京都旅行記(ブログ) 一覧に戻る
3月8日京都駅前の常宿エルインから徒歩で三十三間堂まで早朝の散歩。三十三間堂は有料拝観の場所のようで早朝は中に入れない。となりのお寺は自由にはいれる。樹木が多く、このお寺の境内の散策で得した気分になる。

三十三間堂

0いいね!

2005/03/07 - 2005/03/08

45048位(同エリア46463件中)

0

8

shumatsufama

shumatsufamaさん

3月8日京都駅前の常宿エルインから徒歩で三十三間堂まで早朝の散歩。三十三間堂は有料拝観の場所のようで早朝は中に入れない。となりのお寺は自由にはいれる。樹木が多く、このお寺の境内の散策で得した気分になる。

  • 早朝の京都駅前。ホテルエルインより

    早朝の京都駅前。ホテルエルインより

  • 三十三間堂<br /><br />本堂の内陣の柱間が三十三あるのでに三十三間堂<br />蓮華王院という名の天台宗の寺院。<br />後白河上皇の離宮・法住寺殿の広大な敷地の一角にあり、長寛2年(1164)後白河上皇が平清盛に命じて造営。<br /> 度重なる震災ですべてを損失、現在残っている本堂は文永3年(1266)に再建。<br />

    三十三間堂

    本堂の内陣の柱間が三十三あるのでに三十三間堂
    蓮華王院という名の天台宗の寺院。
    後白河上皇の離宮・法住寺殿の広大な敷地の一角にあり、長寛2年(1164)後白河上皇が平清盛に命じて造営。
    度重なる震災ですべてを損失、現在残っている本堂は文永3年(1266)に再建。

  • 三十三間堂

    三十三間堂

  • 養源院<br /><br />三十三間堂の東向いにある。<br />文禄3年(1594)に豊臣秀吉の側室淀君が 、父・浅井長政の追善のために建てたお寺。<br />後に焼失。淀君の妹で徳川秀忠夫人の崇源院が伏見城の中御殿を移構して再建。以来、徳川家の菩提所とあなる。<br /><br />お寺の見どころ<br /><br />今回は早朝のため拝観できず。<br />伏見城落城の際に自刃した鳥居元忠らの血で染められ血天井。<br />俵屋宗達作の襖絵と杉戸絵(重文)

    養源院

    三十三間堂の東向いにある。
    文禄3年(1594)に豊臣秀吉の側室淀君が 、父・浅井長政の追善のために建てたお寺。
    後に焼失。淀君の妹で徳川秀忠夫人の崇源院が伏見城の中御殿を移構して再建。以来、徳川家の菩提所とあなる。

    お寺の見どころ

    今回は早朝のため拝観できず。
    伏見城落城の際に自刃した鳥居元忠らの血で染められ血天井。
    俵屋宗達作の襖絵と杉戸絵(重文)

  • 養源院

    養源院

  • 養源院

    養源院

  • 養源院

    養源院

  • 養源院

    養源院

この旅行記のタグ

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP