ドルのみになった。<br /><br />向かった pasay cityの警察では置き忘れた内容物について詳しく教えろという。しかし今日は国の休日ゆえ明日もう一度改めて来てくれと、警官は云う。更に警官はこういった。ところでタクシーは何処から乗ったのかと問い、市内のYMCAに近いロハス大通りから乗ったと答えると、それではうちの所轄じゃない。YMCAに一番近い警察に届け出よと云う。何となく、たらい回しにされているような気分になった私は、すっかり面倒になり もういいわとその場を去った。<br /><br />さてこれからどうしようかと思案した。まずパスポートの再発行の手配をしなければならなかった。もう置き忘れたモノは戻ってこないと考えていた。金は小銭入れに数ペソと1ドル有るだけだった。pasay cityの警察を出た私は金もないのにタクシーを止めた。どうするつもりなんだ、おいら?、、、日本大使館に行ってくれとドライバーに頼んだ。タクシードライバーは後にブッシュマンの映画で人気者になったニカウさんに良く似た風貌の人の良さそうな運転手だった。パスポートや航空券をタクシー内に置き忘れて処理の最中だと話した。ニカウさんはひどく同情してラジオ局で告知して貰ったらどうかと云う。でも タクシーに乗ってラジオ聴いてるドライバーの車に乗った事ないよと云うと、そうかも知れないとニカウさんは笑いながら答えた。<br />ニカウさんは云う。「我が家は大きい家ではないしミドルクラスの慎ましい暮らしだけど、お前の一人くらいならパスポートが再発行されるまで、寝泊まりしてもいいんだよ」 <br />私はそう云ってくれる気持ちだけで充分有り難かった。そして<サラマツポ>アリガトウ と彼の気持ちだけを有り難く貰った。既に私はYMCAのドミトリー<相部屋>でパスポートが再発行されるまで慎ましく過ごす気持ちになっていた。 <br />ニカウさんは更に尋ねる。「お前の親爺は何歳だ?戦争には行ったか?」 <br />「親爺は海軍で戦艦に乗っていたけど、南方には行かなかったよ。」 「そうか、それは良かった。日本軍がここに攻め入った時はホントに怖かったよ。自分は14歳だったけど多分一生忘れられないよ」 <br /><br />戦争話で言葉に詰まり気味になる私を察したのか話題を変えるニカウさん。それも現実的な話題で時にタクシー代は払えるのかと尋ねてきた。「心配するな、な〜んの心配もするな、何の問題もないぞ、、<br />大使館で金借りるから大丈夫だよ」と相手を安心させようと努めて明るく答える私<br />「エッ!!?? 今 金を持ってないのか?」気色ばんだ語調や様子は実に万国共通だなぁと思う私。<br />「うん だから空港に向かうタクシーに貴重品置き忘れたって云ったでしょ」開き直り気味に答える私だった。<br />多分 英語圏ではない前の寄港地、バンコックや、エジプトのカイロで同じような 状況になっていたら、もう少し気分的にはタイトになっていたと思う。拙い中学生レベルの旅行英語でも、意志の疎通が普通に出来ると云うことと日本に近いということ、以前にもフィリピンを旅していて土地勘も有った事、そして長い旅をしてきていたキャリアが私をパニックにさせずにいたのかも知れない。<br /><br />ビジネス街のマカティ地区の高層ビルの中に日本大使館は在った。ニカウさんはタクシー料金を踏み倒されたら堪らないと思うのか 私のそばから片時も離れようとしない。タクシー料金のメーターはそこそこの金額になっている。自分も大使館の建物の中まで付いていくよ、と云う。 心配するなよ? 事情を話せばタクシー代金なぞ何とかなるからと、とてもいい加減な事を云う私に不安な表情を募らせ、私から1Mと離れず、金魚の糞の様に付いてくるニカウさん。 菊の紋章がエレベーターを降りると突き当たりの入り口に見えた。ビザの申請などを受け付ける事務オフイスのようだった。チャイムを押す私、誰もでてこない。<br />まだ9時前でビジネスアワーじゃないんだよ。ちょっと待っていようよ、とニカウさんに声を掛けると、ニカウさん、今度は私に ぼやき始めた。 <br /><br />「あんたを乗せちまったばっかりに午前中に一度帰社して売上げ渡さなければならないのに、ボスになんと説明すればいいんだよ?」<br />「正直に話せばいいじゃん? でも金を大使館員から借りる事出来たら、チップも出すからさ〜」<br />他人から金を借りる算段をしてチップを弾むもないよなぁ、と自分自身のいい加減さとお気楽ぶりに我ながら軽く呆れた。 <br /><br />待つこと二十分、9時をまわった処で再びチャイムを鳴らした。今度は女性の声で初めてリアクションがマイクスピーカー越しに有った。<br />「パスポートをタクシー内に置き忘れました。再発行の手続きをお願いしたい」と私。<br />「ちょっとお待ち下さい。今 ドアロックを外します」と女性の声、<br />ドアが開くとカウンターのような受付が有った。そこに20代位の日本人女性が詰めていた。再発行には本人証明が、まず必要という。免許証でも構いませんよという。<br />「では日本に電話させてください。コレクトコールなら構いませんよね?」と私<br />するとその女性事務員は、私の後ろに背後霊のように張り付いている二カウさんを訝しげに見る。 <br /> この人はどなたですか? と、、<br /><br />「この人はタクシードライバーです。パスポート・金品をタクシーに置き忘れた文無しの私を乗せてしまった為に支払いがして貰えません。で、すいません 申し訳ないですが、お金を少し貸して貰えませんか?この運転手にタクシー代を支払わなければならないのです」と遠慮がちに丁重に借金を申し出る私だった。 <br /><br />このお願いに、その女性のリアクションは日本語の判らないニカウさんにも充分に判る程だったかもしれない。 いったい何処の馬の骨だか判らない怪しげで妙なヒッピー風情の日本人になんで私が金を貸さなければならないのよ〜〜!!という態度と表情を実に判りやすく見せてくれた。そこをなんとか〜と更に食い下がる私。お金を貸すことは出来ませんッ!と何処までも融通の利かない女性事務員。 30ペソ<1000円強>でもいいからと、なおも食い下がる私。その私の背後で、不安そうな表情を浮かべ事態の成り行きを見守っているニカウさん。私は時々背後霊状態になっているニカウさんを振り返りながら、大丈夫 大丈夫、心配ないから〜と励ましてみたりする。心なしか泣きそうな表情を浮かべるニカウさんの為にも簡単に引き下がるわけにはいかなかった。<br /><br />「兎に角、お金を貸す習慣は有りませんからお断りします!!」<br />実際の処、訳の分からないヒッピー・ツーリストに情をかけていたら堪らないと思う。<br />この女性事務員に利が有るのは確かだろう。 その時、更に奥のドアが開き、男性が我々の傍にやって来た。我々のやり取りを耳にしたのだろう。<br /><br />「どうされましたか?」<br />「パスポートを含めた貴重品をタクシー内に置き忘れ 再発行をお願いに来ました。で、このタクシー運転手に料金を支払わなくてはいけないので金を貸して頂けませんか?」<br />私はとても単刀直入にその男性館員と思われる人に借金をお願いした。<br />「幾ら必要ですか?」<br />「50ペソでとりあえず凌げます」 その男性館員は余計な事は何も云わずにポケットから財布を出し、文字通りのポケットマネーで私に50ペソを差し出した。<br />「有り難うございます。借用書を書きます。御名前を教えてください」<br />「岩○二等書記官と申します」 私はニカウさんに今受け取ったばかりの50ペソ紙幣を渡した。タクシー料金は28ペソだった。そして私は今度はニカウさんにお願いした。<br />「10ペソだけお釣りをくれないか?後は少ないけどチップとして取ってくれ」と私。<br /> するとニカウさんは私に20ペソを差し出しながら云う。<br />「お前も金がなくて大変だろう、パスポートが見つかる事を祈ってるよ」<br /><ありがとう>という言葉しか浮かんで来ないほどに気持ちが柔らかくなった。<br /><br />大使館から日本の家族にに電話をかけ、事情を説明し免許証と郵便局への送金の仕方を岩○二等書記官からレクチャーを受けた通り郵便局留めでお願いした私は大使館を後にした。20ペソ<700円>しかない私はタクシーも避け、50センタボ<1ペソの半分>で乗り合い自動車のジープーニーを乗り継ぎルネタパーク近くで降りた。今度はここの一角に有るパキスタン航空のオフイスで航空券の再発行を頼みに行った。 前日、予約再確認でこのオフイスを訪ねていた私がドアを開けた瞬間、前日、私を担当して少し話し込んだカウンターの娘が驚いた様に私に声をかける。<br />「あれ?飛行機に乗らなかったの?? 東京に帰らなかったの??」<br />「ウン 乗らなかった 君に逢いに来た」と、こんな時でも無意味で馬鹿な事を云う私。<br />私はカウンター嬢に事の顛末を話し、チケットの再発行を要求した。<br />以前、バンコックのパキスタン航空オフイスでは、紛失した航空券の再発行をしてくれたという話を聞いていたからだ。 しかしカウンター嬢の返事はつれないものだった。<br />バンコックのオフイスとマニラのオフイスでは営業方針が違うから無理だと云う。<br />マネージャーに会わせて欲しいと云った。ボスは今は休暇を取ってここには居ないと逃げられた。<br />ただ貴男の場合は前日、予約再確認していて乗らなかったという確認が出来ているし特別に、ノーマルチケットの半額程度で発券出来ると云う意味のことを云った。 <br />送金が届いたらまた来るねと言い残し私はオフイスを出た。 <br />今頃、日本に到着しているはずなのに、まだマニラで東奔西走している自分自身の間抜け加減に今更ながらに呆れた。 <br /><br />私はトボトボと多分、伏目がちにルネタ・パークの一角を横切り、フィリピン建国の父ホセ・リサールを称えるモニュメント前を通過してYMCAに向かった。その時だった。私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。そら耳かと思った。このマニラに私の名前を知っている者など居ないはずだった。幻聴だと思った。気疲れと暑さと湿気で気が変になったかと一瞬考えた。すると再び、今度はもっとクリアな大声で私の名前を叫ぶ声が聞こえた。 間違いなかった。 誰かが私の名前を確かに叫んでいた。<br /><br />          パート2に続く・・・・

