Romantischer Rheinロマンティシャーラインの左岸城巡りB9はニーベルンゲンの歌に出てくる名を付けた“Rheingoldstrasseラインゴールドの道”と称されている。
また、対岸のライン川の右岸城巡りはB42に沿ったルートで、ドイツ最強の白ワインとして名高い、ワインの産地である、“Rheingauer-Riesling-Route”ラインガウ・リースリング・ルート“と称されている。
2006年5月15日、今日はそのRheingoldstrasseラインゴールドの道、国道B9でライン川沿いを走る。
まず、13世紀の城を土台にして、19世紀プロイセン王が巨費を投じて、ネオ・ゴシック風に再建したシュトルツェンフェルズ城(Oberwerth;13世紀)、王様の椅子(Rhens)が出てくる。
NiederspayニーダースパイあたりからB9からそれて、坂道を丘陵地帯Jakobsbergヤコブスベルクに上がっていくと、 Kloster Jakobsbergヤコブスベルク僧院に至る。
ヤコブスベルク僧院は1157年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世---バロバロッサ=赤髭の通称---によって、ライン川面から248mの丘に建てられたものである。
今も外壁や教会は昔のまま)は驚くほどの様変わりでした。ライン川の眺望もすこぶる良い丘陵に建つホテルは、立派なゴルフコース(18ホール)を隣接した、きれいな4星ホテルになっていました。
1970年代はKurhotel Klostergut Jakobsbergクアーホテル クロスターグート ヤコブスベルクと称し、この頃はHotel Klostergut Jakobsberg古城ホテル クロスターグート ヤコブスベルクと言っていたが、経営者が変わるたびに名前は変わっている。
2026年の今はJakobsberg Hotel- & Golfresortヤコブスベルク ホテル&ゴルフリゾートである。
何度か訪れた、このホテルの一番の思い出は、1978年12月の年末年始をAさん一家、Aさんの後任者と共に、一緒に過ごした事でしょうか。来春には帰国のご予定だったAさん一家の送別の意味もあった。
とはいえ、私共も正月に帰国の辞令が発令されて、8月に家族そろって帰ったので、Aさん一家に少し遅れた。
【 SilvesterMenü大晦日のメニューの美味しかった事。楽しき後の苦しみと言う事なのか?!新年の朝はなんと大晦日からの雪が積り、滑り台のようになった坂道を車でゆっくり、怖々と下ったこと。アウトバーンも雪で渋滞し、のろのろと、長い道のりをデュッセルドルフに帰ったことでした。(Aさん一家は電車で帰宅された。)】
この日も14%の傾斜の坂1800mを下りながら、前方にMarksburgマルクスブルク城の雄姿を望んだ。
B9を15km走ると、生まれ故郷の東京都・青梅市と姉妹都市であるBoppardボッパルトの町に着く。
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