年寄り親父02さんのクチコミ全17件
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リンツ、ドムDOMホテル、新婚さまご用達かな、2006年5月、年寄り親父02
投稿日 2006年06月01日
リンツ大聖堂の西、約300米にある、街中のホテル、すべてダブルベットで
困惑する、団体向きではなく、新婚さまに向いている印象、価格は
団体で利用したので不明、以下は、団体たびを、楽しくする提言です
・日本語で、伝言ゲームをしましょう、トイレは旅の必須条項、有料か
無料か、先頭の方が、ここは有料よ、番人がいて、両替可能とか
無人で、機械式で、20セントのユーロ硬貨が必要よ、便器の数は、4ケある
ひとつなので、行列は時間がかかる、など、伝言があれば、スムーズ
パリの空港の体験、航空機と空港をつなぐ、搭乗橋の上で、行列が
前にすすまない、なぜかな、何と橋の終わりで、入国審査をしている
こんなことは、始めての体験、皆その事を知らず、あわてて、懐中より
パスポートを取り出す、無駄な時間だ、これで終わりかと、思うと
正規の場所で、またパスポートの確認、うんざりするよ、そして
日本便の到着ターミナルから、欧州各地便のターミナルまで、走れ
走れは、約700米はあるかな、部分的に動く歩道はあるが、パリ空港は
乗り換えに不便だと実感する、もう巨大空港はごめんだ、もうひとつ
ホテルで、添乗員が、名前をよんで、部屋の鍵を渡す時、返事をしましょう
以上、今回の団体たびで感じたかと、楽しいたびのため、発信しました
発信者、68才内科医師、あなたのたびの平安を祈って、敬具- 旅行時期
- 2006年05月
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リエンツ、ゾンネSONNEホテル、街の中の老舗ホテルの印象、2006年5月、年寄り親父02
投稿日 2006年06月01日
ホテルは街の中心広場から、東へ約100米、老舗のホテルの印象
団体で宿泊のため、価格は不明、リエンツはチロルの南側で
古都の印象、南側にドロミテと同様に、ぎざぎざの山並みがある
早朝から散歩するが、モルゲンと、街の人からも挨拶がある
今回のたびで、役立ったもの、以下に列挙します
・100円店で買った、小型の洗面器、欧米の風呂はお湯が少量
洗面器で、湯船で、かけ湯して、ゆっくりと、疲労回復へ
・電源の延長コード、デジカメ、パソコンの充電、お湯をわかす
コンセント1ケでは不足する、机の下のコンセントでは不便だ
・日本から持参のテイシュの箱、欧米では、テイシュの入手困難
・おーいお茶、カロリメイトゼリー、水はどこでも買えるが
疲労が出でくる午後4時から、飲みなれた日本茶で疲労回復
・70才になれば、体力低下は当然だ、午後の観光を中止して
バスの中で、昼寝するのも、勇気ある決断ですよ
発信者、68才内科医師、あなたの旅の平安を祈って、一読感謝- 旅行時期
- 2006年05月
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投稿日 2006年05月24日
この地域とは、はなれていますが、鉄道をあいする貴殿に読んで
いただきたく、発信します、この鉄道は、正真正銘の登山鉄道です
始発駅には、ボイラーまで傾斜させた、蒸気機関車が待機してる
水平な場所では、写真のように、ボイラーが約20度、下向きになり
登り坂では、水平に維持する奇妙な構造の蒸気機関車だ、線路は
がっちりと、ぎざぎざのアブト式線路だ、始発駅はウオルフガング駅
幹線鉄道とは、べつの単独の線路、ここまでは、ややこしい道順
ザルツブルグから、高速道路、途中から1車線の対面道路をはしり
モンド湖、ウオルフガング湖の湖岸を、走行して約2時間で到着する
始発駅の高度は約530米、山頂駅は1550米、この間を約35分で
客車2両をおして、蒸気機関車は、がんばる、はじめは樹林帯、牧草地
荒野と変化する、山頂駅は、霧と強風の中、山々や湖水が、ちらりと
見えるが、天気次第ですね、山頂駅には、トイレ、売店、喫茶店がある
すこし、上方には、ホテルも1軒ありました、天気がよければ乗る価値
ありましょう、発信は、68才内科医師、鉄道のたびは素敵ですね- 旅行時期
- 2006年05月
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投稿日 2006年05月24日
