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■初めてのアメリカ旅行で遭遇してしまった9.11事件。文字が多くてごめんなさい。<br />■写真は11日正午頃、ニューヨーク市立大ハンター校からロウワーマンハッタン方向を撮りました。煙が見えるでしょうか…。<br />■帰国後、Koopin♀は知人等から「いい経験をしたね。」と言われましたが、この言葉にとても違和感を覚えました。「いい経験」って!?<br />■Koopin♂は友人等から「大変だったね。奥さん大丈夫?」と言われましたが、「え?奥さん?俺のことは!?」と憤りました。

Koopinの2001年9月11日マンハッタン

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2001/09/10 - 2001/09/12

2653位(同エリア8981件中)

5

8

Koopin

Koopinさん

■初めてのアメリカ旅行で遭遇してしまった9.11事件。文字が多くてごめんなさい。
■写真は11日正午頃、ニューヨーク市立大ハンター校からロウワーマンハッタン方向を撮りました。煙が見えるでしょうか…。
■帰国後、Koopin♀は知人等から「いい経験をしたね。」と言われましたが、この言葉にとても違和感を覚えました。「いい経験」って!?
■Koopin♂は友人等から「大変だったね。奥さん大丈夫?」と言われましたが、「え?奥さん?俺のことは!?」と憤りました。

  • ■写真は10日夕刻のCUNYハンター校。<br /><br />■10日夕方、ORDからLGAに着。飛行機は着陸前にツインタワーの真上を飛び、Koopinは大興奮で窓の外を眺めていました。何せ、昔読んだ成田美名子さんの少女マンガ『サイファ』の影響で、NYといえばツインタワーだったから。<br />■10日の午後は雨が降ったらしく非常に蒸し暑く、クラクションの騒々しさと相まって、第一印象はあまり良くなかったです。自分から来たいと言ったものの、恐いところに来ちゃったな〜と心の中で思っていました。<br />■11日はみごとな快晴。この日Koopin♀は午前中MOMA、午後MET美術館の予定。Koopin♂は11時までMOMAにつきあって、それから仕事の予定。朝7時半起床。ホテルの1階で朝食。この時間はまだ街が本格的に動き出す前。朝食についてきたシリアル入りのヨーグルト美味しいな〜などと暢気に話していました。この日何が起こるのかも知らずに。<br />■MOMAの開館時間は10時30分。MOMAのショップが10時開店なので、少し辺りを散策することに。8時40分頃ホテルを出ました。

    ■写真は10日夕刻のCUNYハンター校。

    ■10日夕方、ORDからLGAに着。飛行機は着陸前にツインタワーの真上を飛び、Koopinは大興奮で窓の外を眺めていました。何せ、昔読んだ成田美名子さんの少女マンガ『サイファ』の影響で、NYといえばツインタワーだったから。
    ■10日の午後は雨が降ったらしく非常に蒸し暑く、クラクションの騒々しさと相まって、第一印象はあまり良くなかったです。自分から来たいと言ったものの、恐いところに来ちゃったな〜と心の中で思っていました。
    ■11日はみごとな快晴。この日Koopin♀は午前中MOMA、午後MET美術館の予定。Koopin♂は11時までMOMAにつきあって、それから仕事の予定。朝7時半起床。ホテルの1階で朝食。この時間はまだ街が本格的に動き出す前。朝食についてきたシリアル入りのヨーグルト美味しいな〜などと暢気に話していました。この日何が起こるのかも知らずに。
    ■MOMAの開館時間は10時30分。MOMAのショップが10時開店なので、少し辺りを散策することに。8時40分頃ホテルを出ました。

  • ■ハドソン川方面へ散歩。途中、交差点で南側を見ると、WTCの頂上付近に大きな雲が…。「雲一つないと思っていたら、入道雲?」とKoopin♀。「んな訳ないでしょ。工場の煙突から出る煙じゃないの。ん?ロウワーマンハッタンにそんな工場あったっけ?」とKoopin♂。<br />■トロトロ歩くKoopinを、通勤のサラリーマンたちが忙しく追い越していきます。すると、レゲエ風なお兄ちゃんが、すれ違いざまKoopinに声を掛けていきました。「Do you know? トレイン crashed」(と聞こえた)。「列車事故があったんだって」。「ふ〜ん。わざわざ教えてくれたんだ。なんでだろ?」この時のKoopinの頭のなかでは、もちろん「クラッシュ」と「WTCの煙」はぜんぜん結びついていません。<br />■9時半を過ぎ、あちこちのお店が開き始めます。ホールマークに入ると、ハロウィンとクリスマス用品でいっぱい。ウキウキしながら物色していると、ラジオから切迫した口調の放送が。その途端、店員と客が一斉に「Oh, no〜」「Oh my God!」と小さく叫びます。<br />■お客のお婆さまに「あの、さっきの列車事故の続報ですか?」と話しかけます。すると彼女曰く「トレインじゃないのよ。プレーンよ」。店員のお兄さんが言葉を継ぎます。「ペンタゴンに飛行機が突っ込んだんだ。これは、事故じゃない。テロだ!」。「は?テロ!? 嘘でしょ」。「いやほんとだってば」。<br />■店員が集まり話し合っていたと思ったら「店を閉めることにしたから、出ていってほしい」と言います。

