2002/04/13 - 2002/04/21
2856位(同エリア4098件中)
micotoさん
- micotoさんTOP
- 旅行記19冊
- クチコミ5件
- Q&A回答1件
- 87,357アクセス
- フォロワー1人
20年来の夢だったペルーに行ったときの記録です。
長年の夢だったにも関わらず、現地初日から病院送りになった珍道中でした(笑)
ピサック市場→インカ道トレッキング→マチュピチュ
→クスコ→ナスカ地上絵→リマ市内
という9日間の行程でした。
-
【写真はピサック市場の様子】
ペルーなどの南米旅行は4月と10月がいちばん安く、その中でもペルーのいちばんいい時期は4月〜5月らしいです。
というのも山岳地方の雨季が終わって、海岸地方の夏が終わる4月がベストシーズンなのだとか。
残念ながら私が行ったときは雨季がやや長引いたので、少し降られました。
デルタ航空でアトランタ乗換え。
後ろの席には足がつかえてる巨大なお兄さんがいてリクライニングができなくて(泣)前方の席には泣きわめくアメリカ人のちびっこ(5歳くらい)がいて、なんとアトランタまでの12時間半ほとんど騒ぎつづけていました。
これで寝られるわけがなく…(泣)これがそもそもの悲劇の始まり。
アトランタでも空港の端から端まで走らされ、リマまで7時間…?
今度こそ寝るのだ…と思っていたら…またもや幼児の叫びで寝ることができませんでした。
リマにいったん到着して、たった1時間だけ仮眠をして再び空路クスコへ。この時点で私にはかなりの異変が起きていました。
しかも追い討ちをかけるようなことを自分でもやってしまっていたのです。
実はリマの仮眠時にダイアモックスという高山病予防の薬を飲み、翌朝は酔い止めの薬を飲んでしまったのです。
元々体力のない上に胃腸の弱い私が、20時間近くも寝てないのに飲み慣れない薬を飲んで、なおかつ酸素の薄いクスコについて、山道の悪路を走るとどうなるか・・・。
ピサック市場でポンチョを買いながら、だんだん目の前の色調が変わっていったのは言うまでもありません。(ネガポジ反転状態)
ツアー参加者は妹と二人だけだったので、午後の訪問先は、砦ではなく地元の病院へ。
私は「注射はやめてー、針は新しいものにしてー」と叫び続けていたそうです(妹談) -
【写真はインカランドホテルの内部】
今まで1泊2日の北京とかおかしな旅行はたくさんしたけれど、初日から病院送りになったのは初めて。
最初の宿はインカランドというホテルで、コテージ式の全部独立した客室でした。
私はその後、ポーターさんにおぶわれて(完全に荷物状態)コテージでは金髪のきれいなお姉さんがベッドに寝かしつけてくれて、しかも毛布を余分にかけてくれて、額の熱をはかってくれて、本当に心配してくださって、嬉しかったです。
ペルーの人、なんて優しいの(泣)
半分泣きそうになりながら、人がいなくなった途端、私はいっきに眠りに落ちました。
その日の午後に見る予定だったオリャンタイタンボの遺跡は急遽中止になり、まだ午後早い時間(2時か3時)だった…らしいけど、7時頃まで2日ぶりの睡眠。
夕飯は特別に私のために鶏肉と野菜のスープを運んでいただいて、それでも鶏肉は食べられずに野菜とスープだけを食べました。
こうして現地での最初の夜が過ぎることになりましたが、ほんとに情けなかったです。 -
【写真はインカ道からウルバンバ川を見下ろす】
翌朝、高原列車に乗りました。
確かツアーには「ハイク」と書かれていたのですが、いやーな予感。1時間か2時間…正確にはよく覚えてなくて、いくつか駅を通りすぎた後、ウルバンバ川の濁流を左手に見ながらひたすらボーっとしていたら、電車が駅でも何でもないところで止まりました。
しかもいきなりガイドさんに「降りるよ」と言われてびっくり。
「は?」降りるよってどこへ?線路へ?