この鉄道は、のどかな観光列車、幹線の駅イエンバッハから
谷の奥の終点駅マイアーホーフエンまでの、蒸気機関車で旅する
この鉄道は、平坦な線路で、登山鉄道ではない、所要時間は35分
この谷は、ひろくて、おだやかな牧草地がひろがるチロルの風景
両側は、森林の山々、谷の奥に、やっと白銀の山がみえる、高度も
最高峰は、3509米のホッホヘイラー山かな、推測で確認していません
秀逸は、宝飾店スワロフスキーの提供した、喫茶可能な車両が連結
すべての窓は、ガラス工芸の窓がはめられて、屋外の光が屈折して
車内には、ふしぎな光のモザイク模様ができる、この車両で
ウインナーコーヒを注文して、チロルの風景をながめるのは
至福のひととき、昼飯は、終点の駅から、徒歩5分のNEUHAUS
翻訳すると、新建物、でしょうか、しかし、看板には、設立は
1649年とは、びっくり、内部は清潔、料理も美味かった
なお、団体旅行なので、鉄道料金、料理の値段は不明です
現地の時刻表では、この蒸気列車は一日に2本、他は
ジーゼル牽引の生活列車が、1時間に1本の割合で走行してる
発信は、68才内科医師、鉄道のたびは快適ですね、一読感謝- 旅行時期
- 2006年05月
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ダッハスタイン、DACHSTEIN、すごい風景、06年5月の体験
投稿日 2006年05月24日
この地域とは、少しはなれていますが、山をあいする貴殿に
読んでいただきたい、思い出で発信します
ザルツブルグの東部、湖水地方の世界遺産、ハルシュタット
その西南約50キロに、ゴーサウ村あり、高度779米のチロルの山村
その村から、南に10キロ、ゴーサウ湖があり、その右手には
ドロミテそっくりの2400米前後の、ぎざぎごの岩峰群がそびえ
左手には、高度3004米の白銀のダッハスタインが、輝く
山の北面から、氷河が懸垂して、みごとな風景、感動して凝視
湖畔の右から、高度1550米まで、のぼるロープウエイも設置
体力、気力のある方は、ザルツブルグから、車をかりて
湖水地方やこの山岳風景をドライブするのは、爽快、道路は
一車線の舗装道路、標識も完備して、安全運転できる環境
宿泊したホテルは、SPORT AND ERLEBNIS
GOSAU 電話613688110
木造3階建の家族経営のこころあたたまる、やさしいホテルでした
発信は、68才内科医師、たびは平安の証、あなたの健康をねがって- 旅行時期
- 2006年05月
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投稿日 2006年05月24日
その道路は、オーストリア観光の白眉の山岳道路
正式名称は、グロースクロックナーホッホアルペンシュトラセ
チロルの北部ブルックから、南部のリエンツにいたる縦断路
途中から分岐して、オーストリアの最高峰3798米の
グロースクロックナーの展望台2369米に、到着する
駐車場は、4ケ所あり、いちばん奥は乗用車の専用です
バスは手前に駐車するので、平坦な舗装道路を、約500米
歩いて、奥の展望台にいたる、ここは設備が完備しており
無料の清潔なトイレ、品物豊富でやすい売店、山の説明の
施設があり、地元の方の観光にかける意気込みを感じる
眼前には、最高峰3798米のグローズクロックナーの雄姿
眼下には、パステル氷河が、白く蛇行して、その魅惑
5月中旬、氷河の観察に下るケーブルは、まだ休止中でした
この道路の通行期間は、5月始めから10月末まで、冬季は閉鎖
通行時間は、午前6時から午後8時半まで、料金は乗用車27ユーロ
真夏より、残雪の残る5月から6月が好適と思いました
ただ、天気だけは、予想不可能、スイスの次にはチロルの観光を
発信者、68才内科医師、山を愛する人はすてきな人、一読感謝- 旅行時期
- 2006年05月
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投稿日 2006年05月23日
チロル、縦断の山岳道路、2006年5月の体験
推薦す、黒部立山観光道路より、10倍は楽しめる
オーストリアのチロル、新緑のブルックの町から
緑の谷間から、ぐんぐん登る、樹林帯から荒野へ
残雪をみると、両側約4米の雪の回廊が、つづく
峠の近くは、高度2505米、まだ、白銀の世界だ
チロルの山々、残雪と氷河が輝く、最高の風景だ
