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中村遊郭跡

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且つて日本最大級の歓楽街! ~ 旧大門中村遊廓跡

  • 3.5
  • 旅行時期:2025/10(約5ヶ月前)
機乗の空論さん

by 機乗の空論さん(男性)

名古屋 クチコミ:7件

名古屋市中川区大門に在った且つての「旧大門中川遊廓」は通称・名楽園と言われ、それまで大須に在った旭遊廓が大正12年にこの地に移転され、日吉・寿町・大門・羽衣・賑の5つの町から成る五町街と呼ばれた新生中村遊廓がスタートした。

2年後には遊客数・遊興金額・一人あたりの遊興金額が共に増加をし、大正14年には遊客数は75万6000人を数えるほどに成長する。
また、昭和3年・8年には京都の嶋原からその道の専門家を招いて”花魁道中”の催しを挙行し、他県からも見物客が押し寄せ未曾有の盛況ぶりだったそうです。

全盛を極めたのは昭和12年頃で、娼家140軒ほど、娼妓約2000人余り、一軒の抱え娼妓が13~30余人を数え、東京・島原も抜く名実ともに日本最大級の遊廓と成り、当時、”中村は遊興代の高いことに於て日本一”とも云われたほどでした。

戦後は旧赤線として特殊飲食店や旅館に飲食店(一部旧青線)などへ転業を迫られましたが、昭和33年に売春防止法施行と同時に廃止され、その後は大門地区と呼ばれる跡地に風俗街として数軒が営業中で、岐阜の金津園とは比べ物に成らないほどす。

且つての旧遊郭時代のシンボルであった妓楼建築の稲本楼(料亭稲本)・長寿庵・松岡旅館などは既に取り壊され跡形もなく消滅で、現在では牛若楼(蕎麦屋伊とう)・春福のみに成ってしまいましたが、往時を偲ぶ名残が周辺界隈には且つての大歓楽街としての遺構が待ち受けていました…。

施設の満足度

3.5

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
3.0
名駅から徒歩圏内で判り易く便利です!
人混みの少なさ:
3.5
マニアックな遺構マニアしか来ないでしょう!?
バリアフリー:
3.0
普通に問題ありません~
見ごたえ:
3.5
且つての大歓楽街としての遺構が待ち受けています

クチコミ投稿日:2026/02/23

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