NO4 マニラ・ パスポート置き忘れ事件・顛末記 パート1

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kio

kioさん

帰国当日の朝、私が予約を入れていたバンコックから飛来してくるパキスタン航空のマニラ発のフライト時間は早朝の七時だった。空港まで渋滞が無い早朝の時間帯なら30分、6時には空港に到着するようにするには、逆算していくと5時半頃にはYMCAを出てタクシーを捕まえなければならなかった。大型ザックは空港に預けていた。前夜は早起きに備え、はやい時間帯に荷造りを済ませベッドに入った。

翌朝5時過ぎに目覚めた私は手短に身支度を整え、YMCAを後にした。やや大きめのサブザックと貴重品を入れた麻製のショルダーバッグはいつも、たすき掛けに首から下げていた。
YMCAから程近いロハス大通りに出て、流しの黄色いボディカラーのタクシーを停めた私はその時、何故か助手席に乗り込んだ。 運転手とは道中きっと他愛のない話をしたはずだが、どんな話をしたか記憶に無い。 やがて空港に到着したタクシーを降り、空港ビルに入る際にパスポートの提示を求められた私は自分の肩に掛かって居るはずのショルダーバッグが無い事に初めて気が付いた。ほとんど血の引く思いだった。私の乗ってきたタクシーは既に走り去っている。一瞬の間が有って私は叫んだ。貴重品を入れたショルダーを最後の最後になってたすき掛けにせず、肩掛け状態でタクシーに乗っていたのだ。
神経が目覚めて居ない所為もあったかもしれない。
ウワ〜〜〜〜ッ!! 私は声にならない叫び声を上げ地面にしゃがみ込んだ。身体がそのまま地面の中に吸い込まれていくような気分になった。今まで快適な旅を続けていたのに最後の最後で暗転していく自分自身の間抜けさに腹が立った。 

やがて立ち上がった私はタクシーが、もしや忘れ物に気が付いて戻ってくるのではと、とても往生際の悪い事を考え、しばしその場で待ったが、<人のモノは自分のモノ>が常識の<盗難アジア>の彼の地でそんな事になるはずも無かった。手持ちの財布には空港使用料の数ドルしか入れてなかった。パスポート、航空券、トラベラーズチェック<旅行小切手>と200ドル近いキャッシュはすべてタクシーと共に消えていった。
私は旅行小切手の通しナンバーの控えを空港に預けた大型ザックの中に入れて置いた事を思いだし、事情を説明し空港の荷物預かり所に通して貰った。引換券を渡すとザックは戻ってきたが、ザックに縫いつけていた、諸外国で購入して各国の紋章、エンブレム、国旗の大部分が剥がされていた。日の丸までもがナイフで切り取られていた。マニラの空港ではこの類のモノは盗られると聞いていたが、今はそれどころでは無かったので怒りの気持ちを半分だけ飲み込みながら 空港警察に向かった。

乗ってきたタクシーの中に貴重品を置き忘れた旨を伝えると、ここでは取り扱えないのでpasay cityの警察で紛失届けを出せという。
云われるままにタクシーでpasay警察に向かった。払いはドル紙幣で払った。その時点で私の全財産は数ペソと1ドルのみになった。

向かった pasay cityの警察では置き忘れた内容物について詳しく教えろという。しかし今日は国の休日ゆえ明日もう一度改めて来てくれと、警官は云う。更に警官はこういった。ところでタクシーは何処から乗ったのかと問い、市内のYMCAに近いロハス大通りから乗ったと答えると、それではうちの所轄じゃない。YMCAに一番近い警察に届け出よと云う。何となく、たらい回しにされているような気分になった私は、すっかり面倒になり もういいわとその場を去った。

さてこれからどうしようかと思案した。まずパスポートの再発行の手配をしなければならなかった。もう置き忘れたモノは戻ってこないと考えていた。金は小銭入れに数ペソと1ドル有るだけだった。pasay cityの警察を出た私は金もないのにタクシーを止めた。どうするつもりなんだ、おいら?、、、日本大使館に行ってくれとドライバーに頼んだ。タクシードライバーは後にブッシュマンの映画で人気者になったニカウさんに良く似た風貌の人の良さそうな運転手だった。パスポートや航空券をタクシー内に置き忘れて処理の最中だと話した。ニカウさんはひどく同情してラジオ局で告知して貰ったらどうかと云う。でも タクシーに乗ってラジオ聴いてるドライバーの車に乗った事ないよと云うと、そうかも知れないとニカウさんは笑いながら答えた。
ニカウさんは云う。「我が家は大きい家ではないしミドルクラスの慎ましい暮らしだけど、お前の一人くらいならパスポートが再発行されるまで、寝泊まりしてもいいんだよ」 
私はそう云ってくれる気持ちだけで充分有り難かった。そして<サラマツポ>アリガトウ と彼の気持ちだけを有り難く貰った。既に私はYMCAのドミトリー<相部屋>でパスポートが再発行されるまで慎ましく過ごす気持ちになっていた。 
ニカウさんは更に尋ねる。「お前の親爺は何歳だ?戦争には行ったか?」
「親爺は海軍で戦艦に乗っていたけど、南方には行かなかったよ。」 「そうか、それは良かった。日本軍がここに攻め入った時はホントに怖かったよ。自分は14歳だったけど多分一生忘れられないよ」

戦争話で言葉に詰まり気味になる私を察したのか話題を変えるニカウさん。それも現実的な話題で時にタクシー代は払えるのかと尋ねてきた。「心配するな、な〜んの心配もするな、何の問題もないぞ、、
大使館で金借りるから大丈夫だよ」と相手を安心させようと努めて明るく答える私
「エッ!!?? 今 金を持ってないのか?」気色ばんだ語調や様子は実に万国共通だなぁと思う私。
「うん だから空港に向かうタクシーに貴重品置き忘れたって云ったでしょ」開き直り気味に答える私だった。
多分 英語圏ではない前の寄港地、バンコックや、エジプトのカイロで同じような 状況になっていたら、もう少し気分的にはタイトになっていたと思う。拙い中学生レベルの旅行英語でも、意志の疎通が普通に出来ると云うことと日本に近いということ、以前にもフィリピンを旅していて土地勘も有った事、そして長い旅をしてきていたキャリアが私をパニックにさせずにいたのかも知れない。