駐車場も、完全除雪、要所には、除雪の車も待機
途中で、展望台への分岐、この道路は行き止まり
そのまま、下ると、世界遺産のハイリゲンブルートの教会
観光写真で見るとおり、すばらしい教会、鉛筆型の尖塔
背後には、チロルの最高峰3798米のグロースグロックナの尖峰
教会の周囲は、墓地で、慰霊の草花が、植えられて満開
そっと、ご冥福を祈り、合掌する、騒いでは、駄目ですよ
さらに、下って、今夜の宿、古都リエンツに到着する
縦断の山岳道路は、約60キロ、バスで3時間半でした
スイスの観光の次は、真夏ではなく、初夏のチロルを推薦
発信は、68才内科医師、ここまで、読んでいただき、感謝- 旅行時期
- 2006年05月
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投稿日 2006年05月12日
観光地をめぐって、よかった、よかったでは、情けない
中国の成都から、陸路で、九寨溝への道路事情です
成都は、旧市内だけでも、人口400万の巨大都市です
当然、空気は汚れ、あちこちに、交通渋滞がある
片側4車線の道路は、外側は区切って、自転車専用にしている、まだ、信号
無視の方も多数、交差点には、赤旗をもった人が、立って、交通整理をする
郊外、当初は片側2車線の高速道路だが、北へ約100キロ走ると、巨大な
ダム工事の真っ最中、道路は仮設の1車線になり、ゆっくり走行になる
成都から北150キロ、茂県になると、両側に山腹がせまり、道路は川沿いに
1車線、歩道なし、追い越し車線もなし、そして、農耕のトラクター、野菜を
満載のトラック、観光客のバス、金持ちの暴走車、速度と目的が異なる車
警笛の音量で、優先が決まる、まさに昭和30年代の日本がある、中国の
交通事故死ぬ人は、年間約10万人、世界一だそうだ、何とかしなくては
道路は、舗装してあるが、落石多数、数えてみると、1時間に10ケあった
それでも、高速道路の建設が、各所で、始まっている、どう変貌するかな
四川料理、ひとこと、味は口にいれないと不明、味見に少しだけたべて
口にあうと、しっかりたべる、おいしい料理も、多数ありました
また、筆談でかなり意志の疎通ができる、白紙と筆記用具は必携ですね
以上、記憶をもとに発信、読んでいただいた、貴殿に感謝
発信者、68才内科医師、中国と日本の友好を願って、敬具- 旅行時期
- 2005年09月
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パキスタン・フンザ・長谷川学校を知る・2004年09月の見聞記
投稿日 2006年05月07日
もう、お知りの方も、おおいかと思いますが、フンザの長谷川学校
これは、日本のおおくの方に、お伝えしたい、国際協力の模範と思う
長谷川恒男、かれは山を愛した登山家、アルプスの三大北壁の冬季
単独登攀、エベレスト登攀など、輝かしい登攀を実行するが、ここ
1991年、フンザの西にそびえるウルタル?峰7388米の登攀の時
雪崩にあって、遭難死する、享年43才だった、奥様がえらい
故人の遺言、もしも、私に、何かがおこったとき、土地の人が幸せに
することをしてほしい、その意志をついで、奥様と仲間が、資金を
集めて、1997年に、長谷川記念学校、設立した、今では、この学校は
フンザの住民のあこがれ、生徒数約500人、小学校から高等学校まで
あり、すぐれた教育をしているとのこと、また、学費の払えない子供には
日本からの寄付金をあてているとのこと、また、フンザのカリマバードの
下水工事には、日本の国際援助も使用され、現地の方より、感謝の言あり
なお、長谷川恒男の登山の詳細は、佐瀬稔著・虚空の登攀者・中公文庫に
納められている、フンザは、この地域の名称、日本の関西のごとく
個々の集落には、カリマバード、アルテイット、グルミットなどあり
発信は、68才内科医師、たびはいろいろと教えてくれる、貴殿の一読感謝- 旅行時期
- 2004年09月
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パキスタン・ベシャム・稲作の谷をぬけて仏塔の里へ・04年の体験記
投稿日 2006年05月06日
パキスタンは、砂漠の国と思い込んでいましたが、稲作の風景がありました
カラコルム道の南部の途中の町のペーシャムから、本道をはずれて
シャングラ峠2120米をこえて、仏塔と仏像の里、カンダーラ地方の
サイドシャリフへ移動、距離は85キロですが、悪路で、貸切バスで