電車に乗っていた車掌さんや外国人のおじさん(お兄さん)達が「おおー」と言う感じで手を振ってくれるけど、何がなんだかわからない私。
「何?何が?」と思いながら線路を降りると川に「104km」と書かれた橋。
つまり、ここで降りるということは、トレッキングをしてマチュピチュまで行くということなのです。
だからみんな「がんばれ〜」といって手を振ってくれたのです。
降りたが最後、歩かなければどこにも帰れないということなのです(笑)
川の濁流ときたら、ものすごい勢いでゴーゴーという音を立てていて、飛び込んだら一気に海まで行けそうな勢い。
それなのに足もとの吊り橋は、どこか腐ってるんじゃないかと思うくらい古くて、さすがの私も足を乗せる板を選びながら歩いてしまいました。
日本から持っていった「ウィダーインゼリー」を飲み、エネルギー補給。
それから覚えていることといったら、途中で見た砦の石と小さな野の花、振りかえると急峻な斜面の遥か下方に流れる川の濁流。そして深い深い谷の景色だけ。
どうやって足を持ち上げたのかも、どうやって体を持ち上げたのかも覚えてないです。
道自体は特別厳しい山道ではなかったし、日本で山を登る方がよっぽどきつい。
だけどまず私にはエネルギーがないし、次に疲労がたまってて、体調が悪かった。
更に雲が切れて急に気温が上がり、紫外線が強いせいで首の後ろは真っ赤になりました。そして…空気が薄かったのです。
それから歩くこと(登ること)数時間。
まるで遥か彼方(しかも上の方)に見えていた遺跡(マチュピチュではない)が目の前に現れました。
もちろん段段畑の一番下に。
これから段段畑の一番上まで急な階段を上っていかなければならないのですが、この段段畑、一番上から下まで高低差100メートル以上はある…と思うほど。
やっと辿りついたのに、今度は上まで登るのかと思うとほんとにめまいがしました。
もちろん言葉なんか出てこないし、声も出なかったです。
疲れた?そんななまやさしいもんじゃありません。
昨日の昼から食べてないのに、立ってるのもやっとの人間がすることじゃありません。
私は相当のバカに違いないです。 -
【写真は途中にあるウニャイワイナ砦】
雨が降ってきました。
途中の小さなホテルで休憩し、ランチを食べて雨が弱まるのを少し待つことになりました。
もちろん私はそのランチの半分も食べられませんでした。
待ってる間、お手洗いに行こうと思ったのですが、またもやびっくり仰天させられてしまいます。
私はタイにも北京にもバリ島にも行った事があるので、ある程度の途上国のトイレ事情というのはそんなに驚きません。
そのトイレは、水洗でした。
タンク式で、下が見えるわけでもないし、臭いがこもっているわけでもありません。
しかし…個室がないんです。
というか、廊下の突き当たりにカーテンがかかっていて、カーテンを開けるとそこはタイル貼りでいきなりトイレ空間になっていて、便座が3つ並んでいるのです。(男女は別)
便座どうしに仕切りがなく、しかも便座もないの(笑)
つまり、普通の洋式の便器の上に乗っている、U型だったりO型だったりするプラスチックの便座部分がないのです(笑)
座ったら、お尻がはまりそうになりました(笑)
雨がやみそうにないので、出発することになりました。
午前中と違って、降りしきる雨の中を歩きましたが、おかげで涼しかったです。
それでも「太陽の門」の麓についたときは、雨がやや小ぶりになり、谷から静かに霧がかかり始めた頃でした。
突然道が目の前で終わっていて、石の壁に突き当たり、左に急な階段があるのです。
階段見てげげっと思いましたが、今登っている山の頂上付近にあたるらしく、この階段を登れば、ついにあのマチュピチュが見られるのだと思い、体力をふりしぼるようにして足を持ち上げました。
上りきると、四角い石が小さな門となって道の両側に立っていました。
そこを過ぎると、上は小さな広場になっていて、石の列柱が並んでいました。
その突然開けた目の前の光景に言葉を失いました。 -
【写真は霧に煙るマチュピチュ】
急峻なアンデスの山々に囲まれて、見下ろした低い台地の上には、石の建造物の名残が並んでいました。
しかも谷から登った霧がかなり濃く、マチュピチュ側では早い勢いで遺跡を隠しつつありました。
急いで写真を撮らないと見えなくなってしまうというのに、呆然とその光景に眼を奪われた私は、妹に怒られるまでカメラのことを忘れていました。
足元はかなり切り立った断崖…急な階段状。
遥か彼方の前方ではあるが、その遺跡は確かにそこにあったのです。
霧の向こうに見え隠れする空中都市は、霧のせいか本当に空中に浮いているように見え、自分が現代にいることを忘れました。
しばし時間を忘れて目の前の奇跡に酔いしれた瞬間。
あのとき胸にこみあげた思いは一生忘れません。
それから1時間近くかかってマチュピチュへたどりついたときには、相当のどしゃ降りで、私はといえば、ぼうっとしていました。
疲れと感激で何かどこかが麻痺してしまっているみたいでした。
雨のせいで景色も曇っていて、それがよけいに私の頭をぼーっとさせているみたいでした。
ほとんど人のいない(15時くらいには日帰りの客が帰ってしまうので)遺跡…
廃墟の中をそぞろ歩き、しばし500年以上も昔の世界に思いをはせる・・・
空中都市のある谷には、都会とはまったく違う時間の流れ方をしているようでした。 -
【写真はマチュピチュ内の通路】
マチュピチュの足元、アグアスカリエンテスという(温泉の町らしい)町で一晩過ごしました。
私の絶対的旅行条件の中に、マチュピチュで1泊するというのが含まれていたので、ここで宿泊することにしたのです。
