役行者が開いた八犬伝の舞台
- 3.0
- 旅行時期:2012/12(約13年前)
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by 経堂薫さん(男性)
館山 クチコミ:2件
安房国一之宮「洲崎神社」に隣接している「洲崎観音養老寺」。
正式には「妙法山観音寺」といい、神仏分離までは洲崎神社の社僧を勤めていたそうです。
創建は養老元(717)年で、開祖は役行者(えんのぎょうじゃ)。
ここは曲亭馬琴の長編伝奇小説『南総里見八犬伝』の舞台にもなり、役行者も作中に登場します。
細い参道を入ると正面には朱塗りの仁王門。
境内にある保育園の出入口も兼ねてます。
名称の「子育保育園」は、境内に鎮座する「子育て地蔵」に由来します。
地蔵尊は寛政9(1797)年建立といいますから、200年余に亘って地域の子どもたちを見守り続けてきたことになります。
園舎と参道を挟んだ向かい側に群生しているススキは「一本ススキ」と呼ばれる由緒正しき代物。
源頼朝が洲崎神社へ参詣した際、昼食で箸の代わりに使ったススキを「我が武運強ければここに根付けよ」と言いつつ地に挿したところ、本当に根付いたという伝承が残っています。
園舎の前を通り過ぎ、石段を昇ると正面には朱塗りの観音堂。
堂内には本尊で洲崎神社の本地仏でもある十一面観世音菩薩が鎮座しています。
観音堂から右手に回ると先出の子育て地蔵があり、その裏手には剥き出しの岩肌に石段が。
上へ登ると広目の岩窟が穿たれ、奥の真ん中に役行者の石像が祀られています。
役行者、又の名を役小角(えんのおづの)は、言うまでもなく修験道の開祖。
それこそ日本中に“聖蹟”が散在しています。
洲崎神社の社伝によると、養老元(717)年に発生した大地変で境内の鐘ヶ池が埋没。
鐘を守っていた大蛇が災いをおこしたとき、祈祷して退治したのが役行者とのこと。
海上歩行や空中歩行などの神通力を有する役行者は古くから足の守護神として崇められてきました。
このため岩屋には多くの履物が奉納されています。
境内には他にも様々な石仏や石碑が立ち並んでおり、洲崎神社よりも興味深い空間ではありました。
日の暮れるのが早い冬場は、なるべく明るい時間帯に行かれることをオススメします。
黄昏た逢魔が時に境内を散策するのも、それなりにオドロオドロしくて味わい深いのですが。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/09/12
いいね!:2票
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