大崎下島 は大長地区がキモ
- 5.0
- 旅行時期:2013/01(約13年前)
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by マローズさん(男性)
大崎下島・豊島・下蒲刈島 クチコミ:7件
大崎下島と言えば、歴史的町並みが残る御手洗地区ばかりが取り上げられるきらいがあるが、御手洗は藩政期に整備された町で、島全体の歴史から言えば浅い。船の潮待ち・風待ち場として御手洗が整備される以前の島の中心は大長本郷だった。近世や近代の旧家は少ないが、御手洗よりまちの規模が大きいので、路地ウォーキングを存分に楽しむことができる。
大長では、まちの展望所も特に整備されていないが、南の山の中腹を走る南谷農道からは、まちや岡村島と大崎下島との瀬戸を一望することができる。
また、御手洗の金子邸同様、坂本龍馬の滞在所もある。それは旅行記でも解説した旧本徳寺(新谷道太郎邸)。
因みに御手洗の金子氏の本家筋にあたる、大崎下島に於ける金子一族の宗家は大長の西寄り、以前、ピアノ教室を開いていた金子家。その金子氏は豊臣秀吉の四国征伐によって討死した長宗我部軍配下の金子備後守の一族。但し、宗家には家系図が伝わっていないので、一族の誰の子孫なのかは分からない。
尚、備後守の長男と長女は藩政期に入り、土佐藩に召し抱えられ、長男の子孫は龍馬とも交流があった。近代に入り、その長男子孫は埼玉県に転居した。
大長の近世の旧家は文化財に指定されている飛彈家住宅が比較的知られている。近代の家屋としては、資誠堂や大内歯科医院等があるが、玄関周囲が御手洗の乙女座を彷彿させるような住宅もある。
- 施設の満足度
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5.0
- アクセス:
- 3.5
- 広島県側からのアプローチは陸路で行けるが、愛媛県側からは海路になる。
- 景観:
- 5.0
- 島の最高峰の一峰寺山からの展望はとびしま海道一の絶景
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 御手洗地区は観光客が多いが、大長その他の地区は殆どいない。
クチコミ投稿日:2016/01/26
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