ビジネス街のマカティ地区の高層ビルの中に日本大使館は在った。ニカウさんはタクシー料金を踏み倒されたら堪らないと思うのか 私のそばから片時も離れようとしない。タクシー料金のメーターはそこそこの金額になっている。自分も大使館の建物の中まで付いていくよ、と云う。 心配するなよ? 事情を話せばタクシー代金なぞ何とかなるからと、とてもいい加減な事を云う私に不安な表情を募らせ、私から1Mと離れず、金魚の糞の様に付いてくるニカウさん。 菊の紋章がエレベーターを降りると突き当たりの入り口に見えた。ビザの申請などを受け付ける事務オフイスのようだった。チャイムを押す私、誰もでてこない。
まだ9時前でビジネスアワーじゃないんだよ。ちょっと待っていようよ、とニカウさんに声を掛けると、ニカウさん、今度は私に ぼやき始めた。 

「あんたを乗せちまったばっかりに午前中に一度帰社して売上げ渡さなければならないのに、ボスになんと説明すればいいんだよ?」
「正直に話せばいいじゃん? でも金を大使館員から借りる事出来たら、チップも出すからさ〜」
他人から金を借りる算段をしてチップを弾むもないよなぁ、と自分自身のいい加減さとお気楽ぶりに我ながら軽く呆れた。

待つこと二十分、9時をまわった処で再びチャイムを鳴らした。今度は女性の声で初めてリアクションがマイクスピーカー越しに有った。
「パスポートをタクシー内に置き忘れました。再発行の手続きをお願いしたい」と私。
「ちょっとお待ち下さい。今 ドアロックを外します」と女性の声、
ドアが開くとカウンターのような受付が有った。そこに20代位の日本人女性が詰めていた。再発行には本人証明が、まず必要という。免許証でも構いませんよという。
「では日本に電話させてください。コレクトコールなら構いませんよね?」と私
するとその女性事務員は、私の後ろに背後霊のように張り付いている二カウさんを訝しげに見る。
この人はどなたですか? と、、

「この人はタクシードライバーです。パスポート・金品をタクシーに置き忘れた文無しの私を乗せてしまった為に支払いがして貰えません。で、すいません 申し訳ないですが、お金を少し貸して貰えませんか?この運転手にタクシー代を支払わなければならないのです」と遠慮がちに丁重に借金を申し出る私だった。

このお願いに、その女性のリアクションは日本語の判らないニカウさんにも充分に判る程だったかもしれない。 いったい何処の馬の骨だか判らない怪しげで妙なヒッピー風情の日本人になんで私が金を貸さなければならないのよ〜〜!!という態度と表情を実に判りやすく見せてくれた。そこをなんとか〜と更に食い下がる私。お金を貸すことは出来ませんッ!と何処までも融通の利かない女性事務員。 30ペソ<1000円強>でもいいからと、なおも食い下がる私。その私の背後で、不安そうな表情を浮かべ事態の成り行きを見守っているニカウさん。私は時々背後霊状態になっているニカウさんを振り返りながら、大丈夫 大丈夫、心配ないから〜と励ましてみたりする。心なしか泣きそうな表情を浮かべるニカウさんの為にも簡単に引き下がるわけにはいかなかった。

「兎に角、お金を貸す習慣は有りませんからお断りします!!」
実際の処、訳の分からないヒッピー・ツーリストに情をかけていたら堪らないと思う。
この女性事務員に利が有るのは確かだろう。 その時、更に奥のドアが開き、男性が我々の傍にやって来た。我々のやり取りを耳にしたのだろう。

「どうされましたか?」
「パスポートを含めた貴重品をタクシー内に置き忘れ 再発行をお願いに来ました。で、このタクシー運転手に料金を支払わなくてはいけないので金を貸して頂けませんか?」
私はとても単刀直入にその男性館員と思われる人に借金をお願いした。
「幾ら必要ですか?」
「50ペソでとりあえず凌げます」 その男性館員は余計な事は何も云わずにポケットから財布を出し、文字通りのポケットマネーで私に50ペソを差し出した。
「有り難うございます。借用書を書きます。御名前を教えてください」
「岩○二等書記官と申します」 私はニカウさんに今受け取ったばかりの50ペソ紙幣を渡した。タクシー料金は28ペソだった。そして私は今度はニカウさんにお願いした。
「10ペソだけお釣りをくれないか?後は少ないけどチップとして取ってくれ」と私。
するとニカウさんは私に20ペソを差し出しながら云う。
「お前も金がなくて大変だろう、パスポートが見つかる事を祈ってるよ」
<ありがとう>という言葉しか浮かんで来ないほどに気持ちが柔らかくなった。

