悲運の皇子の墓
- 3.5
- 旅行時期:2011/01(約15年前)
-
-
by 旅猫さん(非公開)
鎌倉 クチコミ:27件
護良親王は、後醍醐天皇の第三皇子で、建武の新政下で足利尊氏と対立し捕らえられ、尊氏の弟足利直義により東光寺(現在の鎌倉宮)に幽閉。
建武2年(1335)の北条高時(鎌倉幕府15代執権)の遺児・北条時行による中先代の乱の際、足利直義の家人淵辺義博により殺害されました。
その首は、理智光寺(現在廃寺)の住職により埋葬されたと云われ、現在、その跡に親王の陵墓が建てられています。
なお、鎌倉妙法寺には、親王の子日叡上人により建てられたお墓もあります。
- 施設の満足度
-
3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2012/06/23
いいね!:1票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する