約5時間かかりましたが、途中には興味ある風景、この谷は、降水量が
大で、周囲の山々も、うっそうと森林が茂り、谷間には、稲作がおこなわれ
なんと、日本の柿の木まで、植えられて、ちょうど、秋で柿の木が実って
いるのには、おどろきました、峠の茶店は、現地の運転手の休憩所で
現地の方の食事風景、衣服など、身近に観察し、身体言語で交流しました
峠を下ると、旧称ガンダーラ、今はスワート地方と呼ばれ、西の山を
こすと、戦乱のアフガンと知りましたが、現地の方は、おだやかで
身体言語で、いろいろと、教えていただいた、現地の博物館ち入り
ああ、ここで仏様が、誕生したのだと、仏さまをみつめました
発信は、68才内科医師、あなたの平安と地球の平安を祈って、敬具- 旅行時期
- 2004年09月
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パキスタン・ペシャワル・トラック野郎はすごい・2004年の見聞記
投稿日 2006年05月06日
テレビで時々紹介されますが、実物を拝見して、これはすごい
車体は、日本のいすず、日野が主体で、その中古の車体をかって
木造のボデイをつくり、その車体の壁面を、極彩色の絵画でかざる
これは、日本のお祭りの御神輿だよ、さらに、車体の下側に
多数の鎖をぶらさげて、走ると道路と接触して、音をだす仕組み
クラクションも、携帯電話の着メロのように、好みの音色を選択してる
びっくりは、車体の全面のバンバーに、手すりをつけて、人をのせて走る
乗っている客は、怖くわないのかしら、しかし、案外に安全運転をしてる
追い抜く時は、クラクションをならし、追い越される方は、右側の側灯を
短時間だけ点滅し、合図をおくり、車をわきによせる、撮影のために
カメラを構えると、運転手は、手をふりあいさつしてくれる、皆やさしい
発信は、68才内科医師、平安な社会になることを願って、一読感謝- 旅行時期
- 2004年09月
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投稿日 2006年05月05日
カラコルムハイウエー、このうわさの道路、ハイウエーの呼称は不適当です
ので、カラコルムの道路として、体験記を報告、国家の威信をかけて
20年の歳月と、約三千人の死者をだして、建設された山岳道路です
この道路は、3部分にわけて、理解するのが、実情にあっています
・上部、フンザからキルギット、約100キロ、車で約3時間必要
ここは、開けた谷で、道路も整備されて、観光道路の印象だ、東に
ラカポシ7788米が、おしげもなく、その白銀の姿態をみせて、満足
・中部、キルギットからチラス、約170キロ、車で約5時間は必要
この地域は、ナンガパルパット8125米の西側で、モンスーンが
遮断されて、雨がふらず、砂漠の気候、深い谷底を、インダス川が
セメント色でながれ、それを導水して、谷間に農業がわずかにあり
暑い、気温は40度をこすが、湿度がなく、汗もでない、途中に
温泉も噴出しているが、利用なく放置のまま、また、仏教遺跡として
岩絵がのこっており、これを鑑賞しながら、南部へ下ってゆく
・下部、チラスからペシャーム、約200キロ、車で約8時間
ここが、恐怖の悪路、左側はインダス川の激流、右側は山体の崩壊の
落石地帯、川底から道路まで、500米はあるかな、日本の黒部渓谷を
ダイナマイトで爆破して、1車線の砂利道をつくった印象、落ちるなよ
安全祈願をしながら、車窓をみる、貧弱な樹木と草地がわずかにあり
それでも、住宅がある、パキスタンの貧困地帯らしい、道路はさらに
バタグラム、マンセーラをへて、首都のイスラマバードにいたるが
私達は、別の道路をとおって、仏像の発祥の地、ガンダーラへ移動した
追記、フンザには、カラコルム道のほかの道路は、狭くて、日本の
軽四の大きさの、両輪駆動の車が、急な坂道、狭い道を、上手に走る
発信は、68才内科医師、たびは大脳を活性化させる。一読を感謝する- 旅行時期
- 2004年09月
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投稿日 2006年05月05日
観光地には、もういちど行きたい、一度で結構の二種類がありますね
ここは、関西から成田経由で、遠くて、不便ですが、再訪したいです
・風景は、名峰ラカポシ7788米の頂上まで、高度差5千米の圧倒的迫力
