フィレンツェが首都だった時代
- 4.0
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
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by 聖さん(女性)
フィレンツェ クチコミ:82件
紀元前からフィレンツェの中心地として賑わっていたこの場所は1500年代にはこの市場だけでは市民の供給に対応しきれず、市場からポンテ・ヴェッキオへ向かう途中に新市場が作られ、それ以降この広場は「古市場広場」と呼ばれるようになりました。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリアを統一し、
フィレンツェが首都になると更に町の開発と拡大がすすみ、長年、市場として活躍してきた広場の歴史に幕を閉じ、1890年「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世広場」へと変わりました。
戦後にはイタリア共和国の建国とともに「共和国広場」に名前が変更される事となります。
イタリアの中心地は古代からずっとローマだという印象があったのですが、
ルネッサンス期でもない時期にフィレンツェが首都だった事もあるのだなぁ…と不思議な感覚になりました。
また、ここの回廊は映画「ハンニバル」においてパッツィ刑事がレクター博士に高額な懸賞金をかけているメイスンにタレコミの電話をかけた場所であり、他にも何度か共和国広場周辺が登場します。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.5
クチコミ投稿日:2020/03/10
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