2004/02/13 - 2004/02/18
5410位(同エリア6975件中)
ポチコさん
2004年2月から3月にかけて約3週間、サッカー観戦と遺跡・美術館巡りにイタリアとスペインへ行って来ました。
写真はその時観戦した試合のチケット半券です。
イタリアには10日間滞在してミラノ(飛行機の都合で1泊)→ローマ(1試合観戦・4泊)→パレルモ(1試合観戦・1泊)→ミラノ(1試合観戦・4泊)と試合に合わせて移動しました。
ちなみにスペインは9日間の滞在でミラノからバルセロナ経由でサンチャゴ・デ・コンポステラ(2泊)→サンセバスチャン(1試合観戦・1泊)→バレンシア(1試合観戦・2泊)→マドリード(1試合観戦・3泊)→帰国と移動。
まずはローマ編から。順次他の都市の旅行記も更新するのでお楽しみに!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ローマのスタディオ・オリンピコ。セリエA・ラツィオとローマのホームスタジアムです。
2/14、バレンタインディのこの日はラツィオ対エンポリの試合でした。
ローマ行の便が取れなかったのでミラノで一泊してESスターで午後にローマ入りしたのですが、ビッグゲーム(強豪同士の対戦)ではなかったのでチケットは当日窓口で買えました。(2階バックスタンド側で25ユーロ)
ちなみにローマでの宿泊ホテルはウニヴェルソでした。
ツアーでもよく使うテルミニ駅近くの4つ星ホテルです。 -
試合前練習するラツィオの選手。
今となってはチームの財政難のため、よそに移籍してしまった選手が多いのがちょっと切なかったり。 -
ホーム側のラツィオサポーター。熱気ムンムン。どうしてイタリアのサポーターは発炎筒を焚くのだろう??
-
アウェー側のエンポリサポーター。(注:全部でこれだけ)…アウェーという言葉をこれほど実感させられることもそうそうないような(汗)
ちなみにこの日の観客数は44,509人だったそうです。 -
サポーターの数に比例したのか(苦笑)3−0でホームのラツィオが快勝。
ラツィオの応援をしていたのでもちろん嬉しかったけど、一番のお目当てS.インザーギの出番があまりなかったのはちょっと寂しかったりもして。 -
試合の次の日(2/15)からはローマ観光。
まずはコロッセオです。 -
かつては剣闘士が競い合った競技場も今ではネコのねぐらに。
-
コロッセオの次は歩いてすぐのところにあるフォロ・ロマーノ。
-
パラティーノの丘の上から見たフォロ・ロマーノ。
-
フォロ・ロマーノを見下ろすパラティーノの丘。フォロ・ロマーノと違い有料です。(コロッセオと共通料金で8ユーロ)初代皇帝・アウグストゥスの宮殿やその妻・リディアの家などがあります。
-
続いてトラヤヌス帝の市場。トラヤヌス帝は「人類史上最高の時代」とも謳われたローマ帝国の最盛期を彩る五賢帝の一人で帝国の領土を最大限に広げました。ここはその時代の市場跡で、帝国中から様々な産物が輸入され市民に配布されました。
-
しかしここもコロッセオと同じく今ではネコのねぐらに…。
-
フォロ・ロマーノで古代ローマ帝国の栄華を偲んだ次の日(2/16)は、ルネサンスの芸術に酔いしれるためカソリックの総本山・ヴァティカンへ行きました。
-
まずは美の殿堂・ヴァティカン博物館。
ここは入場の行列がすごいので有名ですが、現地で友達になった子が朝早く並んでいてくれたおかげで思ったより早く入れました。感謝×2です。 -
教科書などでおなじみアウグストゥス像。
この人があのフォロ・ロマーノの宮殿に住んでいたんですね〜。
400年もの長きに渡ったローマ帝政を創めた偉大な人物であるのはもちろんですが、ミーハー&面食いなワタクシといたしましては歴代皇帝でも5本の指に入るであろう男前ぶりにも注目していたり(笑) -
ベルヴェデーレの中庭には同じく教科書でおなじみのラオコーン像が。
古代ギリシャ・ローマの彫刻のレベルの高さに驚きです。 -
システィーナ礼拝堂へ向かう廊下。
撮影禁止なので写真はありませんが、ミケランジェロの傑作「最後の晩餐」は素晴らしかったです。
本当はラファエロの間で「アテネの学堂」も見たかったんですが、順路を間違えてしまったらしく部屋に辿り着けませんでした。今回のローマ旅行最大の失敗です(泣) -
礼拝堂を出たところにサン・ピエトロ寺院のクーポラ(ドーム)の切符売り場があったので軽い気持ちで登ってみたところ、予想外のキツイ階段にギブアップしそうに(苦笑)
