旅順の戦跡を訪ねて 203高地 (爾霊山)
- 1.5
- 旅行時期:2013/06(約13年前)
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by サイドリッツさん(男性)
大連 クチコミ:6件
水師営から約15分で203高地の駐車場へ、そこで歩いて山頂まで行くか、車を乗り換えていくか迷いましたが、400元を出して車で行くことに決めましたが、あとで思えば歩いて行った方が良かったことに気づきました、しかし車で行くコースしか「乃木第3軍司令官」の次男「乃木保典」の戦死の地に行けないようになっています、しかも日本人の観光客の為、本来の戦死の地から車の通る所に異動させています、本来はもう少し斜面の下の方です。
12:21 いよいよ203高地(爾霊山)の東南角山頂に戦役終了ご建立した、招魂碑に、日本より持ち込んだ線香でこの地に散った日露両軍の英霊に慰霊の為、合掌。
ここにも資料館を兼ねて土産物の売店がありました、「坂の上の雲」と日本語で書いた大きな看板だけが目立ちました、これは一昨年までNHKが放映した影響か。
ここでは店内を見て回っただけで何も買う物なし、当時のライフルの銃弾や大砲の弾の信管やらを無造作に置いていました、それらを学生さん達に説明をした位で店を出て、帰路へ。
本来ですと、ここから旅順港が見えないといけないはずですが、ここも大連と同じく、PM2.5の影響か天気は晴れているのにカスミがかかった様になっていて、残念ながら見えません。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」にも書かれていますように、明治37年12月5日、第三軍の指揮・督戦に来た、満州軍総司令部参謀総長「児玉源太郎」が203高地山頂を確保したのち、弾着観測所の第七師団参謀に対し、第一声が「そこから旅順港が見えるか」でしたが。
ここの観覧料は30元でした。山頂で現地の一団が数分前に徒歩で下山しましたが、我々が車で駐車場まで降りてきたのとほぼ同じくらいに降りてきました、次回はわざわざ高いお金を出して車を替えてまで行く必要はなく徒歩で十分だと思いました。
ここの駐車場にもしっかりと土産店が簡単な食堂を兼ねてありました。
この章の最後に大日本帝国陸軍 満州軍 第三軍司令官「乃木希典」の有名な漢詩を
爾靈山 乃木希典
爾靈山嶮豈攀難 爾霊山(註1)は嶮なれども豈攀難からんや
男子功名期克艱 男子の功名克艱を期す
鐵血覆山山形改 鉄血山を覆いて山形改まる
萬人齊仰爾靈山 万人斉しく仰ぐ爾霊山
(註1)爾霊山(にれいざん)二〇三高地のこと
二〇三高地は難攻不落といわれているがどうして攻め上れないことがあろうか
男子たるもの功名を為すには艱難辛苦を打破しなけらばならない
たくさんの兵士たちの熱血で山の形も変わるかと思われるほどであった
世人は永遠に爾霊山を仰いで尊い英霊を弔うであろう
「鐵血覆山山形改」という詩句はまさしくそうだったと思われます。二〇三高地は日露両軍の血で埋まりました。ここでも次男保典を失います。旅順開城後、乃木と第三軍はさらに満州の地に向い奉天大会戦に参加します。旅順を落とした勇猛な乃木軍団がくるというのはロシア軍にはかなりな脅威だったようです。
- 施設の満足度
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1.5
- 利用した際の同行者:
- 友人
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 1.5
- コストパフォーマンス:
- 1.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- すいていました
クチコミ投稿日:2013/06/20
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