江戸時代に増上寺霊廟の御成門周辺に架設されていた石橋です!
- 3.5
- 旅行時期:2020/12(約5年前)
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by hiroさん(男性)
銀座・有楽町・日比谷 クチコミ:22件
『日比谷公園 石橋』は、園内の西側に配置されている「雲形池」の北東側に位置する創業1903年(明治36年)の老舗洋食レストラン「松本楼」方向に延びる水路に架設されている歩行者専用の小規模な橋です。
この『石橋』の架設時期に関する詳細は不詳ですが、江戸時代に徳川将軍家の菩提寺である「増上寺」境内の北側から東側に沿って南側方向に流れていたかつての「桜川」(小規模な水路、現在は埋め立てにより消滅しています。)の「増上寺」境内北側に位置する「御成門」周辺に架設されていた橋のひとつでしたが、明治期になると近代化が進む中で道路幅員の拡幅、密集した市街地の不燃化および上下水道など都市基盤(インフラ)整備が課題となっていた当時の東京市内において1888年(明治21年)に施行された「東京市区改正条例」(現在の都市計画事業)により、現在の都心の原型となる「丸の内オフィス街」・「皇居前広場」・「日比谷公園」・「霞ヶ関官庁街」の整備とあわせて都心を南北に貫く「一等道路」(現在の日比谷通り)などの整備が進められた際に『石橋』も現在の『日比谷公園』内に移設されています。
今回は、平日の午後に日比谷エリア周辺を訪れた際に東京メトロ丸ノ内線「霞ヶ関駅」より『日比谷公園』西側の霞門から園内に立ち寄り、短時間でしたが園内を散策しながら『石橋』を渡りました。
過去にもこの『石橋』を渡った経緯が数回あるものの小規模な『石橋』で目立つ存在の橋でもないので何も気にすることもなく素通りしていましたが、今回は『石橋』の袂にある案内板に目が留まり写真撮影をしてみました。
この『石橋』がもともと架設されていたとされる周辺の「増上寺霊廟」(徳川将軍家歴代の墓所)の「御成門」は、「増上寺」と「江戸城」を南北に結ぶ将軍が参詣する際に利用していた「御成道」(参詣経路)に通じる門であり、もしかしたら歴代の徳川将軍もこの『石橋』を渡っていたかもしれないなどと勝手な想像をして楽しむことができました。
そのほかに『日比谷公園』は、1989年(平成元年)に「日本公園緑地協会」などにより「日本の都市公園100選」に選定されたほか、2006年(平成18年)に「都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会」により「日本の歴史公園100選」にも選定され、2007年(平成19年)になると景観法による「景観重要公共施設(景観重要都市公園)」に指定されるなど1903年(明治36年)の開園当初から現在に至るまで100年以上にわたり”東京のシンボル的公園”として庶民に親しまれている都立公園です。
また、四季折々の草花や樹木などの植物に癒されながら園内各所に点在しているさまざまな遺構・記念碑など江戸時代から明治・大正・昭和の近代史などの歴史探索で楽しめる公園でもありお薦めできます。
機会があれば、日比谷エリア周辺を訪れた際にまた立ち寄り園内を散策してみたいと思います・・・
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 東京メトロ:日比谷駅・霞ヶ関駅、都営地下鉄:日比谷駅、JR:有楽町駅から徒歩圏内です。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 平日の午後でしたが、園内ベンチで休憩したり散策する人がまばらでにいる程度でした。
- バリアフリー:
- 4.0
- 段差はありません。
- 見ごたえ:
- 3.0
- 石橋の袂にある案内板に気付かないと素通りしてしまう小規模な橋です。
クチコミ投稿日:2021/07/03
いいね!:6票
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