    ■ハドソン川方面へ散歩。途中、交差点で南側を見ると、WTCの頂上付近に大きな雲が…。「雲一つないと思っていたら、入道雲?」とKoopin♀。「んな訳ないでしょ。工場の煙突から出る煙じゃないの。ん?ロウワーマンハッタンにそんな工場あったっけ?」とKoopin♂。
    ■トロトロ歩くKoopinを、通勤のサラリーマンたちが忙しく追い越していきます。すると、レゲエ風なお兄ちゃんが、すれ違いざまKoopinに声を掛けていきました。「Do you know? トレイン crashed」(と聞こえた)。「列車事故があったんだって」。「ふ〜ん。わざわざ教えてくれたんだ。なんでだろ?」この時のKoopinの頭のなかでは、もちろん「クラッシュ」と「WTCの煙」はぜんぜん結びついていません。
    ■9時半を過ぎ、あちこちのお店が開き始めます。ホールマークに入ると、ハロウィンとクリスマス用品でいっぱい。ウキウキしながら物色していると、ラジオから切迫した口調の放送が。その途端、店員と客が一斉に「Oh, no〜」「Oh my God!」と小さく叫びます。
    ■お客のお婆さまに「あの、さっきの列車事故の続報ですか?」と話しかけます。すると彼女曰く「トレインじゃないのよ。プレーンよ」。店員のお兄さんが言葉を継ぎます。「ペンタゴンに飛行機が突っ込んだんだ。これは、事故じゃない。テロだ!」。「は?テロ!? 嘘でしょ」。「いやほんとだってば」。
    ■店員が集まり話し合っていたと思ったら「店を閉めることにしたから、出ていってほしい」と言います。

  • ■まだ事態がうまく飲み込めていないKoopinはとりあえず、予定していた通りMOMAへ行ってみることに。MOMAショップの開店前に着きました。<br />■店の前には開店を待つ日本人ふうの女性が2人いたので話しかけてみました。「すみません。日本人の方ですか?飛行機がWTCと国防総省に突っ込んだのを知っていますか?もしかすると、今日はもう飛行機が飛ばないかも知れません」。彼女たちはラジオ局の研修でNYに来ていて、本日帰国予定だとおっしゃっていました。<br />■10時に開店。前から欲しかったMOMAの青空傘。Koopin♀にとっては高価だけど、旅の思い出としてだったらいいかなと手に取りました。色々と物色してから、最後に買おうと思っていたのですが、「欲しい物があるのなら、まず買ってしまったほうがいいよ」とkoopin♂に言われ「?」と思いつつ購入。その約5分後、MOMAショップも閉店となりました。ショップ内で、何人かの日本人に話しかけてみましたが、やはり誰一人としてこの事件を知っている方はいませんでした。<br />■街の中は多くのビルに退去命令が出されたため、人で溢れかえっていました。まだこの状況についていけないkoopin♀は〈もっと緊張して、真剣に考えなくっちゃ。そもそも大変なことになったということを自分は理解しているのだろうか〉と繰り返し思いました。この時はまだ、恐い!哀しい!等の気持ちが湧いてこなかったのですね。<br />■きっと日本でTVを見ていた人々の方が、ずっと状況を理解していたのでしょうね。koopinは露天商のおじさんのラジオに耳を傾けたりして情報を得ていました。見知らぬ人々がこぞって、おじさんのラジオに耳を傾けたその表情と緊張感を忘れられません。

    ■まだ事態がうまく飲み込めていないKoopinはとりあえず、予定していた通りMOMAへ行ってみることに。MOMAショップの開店前に着きました。
    ■店の前には開店を待つ日本人ふうの女性が2人いたので話しかけてみました。「すみません。日本人の方ですか?飛行機がWTCと国防総省に突っ込んだのを知っていますか?もしかすると、今日はもう飛行機が飛ばないかも知れません」。彼女たちはラジオ局の研修でNYに来ていて、本日帰国予定だとおっしゃっていました。
    ■10時に開店。前から欲しかったMOMAの青空傘。Koopin♀にとっては高価だけど、旅の思い出としてだったらいいかなと手に取りました。色々と物色してから、最後に買おうと思っていたのですが、「欲しい物があるのなら、まず買ってしまったほうがいいよ」とkoopin♂に言われ「?」と思いつつ購入。その約5分後、MOMAショップも閉店となりました。ショップ内で、何人かの日本人に話しかけてみましたが、やはり誰一人としてこの事件を知っている方はいませんでした。
    ■街の中は多くのビルに退去命令が出されたため、人で溢れかえっていました。まだこの状況についていけないkoopin♀は〈もっと緊張して、真剣に考えなくっちゃ。そもそも大変なことになったということを自分は理解しているのだろうか〉と繰り返し思いました。この時はまだ、恐い!哀しい!等の気持ちが湧いてこなかったのですね。
    ■きっと日本でTVを見ていた人々の方が、ずっと状況を理解していたのでしょうね。koopinは露天商のおじさんのラジオに耳を傾けたりして情報を得ていました。見知らぬ人々がこぞって、おじさんのラジオに耳を傾けたその表情と緊張感を忘れられません。

