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[ルーマニアへ]<br />ガラガラだったので四席使ってチューリッヒへ。アイマスクと耳栓で機内食にも目をくれずにぐっすり寝ました!!チューリッヒでは、トイレで頭を洗い、さっぱりしてインターネットで情報をゲット。ビターオレンジというまめ妻お気に入りのドリンクの味も体験して搭乗口に行くと、飛行機は30分遅れていて、スイスエアーに回されました。プロペラ機に乗ってミュンヘンに入り、そのままブカレスト行きに乗り継ぎようやくブカレストに到着です。大変でした。それから白タクに乗ってTulcaに行くバス会社まで行って16:00のミニバスでTulcaへ。このバスが飛ばすし、暑いし、臭いし...でもぐっすり寝ていたので、辛さも半分でした。TulcaではHotelEuroporisに入って、早速洗濯をして、近くのレストランSERECTで夕食をとりました。チョルバ・デ・プイとキャベツサラダ、スパゲティボロネーゼ、コーラとファンタで5ドルくらいです。安いし、うまいです!!ホテルで明日のドナウデルタツアーの申し込みをしました。<br /><br />[ドナウ・デルタ]<br />港へ行き、8:00の出発には少し時間があるので、船の前でいいにおいをさせているミティティとジュースをいただきました。少々ぼられたようなので、まめ旦那がしばし格闘して勝利しました。船は船長さんのすぐ前のふかふか椅子をキープして場所取り成功です。ペリカンを探すが牛しか居らず、おそらくまめ旦那が見たというペリカンの群れもカラスか何かの間違いでしょう。まめ旦那はまめ妻の寝ている間にペリカンらしき群れが飛んでいるのを見ましたが、写真は撮れずに残念でした。そして、先頭で頑張っていて風を受けていたのでお腹が痛くなって大変でした。十二時間の船旅はどんなものなのかと思いきや4時間で河口の街に到着です。誰にも何も伝えられないまま四時間のフリータイムに突入しました。まめ旦那はトイレに突入。結局どこにでもいる鴨の親子に餌をやってフリータイムは終了しました。もと来た道(川)を引き返して、しめて12時間のツアーだったのです。夕食は昨日のレストランでモツのスープにナマズのソテーまで食べてしまいました。昨日とチガッテ全部マズマズだったのでがっかりでした。

ルーマニア紀行

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2002/07/20 - 2002/07/30

1595位(同エリア1684件中)

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6

まめ夫婦

まめ夫婦さん

[ルーマニアへ]
ガラガラだったので四席使ってチューリッヒへ。アイマスクと耳栓で機内食にも目をくれずにぐっすり寝ました!!チューリッヒでは、トイレで頭を洗い、さっぱりしてインターネットで情報をゲット。ビターオレンジというまめ妻お気に入りのドリンクの味も体験して搭乗口に行くと、飛行機は30分遅れていて、スイスエアーに回されました。プロペラ機に乗ってミュンヘンに入り、そのままブカレスト行きに乗り継ぎようやくブカレストに到着です。大変でした。それから白タクに乗ってTulcaに行くバス会社まで行って16:00のミニバスでTulcaへ。このバスが飛ばすし、暑いし、臭いし...でもぐっすり寝ていたので、辛さも半分でした。TulcaではHotelEuroporisに入って、早速洗濯をして、近くのレストランSERECTで夕食をとりました。チョルバ・デ・プイとキャベツサラダ、スパゲティボロネーゼ、コーラとファンタで5ドルくらいです。安いし、うまいです!!ホテルで明日のドナウデルタツアーの申し込みをしました。

[ドナウ・デルタ]
港へ行き、8:00の出発には少し時間があるので、船の前でいいにおいをさせているミティティとジュースをいただきました。少々ぼられたようなので、まめ旦那がしばし格闘して勝利しました。船は船長さんのすぐ前のふかふか椅子をキープして場所取り成功です。ペリカンを探すが牛しか居らず、おそらくまめ旦那が見たというペリカンの群れもカラスか何かの間違いでしょう。まめ旦那はまめ妻の寝ている間にペリカンらしき群れが飛んでいるのを見ましたが、写真は撮れずに残念でした。そして、先頭で頑張っていて風を受けていたのでお腹が痛くなって大変でした。十二時間の船旅はどんなものなのかと思いきや4時間で河口の街に到着です。誰にも何も伝えられないまま四時間のフリータイムに突入しました。まめ旦那はトイレに突入。結局どこにでもいる鴨の親子に餌をやってフリータイムは終了しました。もと来た道(川)を引き返して、しめて12時間のツアーだったのです。夕食は昨日のレストランでモツのスープにナマズのソテーまで食べてしまいました。昨日とチガッテ全部マズマズだったのでがっかりでした。

