豫園の周りにはトイレ、台所の無い古い住宅が多く、租界時代の生活を見る様です。統括編
- 3.0
- 旅行時期:2015/07(約10年前)
-
-
by 中国の風景さん(男性)
上海 クチコミ:1241件
明代の上海県は小さな漁村でした。明嘉靖三十二年(1553)度々の倭寇(日本の海賊)の来襲の被害に対応する為に城壁を建造しました。その規模は城壁は周囲4.5キロ、高さは8メートル。建設当初は、大東門(朝宗門)、小東門(宝帯門)、南門(跨龍門)、西門(鳳儀門)、北門(晏海門)の5つの門がありました。その後小南門、新北門を追加、城壁の外側には広さ6丈(約20メートル)、深さ1.7丈(約5.6メートル)、周囲1500丈(約4950メートル)余りの堀を造った。清朝末期(1923)、上海経済は急速な発展を遂げた。古い城壁は市内の交通を阻害し、経済の発展に影響すると考え、取り壊しました。上海を囲む360年の歴史をもつ城壁は歴史の中から消えました。城壁を崩し外堀を埋め北側を人民路とし、南側を中華路として環状道路となりました。地図を見ると豫園の周りに環状道路が走っています。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 2日以上
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄豫園駅
- 景観:
- 3.0
- 多くの古い住宅が残っています。
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 多くの住民が住んでいます。
クチコミ投稿日:2015/08/16
いいね!:3票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する