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芥川龍之介生育の地

名所・史跡

芥川龍之介生育の地 施設情報・クチコミに戻る

早くして母を亡くし、芥川家の養子に出された芥川龍之介が、19歳までこの地で育ちました。

  • 3.0
  • 旅行時期:2023/12(約2年前)
Lily-junjunさん

by Lily-junjunさん(男性)

両国 クチコミ:29件

「芥川龍之介」は、大正時代を代表する短編小説家として活躍しました。「芥川龍之介」は、明治25年(1892年)3月1日に、現在の中央区明石町である東京市京橋区入船町8丁目1番地に牛乳搾取販売業耕牧舎を営む「新原敏三」と「ふく」の長男として生まれました。辰年辰の刻に生まれたので「龍之介」と命名されたと言われます。生後7ヶ月で生母「ふく」の病のため、当時本所区小泉町15番地に住んでいた「ふく」の長兄、「芥川道章」に引き取られ、その後13歳の時、芥川家の養子となりました。明治43年(1910年)に19歳で新宿に移転するまで過ごした両国界隈は、「芥川龍之介生育の地」として、「芥川龍之介」の作家人生に大きな影響を与えました。「芥川龍之介」は、大学在学中、同人雑誌「新思想」に「鼻」を発表して「夏目漱石」に激賞され、大正初期の文壇に華やかに登場しました。初期には「羅生門」、「芋粥」などの多くの歴史小説を残し、大正時代を代表する短編小説家として活躍しました。「芥川龍之介」の死後の昭和10年(1935年)に、当時文芸春秋社長であった「菊池寛」が、亡友「芥川龍之介」の名を記念し文学の発展をねらい「芥川龍之介賞」を創設したのは有名な話です。また、「芥川龍之介生誕の地」である東京都中央区明石町10-11(聖路加国際大学付近)には、「芥川龍之介生誕の地」の説明板があります。「聖ルカ通り」から「聖路加国際大学」を回り込むようにして進むと、「聖ルカ礼拝堂」の手前の歩道の右側にあります。これも何かの縁かもしれませんが、赤穂藩の上屋敷であった場所に「浅野家内匠頭邸跡」の碑も建立されていました。

01_【一口メモ】
所在地…〒130-0026 東京都墨田区両国3丁目21-18

02_【アクセス】
1 電車を利用して
⑴ JR総武本線「両国駅」西口から徒歩3分270m
⑵ 都営地下鉄大江戸線「両国駅」A5番出口から徒歩6分450m

施設の満足度

3.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
3.5
JR総武本線「両国駅」西口から徒歩3分270m
見ごたえ:
3.0
横綱横丁を通り抜けて京葉道路沿いのビルの谷間にあるので、分かりにくかった。

クチコミ投稿日:2024/01/18

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