1979/02 - 1980/01
271位(同エリア397件中)
kioさん
アテネから何時間の船旅だったろう。たどり着いたミコノス島は、、大型船を横付けするだけの港がなかったのか、遠浅なのか船は岸から遠く離れた沖合に停泊し、そこから小舟に乗り換えてから島にようやく上陸できた
.島全体を覆い尽くすような白い家並みが段々畑のように広がっているのが小舟から見て取れた。 島内には数百の教会があり、すべての建造物の所有者は一年間に,二度、ペンキで白く外壁を塗り替える事を義務つけられていると聞いていた。
初夏になろうとしている日差しは陽が傾いても強烈でアテネとはあきらかに違っていた。港に着くと多くの客引きが島に上陸したばかりの我々、観光客にまとわりついてくる。 数人の客引きとの交渉で 民宿は邦貨に換算して1000円弱くらいが相場だと知った。 アテネ市内で滞在してたユースホステルの倍 くらいだったが観光で生計を立てている島の相場なのだろう。
<ミスター!ミスター!>と、一生懸命、私に声をかけてきたのはまだ幼さの残った中学生くらいの娘の客引きだった。 既に2人組の観光客を確保している なかなかのやり手だった。 娘は<宿はここから数分のところ、すぐ近くよ、ミスター!>しっかりとした英語で話かけてくる。健気さに打たれた私は彼女の斡旋を受け入れた。 しかし宿にはとてもfew minutesでは到着しなかった。白い外壁の家並みが続く坂道の石畳を踏みしめながら登っていく,私達は20分はたっぷりと歩かされた。
道すがら、2人組のアメリカ人カップルが少女に文句を言い出してもにっこり笑いながら平然とした表情を崩さない。 額に汗をためながら意志の強そうな濃い眉を持ち賢そうな顔立ちをしているこの娘に喝采を送りたい気持ちにさえなった。 歳を尋ねると<12歳よ>と 少し、はにかむように答えた。
-
平坦な道などない段差だらけの狭く曲がりくねった白い石畳の向こうから日本では見られ なくなったMAZDAのオート三輪が突然姿を現したときは驚いた。島の道路事情には、きっと三輪車が適していのだろう。
やがて娘は要塞のような平屋造りの白い建物を指さしにっこり笑った。小さい港が下界のほうで更に小さくなって見通せた。どうやらここが宿らしい。港が見通せるロケーションはよかった。建物に娘が入ると ,やがて母親らしい人物を伴って現れ、それぞれの部屋を我々はあてがわれた。 陽は傾きかけ黄昏時が近くなっていた。
迷路のような細い街並みと白い外壁がしばしば道を迷わせた。
平坦でない道を驢馬がビーンズや花を籠に満載しながら私の前を横切る。 街の中心街は港を中心とした海沿いのミコノスタウンと呼ばれるエリアだ。
歩き回っても同じ場所に戻ってしまうほど、島の中心街は狭いエリアに集中していた。
この細い道を日本製のオート三輪が通るのだから、壁に張り付いて通過を待つしかなかったい。おそらくノックダウン方式の現地組み立てで輸出しているのだろう。新車のオート三輪を多く見かけた。
アテネとエーゲ海の島々を結ぶ飛行機は日本のYSー11が現役で就航しているのが、航空時刻表で確認できていた。日本でお役ご免になった航空機を購入しているらしい。日本では見られなくなった日本製がこちらでは大活躍している。
ミコノスタウンに降りていくと店先で日本のコロッケのような揚げ物をスタンドで出している食堂があった。日本食は何ヶ月も食べていなかった私は迷わず外見コロッケ風を食べてみた。
コロッケが日本食かというと、そうでもないかもしれない。しかしそのときの私の中では間違いなく、日本食だった。
形状コロッケ、中身もほとんどコロッケだった。美味かった。
更に小さいボトルの瓶ビールをもらい、羊の串焼き、シシカバブを肴にしエスニックなサウンドが流れる中、とても幸せな気分になった。
翌日からはビーチに日参する予定だった。ヌーディストビーチもあることは聞いていた。
しかし 私はその翌日に、とんでもない目に遭う事になるとはその時は知る由もなく、ビールをちびちび飲み、ご機嫌なミコノスの夜を過ごしていたのだ。
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この旅行記へのコメント (6)
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- オリーブさん 2009/08/03 01:23:46
- ハラハラ、ドキドキのミコノス(@o@)!!!
- kioさん、
ハンガリーにに引き続きミコノスはもっとディープな旅行記に驚きました!