本当は遺跡の目の前に「サンクチュアリーロッジ」というホテルがあるのですがとっても高くて、おまけにそのホテルのオーナーがクスコでも所有するホテル(モナステリオという超高級ホテル)に泊まらないとロッジの宿泊もできないということで(なんと強欲な(泣))値段の高さにあきらめました。
ちなみに昨日の晩も夕飯はちゃんと食べられませんでした。
レストランで貧血を起こし、夕飯の時間にはベッドでひっくり返っていたのです。
翌朝目を覚ますと、雲一つない真っ青な空。アグアスカリエンテスはまさに谷の下にあるので、空を見上げると360度山が眼に入ります。
その山に囲まれた空が真っ青でした。
「空がこんなに青いはずはない」というくらい青々としていて、驚きでした。
日光いろは坂も真っ青の13回のつづら折り山道「ハイラム・ビンガムロード」をバスで登ります。
ハイラム・ビンガムとはアメリカの学者さんの名前で、インカ帝国がスペインと最後の戦いを繰り返しながら、隠れたとされる山奥の幻の都ビルカバンバを捜してアンデスの山に入り、マチュピチュを見つけた人です。
発見されたときは、遺跡はジャングルに覆われていたそうです。
よく掘り起こしたなぁ…と感心してしまうばかり。
朝ご飯を食べてから出発したせいで、少し雲が出てきてしまいました。
山の天気は変わりやすい。早く写真撮らないと、また景色が変わってしまいます。 -
【写真はマチュピチュ内の神殿】
-
【写真はマチュピチュ内の処刑場】
午後1時頃、バスで下山。バスは行ったり来たりつづら折りを降ります。
「グッバイボーイ」と呼ばれる少年が、毎回カーブに立って「グッバーーーーーーイ」「アーーーーーディオーーーース!」と叫びますが、同じ子供が一番上から一番下まで駆け下りているのです。
最後に一番下まで来ると、バスの中に乗ってきて、チップをもらっていました。
結構な重労働だなぁと思いつつ、チップのコインと日本からお土産として持ってきた鉛筆を渡したら喜んでくれました。
子供はまだ10歳かそこらのインカの末裔、インディヘナ(山岳民族)の子供でした。
濁流の川沿いのレストランでまたしてもスープ中心のお昼ご飯を食べ、市場を冷やかしてみやげ物を買いますが、とにかく物売りのおばちゃんのしつこさはすごいです。
逃げても、追いかけてくるのです。
私がメモを取りながら、市場の人と値引き交渉していたら、「そのボールペンくれたら安くする」と言われました。
使っているボールペンは使い心地がよかったので手放せず、トランクに入れておいた予備のボールペンを持ってくればよかったと思いました。
この日はその後高原列車に乗って、クスコへ戻りました。
この夜から恐るべし高山病が始まります。 -
以後 順次掲載予定です。
すでにできあがっている膨大な旅行記録を
このサイト用に編集しているので少々お待ちください。 -
-
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (3)
-
- 沙瑠さん 2005/04/28 19:20:43
- 見つけました!
- 初めまして!micotoさん
私も104K地点からトレッキングをしました。
高山病も手伝って、意識朦朧としながら
現地ガイドさんに荷物を持ってもらって
どうにかこうにか歩いてマチュピチュまで行ったことが
今でも思い出せます。
この体験はした人にしかわからないので
とっっっても嬉しいです。
旅行記の完成を楽しみにしております。
-
- 桜桜さん 2005/01/17 13:34:12
- 絶景ですね!
- 初めまして、桜桜です。
マチュピチュですね!私もいつか必ず訪れたい国のリストに入れています。
それにしても睡眠不足でマチュピチュは恐怖ですね・・・。高山病になるなってほうが無理ですよ(。_。;) 徐々に高所に慣れてから訪問すれば体も適切にに対処出来るんでしょうけど、飛行機でひとッ飛びしてマチュピチュ訪れちゃった人なんかは尽く倒れますよね(汗)高山病にならない為には十分な睡眠と、コカ茶でこまめな水分補給、意識して深呼吸っていいますよね。う〜ん、高山病はいやだけど、それを引き換えにしても訪れたい憧れの場所です。micotoさん、行かれた事が、うらやましい! やっぱり思い出深いですか?
- micotoさん からの返信 2005/01/17 23:26:38
- 桜桜さん
- 初めまして、micotoです。
マチュピチュはですね、ほんっとにいいですよ。
特にお奨めなのが、私の強行したトレッキングです。
・・・というのも、通常のツアーでは、高原列車に乗って
マチュピチュの山の足元からはバスに乗って、
気が付いたら遺跡の中にいる・・・というパターンなんです。
でも私のトレッキング方式だと、
最初に上から遺跡の全景を見下ろすので、
迫力も感激度も違います。
私は疲れも手伝ってか、泣きました(笑)
ちなみにマチュピチュ自体は高度が2000m級なので
高山病になる高さではないのですが
必ず拠点となるクスコという町が高度3300mくらいありまして
そこが高山病の始まりになってしまうんです。
私はマチュピチュで一晩泊まりましたが、
そのときは高山病にはなりませんでした。
翌日クスコに戻ってから悪化しました(笑)
日本からのツアーでは、限られた時間で見ようとするので
高度順応は難しいみたいです。
クスコも3日以上いると酸素の薄さに慣れるそうですが
その頃はもう帰るという感じで(泣)
それでもそれでも行く価値は絶対にありますよ。
だってもう1回行きたいと思っているのです。
ぜひぜひ!
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
3
12