  • ■写真は11日午前10時半頃、ホテルの部屋にて。<br /><br />■MOMAショップの店員さんと話しながら、ようやく事態の深刻さに気付きはじめました。急ぎ足でホテルへ帰ります。<br />■その道すがらの光景。中国系のお店は軒並みシャッターを降ろして避難。イタリア系のお店はチャンスとばかりTVを店先に出して客引き。日本人に限らず観光客はただただ呆然。銀行には預金を引き出そうとする人々の長い列。つながらない携帯電話に腹を立てる人々。ビルの退去命令が次々と発令されているらしく、通りにはますます人が増えていきます。<br />■ホテルのフロントは既にちょっとしたパニック状態。宿泊先を確保しようとする観光客でごったがえしています。Koopinは人波をかきわけて1泊延長を即決。部屋へ駆け込み、TVを点けました。まもなくブッシュ大統領の演説が始まり、被害の概要が説明され、テロ説が示唆されました。<br />■TV画面にPEARL HARBORというテロップが何度も流れました。英語が苦手なkoopin♀にもこれだけは何を意味しているのか、すぐ理解できました。少し、町中へ出るのが恐くなりました。どうみてもkoopinは日本人の風貌をしていますから。<br />■失敗したなと思ったのは、ガイド本を持って行かなかったこと。ホテル近辺の地図しか持っていなかったので、日本領事館の場所も分からず、オタオタしました。次から、必ずガイド本を持ち歩くようになりました。重いですけれど。皆さんはどうなさっていますか。<br />■ホテルの電話で、インディアナポリスの友人宅へ電話。留守電に2人が無事であることを吹き込みました。<br />テロがあと何日かずれていれば、安全なインディアナポリスにいられたのに! でも、今は飛行機で約3時間離れた場所。戻るにしても、どの飛行機も飛んでいません。<br />■何とかして日本語の情報を手に入れたいと、ホテルの部屋にあったラジオをつけます。日本語放送があるはず! でも、どこの周波数に合わせても日本語は聞こえてきません。姿ばっかりカッコがよくて、役に立たないんだから! とモダンな型のラジオに八つ当たりしました。

    ■写真は11日午前10時半頃、ホテルの部屋にて。

    ■MOMAショップの店員さんと話しながら、ようやく事態の深刻さに気付きはじめました。急ぎ足でホテルへ帰ります。
    ■その道すがらの光景。中国系のお店は軒並みシャッターを降ろして避難。イタリア系のお店はチャンスとばかりTVを店先に出して客引き。日本人に限らず観光客はただただ呆然。銀行には預金を引き出そうとする人々の長い列。つながらない携帯電話に腹を立てる人々。ビルの退去命令が次々と発令されているらしく、通りにはますます人が増えていきます。
    ■ホテルのフロントは既にちょっとしたパニック状態。宿泊先を確保しようとする観光客でごったがえしています。Koopinは人波をかきわけて1泊延長を即決。部屋へ駆け込み、TVを点けました。まもなくブッシュ大統領の演説が始まり、被害の概要が説明され、テロ説が示唆されました。
    ■TV画面にPEARL HARBORというテロップが何度も流れました。英語が苦手なkoopin♀にもこれだけは何を意味しているのか、すぐ理解できました。少し、町中へ出るのが恐くなりました。どうみてもkoopinは日本人の風貌をしていますから。
    ■失敗したなと思ったのは、ガイド本を持って行かなかったこと。ホテル近辺の地図しか持っていなかったので、日本領事館の場所も分からず、オタオタしました。次から、必ずガイド本を持ち歩くようになりました。重いですけれど。皆さんはどうなさっていますか。
    ■ホテルの電話で、インディアナポリスの友人宅へ電話。留守電に2人が無事であることを吹き込みました。
    テロがあと何日かずれていれば、安全なインディアナポリスにいられたのに! でも、今は飛行機で約3時間離れた場所。戻るにしても、どの飛行機も飛んでいません。
    ■何とかして日本語の情報を手に入れたいと、ホテルの部屋にあったラジオをつけます。日本語放送があるはず! でも、どこの周波数に合わせても日本語は聞こえてきません。姿ばっかりカッコがよくて、役に立たないんだから! とモダンな型のラジオに八つ当たりしました。