  • [寝台列車で移動]<br />バスターミナルへ行くと、ちょうどConstanta行き7:30のバスが出発しようとしていました。間一髪セーフで、助手席に乗れてさらにラッキーでした。二時間ほどで到着し、トラムで旧市街へ。C.F.Rに行きますが、Constanta発の夜行は寝台が無いし、「駅で買え」と言われたのでブカレスト発の夜行に切替え、ブカレストに向かいました。黒海を名残惜しげに見つつ駅へ。パンと牛乳でいいというまめ妻を押し切ってまめ旦那が買ってしまったケバブはフライドポテト入り?の味で、蠅がたかっていました。蒸し暑いの列車を降り、お金を作り、マックで腹ごしらえ&夕食用にシャカシャカサラダ×2とバーガー、ポテトをゲット。スーパーでパンとバナナと水を仕入れ、夜行に乗り込みました。二段ベッドのなかなか快適な個室です。まめ旦那は流しでおパンツの所以外すべて洗っていました。満喫したようです。<br />まめ妻は「寝るのがもったいない」と言っていましたが、21:52にブラショフに着いた時にはすでに寝ていました。まめ妻は乗り物の中で起きていることなんてできないです!!!!<br /><br />[マラムレッシュ地方の木造教会群]<br />翌朝、5:28に10分遅れてBaia Mareに到着しました。まだ薄暗く、かなり寒いです。隣町のBaia Sprie行きのバスを待っていると、「8番がすぐ来るよ」とおばちゃんが教えてくれました。「チケットはバスで買え」って言われたのに、良く分からないから買えずにいたら検察が回ってきて、「旅行者か?」って聞かれました。「そうだ」って答えると、なんとタダで乗せてくれた上、乗り継ぎのバス停で降ろしてくれたのです。運ちゃんも親切なのです。言われたとおりに次のバスを待っていると、また知らないお兄ちゃんが聞いてもいないのにいろいろ教えてくれました。次のBorsa行は8:00だと言う。その間話をしていると、宝物らしき水晶や家族の写真など、わざわざ家まで取りに行ってプレゼントしてくれました。お返しに50円玉をあげたら、「首からさげられる」と喜んでいました。が、そのバスは目的地に行かないらしく、次の8:30のShighetu行きまでまた待つことに。九時前にバスがやっと来て、お兄ちゃんとはさよならしました。いい人なんだけど、お陰でヒッチハイクができませんでした。ようやく来たShighetu行きのバスに乗り、途中のいい感じの村は通り抜け、バスは目的地のBudestiに行かずに終点のShighetuへ。ここで乗り換えるということらしい。そんなことなら初めからShighetu行きの列車に乗れば良かったです。12:00のバスでBudestiに着き、木造教会をさっさと見てバスで戻ろうとしましたが、バスは全然ないっぽいです。仕方無くヒッチハイクをしました。すぐに停まった車で途中まで乗せてもらい、次のかっちょいいトラックでShighetuまで乗せてもらいました。そして、Salvaまで列車のチケットを買いますが...やはり思い立って、Viseu de Josで途中下車しました。何故か多くの乗客に「Salvaじゃないぞ!」と言われました。なぜみんなわれわれの目的地を知っているのか???ここは、どう見てもHOTELなど無さそうな寂しい街で、人に聞くと、隣のViseu de Susにあると言い、バスに乗せてくれました。どう見てもただのワゴンだが、しっかり10000Lei取られました。街で唯一のホテルBredは70000Lei。レストランでビールを飲みつつ、ポークスープにサラダ、パスタ、ミティティで300000Lei。明日の長旅用にパンとバナナを仕入れました。<br /><br />

