正岡子規最期の地
- 5.0
- 旅行時期:2015/04(約11年前)
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by bluejaysさん(男性)
上野・御徒町 クチコミ:1件
「子規庵」はもとは、旧前田家御家人用二軒長屋だったと言われている。
正岡子規は1894年にこの地に移り、故郷松山より母八重と妹律を呼び寄せ、闘病生活を続けながら俳句や短歌の創作に勤しんだ。
子規没後も母と妹が住んでいたが、老朽化のため1925年に解体し、旧材による重修工事を行った。1945年の空襲で焼失したが、1950年に弟子の寒川鼠骨の努力で再建された。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/06/25
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