  • ■写真はミーティングの約束をしていたS.E先生と。11日11時半頃。<br /><br />■ホテルからCUNYのS.E先生研究室に電話を掛けるが、全く通じません。迷った末に、ハンター校まで行くことにしました。<br />■その道すがら見た光景。セントラルパーク南東端を通りかかると、フツーにジョギングしてるおっちゃんがいる。フツーに犬の散歩してるおばちゃんがいる。嗚呼ちょっとめまいが...。現実って何だろう?<br />■この頃すでにWTCは崩壊。S.E先生とは急ぎ挨拶だけして、30分足らずでお別れ。ホテルへ帰る途中、JCBプラザ(Park Aveと55th Stの交差点)を発見し飛び込みました。JCB会員でもないのにズカズカ押し掛けて、情報収集させていただきました。ここからは国際電話が通じました。プロバイダへのダイヤルアップにも成功。電子メールが使えました。スタッフのみなさん、お名前すらおうかがいできませんでしたが、たいへんお世話になりました。この場を借りて深くお礼申し上げます。<br />■もし泊まる場所が確保できない方がいたら連絡をしてくれるよう携帯の番号を置いていきましたが、結局連絡はありませんでした。きっと、このあとすぐにJCBが入っていたビルにも退去命令が出たのでしょう。後に、WTCが崩壊したため、携帯等が繋がりづらくなっていたこともわかりました。JCBの方に「今後何が起こるか分からないので、水と食糧を用意しておくように」と言われたので、近くの店で水やチーズ等を購入。街には迷彩服の兵隊さんが現れ始めます。学校側の通りやセントラルパークが閉鎖されました。車は殆ど通りません。たまに白い灰を被ったパトカーや救急車が猛スピードで通り過ぎていきます。<br />■これは、一度WTCを見ておいた方がいいかも知れない。とロウワー・マンハッタンへ足を向けました。しかし、幾らマンハッタンは狭いとはいえ、先ほど購入した水が重く、途中であきらめました。koopin♀はWTCを見ずに済んでほっとしたような、でも本当は見ておかなければならないような、複雑な気持ちでした。<br />■夕刻、ホテルに帰り、頭を整理します。えーと、まず、次のテロが起こり得るよね。飛行機を使った自爆攻撃はもう無理だろうから...次はABC兵器か!?そう思い至ると、もう居ても立ってもいられなくなり、死に物狂いでマンハッタンから出る方法を探しはじめました。<br />

    ■写真はミーティングの約束をしていたS.E先生と。11日11時半頃。

    ■ホテルからCUNYのS.E先生研究室に電話を掛けるが、全く通じません。迷った末に、ハンター校まで行くことにしました。
    ■その道すがら見た光景。セントラルパーク南東端を通りかかると、フツーにジョギングしてるおっちゃんがいる。フツーに犬の散歩してるおばちゃんがいる。嗚呼ちょっとめまいが...。現実って何だろう?
    ■この頃すでにWTCは崩壊。S.E先生とは急ぎ挨拶だけして、30分足らずでお別れ。ホテルへ帰る途中、JCBプラザ(Park Aveと55th Stの交差点)を発見し飛び込みました。JCB会員でもないのにズカズカ押し掛けて、情報収集させていただきました。ここからは国際電話が通じました。プロバイダへのダイヤルアップにも成功。電子メールが使えました。スタッフのみなさん、お名前すらおうかがいできませんでしたが、たいへんお世話になりました。この場を借りて深くお礼申し上げます。
    ■もし泊まる場所が確保できない方がいたら連絡をしてくれるよう携帯の番号を置いていきましたが、結局連絡はありませんでした。きっと、このあとすぐにJCBが入っていたビルにも退去命令が出たのでしょう。後に、WTCが崩壊したため、携帯等が繋がりづらくなっていたこともわかりました。JCBの方に「今後何が起こるか分からないので、水と食糧を用意しておくように」と言われたので、近くの店で水やチーズ等を購入。街には迷彩服の兵隊さんが現れ始めます。学校側の通りやセントラルパークが閉鎖されました。車は殆ど通りません。たまに白い灰を被ったパトカーや救急車が猛スピードで通り過ぎていきます。
    ■これは、一度WTCを見ておいた方がいいかも知れない。とロウワー・マンハッタンへ足を向けました。しかし、幾らマンハッタンは狭いとはいえ、先ほど購入した水が重く、途中であきらめました。koopin♀はWTCを見ずに済んでほっとしたような、でも本当は見ておかなければならないような、複雑な気持ちでした。
    ■夕刻、ホテルに帰り、頭を整理します。えーと、まず、次のテロが起こり得るよね。飛行機を使った自爆攻撃はもう無理だろうから...次はABC兵器か!?そう思い至ると、もう居ても立ってもいられなくなり、死に物狂いでマンハッタンから出る方法を探しはじめました。