    [寝台列車で移動]
    バスターミナルへ行くと、ちょうどConstanta行き7:30のバスが出発しようとしていました。間一髪セーフで、助手席に乗れてさらにラッキーでした。二時間ほどで到着し、トラムで旧市街へ。C.F.Rに行きますが、Constanta発の夜行は寝台が無いし、「駅で買え」と言われたのでブカレスト発の夜行に切替え、ブカレストに向かいました。黒海を名残惜しげに見つつ駅へ。パンと牛乳でいいというまめ妻を押し切ってまめ旦那が買ってしまったケバブはフライドポテト入り?の味で、蠅がたかっていました。蒸し暑いの列車を降り、お金を作り、マックで腹ごしらえ&夕食用にシャカシャカサラダ×2とバーガー、ポテトをゲット。スーパーでパンとバナナと水を仕入れ、夜行に乗り込みました。二段ベッドのなかなか快適な個室です。まめ旦那は流しでおパンツの所以外すべて洗っていました。満喫したようです。
    まめ妻は「寝るのがもったいない」と言っていましたが、21:52にブラショフに着いた時にはすでに寝ていました。まめ妻は乗り物の中で起きていることなんてできないです!!!!

    [マラムレッシュ地方の木造教会群]
    翌朝、5:28に10分遅れてBaia Mareに到着しました。まだ薄暗く、かなり寒いです。隣町のBaia Sprie行きのバスを待っていると、「8番がすぐ来るよ」とおばちゃんが教えてくれました。「チケットはバスで買え」って言われたのに、良く分からないから買えずにいたら検察が回ってきて、「旅行者か?」って聞かれました。「そうだ」って答えると、なんとタダで乗せてくれた上、乗り継ぎのバス停で降ろしてくれたのです。運ちゃんも親切なのです。言われたとおりに次のバスを待っていると、また知らないお兄ちゃんが聞いてもいないのにいろいろ教えてくれました。次のBorsa行は8:00だと言う。その間話をしていると、宝物らしき水晶や家族の写真など、わざわざ家まで取りに行ってプレゼントしてくれました。お返しに50円玉をあげたら、「首からさげられる」と喜んでいました。が、そのバスは目的地に行かないらしく、次の8:30のShighetu行きまでまた待つことに。九時前にバスがやっと来て、お兄ちゃんとはさよならしました。いい人なんだけど、お陰でヒッチハイクができませんでした。ようやく来たShighetu行きのバスに乗り、途中のいい感じの村は通り抜け、バスは目的地のBudestiに行かずに終点のShighetuへ。ここで乗り換えるということらしい。そんなことなら初めからShighetu行きの列車に乗れば良かったです。12:00のバスでBudestiに着き、木造教会をさっさと見てバスで戻ろうとしましたが、バスは全然ないっぽいです。仕方無くヒッチハイクをしました。すぐに停まった車で途中まで乗せてもらい、次のかっちょいいトラックでShighetuまで乗せてもらいました。そして、Salvaまで列車のチケットを買いますが...やはり思い立って、Viseu de Josで途中下車しました。何故か多くの乗客に「Salvaじゃないぞ!」と言われました。なぜみんなわれわれの目的地を知っているのか???ここは、どう見てもHOTELなど無さそうな寂しい街で、人に聞くと、隣のViseu de Susにあると言い、バスに乗せてくれました。どう見てもただのワゴンだが、しっかり10000Lei取られました。街で唯一のホテルBredは70000Lei。レストランでビールを飲みつつ、ポークスープにサラダ、パスタ、ミティティで300000Lei。明日の長旅用にパンとバナナを仕入れました。