噂にはきいて薄々知っていましたが、リアルな体験記に心拍数上がりました(×_×);;;
私も「太陽がいっぱい・・・」の旅行記に逃げてきて(笑)表紙の写真を
拝見してその美しさにまたビックリ〜〜!!!
kkioさんは、文章力もお写真も最高です!!!
私のミコノスなんて平凡で物足りなくて霞んでしまいました〜^^;
男性ならではの、チョッピリ危険な経験豊富な中身の濃い人生で羨ましいです(~_~)
また、お邪魔しますね♪
- kioさん からの返信 2009/08/05 21:34:56
- good bye、、 mykonos、、、
- オリーブさん こんばんわ〜〜
私のミコノス篇、妙な旅行記を読んでいただき、且つ投票まで
いただきありがとうございます。
観光で成り立っている島ですが、ヌーディストビーチなどは
島に渡ってきた観光客が勝手に風俗として作ってしまったんでしょうね。
ギリシャで一番物価の高い島かと思いますが、
沈没(長期逗留)している人間も多いと聞きます。
今は知りませんが、当時は客船は島に接岸出来ずに沖合いに停泊し、
小舟に乗り換えての上陸でした。数日滞在したミコノス島を去るときに
私の隣にいたオーストラリア人の娘が小舟に乗り換え、
やがて小さくなっていく灯りが燈り始めた、ゆらゆらと揺れるような
ミコノスの夜景を船上から眺めながら、「good bye、、 mykonos,,」と
囁くように呟いたフレーズが妙に印象深く、いまだに記憶に残っています。
※ 妙な旅行記を数多く、取り揃えておりますので(^^ゞ
またのお越しをお待ちしております。
では では〜〜
-
- mayumiさん 2008/04/11 21:28:22
- はじめまして。
- ギリシャのミコノス島に行きたくてみなさんの旅行記を拝見しているのですが、kioさんのゲイビーチの旅行記に爆笑でした。その他にも命がけでピラミッドに登ったり、パスポートを紛失したりほんとにいろんな貴重な体験をされてるんですね。すごく展開が気になるタイトルばかりで(笑)まるで旅行本を読んでいるみたいでした。
- kioさん からの返信 2008/04/11 22:56:06
- RE: はじめまして。
- mayumiさん こんばんわ!
お馬鹿で間抜けな旅行記を何篇も
読んで頂き、投票まで頂戴し有り難うございます。
ミコノス島旅行を計画されているんですね
多分、私が訪れた1970年代末期も現在も
島の様子や暮らしぶりはそれ程変わっていないと
思います。
エーゲ海に沈む夕陽のとてつもなく雄大で神々しい美しさも
今も昔も変わらないと思います。
でもゲイビーチには気を付けて(・・;)
またお立ち寄り下さい〜
ではでは〜〜
-
- 迷子さん 2006/11/18 01:41:58
- ふぅ〜。
- バギオの崖をジプニーで下り、バンコクでは
何やら面妖な楽しいお方達と触れ合い、東欧では美人の
人妻にパンツを洗ってもらい、ギリシャのビーチでは
毛むくじゃらのお兄さんに追いかけられ、、、、
何だかここまで一気に読んだ迷子も
スッカリ旅すた様な感じになってすまいますたぁ〜。
ああっ〜、波乱万丈で疲れたどすな、、?→なんで読んだだけの迷子が?
70年台って今よりも奇想天外なことがあったんどすな?!
林君のエピソードも何だか切ない気持ちになるどすな、
でも現代なら経験出来ない切なさかも、、?
(今じゃ声掛けられても付いて行ってはイケマセンどすな〜)
Kioさんならではの色々なご体験、これって本になってないのどすか?
迷子が思うに伝説のバックパッカーのお一人に殿堂入りは
間違いない!と思うどす〜。
- kioさん からの返信 2006/11/18 21:52:07
- ヒエ〜〜(^-^;
- 迷子のプロさん こんばんわ〜〜
画像も一枚も無い、私と妙な人々との遭遇話ばかりを書いたヘンな旅行記を
連ちゃんで沢山読んでいただき、有り難うざいまするm(._.)m ペコッ
更に20篇以上の旅行記にそれぞれ投票まで頂戴し、
すっかり疲れさせてしまったようで恐縮至極ですねん(*^_^*)
>今じゃ声掛けられても付いて行ってはイケマセンどすな〜
ですよねぇ〜〜 昔は面妖な首絞め強盗もいませんでしたし、
スペインもポルトガルも治安の悪さを感じた事は余りなかったなぁ。
それでも夜間に外出するときは、チェーンロックを武器として
コートの内ポケットに忍ばせていたもんです。(^-^;←アホだ〜
でも実際に振り回す事は滅多に無かったですけどね。
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