  • ■写真は9月13日9時くらい。ニューヘイブンのイェール大学美術館前にて。<br /><br />■マンハッタンの主要ブリッジは自動車完全封鎖。徒歩で出ることのみ許可の状態。下手に出ると戻れなくなるから、これは良策ではない。鉄道はと言えば、こちらもほぼ完全にストップ。わずかにメトロノース鉄道だけが下り線を運行していることが分かりました。あとはどこで降りるか、です。<br />■夜になるとCNNが「アフガニスタンのカブールで大規模戦闘」の第一報。ギャフン!ヤバイ!これが米軍の反撃だとすれば、次の報復テロは目前?オロオロブルブル(後にこれは北部同盟軍によるタリバン攻撃だったと分かりました)。<br />■そこに部屋の電話が鳴りました。コネチカットの友人から。「メトロノースでニューヘイブンまで来たら?」おぉ渡りに船。持つべきは友。今夜核爆弾がマンハッタンで炸裂しないよう祈りながら(誰に?)、眠れない一夜を過ごします。11,12日の夜はすぐ逃げられるように、服を着たまま就寝しました。<br />■12日に帰国するはずだったので、洗濯ものが溜まっています。この先、一体あと何日アメリカにいることになるのか予想が着きません。仕方がないので、インディアナポリスでもらった石鹸でお洗濯をしました。プラスティックの金魚が埋め込まれてる透明な三角形の石鹸で「スーブニール!(おみやげ)」と渡されたときは、見た目はまるで〈夜店の金魚すくい〉で、何故アメリカのおみやげにコレ?と思いましたが、本当に役に立ちました。変な話ですがkoopin♀は今でも、9.11のことを思い出すとき、この金魚も一緒に思い出します。<br />■何とかして、他の日本人とコンタクトを取りたかったのですが、koopinが泊まったショーハムホテルには日本人はいませんでした。近くの高級ホテルに入ればいるかも、と思いましたが、宿泊客でもないのにそのホテルに入るのはためらわれ、結局入らずじまいでした。帰国後、TVで泊まる場所がなく、某ホテルの廊下などで寝ていた方々がいたことを知りました。

    ■写真は9月13日9時くらい。ニューヘイブンのイェール大学美術館前にて。

    ■マンハッタンの主要ブリッジは自動車完全封鎖。徒歩で出ることのみ許可の状態。下手に出ると戻れなくなるから、これは良策ではない。鉄道はと言えば、こちらもほぼ完全にストップ。わずかにメトロノース鉄道だけが下り線を運行していることが分かりました。あとはどこで降りるか、です。
    ■夜になるとCNNが「アフガニスタンのカブールで大規模戦闘」の第一報。ギャフン!ヤバイ!これが米軍の反撃だとすれば、次の報復テロは目前?オロオロブルブル(後にこれは北部同盟軍によるタリバン攻撃だったと分かりました)。
    ■そこに部屋の電話が鳴りました。コネチカットの友人から。「メトロノースでニューヘイブンまで来たら?」おぉ渡りに船。持つべきは友。今夜核爆弾がマンハッタンで炸裂しないよう祈りながら(誰に?)、眠れない一夜を過ごします。11,12日の夜はすぐ逃げられるように、服を着たまま就寝しました。
    ■12日に帰国するはずだったので、洗濯ものが溜まっています。この先、一体あと何日アメリカにいることになるのか予想が着きません。仕方がないので、インディアナポリスでもらった石鹸でお洗濯をしました。プラスティックの金魚が埋め込まれてる透明な三角形の石鹸で「スーブニール!(おみやげ)」と渡されたときは、見た目はまるで〈夜店の金魚すくい〉で、何故アメリカのおみやげにコレ?と思いましたが、本当に役に立ちました。変な話ですがkoopin♀は今でも、9.11のことを思い出すとき、この金魚も一緒に思い出します。
    ■何とかして、他の日本人とコンタクトを取りたかったのですが、koopinが泊まったショーハムホテルには日本人はいませんでした。近くの高級ホテルに入ればいるかも、と思いましたが、宿泊客でもないのにそのホテルに入るのはためらわれ、結局入らずじまいでした。帰国後、TVで泊まる場所がなく、某ホテルの廊下などで寝ていた方々がいたことを知りました。