でも苦労して登った甲斐はありまして、ここから見えるローマは絶景でした。 -
サン・ピエトロ寺院を出るとヤシの木と石柱が並ぶふしぎな並木道が。
-
ヴァティカンの入口にあるサンタンジェロ(聖天使)城。
その昔、ローマに戦乱があると教皇はサン・ピエトロ寺院の地下にある抜け道からここへ逃げて難を避けていたそうです。
内部は美術館になっていますが、この日は月曜でお休みでした。ヴァティカン観光のついでに寄るときは要注意です。 -
聖天使城とローマの街を結んでティヴェレ川にかかるサンタンジェロ橋。
この天使の架け橋の写真はローマで撮った中で一番のお気に入りです。 -
聖天使橋を渡って少し歩くと見事な彫刻と噴水で賑やかなナヴォーナ広場。
写真の「河の噴水」の他に「ネプチューンの噴水」と「ムーア人の噴水」があります。 -
ナヴォーナ広場から歩いてすぐのところに古代ローマの神殿・パンテオンがあります。写真は丸天井に開けられた天窓。
-
この象のオベリスクはサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の目印。ミケランジェロやフィリッポ・リッピなどの美術品が多数あって、地味な外見でも侮れません。
-
ミネルヴァ教会近くにいた観光馬車。
-
いよいよローマ最終日。
この日はポポロ広場からのスタートです。
まずは広場にそびえ立つオベリスク。
どうしてエジプトでもないのに街のあちこちにオベリスクがあるのかが謎です。 -
逆光でわかりにくいですが、ポポロ広場南に並んで建つ双子教会。向かって左がサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会、右がサンタ・マリア・イン・モンテサント教会です。
ローマは双子によって建設されたという神話があるせいか、双子がらみの物が多いです。 -
双子教会を割って通っているコルソ通りはローマのメインストリート。この通りをウィンドウショッピングしながら進んで一本脇へ行くと、アウグストゥス帝の廟、つまりお墓があります。
当時はまさかこんなにローマが発展するとは夢にも思わなかったでしょうね。 -
静かなアウグストゥス廟からプラダやグッチなどの高級ブランド店で賑わうコンドッティ通りを抜けると、「ローマの休日」でおなじみのスペイン広場に出ます。
舟の噴水を眺めながらスペイン階段に腰掛けてオードリー気分に(笑)
広場の周りには英国風喫茶店が立ち並んでいるので、
歩き疲れた時は紅茶を飲みながら一服するといいかも。 -
スペイン広場をあとにして、トレヴィの泉へ。
(写真はいいのが撮れなかったのでなし)
お約束どおりコインを投げ入れ、近くのインターネットポイントで一服したあと、バルベリーニ宮(国立絵画館)でバロック文化展を見ました。スペインに行く前にヴェラスケスが見れてラッキー!)
そして最後にマッシモ宮(国立博物館)で古代ローマの文化を堪能してローマの旅は終わりました。 -
と、いうわけでローマ編を終わります。
次はパレルモ編です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- il_boscoさん 2005/07/18 18:54:48
- ラツィアーレの過激ぶりが…
- こんにちは、まるぼぼさん
ローマの美しい街並みや美術品の写真が美しいですね。
それと行儀の悪さ(?)では有名なラツィアーレの姿
もよく現われています。
この頃の監督はマンチーニ?監督が一番のビッグネーム
かもしれませんね!どこのチームも財政難のようですも
のね…。
ではでは
il_bosco
- ポチコさん からの返信 2005/07/24 02:17:55
- RE: ラツィアーレの過激ぶりが…
- il_boscoさんこんばんは。
お返事遅くなってすいません(^_^;)
そうです、当時はまだマンチーニが監督でした。
ネスタをはじめとする一部選手の流出は始まってましたが、
スタムなんかの代表クラスはまだいたので
さすがにマンチーニが一番のビッグネームってことはなかったような?
このシーズンはコッパ・イタリア(日本の天皇杯にあたる)も獲りましたしね。
この翌シーズンから大物がいなくなった記憶があります。
ラツィアーレのお行儀の悪さは有名ですが、このあとのミラノダービーも
かなり恐かったのでセリエはどこも似たり寄ったりかも(苦笑)
スペインのサポーターの方が行儀がいいのが意外でした。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
31