大使館から日本の家族にに電話をかけ、事情を説明し免許証と郵便局への送金の仕方を岩○二等書記官からレクチャーを受けた通り郵便局留めでお願いした私は大使館を後にした。20ペソ<700円>しかない私はタクシーも避け、50センタボ<1ペソの半分>で乗り合い自動車のジープーニーを乗り継ぎルネタパーク近くで降りた。今度はここの一角に有るパキスタン航空のオフイスで航空券の再発行を頼みに行った。 前日、予約再確認でこのオフイスを訪ねていた私がドアを開けた瞬間、前日、私を担当して少し話し込んだカウンターの娘が驚いた様に私に声をかける。
「あれ?飛行機に乗らなかったの?? 東京に帰らなかったの??」
「ウン 乗らなかった 君に逢いに来た」と、こんな時でも無意味で馬鹿な事を云う私。
私はカウンター嬢に事の顛末を話し、チケットの再発行を要求した。
以前、バンコックのパキスタン航空オフイスでは、紛失した航空券の再発行をしてくれたという話を聞いていたからだ。 しかしカウンター嬢の返事はつれないものだった。
バンコックのオフイスとマニラのオフイスでは営業方針が違うから無理だと云う。
マネージャーに会わせて欲しいと云った。ボスは今は休暇を取ってここには居ないと逃げられた。
ただ貴男の場合は前日、予約再確認していて乗らなかったという確認が出来ているし特別に、ノーマルチケットの半額程度で発券出来ると云う意味のことを云った。 
送金が届いたらまた来るねと言い残し私はオフイスを出た。
今頃、日本に到着しているはずなのに、まだマニラで東奔西走している自分自身の間抜け加減に今更ながらに呆れた。 

私はトボトボと多分、伏目がちにルネタ・パークの一角を横切り、フィリピン建国の父ホセ・リサールを称えるモニュメント前を通過してYMCAに向かった。その時だった。私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。そら耳かと思った。このマニラに私の名前を知っている者など居ないはずだった。幻聴だと思った。気疲れと暑さと湿気で気が変になったかと一瞬考えた。すると再び、今度はもっとクリアな大声で私の名前を叫ぶ声が聞こえた。 間違いなかった。 誰かが私の名前を確かに叫んでいた。

          パート2に続く・・・・

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  • のり君さん 2013/10/06 10:17:21
    はじめましてー☆
    なっなんて楽しい☆♪

    はじめまして☆まだ一部しか拝見?拝読していませんが

    最高に楽しいですね☆

    間違いなく一冊の本にできると思います☆

    素晴らしい思い出の数々、読ませていただいて体験させていただきます☆

    kio

    kioさん からの返信 2013/10/06 20:50:31
    RE: はじめましてー☆


    のり君さん はじめまして
    書き込み&数多くの投票ありがとうございます。

    一人で旅をしていたからこそ、様々な人達と絡んでいくことに
    なったんだとつくづく思います。若いときはあまり自分の中にバリアを
    張っていたという感じ、あまり無かったような思いはあります。
    かなり無防備?(ー_ー)!!
    それなりに旅先での危険察知能力は幾度も学習することによって
    身に付いたような思いはありますが、やはりひたすら紙一重で運が
    良かったという気持ちはあります。

    自分の旅先での体験を綴って、それを読んでくれる不特定多数の人達がいる。昔ではとても考えられなかったインターネットという媒体の力と
    不思議さを感じてしまいます。 

    のり君さん、早々にフォロー頂きありがとうございます。
    私ものり君さんのサイトを覗かせて頂きにあがりますね

    今後とも宜しくお願いいたします。




  • 睡蓮さん 2009/07/02 17:59:44
    なんか凄い事にΣ( ̄□ ̄
    お久しぶりです、自分の方の更新も絶賛放置中の睡蓮です(笑)

    パスポート無くされたんですか!?
    凄い事なのにユーモアを交えて書かれてるのでぐいぐい読み進んでしまいましたw
    パート2が早く読みたいです。
    楽しみにお待ちしておりますね♪