  • ■まだ何があるかわからないので、できるだけ身軽になろうと、後日、コネチカット州ニューヘイブンに住むH夫妻にkoopin達の荷物(旅行中もう着ない服やおみやげ)を船便にて送っていただきました。写真は、その荷物の中に入れてくださったH婦人おすすめのコーヒー。缶に2001年と印刷されています。<br /><br />■翌12日は晴天。異様に静かなNY。学校も、デパートも、ビジネスビルも全て休業。車も通らず、仕事に向かうビジネスマンも居らず、クラクションも雑踏もなし。まるで元旦の銀座か丸の内界隈のよう。TVは、街は厳戒態勢に入ったと言っていますが、たまに警官とすれ違う程度でした。そんな中、日本領事館とユナイテッド・エアライン支社を探しました。<br />■マンハッタン内にいることが段々危険に感じてきました。このままマンハッタンが閉鎖されたままだと、暴動や二次テロなどが起こるのでは? という不安です。数少ないタクシーに「マンハッタンの外へ連れて行ってくれるか?」と聞くと、冗談じゃないといった風に首を振られました。一度マンハッタンの外へ出てしまうと、いつ戻れるのかもわかりません。<br />■コロンバスサークルでは、何もすることがない観光客たちが、のんびりとひなたぼっこをしていました。途中、セント・パトリック教会に寄りました。薄暗いろうそくの光りの中、すすり泣きが聞こえ、多くの人が祈っていました。ユナイテッドNY支社は半旗を掲げて休業していました。本当だったら今日帰国だったのに。いつ帰れるのでしょうか。<br />■せっかくNYにいるのに、美術館もお店も開いていない。さらに帰国も出来ない…。せめてセントラルパークぐらいは、とkoopin♂にお願いして、公園の端を少しだけ歩きました。天気がよくて、緑がきれいでとても静かでした。こんな時に観光もないだろうけれど、全く何もないのもさみしい。<br />■街は静まりかえっています。だんだんこの静けさが「嵐の前の静けさ」のように感じられてきます。前を歩く人が持っているペットボトルの中身は、実はサリンなのではないか、とか思いました。〈嫌だ!死にたくない!〉〈どうして、こんな思いを見ず知らずの誰かにさせることが出来ようか。戦争は嫌だ!〉〈戦争とは、人の日常を奪うものなのだ〉とKoopin♀は思いました。一方、Koopin♂は「うーむ、いつどこで起こってもおかしくない事件だったな」と思いました。<br />■結局13日早朝、メトロノースが動いている事を確認して、グランドセントラルまでダッシュ!メトロノースに飛び乗りました。目指すはニューヘイブンです。Koopin♂の記憶では、電車は出発して20分ほどで地上に出ました。電車は鬱蒼とした森へと進みます。朝の木漏れ日が目に刺さるようです。それが心地よく、とても安らかで静かな気持ち。いや、しかし、これは恐らくKoopin♂のニューロンが勝手に作ってしまった記憶ですね。なぜそう思うかというと、私の記憶のなかのこのシーンは、映画『ブレードランナー』のラストとひどく酷似しているからです。不思議なもんです。<br />■グランドセントラルの天井は有名ですよね。見たい!と思いましたが、今はそれどころではないよね、と暗い構内に緊張しながら、列車を待ちました。<br />■この日の午後、メトロノースは、また運行停止になりました。朝に乗ってよかった〜。<br /><br /><br /><br /><br />

    ■まだ何があるかわからないので、できるだけ身軽になろうと、後日、コネチカット州ニューヘイブンに住むH夫妻にkoopin達の荷物(旅行中もう着ない服やおみやげ)を船便にて送っていただきました。写真は、その荷物の中に入れてくださったH婦人おすすめのコーヒー。缶に2001年と印刷されています。

    ■翌12日は晴天。異様に静かなNY。学校も、デパートも、ビジネスビルも全て休業。車も通らず、仕事に向かうビジネスマンも居らず、クラクションも雑踏もなし。まるで元旦の銀座か丸の内界隈のよう。TVは、街は厳戒態勢に入ったと言っていますが、たまに警官とすれ違う程度でした。そんな中、日本領事館とユナイテッド・エアライン支社を探しました。
    ■マンハッタン内にいることが段々危険に感じてきました。このままマンハッタンが閉鎖されたままだと、暴動や二次テロなどが起こるのでは? という不安です。数少ないタクシーに「マンハッタンの外へ連れて行ってくれるか?」と聞くと、冗談じゃないといった風に首を振られました。一度マンハッタンの外へ出てしまうと、いつ戻れるのかもわかりません。
    ■コロンバスサークルでは、何もすることがない観光客たちが、のんびりとひなたぼっこをしていました。途中、セント・パトリック教会に寄りました。薄暗いろうそくの光りの中、すすり泣きが聞こえ、多くの人が祈っていました。ユナイテッドNY支社は半旗を掲げて休業していました。本当だったら今日帰国だったのに。いつ帰れるのでしょうか。
    ■せっかくNYにいるのに、美術館もお店も開いていない。さらに帰国も出来ない…。せめてセントラルパークぐらいは、とkoopin♂にお願いして、公園の端を少しだけ歩きました。天気がよくて、緑がきれいでとても静かでした。こんな時に観光もないだろうけれど、全く何もないのもさみしい。
    ■街は静まりかえっています。だんだんこの静けさが「嵐の前の静けさ」のように感じられてきます。前を歩く人が持っているペットボトルの中身は、実はサリンなのではないか、とか思いました。〈嫌だ!死にたくない!〉〈どうして、こんな思いを見ず知らずの誰かにさせることが出来ようか。戦争は嫌だ!〉〈戦争とは、人の日常を奪うものなのだ〉とKoopin♀は思いました。一方、Koopin♂は「うーむ、いつどこで起こってもおかしくない事件だったな」と思いました。
    ■結局13日早朝、メトロノースが動いている事を確認して、グランドセントラルまでダッシュ!メトロノースに飛び乗りました。目指すはニューヘイブンです。Koopin♂の記憶では、電車は出発して20分ほどで地上に出ました。電車は鬱蒼とした森へと進みます。朝の木漏れ日が目に刺さるようです。それが心地よく、とても安らかで静かな気持ち。いや、しかし、これは恐らくKoopin♂のニューロンが勝手に作ってしまった記憶ですね。なぜそう思うかというと、私の記憶のなかのこのシーンは、映画『ブレードランナー』のラストとひどく酷似しているからです。不思議なもんです。
    ■グランドセントラルの天井は有名ですよね。見たい!と思いましたが、今はそれどころではないよね、と暗い構内に緊張しながら、列車を待ちました。
    ■この日の午後、メトロノースは、また運行停止になりました。朝に乗ってよかった〜。