  • [モルドヴィア地方の教会群]<br />バスでBorsaへ。が、そこからVatra Dorneiへ行く山越えバスは、朝に出てしまった一本しか無いといいます。これはヒッチしかないです。「VATRA DORNEI」と書いてだすが、なかなか停まってくれません。そこで、山を越えた「SESURI」と出してみました。みんな、車の中で「そこには行かないんだ、ここまでなんだよ〜サイン」を出してくれているので、山を越える車があれば望みもありそうです。途中、向かいの家のおやじに文句だかを言われ水を差されましたが、一時間くらいで一台のバンが停まりました。油臭い荷台に乗って山道を越えます。SESURIでバンのおじさん達とお別れし、再び「VATRA DORNEI」と出すと、すぐにトラックが停まってくれました。ふかふかのトラックの椅子に揺られて、最高に景色のいい山間の道を進んでいきます。さらにLacoveniで飛ばし屋の兄ちゃんの車に乗り換えて、およそ三時間でVATRA DORNEIに到着してしまいました。お陰で午後四時にはグラフモールに着いたので、タクシーでフモールとヴォロネツの修道院を見に行きました。プライベートルームの客引きのお姉さんが交渉してくれて、両方の修道院をまわって20000Leiなり。途中でベリーも食べ、再び町に戻り、レストランコレクトでポークスープとサラダとコトレットとパパナッシュで豪華ディナーを頂き、「今日は夜行でDeva行きだ」という予定だったのに、駅で「寝台は無い」と言われてしまい、結局、客引き姉さんの部屋にお世話になりました。客引きのお姉さんは数学の先生だということで、300000Leiのバス・トイレ共同民宿へ行きましたが、車の音がうるさかったです。<br />翌朝、列車の都合で、Cluj Napoca経由でShighisoaraへ。Cluj Napocaまでは、元気な孫二人とおばあちゃんの三人に、都会育ちっぽい母息子と一緒でした。Cluj Napocaは都会でゴミゴミしていて、38000LeiもしたMaxBurgerはケチャップとマスタードの味しかしなかったです。Shighisoaraまでは二人で八人がけを占領できるくらい人がいなかったので、楽に移動できました。八時すぎに着き、しかも雨で、ホテルの客引きもうるさく、あまり良い雰囲気ではなさそうな街です。取りあえず、Mixサラダ×2とパスタ×2を食べて洗濯して寝ました。ボロネーゼがなかなか美味しかったです。<br />

    [モルドヴィア地方の教会群]
    バスでBorsaへ。が、そこからVatra Dorneiへ行く山越えバスは、朝に出てしまった一本しか無いといいます。これはヒッチしかないです。「VATRA DORNEI」と書いてだすが、なかなか停まってくれません。そこで、山を越えた「SESURI」と出してみました。みんな、車の中で「そこには行かないんだ、ここまでなんだよ〜サイン」を出してくれているので、山を越える車があれば望みもありそうです。途中、向かいの家のおやじに文句だかを言われ水を差されましたが、一時間くらいで一台のバンが停まりました。油臭い荷台に乗って山道を越えます。SESURIでバンのおじさん達とお別れし、再び「VATRA DORNEI」と出すと、すぐにトラックが停まってくれました。ふかふかのトラックの椅子に揺られて、最高に景色のいい山間の道を進んでいきます。さらにLacoveniで飛ばし屋の兄ちゃんの車に乗り換えて、およそ三時間でVATRA DORNEIに到着してしまいました。お陰で午後四時にはグラフモールに着いたので、タクシーでフモールとヴォロネツの修道院を見に行きました。プライベートルームの客引きのお姉さんが交渉してくれて、両方の修道院をまわって20000Leiなり。途中でベリーも食べ、再び町に戻り、レストランコレクトでポークスープとサラダとコトレットとパパナッシュで豪華ディナーを頂き、「今日は夜行でDeva行きだ」という予定だったのに、駅で「寝台は無い」と言われてしまい、結局、客引き姉さんの部屋にお世話になりました。客引きのお姉さんは数学の先生だということで、300000Leiのバス・トイレ共同民宿へ行きましたが、車の音がうるさかったです。
    翌朝、列車の都合で、Cluj Napoca経由でShighisoaraへ。Cluj Napocaまでは、元気な孫二人とおばあちゃんの三人に、都会育ちっぽい母息子と一緒でした。Cluj Napocaは都会でゴミゴミしていて、38000LeiもしたMaxBurgerはケチャップとマスタードの味しかしなかったです。Shighisoaraまでは二人で八人がけを占領できるくらい人がいなかったので、楽に移動できました。八時すぎに着き、しかも雨で、ホテルの客引きもうるさく、あまり良い雰囲気ではなさそうな街です。取りあえず、Mixサラダ×2とパスタ×2を食べて洗濯して寝ました。ボロネーゼがなかなか美味しかったです。

  • [トランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落]<br />11:00のバスでビエルタンに向かいました。途中Dumbraveniという街でバスを降ろされ、そこから歩きました。結構歩いたか、Sarosという街の外れでヒッチに挑戦。何台目かで成功したので、あっという間にビエルタンに着きました。とても小さな街で、教会は三重の要塞で守られているのですが、要塞の一部に新しい建物が建築中だったりと少々がっかりです。時計塔にも登れず、教会の回りを一周して下から眺めました。再びShighisoaraに戻ります。今度は初めからヒッチで、二台乗り継いでとってもスムーズにShighisoaraに到着しました。一台目はちょっと恐い兄ちゃんで、二台目は英語の上手な兄ちゃんでした。<br /><br />