    母との旅行はエジプト→メキシコw
    南米へ行くはずが二転三転してインドとなり、トルコへいって去年の年末にようやく念願のマチュピチュを含めた南米周遊に出かけてきましたw
    アルゼンチン、ブラジル、ペルーの旅だったのですが、
    メインイベントのマチュピチュの前に思いがけなくイグアスの滝で大興奮でした^^
    滝につっこむボートやヘリで遊覧飛行もしましたよw

    今年の夏はイグアスに感動した母のお陰でアフリカのビクトリアの滝へ行くことに♪
    川の上にはったロープで中吊りになったりしてきますね。
    オカバンゴの湿原や、ナビブ砂漠、ケープタウンにも行く予定です♪

    そんなこんなで中々旅行記が進んでません(笑)
    色々面白い事が沢山だったのでまたちゃんと日記にしたいです(汗)

    kio

    kioさん からの返信 2009/07/02 21:40:38
    悪夢のベルトコンベアー
    睡蓮さん お久しぶりです。
    空中都市、マチュピチュに行かれるという書き込みは、あれは去年の事かな??
    それっきり更新されていないのでどうされていたかと思っていました。
    ご無事でなによりです・

    > パスポート無くされたんですか!?
    > 凄い事なのにユーモアを交えて書かれてるのでぐいぐい読み進んでしまいました
    > パート2が早く読みたいです。
    > 楽しみにお待ちしておりますね♪

    パート1、パート2、そして<その後の出来事篇>はトップページに
    アップしていますよん。更にその後、パスポートが戻ってきた翌朝には
    幽体離脱?まで体験し、そのときの顛末も番外編としてアップしています。
    是非、ご覧下さい。なんだか悪夢のベルトコンベアーに乗っているような
    或いはロードサイドムービーの主役をはっていたような二日間でしたなあ(^_^メ)

    > 今年の夏はイグアスに感動した母のお陰でアフリカのビクトリアの滝へ行くことに♪
    > 川の上にはったロープで中吊りになったりしてきますね。
    > オカバンゴの湿原や、ナビブ砂漠、ケープタウンにも行く予定です♪

    むか〜し 日曜の朝の番組で<兼高かおる世界の旅>という紀行TV番組で
    観たような記憶があります。子供心に世界旅行しながら、そのまま仕事に
    なってるなんていいなあ〜と思った記憶があります。

    睡蓮さんの新作お待ちしていますね
  • ちょめたんさん 2006/05/05 16:22:30
    おっ、面白い!
    kioさんのお話は本当に面白いですね、本当ならパスポートをなくすって凄く悲劇なのに過ぎ去ったこととはいえ、楽しく読ませてもらっちゃいました。この短い話の中にもけちな女性や心優しい、ニカウさん、二等書記官、本当に小説ですね!モーパッサンの生まれ変わりでは?

    kio

    kioさん からの返信 2006/05/05 22:45:25
    RE: おっ、面白い!
    >本当ならパスポートをなくすって凄く悲劇なのに過ぎ去ったこととはいえ、楽しく読ませてもらっちゃいました。この短い話の中にもけちな女性や心優しい、ニカウさん、二等書記官、本当に小説ですね!モーパッサンの生まれ変わりでは?

    パスポート紛失事件の前半だけを読んでいただけたんですね
    併せて投票も有り難うございます。
    後半の<強運という名の悪運の強さ我にあり>編も
    是非、併せて読んでください。更にパスポート紛失の
    翌朝に体験する<マニラ幽体離脱事件>編
    更に紛失事件後の顛末を書いた<マニラチック・マニラ>編も
    読んで頂くと全容が判ると思います。 ってどんな全容なんだ?(・_・?)ハテ

    実はこの一連の顛末はパスポートを捜索する最中に
    リアルタイムで時系列にノートに書き連ねていたんです。
    A5ノートで3ページ程にギッシリと書いたほど、、
    だから詳細に書けるんです。

    今考えると 余裕があったのかなあ、顛末や成り行きを
    愉しんでいたのかなあ と思える程ですが
    長い一人旅のキャリアをそれなりに積んでいたから
    ジタバタせずに済んだかと、、これが旅に出た直後だったら
    もっと慌てふためいていた事でしょう。
  • SUR SHANGHAIさん 2005/12/26 13:58:27
    私の旦那も
    フィリピンではなぜか2度もパスポート紛失?盗難?に遭った経験あり。
    まあ、どうにかなりましたが。(^○^)