空は濃紺、氷河と白銀の峰々、褐色の大岩壁、氷河の水で灌漑した
田畑、果樹園など、スイス以上の風景、感動して、凝視するのみ
用水路にそった小道を歩いて、小道には、こまかな砂でおおわれている
発見、この砂は、氷河の砂だ、先祖伝来、数百年、用水路をしゅんせつして
底にたまった氷河の砂を、小道にまいているのだ、手ですくって確認する
・気温は、04年09月は快適、関西の11月の気候だ、しかし、風はつよくて
セータとウイドヤッケは必要でした、傘はだめよ
・住民の方は、とっても親日的、子供たちは、英語でむこうから話かける
小学校から英語教育をしている、12才の生徒のノートをみせてもらうが
きれいな文字、その内容は、日本の高校のレベルだよ、驚いたのは、地元の
ガイドの方、28才の男性、自宅を案内します、彼の自宅は、18世紀の
城砦なのだ、かれは名家の子孫、うつくしい彼の奥様が、紅茶のサービス
そして、十数名の子供達の登場、いっしょに60代の日本女性も登場される
聞くと、50代始めに、国際結婚されて、保育園の園長をされている
子供達は、保育園の園児なのだ、外にでると、背広にネクタイの紳士が
たっておられ、英語でフンザ訪問の感謝と歓迎のあいさつをされる
この村の村長さまかな、ほんとうに、こころのやすまる素敵な体験でした
発信は、68才内科医師、たびする方は、平和をあいする方、一読感謝- 旅行時期
- 2004年09月
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投稿日 2006年05月04日
旅行のパンフレットには、九寨溝と黄龍ツアーとあるので、隣接の観光地と
錯覚するが、両者は、約150キロもはなれ、途中に、三千米をこえる峠が
2ケもある、はなれた観光地、たとえると、日本の上高地と富士山に相当す
観光目的の宿泊地は、下記の5ケ所があり、その特色は、以下です
・黄龍は、黄龍公園の近くで、余裕ある観光ができるが、大きなホテルは
ひとつしかない、また国立公園なので、建築の制限があるようす
・九寨溝、ホテルは約30ケもあり、覇を争い、九寨溝の観光には便利だが
しかし、黄龍への観光には、とおくて、不便な位置にある
・川主寺、九寨溝空港に近い、約10キロ、ホテルの数も多くて、黄龍へも
比較的ちかく、妥当な位置にあると思います
・松藩は、昔の古都、川主寺の南約20キロ、ホテルの数が少ない印象
・茂県は、陸路で成都から黄龍への中間にある、遠いが、やすい印象だ
したがって、川主寺と九寨溝に宿泊するツアーを選択するのが、現実的
・九寨溝空港は、高地にあり、天候が不順、航空機も朝に、成都ほかから
飛来して、折り返して、成都にもどる、小生も、朝9時の搭乗予定が
空港の濃霧のため閉鎖、昼過ぎに再開され、それまで約5時間、空港待機
午後の観光が、中止になり、残念、しょせん、空港は四川省の北端、山の
向こうは、甘粛省になる、天候不順など、不足の事態もあるので、飲み物
食べ物、文庫本など、用意して、待機することも、たびの経験と割り切り
現地の中国の方と、筆談をたのしむ余裕が大切、それでも、また行きたい
発信者は、68才、内科医師、たびする方はやさしく、平安を愛する。敬具- 旅行時期
- 2005年09月
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投稿日 2006年05月03日
中国は、動的に変化の社会、たった3年でも、下記の体験をしました
・カシュガル、変化したもの、2004年の実感から
ホテルがかわった、普通のホテルになった、01年は停電が頻発した
午後10時には、街中の電気が消える、ホテルも真っ暗でこまった
市場がかわった、01年は、道路にそって、雑然として、生活の匂いがあった
04年では、別の場所に移転し、観光用の公設市場で、観光客の相手用だ
カラクリ湖への道、01年当時は、道路が決壊し、約3割は仮設の河原を
のろのろと走り、放牧の羊の群れが、道路をふさぎ、羊停車が4度あった
04年では、約8割は高速道路に準じた構造、羊もなし、河原の走行もなし
カラクリ湖まで、約3時間で到着、01年には約5時間を要したと記憶する
・カシュガル、2001年と、同様の風景があるのは
エイテガル寺院、内部はおなじ、敬虔に祈られるイスラムの方々
仕切りのない、開放型の、男性専用の体育館に匹敵するトイレもおなじ
しかし、寺院の前は、01年当時の商店街はなく、きれいな広場に変身