    [トランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落]
    11:00のバスでビエルタンに向かいました。途中Dumbraveniという街でバスを降ろされ、そこから歩きました。結構歩いたか、Sarosという街の外れでヒッチに挑戦。何台目かで成功したので、あっという間にビエルタンに着きました。とても小さな街で、教会は三重の要塞で守られているのですが、要塞の一部に新しい建物が建築中だったりと少々がっかりです。時計塔にも登れず、教会の回りを一周して下から眺めました。再びShighisoaraに戻ります。今度は初めからヒッチで、二台乗り継いでとってもスムーズにShighisoaraに到着しました。一台目はちょっと恐い兄ちゃんで、二台目は英語の上手な兄ちゃんでした。

  • [シギショアラ歴史地区]<br />昨日のレストランでスープ、サラダ、パスタ×2(ペペロンチーノはなぜかトマト味)を食べ、旧市街散策。ドラキュラ伯爵の生家はレストランになっていますが、ドラキュラの看板が無ければわからないほど普通の店で、山上教会も見晴らしが良いわけではなく、時計塔のからくり人形も片手が微かに動くだけで、皆唖然としていました...ファンタとネクターとポテチを買って寝ました。<br />

    [シギショアラ歴史地区]
    昨日のレストランでスープ、サラダ、パスタ×2(ペペロンチーノはなぜかトマト味)を食べ、旧市街散策。ドラキュラ伯爵の生家はレストランになっていますが、ドラキュラの看板が無ければわからないほど普通の店で、山上教会も見晴らしが良いわけではなく、時計塔のからくり人形も片手が微かに動くだけで、皆唖然としていました...ファンタとネクターとポテチを買って寝ました。

  • [オラシュチェ山脈のダキア人の要塞群]<br />この旅初のECに乗りました。あまりの乗り心地の良さに二人ともつい寝てしまい、おばちゃんに起こされて慌てて降ります。Alba Iuliaで乗換え、Orastieへ。ロンプラにも出ていない街だが、ダキア人の要塞があるはずです。とりあえず駅前にいたバスでセントロに向かうが、さびれたバスターミナルにはバスは無く、タクシーも見当たりません。途方に暮れていたところにCostesti行のバスがいたので、おばさんには遠い方の遺跡に行きなさいといわれたが、時間もないので近い方の世界遺産だけを見ることに。Orastioara de SusにはUNESCOの看板が立っているが、どう行けば良いのか...おじさんはもっと先だといいます。仕方無く家のある方に入っておばさんに聞くと、おばさんは少年をつかまえ、連れて行ってくれるように言ってくれています。少年も快く連れて行ってくれました。川沿いのトウモロコシ畑の道をズンズン歩いて行くが一向に着きません。そして、少年は荷物を持ってくれるとまで言いだしました。非常に申し訳ないです。一時間くらい歩いたか、たどり着いたのは只の穴ぼこ。茶色い石が落ちているだけでした。少年ことフロリーン君にファンタをあげると、「ムルツヌスク」とだけ言いました。そして17:20のバスがあることを教えてくれ、さらに先のバス停まで送ってくれました。そして、お礼に出した10万Lei札も受け取らずに帰っていきました。ありがとう。それしか言えないです。言葉も通じない外人を、これだけ見せるためだけにここまで連れてきてくれたなんて、ルーマニア人は本当に親切だとつくづく思うのでした。お礼も受け取らないフロリーン君には頭が下がります。今日はOrastieのホテルSura。500000Leiで綺麗な部屋ですが、窓が開かないのはもったいないです。隣のレストランでは地元の老人たちが楽しそうにダンスをしていました。<br />

