紀州徳川を監視する城といわれていた岸和田城(きしわだじょう)
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- 旅行時期:2009/04(約17年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
岸和田・貝塚 クチコミ:24件
岸和田城(きしわだじょう)は、大阪府岸和田市の城で千亀利城(ちきりじょう)と呼ばれている。
1334年頃岸和田古城を楠木正成(くすのき まさしげ 不明−1336年)の命で和田高家(にぎた たかいえ・わだ たかいえ)に築城させたのが最初とされ、その後多くの城主が改築している。
岸和田城は、阿波国、讃岐国、淡路国などから摂津国、京への交通の要衝で羽柴秀吉(はしば ひでよし1537−1598年)が紀州征伐の拠点として再築城した後は徳川時代も将軍家が紀州徳川を監視する城といわれていた。1827年に天守焼失後再建されず1871年に廃城となっていた。1954年に3重の復興天守が再建され1969年に城門、櫓などが復興再建されているが天守閣が美しい城だ。
南海電気鉄道蛸地蔵駅から徒歩7分
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4.0
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2013/01/18
いいね!:3票
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