    来年はどういう年になるのかな、と言う時期になりましたね。
    よいお年をお迎えください。

    kio

    kioさん からの返信 2006/01/01 01:22:42
    RE: 通過儀礼? まさか〜(笑)
    SUR SHANGHAIさん  お久しぶりでっす♪
    で いつの間にか2006年でした。
    それにしてもパスポートを無くした時の気持ちの落ち様は
    もう海外紛失物の中でも横綱級かと思われ(*^_^*)

    久々にフィリピン恐怖譚な旅行記をアップしました

    SUR SHANGHAI

    SUR SHANGHAIさん からの返信 2006/01/01 15:14:13
    RE: RE: 通過儀礼? まさか〜(笑)
    明けまして、おめでとうございます。m(__)m

    今年はどんなお話が出てくるのやら。
    kioさんの旅行記はその内容と魅力のある語り口がいいですね。
    今の旅行者にはショッキング且つスリリングなへヴィーなお話だけど。

    一昔前の香港も相当怪しげな所が多数ありました。
    ハードボイルドなお話がありましたら、ぜひお願いします。m(__)m

    kio

    kioさん からの返信 2006/01/01 18:00:00
     SUR SHANGHAIさん  新年早々に旅行記アップしましたよん(*^_^*)
    SUR SHANGHAIさん  謹賀新年です。
    新年最初の書き込み頂戴し有り難うございますm(._.)m ペコッ

    >今年はどんなお話が出てくるのやら。
    kioさんの旅行記はその内容と魅力のある語り口がいいですね。
    今の旅行者にはショッキング且つスリリングなへヴィーなお話だけど。

    こんな画像も一枚も無いようなテキストのみの長い旅行記を読んでくれている人が
    いるんだろうか、と思いながら書き始めたら、意外と目を通してくれる人が
    いるようなので、その事だけでもう嬉しく有り難く思います〜

    >一昔前の香港も相当怪しげな所が多数ありました。
    ハードボイルドなお話がありましたら、ぜひお願いします。m(__)

    沢木耕太郎の<深夜特急>は香港編が一番に面白く引き込まれたものです。
    あの旅は1974年の話、、今から三十年以上前の香港はそれはスリリングで
    香港での様々な人との出逢いがストーリーに幅を持たせ
    香港編をして実に魅力的な深夜特急の日々にしていましたね

    沢木氏が女郎屋で占いをする女性から文字占いの性格判断を受けた時、
    <弧寒>と書かれたそうな、、 沢木氏 妙にその字面に感じるものが
    あったらしい、、そうか、、俺は弧寒かあ、、、、
    後日 <深夜特急>を読んだ読者から沢木氏にファンレターが届き
    さりげなく<弧寒>の本来の意味の指摘があったという。

    <弧寒>という中国語は吝嗇という意味、、つまり<ケチ>、、
    沢木氏 女郎屋に宿を取っても買う事もしなかったから
    そんな風に思われたのかと〜何かのエッセイで書いていました。
  • さかこさん 2005/05/07 10:55:39
    こうやって・・・
    こうやって数々の苦難を乗り越えて、旅の達人になっていったんだね。
    何度読んでも冷や汗が出るよね。
    そう言えばkioさん、私がスイスに行くとき、声高に「カバンは必ずたすきがけで!!」って何度もしつこく(笑)アドバイスしてくれてたよね〜。^^

    kio

    kioさん からの返信 2005/05/07 23:49:29
    肌身離さずたすき掛けの心得(笑)

    >そう言えばkioさん、私がスイスに行くとき、声高に「カバンは必ずたすきがけで!!」って何度もしつこく(笑)アドバイスしてくれてたよね

    いや〜 実に役に立つアドヴァイスをしてるじゃないですか わたし・・
    って全然 自分では覚えて居ないけど(笑)
    何度もしつこく云ってましたかあ(・・;)

    たぶん自分みたくパスポートを紛失して欲しくないと願ったオヤジ心でした(^^;)

kioさんのトラベラーページ

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