    [オラシュチェ山脈のダキア人の要塞群]
    この旅初のECに乗りました。あまりの乗り心地の良さに二人ともつい寝てしまい、おばちゃんに起こされて慌てて降ります。Alba Iuliaで乗換え、Orastieへ。ロンプラにも出ていない街だが、ダキア人の要塞があるはずです。とりあえず駅前にいたバスでセントロに向かうが、さびれたバスターミナルにはバスは無く、タクシーも見当たりません。途方に暮れていたところにCostesti行のバスがいたので、おばさんには遠い方の遺跡に行きなさいといわれたが、時間もないので近い方の世界遺産だけを見ることに。Orastioara de SusにはUNESCOの看板が立っているが、どう行けば良いのか...おじさんはもっと先だといいます。仕方無く家のある方に入っておばさんに聞くと、おばさんは少年をつかまえ、連れて行ってくれるように言ってくれています。少年も快く連れて行ってくれました。川沿いのトウモロコシ畑の道をズンズン歩いて行くが一向に着きません。そして、少年は荷物を持ってくれるとまで言いだしました。非常に申し訳ないです。一時間くらい歩いたか、たどり着いたのは只の穴ぼこ。茶色い石が落ちているだけでした。少年ことフロリーン君にファンタをあげると、「ムルツヌスク」とだけ言いました。そして17:20のバスがあることを教えてくれ、さらに先のバス停まで送ってくれました。そして、お礼に出した10万Lei札も受け取らずに帰っていきました。ありがとう。それしか言えないです。言葉も通じない外人を、これだけ見せるためだけにここまで連れてきてくれたなんて、ルーマニア人は本当に親切だとつくづく思うのでした。お礼も受け取らないフロリーン君には頭が下がります。今日はOrastieのホテルSura。500000Leiで綺麗な部屋ですが、窓が開かないのはもったいないです。隣のレストランでは地元の老人たちが楽しそうにダンスをしていました。

  • [ホレズ修道院]<br />列車でSibiuに入ると、駅前にホレズ行のバスが停まっていたので、それに乗り込みホレズに向かいます。快適でした。バス停の前の二つ星ホテルは、お湯が出ないがまあまあの部屋です。ご飯を食べてから、修道院を探しに街に行くがよくわかりません。お土産の陶器を売っているお姉さんに聞いてみると、かなり遠いらしいです。宿のおばさんも7Kmだと言っていました。雨が降ってきたのでこれで就寝。<br />翌朝は大雨が降っています。少し宿で待機し、九時頃、止んできたところで修道院に向かいます。少し歩くと標示が出たので、それに従い先に進みます。結構あるので帰りは絶対ヒッチです。一時間ちょっとで修道院に着きました。修道院は期待していた以上に素晴らしかったですが、写真を撮ってはいけないケチケチ修道院でした。盗み撮りする勇気は無かったので、絵葉書を買って退散。帰りは分岐までヒッチで乗せてもらったので楽勝でした。バスターミナルでご飯を食べていると一台のバスが行ってしまい、途方に暮れていると、結構すぐに次のバスが来たので、これでRumanicuに出て、バスは無さそうなので列車でSibiuに入りました。今日は40ドルの高級ホテル(バスタブ付き)に宿を決め、遠くのマックで最後の夕食をとりました。<br />翌朝、朝一番の列車でブカレストに入りました。暑い中、歩いて国民の館まで行って、そこをゴールとしました。アイスを食べて今回の旅は終了です。<br />

    [ホレズ修道院]
    列車でSibiuに入ると、駅前にホレズ行のバスが停まっていたので、それに乗り込みホレズに向かいます。快適でした。バス停の前の二つ星ホテルは、お湯が出ないがまあまあの部屋です。ご飯を食べてから、修道院を探しに街に行くがよくわかりません。お土産の陶器を売っているお姉さんに聞いてみると、かなり遠いらしいです。宿のおばさんも7Kmだと言っていました。雨が降ってきたのでこれで就寝。
    翌朝は大雨が降っています。少し宿で待機し、九時頃、止んできたところで修道院に向かいます。少し歩くと標示が出たので、それに従い先に進みます。結構あるので帰りは絶対ヒッチです。一時間ちょっとで修道院に着きました。修道院は期待していた以上に素晴らしかったですが、写真を撮ってはいけないケチケチ修道院でした。盗み撮りする勇気は無かったので、絵葉書を買って退散。帰りは分岐までヒッチで乗せてもらったので楽勝でした。バスターミナルでご飯を食べていると一台のバスが行ってしまい、途方に暮れていると、結構すぐに次のバスが来たので、これでRumanicuに出て、バスは無さそうなので列車でSibiuに入りました。今日は40ドルの高級ホテル(バスタブ付き)に宿を決め、遠くのマックで最後の夕食をとりました。
    翌朝、朝一番の列車でブカレストに入りました。暑い中、歩いて国民の館まで行って、そこをゴールとしました。アイスを食べて今回の旅は終了です。

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