1991/11/26 - 1991/12/03
11位(同エリア89件中)
がおちんさん
貴州省・黔東南苗族侗族自治州雷山県の西江鎮は、以前より訪れてみたい場所のひとつでした。
山の斜面にミャオ族の家が建ち並ぶ景観は見事で、「千戸苗寨」とも称される村です。
今や中国でも有数の観光地ですが、当時は対外未開放の静かな集落でした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
-
1991年11月26日(火)
今日は西江に行くつもりだったが、「雨の日は西江に行くのは危険だ」と地元の人から止められた。トラックやバスがよく崖から落ちるのだという。
予定を変更し、苗族の知人Pさん(画家・美術教師)と剣河・三穂に向うことになった。ミャオ族の美術家を紹介してくれるという。
剣河では著明な版画家、侗族の李万増さんを訪ねた。
彼の作品は少数民族の暮らしを描いたものが多く、トン族に関する著書も何冊か出版している。
この作品は「苗年」。ミャオ族の祭りを描いたものだ。 -
こちらは苗族女性の嫁ぐ様子が描かれた「嫁入り」。とても気に入ったので購入する。剣河では宿に泊まれないので、Pさんの友人宅のソファーに二人で寝る(涙)。
翌日、三穂まではえらく時間がかかったが、訪ね先が留守で無駄足を踏み、再び凱里に戻った。 -
1991年12月1日(日)
西江に向かうため、雷山行きのバスに乗る。Pさんも同行した。
ガタガタ道に揺れるバスの車内で、Pさんはあっという間に私の姿をスケッチしてみせた。さすが画家だ。
雷山の手前で公安のチェックがあった。雷山県は未開放地区なので緊張する。身分証を出さずに済んでホッとするが、バスの定員オーバーで運転手が取調べを受け、1時間ほど時間をロスした。
雷山では文化館でミャオ族の絵を見学し、バス駅の食堂で火鍋を食べる。Pさんと老板が知り合いだったため、酒盛りが始まってしまい、私も白酒をしこたま飲まされた。苗族の酒は強引なので困ってしまう。
かなり酔っ払ってから西江へ出発。バスは乗り切れないほどの人だったが、切符を持っていない者は係員に無理やり下ろされていた。 -
バスは雷公山の谷間を走って行き、ようやく霧にかすむ西江に到着。
いやー遠かった。朝、凱里を出たのに、もう夕方だ。
私は集落の手前でバスを下りる。 -
山の斜面に、木造の家がひしめき合うように建っている。
-
わー、山の上まで家がびっしり。
-
別の角度から。
上の集落と下の集落では気温も違うそうだ。
納得。 -
1991年12月2日(月)
朝の散歩に出かける。
お忍び旅行のため、ゆうべは民家に泊まった。 -
棒とホウキで豚を誘導する人。
-
木造の家とおばあさん。
-
天秤担いで路地を行く。
-
玄関で遊んでいた双子。
-
菜っ葉をカゴにいれて運ぶ、おばあさん。
-
天秤を担ぐ女性。
山の上の集落が見える。 -
集落の中にあった墓。
-
子供におしっこをさせていた。
お母さんが「シーシー」と言うのは日本と同じ。 -
川から水を汲んできた女性。
朝の仕事だ。 -
へこへこ歩く。
水道をひねれば水が出る生活とは違い、ここでは水のありがたさを感じる。 -
水は村の前を流れる川へ汲みに行く。
雷公山から流れてくる清流だ。 -
川から帰ってきたおばさん。
-
下の村にある通りを村人が行き交う。
-
豆腐を売り歩く人。
-
散歩から帰ると、餅つきをしていた。
-
日本の餅つきと同じだと告げると、「日本人の祖先は苗族と関係が深いんだろう」とPさん。
きなこをつけて食べるのも一緒だった。 -
西江の魅力は、何といっても山に建つ集落の眺め。
今日は山の上にある家を訪ねることにした。 -
村は朝餉の時間。
囲炉裏の煙がモクモク。 -
山の斜面に建つミャオ族の家は、その形状から「吊脚楼」と呼ばれる。
石段はあちこちにあるので、道に迷いそうだ。 -
「吊脚楼」について語るPさん。
-
山の傾斜を利用した吊脚楼。
なんか、危なっかしいような気もするが、案外と大丈夫のようだ。 -
上の村に行くには結構大変。
ほとんど山登りです。 -
坂道を登る村人が見えた。
-
急斜面に建つ家々。
-
近そうで遠い、上の村。
-
天秤を担いだ村人が通り過ぎる。
-
眺めの良さそうな古い家。
-
山の上の家を訪ねた。赤ちゃんが生まれて、お祝いをしているという。
中に入ると、酒盛りの真っ最中だった。顔がススで真っ黒になっている人もいた。白酒を一杯飲むごとにススをつけるのだという。
近所の人たちは完全に酔っ払っていて、私もPさんも無理やり飲まされてしまう。2人がかりで両手を押さえつけられ、お碗で白酒を飲まされる。飲んだのを確認するために「喋ってみろ」と言われるのでたまらない。
あまり酔うと下の村まで帰れなくなるので、隙を見て家を逃げ出した。
すると二階のテラスから、「戻ってこないと水をかけるぞ」と顔が真っ黒になった女性に怒鳴られた。ヒエーッ。
写真はPさんと山の家のおばさん。怒鳴ったのは彼女ではありません。 -
私は「トイレに行く」と行って酒の席から逃げた。
ミャオ族の家(吊脚楼)の1階部分は家畜の部屋になっており、トイレもそこにあるというが見つからなかった。
よく考えたら、肥桶に直接用を足す仕組みになっているのだった。これならすぐに畑の肥料として使えるし、わざわざトイレを作る必要も無い。
西江に滞在中、私も何度か肥桶にまたがった。
熱帯雨林に暮らす人々・克木人とハニ族を訪ねて〜西双版納の旅1991に続く
http://4travel.jp/travelogue/10679649
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- 鯨の味噌汁さん 2012/06/23 00:23:33
- 素晴らしい風景!
- がおちんさん、
ご無沙汰しています、鯨の味噌汁です。
山頂まで埋めつくす農家のカタマリ、素晴らしい風景ですね。
日本でも長野や高知の山奥にこんな感じのムラを見た記憶がありますが…
落武者の集落、なんてところが多かった気がします。
でも、こんな密度のはないですよねぇ。
きっと、地味が豊かで、沢山の人口を養えたんでしょうね。
現金収入はともかく、物なりはよくって、食べるには困らない土地なのかもしれませんね。
- がおちんさん からの返信 2012/06/23 11:48:07
- RE: 素晴らしい風景!
- 鯨の味噌汁さん、こんにちは。
本当によくぞ建てたものだと思います。
私が西江を訪れた時は1100戸、4500人以上が住んでいると言われていました。
実際はひとつの村ではなく複数の集落になっていますが、初めて「農家のカタマリ」が見えたときはびっくりしました。
苗族は古より漢人に追われ続けた歴史があるので、一ヵ所にかたまる必要もあったのではないかと推測されます。のどかに見える西江一帯も、何度も戦乱に巻きこまれたそうです。じゃないと、ここまで家を密集させる必要も無いかもしれませんね。
今はすっかりテーマパーク化されてしまい、村に入るのに入場料を取られるようになりました。観光化されたのは残念ですが、苗族の文化を伝えていく上では必要かとも思います。
実は、この旅行の時は飲まされっぱなしでヘロヘロだったので、1ヵ月後に再び西江に行ったんです(笑)。こちらの旅行記も近々アップします。
がおちん
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
37