  • ■実は今回、インディアナポリスで山ほどお土産をいただいていました。koopin♂の仕事のための本(小学生だったら、中に入れるよ!というくらいの大きいトートバッグに入っていました)、大きなキャンドル、しょうがジャム、アーミッシュ村で買ってもらったパスタ、写真のバッグに入っていた約5キロのお米等々。<br /><br />■koopin♀の荷物はリュック1つ、何があるか分からないこの先の移動を考えると、身軽でいるべき。お米やジャム、パスタは重すぎました。せっかくいただいたのに申し訳ない、と思いつつ、ホテルのベルボーイやドアマンたちにもらってもらいました。チップの変わり?にお米をもらったドアマンはさぞかし驚いたことでしょう。<br />でも、パキスタンかインド系らしい方で、お米食べる?と聞いたら、食べると言っていたので、無駄にはならなかったと思います。この米袋だけは、今でも大事に使っています。<br /><br />■セントラルパークにほど近い55stのショーハムホテルに泊まっていたのですが、デパート、レストラン、図書館と様々な施設が閉まったのにも関わらず、ホテルはいつも通りでした。マンハッタンの外に家があり、帰れなかったり、友人がテロに巻き込まれたりした従業員もいたでしょうに。ホテルの方々にも頭がさがります。<br /><br />■そういえば、ニューヨーク大学ハンター校でも、電車が止まり帰れなくなった生徒のために、学校を閉鎖しないんだ。とS.E先生が教えてくれました。構内は学食のいい匂いがしていましたっけ。<br /><br />■12日夜に、コネチカット州ニューヘイブンのH夫妻の元へ行こう!と決めました。12日のNYの街は非常に静かでしたが、これからまた何か恐ろしいことが起きるかも知れない、と判断をしたのです。<br />日中は、街を歩きながら「もし、当分マンハッタンにいることになるのだったら、明日あたり献血にいこうか?」などと話をしていました。TVで血液が足りないと呼びかけていました。<br />koopin♀は13日の朝、結局献血しなかったな、と少し後ろめたく感じながら、NYをあとにしました。<br /><br />■以下、ニューヘイブン編に続きます。<br /><br />

    ■実は今回、インディアナポリスで山ほどお土産をいただいていました。koopin♂の仕事のための本(小学生だったら、中に入れるよ!というくらいの大きいトートバッグに入っていました)、大きなキャンドル、しょうがジャム、アーミッシュ村で買ってもらったパスタ、写真のバッグに入っていた約5キロのお米等々。

    ■koopin♀の荷物はリュック1つ、何があるか分からないこの先の移動を考えると、身軽でいるべき。お米やジャム、パスタは重すぎました。せっかくいただいたのに申し訳ない、と思いつつ、ホテルのベルボーイやドアマンたちにもらってもらいました。チップの変わり?にお米をもらったドアマンはさぞかし驚いたことでしょう。
    でも、パキスタンかインド系らしい方で、お米食べる?と聞いたら、食べると言っていたので、無駄にはならなかったと思います。この米袋だけは、今でも大事に使っています。

    ■セントラルパークにほど近い55stのショーハムホテルに泊まっていたのですが、デパート、レストラン、図書館と様々な施設が閉まったのにも関わらず、ホテルはいつも通りでした。マンハッタンの外に家があり、帰れなかったり、友人がテロに巻き込まれたりした従業員もいたでしょうに。ホテルの方々にも頭がさがります。

    ■そういえば、ニューヨーク大学ハンター校でも、電車が止まり帰れなくなった生徒のために、学校を閉鎖しないんだ。とS.E先生が教えてくれました。構内は学食のいい匂いがしていましたっけ。

    ■12日夜に、コネチカット州ニューヘイブンのH夫妻の元へ行こう!と決めました。12日のNYの街は非常に静かでしたが、これからまた何か恐ろしいことが起きるかも知れない、と判断をしたのです。
    日中は、街を歩きながら「もし、当分マンハッタンにいることになるのだったら、明日あたり献血にいこうか?」などと話をしていました。TVで血液が足りないと呼びかけていました。
    koopin♀は13日の朝、結局献血しなかったな、と少し後ろめたく感じながら、NYをあとにしました。

    ■以下、ニューヘイブン編に続きます。

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この旅行記へのコメント (5)

