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明治天皇野立所跡 施設情報・クチコミに戻る

明治天皇がこの地に立ち寄ったことを示す記念石碑が立っています!

  • 3.0
  • 旅行時期:2021/09(約3年前)
hiroさん

by hiroさん(男性)

池袋 クチコミ:32件

『明治天皇野立所跡』は、ターミナル駅(JR東日本・西武鉄道・東武鉄道・東京メトロ)である「池袋駅」中央地下道と繋がる「東口(中央)」出入口前からロータリー状となっている「明治通り(都道305号)」と豊島区の「グリーン大通り(特別区道41-21)」からなるT字型の「池袋駅東口」交差点から正面の南東(護国寺)方向に延びる池袋東口のメインストリートとなる「グリーン大通り」を真っすぐ約300メートルほど先の信号機のある「南池袋公園前」交差点(左手側)の「グリーン大通り」に面した豊島区東池袋1丁目に位置する21階建てオフィスビルとして2011年(平成23年)に竣工した現在の「ニッセイ池袋ビル」裏手敷地内の一画に建てられている記念石碑によって跡地であることが示されています。
この「御野立所」とは、高貴な方が移動中に野外で休憩する場所を意味し、明治時代以降に天皇が全国各地を行幸するようになってから各地の「御野立所」で記念碑が建てられるようになり、この場所にある記念石碑もその中のひとつに数えられます。
記念石碑とともに石板に彫り込まれた案内文があり文章を読み取れない部分もありますが、1875年(明治8年)に「明治天皇」が「近衛兵」の演習を観閲をするため板橋方面に出向いた際にこの地で休憩されたようです。ちなみに「近衛兵」は、明治維新の際に設置された御親兵と呼ばれた天皇の護衛兵であります。
『明治天皇野立所跡』のある現在の東池袋から南池袋一帯は、江戸時代に旗本三千石・中西公の拝領地であり大半が北豊島郡雑司ヶ谷村に属しその地名の通り雑木林に覆われている「中西の森」と呼ばれる丘陵地帯となっており、明治時代後半に東武鉄道など国内の多くの鉄道敷設や再建事業に関わった「根津嘉一郎」がこの一帯の土地を買収すると「根津山」と呼ばれるようになり、雑木林に覆われた丘陵地帯は太平洋戦争が終結するまで残されています。
この東池袋エリアは今までにも幾度となく立ち寄っていますが、今回初めて『明治天皇野立所跡』記念石碑の存在に気付きしました。
現在では、「明治天皇」が休憩した当時の面影を感じることはできませんが、記念石碑の存在を知り色々と調べることで「明治天皇」がこの地に立ち寄った当時に「中西の森」と呼ばれる雑木林が「根津山」と呼ばれるようになり太平洋戦争が終結するまで雑木林が残されていたことを学び楽しむことができました。

施設の満足度

3.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
4.0
池袋駅・東口(中央)出入口前からグリーン大通りを真っすぐ約300メートルほど先の交差点(南池袋公園前)を左折してすぐです。
人混みの少なさ:
4.0
立ち止まって記念石碑を見ている人は殆どいません。
バリアフリー:
3.0
道路から記念石碑を眺めるだけです。
見ごたえ:
2.5
目立つものは特にありません。

クチコミ投稿日:2021/11/03

いいね!:6

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