風船爆弾と大津基地
- 3.0
- 旅行時期:2013/03(約13年前)
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by カンゲンさん(男性)
北茨城・磯原 クチコミ:1件
太平洋戦争の末期、日本軍は風船爆弾によるアメリカ本土攻撃を計画し「ふ」号作戦を展開しました。
北茨城市(旧大津町)には大本営直属の第一大隊が設営されました。
風船は手漉きの和紙をコンニャク糊で何層にも貼りあわせてつくり直径は10メートル。
昭和19年11月から20年4月まで、爆弾を積んだ風船を海水からとった水素ガスにより上空のジェット気流に乗せ、
9000個以上放流、米大陸に届いた風船は約1000個だそうです。
(野口雨情記念館の2階に当時の資料がありました。)
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- その他
- アクセス:
- 2.5
- 雰囲気:
- 3.0
クチコミ投稿日:2013/04/22
いいね!:2票
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