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  • 真@tokyoさん 2006/01/14 18:05:57
    911シカゴにて
    Koopinさん
     911マンハッタンのアルバムを見ました。
    とんでもない事に遭遇した割には貴方も観光客も落ち着いていたようですね。時間の経過と共に状況を把握し問題の大きさを理解してゆく様子が感じられます。私はコンベンションと展示会出席でシカゴのオヘア空港近くに居りました。朝食を済ませ部屋に戻るとTVでWTCの映像が出ています。食事前は通常放送だったと思います。まず火事だと思い(英語まったく分かりません)、一緒にWTCに上ったことがある同僚に「アメリカはすごいぞ。WTC火災をTV中継している」なんてmailを入れました。事態が分からず自宅に電話するとテロで日本でも同じ画面を見ているとの説明有り。私よりはるかに東京のほうが正確につかんでいました。昼までTVに釘付けでした。
    当日開場のコンヴェンション会場は昼過ぎになっても閑散としており、講師が到着しないので30%くらいしか実施できないとのことでした。
    ホテルに戻ると、黒山の人だかり。オヘアはハブ空港なので空港閉鎖のあおりで、中継に降りた客は全て身体ひとつで各ホテルに押しこめられました。
    観光シーズンで空き部屋は少なく、廊下に寝かされた男性も居ました。
     そして帰国便のチケット入手の苦労が始まります。私は代理店を通さずに来ましたので相談相手もいず、たまたまホテルに収容された日本人観光団の添乗員から情報を聞き、1週間は足止めと覚悟しました。帰国は開通2便目を確保できほっとしましたが、この間のチケット入手の経過だけでも結構な苦労話となりそうです。
     しかしシカゴでの足止めは建築趣味の私にはぴったりの自由時間でした。この時の街が忘れられず2005年に写真を撮りに再訪しました。

    4Travelで911が出てくるとは思いもよらず、つい長くなってしまいました。
    よろしくお願いします。

  • ぱげみさん 2005/01/08 02:28:05
    はじめまして。
    こんにちは、失礼致します。
    911事件の時にNYにいらっしゃったんですね。
    記事を読み色んな思いがめぐってきて言葉がありません。
    Koopinさん達にとっては不安な日を送ったと思いますが
    貴重な記事を読ませて頂いて本当にありがとうございました。
    ご無事でなによりでした。

    Koopin

    Koopinさん からの返信 2005/01/08 19:49:32
    RE: はじめまして。
    ぱげみ様

     お越しいただき、ありがとうございます。
     911事件当時のことを記録に残す気になったのは、つい最近のことです。時間が経つにつれて、夫婦のあいだで「あの時はこうだったよね」「えーちがうよ、こうだったよ」みたいな食い違いが増えてきてしまいまして、このままだと良くないなーと思い、一念発起しました。
     でもフォートラベルというメディアがなかったらいい加減なものになってしまっただろうなーと思います。「人様がこれを参考になさるかも知れないんだから」という緊張感と、簡単な操作で訂正・増補できるシステムがあったから、いちおう最後まで書き通せたんだと思います。ぜんたいくんはじめスタッフさんたちと、読んで下さる皆さんに感謝、感謝。
     これからも思い出し次第、随時更新するつもりです。できれば楽しい旅行記を増やしたいと思っています。
     ぱげみさんもどうぞ楽しく安全なご旅行を!
  • 桜桜さん 2005/01/06 23:15:49
    絶句・・・。
    今年もよろしくお願いします、
    あまりの文面のリアリティーに、言葉がありません。
    Koopinさん、そんな体験なさってたなんて・・・。
    それにしても御無事で何よりでした。
    私はアメリカのテロは経験しませんでしたが、今回お正月旅行で、2004年の年末からプーケットで滞在を予定していたところ、大津波で世界的名大規模災害となり、直前にフライトが航空会社のほうからキャンセルとなり、結局行かなかったのですが、色々考えるキッカケとなりました。自分がするべきこととか、被災地に対する追悼の気持ちとか、未だに自問自答。ただただ胸が痛い。募金しかできない自分に無力を感じたり・・・。
    Koopinさんの旅行記をみて、もし自分がその時その現場にいたら・・・なにをするべきか、非常に参考になりました。
    桜桜
  • ti-daさん 2004/12/30 23:21:45
    はじめまして。
     9.11に遭遇されたとのことで…その周辺は、パニック状態で大変でも、少し離れた所では普段の日常生活が営まれている。10年前の阪神大震災でこのことはものすごく痛感させられました。被災地の中心部から大阪へ出れば、何もなかったかのように人が忙しく行きかっていたことを思い出します。紙一重の差でこの違い…悲しくても「自分じゃなくてよかった」と思っても生きている限りは生活を続ける必要があるんですよね。
     テロ・天災などは普段忘れてしまっている「生」と「死」を見つめ直すきっかけになります(何か訳の分からないこと書いてすいません!!)

Koopinさんのトラベラーページ

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