アクバ・ホジャ寺院、変化なし、くたびれている、修理しては如何
職人街も、おなじ、よくみると、生活の匂いなく、観光客むけになった
カラクリ湖のトイレ、不潔さはおなじ、大便がピラミッドを形成してる
有料にして、トイレを掃除しては、如何、客はトイレで選ぶ時代なのに
もう、カシュガルは、生活の街から、巨大なテーマパークに変身したな
・北京オリンピックをひかえて、大改造中の中国、2006年のいまは
どんな具合でしょうか、体験者の報告を、そっと、期待しています
発信者は、68才内科医師、たびする方は平和をあいする。一読感謝- 旅行時期
- 2004年09月
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投稿日 2006年05月01日
四川省九寨溝、すてき、2005年に見物しましたが、もう一度行きたい、心得
バスの駐車場より、入り口まで、約1キロはある、まず、歩け、歩けで開始
入り口は、まず混雑、1日に2万人弱の方が、入場する、中国の方にも最高の
観光地になっている、上海など沿岸都市の方には、ここを訪問するのは成功の証のようだ、公園内は、200台の大型バス、100台の小型バスが案内
するが、どれもおなじ型、降りるとどれが乗ってきたバスか不明になる
ぜひとも、自分の乗るバスの、ナンバープレートの番号をメモしておくこと
公園内の観光道路は、約60キロ、停車は指定の約13ケ所に限定してる
勝手には、歩けない、また、バス道路は、危険、時速約60キロで走行し
バス優先、歩行者優先ではない、しかし、歩行者の道路は、幅約2米の
板張りで、快適にあるける、写真撮影の適所では、通路と別に拡幅されて
写真撮影ができる、三脚は迷惑、手持ちで、写真撮影するように、練習の事
トイレは、完備、日本の工事現場の簡易トイレ方式で、汚物は流さずに
公園の外に運搬するようだ、トイレは扉を閉めると、照明なし、真っ暗に
なるので、懐中電灯があるとよい、いたるところ、監視員がおり、手を
洗っても、しかられるそうだ、木道を歩いて、歩いて、写真撮影に専念
食堂、売店は、数カ所に限定し、高価な印象、飲み物、間食の携帯は必須
日本から持参のペットボトルのお茶、カロリーメイトゼリーがよかった
雨具は、傘は不適当、まず雨はふる、ここは水のつくる風景です、両手が
自由になり、写真撮影に適する、ポンチョがよい、九寨溝は、黄龍と異なり
高山病の心配なし、必要なのは、体力だけ、疲れれば、バスを降りずに
車内に残ればよい、終わりまで、おなじバスで観光する、以上、記憶の
ままに、発信、行く価値はあります、スイス以上の美景でした、一読感謝
発信者は、68才内科医師、たびは大脳の活性化、たびは平和の証- 旅行時期
- 2005年09月
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投稿日 2006年05月01日
年寄り親父02・ニンテンドウのDSライトの本体と中国語の翻訳ソフトは使えると確信
今まで、二度、翻訳の機能を内蔵する、電子辞書を購入しました
現地へ、持参しましたが、いずれも、使用せずに、帰国しました
今回は、ニンテンドウのDSライトと中国語の翻訳ソフトを購入しました
これは、使えると確信して、次回の中国旅行に、期待して準備開始へ
まずは、やすい、本体とソフトで2万円弱、他社は5万円をこえる
感動は、保持した左手で、画面を反転させて、相手にみせる機能だ
感動は、保持した右手で、ボタンをおすと、その内容を発声する
感心は、手書きメモ機能、これで、漢字の国・中国で筆談できる
ただし、練習が数週間必要だな、旅の直前の購入では、だめよ
どんな、字句があるか、内容の確認と、すばやく使う練習が必要だ
それに、海外での使用には、乾電池でうごく電源装置がいりますね
店には、電源装置の販売はなく、インタネットで注文しなくては
うわさ、この機器で、テレビの受信、インタネットへの接続可能へ
その時、この機器が、中国、インドの大衆に普及したときには
予感す、パソコンに、かわる、言語、文化の交流手段になると
まずは、日本の高齢者に宣伝、脳を鍛えるソフト、ともに
自立し、若い方に負担をかけない、自立した老人の助けに
小生も、世界遺産めぐりから、現地の方と、対話と握手が目標
これが、21世紀の平安と平和、つうじると確信しています
発信は、68才内科医師、あなたの健康と平安を祈って、一読感謝- 旅行時期
- 2006年04月












