スリランカの歴史を彩る大菩提樹の物語
- 4.0
- 旅行時期:2018/06(約8年前)
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by beanbagさん(男性)
アヌラダプーラ クチコミ:6件
スリー・マハー菩提樹の来歴は、歴史書「マハーワンサ」の重要な一部です。第18章「大菩提樹の受納」、第19章「大菩提樹の渡来」に生き生きと描写されています。
般涅槃の床に横になられた釈尊は5つの大きな決意をします。
①大菩提樹の南枝はアショーカ王が採ろうとすると、自ら枝から離れ、花瓶に入ること
②その枝は諸方を輝かしながら、果実と葉から6種の輝かしい光を放つこと
③その枝は黄金の花瓶とともに虚空に昇り、7日の間、雪雲の中に入って見えなくなること
④我が右鎖骨がトゥーパーラーマ(塔園)に安置されるならば、虚空に上がって一対の神変を行うこと
⑤我が清浄なる1ドーナ量の舎利がランカー島の荘厳なるヘーママーリカ塔(マハートゥーパ)に安置されるならば、その舎利は私(釈尊)の姿となって、虚空に昇って留まり、一対の神変を示すこと
デヴァーナンピヤティッサ王(BC307~267)は、ランカー島に仏教をもたらした長老マヒンダが「大菩提樹とともに長老尼を島に招聘する」と言ったことを思い出し、甥のアリッタ大臣を呼び出し、マウリヤ朝の首都「華子の都(パータリプッタ)」に遣わします。
アリッタはアショーカ王に会い、比丘尼サンガミッタ(アショーカ王の娘、マヒンダの妹)とともに、大菩提樹の南枝を遣わすよう申し出ます。
その方法を思い悩むアショーカ王に、長老モッガリブッタは釈尊が涅槃の床でなした五大決意を語り、「その地に送らねければなりませぬ」と説得します。その後の展開は予言通りとなり、アショーカ王は高貴な大菩提樹の南枝を刃物で傷つけることなく黄金の花瓶の中に得ることが出来ました。
アショーカ王は大菩提樹をガンジス川の川船に運び、11人の比丘尼とともに長老尼サンガミッタを乗せ、大使アリッタも同じ船に乗せて河口のターマリッティー海港まで運びます。そこから大菩提樹は、数々の奇跡、神変を起こしながらランカー島北部のジャンブコーラ港を経て、アヌラーダの都に運ばれ、デヴァーナンピヤティッサ王と王の装身具をつけた16人の良家の者たちの手で定植されます。王の手から大菩提樹が離れるや、大菩提樹は80肘(ラタナ、1ラタナ≒40cm)の空中に昇って止まり、美しい6色の光明を放ちます。その美しい光明は全島に広がり、上は梵天界に達し、それは日没まで続きます。この神変に歓喜した1万の人々は、精神的な啓発を受け、この場で阿羅漢の域に達し、出家したと言うことです。
この神変に驚いている大群衆の目の前で、菩提樹はたちまち東の枝を伸ばし、熟した完璧な1個の果実が生じます。王がその果実を黄金の瓶に植えると、見る間に8本の芽が出てそこに立ち、高さ4肘(1.5m)の若い菩提樹となりました。このように生じた8株の若木を王はジャンブコーラの港とティヴァッカ婆羅門の村、トゥーパラーマ、イッサラサマナーラーマ(現イスルムニヤ)、第一塔の広場、支提那山園およびカージャラ村(現カタラガマ)とチャンダナ村に植えさせました。残りの4個の果実からもそれぞれ8本の若枝が生じ、合計32本の菩提樹の若木は周囲1由旬(ヨージャナ、1ヨージャナ≒11.3~14.5km)内にあるここかしこの精舎に植えつけたと言うことです。
植樹は紀元前288年、人間の手により植樹された樹木では最古のものです。スリランカで最も重要な宗教的遺物の一つで、世界中の仏教徒から崇拝されています。
大菩提樹は高い塀に囲まれ、近づくことはできません。四方に大きく枝を伸ばした姿から遠い昔に思いを馳せることにしましょう。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- ルワンウェリセーヤの南にあります。
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- アヌラーダプラ遺跡地区全体の入場料はUS$25です。
- 景観:
- 4.0
- 歴史を知ると厳かに見えます。
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 敬虔な信者が数多く訪れます。
クチコミ投稿日:2018/06/25
いいね!:29票
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