鐘塚公園〔公園〕
- 4.0
- 旅行時期:2013/07(約13年前)
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by 横浜臨海公園さん(男性)
大宮 クチコミ:7件
明治16年(1883年)7月26日に上野-熊谷間鉄道開通時に、途中駅として、王子、浦和、上尾、及び、鴻巣各駅が設置されたが、大宮には赤羽と共に駅設置は見送られた。
白井助七(しらい すけしち)(天保12年(1841年)12月20日~明治29年(1896年)5月19日)は、日本鐵道會社が東北連絡線建設の為に、分岐案を、浦和、大宮氷川神社付近、熊谷に3点に絞った事を知り、停車場設置の為に大宮誘致を働きかけた。
嘗て旧幕時代、大宮は中仙道の宿場町として繁栄していたが、明治維新と共に傳馬鮮度が廃止され、大宮は中仙道衰退と共にしていた事から、将来に対する不安排除をして、大宮氷川神社付近分岐の為に駅設置を時の第3代埼玉縣知事 吉田清英(よしだ きよひで)(天保11年(1840年)10月7日~大正7年(1918年)2月18日)に要望したが却下された。
然し、白井は諦めず自身の所有地を無償献納し周囲を説得しつづけた事で停車場設置が決定し、明治18年(1885年)3月16日に大宮駅が開業した。
白井は、更に、日本鐵道會社と交渉し、該社汽車課材料工場(現 東日本旅客鉄道大宮車両センター・日本貨物鉄道大宮工場)誘致も成功し、該功績が認められ、明治28年(1885年)5月に大宮町長に推挙された。
没後、威徳を偲び領徳碑が建立された。
大宮鐘塚公園(おおみや かねづか こうえん)領徳碑
さいたま市大宮区吉敷町1712
東北本線大宮駅西口 徒歩5分
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/07/20
いいね!:78票
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