2011/10/29 - 2011/10/29
24190位(同エリア46611件中)
psychoさん
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- 旅行記95冊
- クチコミ32件
- Q&A回答0件
- 308,717アクセス
- フォロワー2人
8時半京都駅到着
天候も良く、京都の秋の特別公開に行くには、もってこいの行楽日和でした。
東寺
秋の特別拝観中で、いろいろな所が見学できて、大満足。
広いし、予定よりも、かなり時間オーバーしちゃいました。
東寺って、大人のテーマパークって感じ。
京都の象徴でもある五重塔の内部に入れるから、楽しみにして軽い気持ちでやってきましたけど、ここまで楽しめる場所だとは思ってもみませんでした。
高麗美術館
現代のパッチワークやキルトと響き合う、朝鮮生まれのポジャギ(ものを包んだり、覆ったりする四角い布)。それらは朝鮮時代、とくに18世紀頃盛んになりました。
ポジャギのなかでも端切れを縫いつなぎ一枚の四角い布に仕上げた「チョガッポ」。それらのあるものは創造的で、芸術的な香気さえ漂わせ、20世紀のパウル・クレーやモンドリアンなどの抽象絵画のようにも見えてきます。
色糸で刺繍を施した生命感あふれる「刺繍ポジャギ」と、色彩と構成が美しい「チョガッポ」にスポットがあててあり、韓国刺繍博物館からやって来ていました。
上賀茂神社
上賀茂神社は、正式名、賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)きっと覚えられない。というか、1回では、言えないと思う(笑)
京都の夏の葵祭(あおいまつり)で有名なこの神社の門前菓子のやきもち。
「神馬堂(じんばどう)」というお店のやきもちを買うのが本当の目的ですっ。
売り切れ次第閉店とはなってましたが・・・(-_-)
百万遍の知恩寺
「秋の古本まつり」
読書週間(十月二十七日〜十一月九日)にかけて、京都の若手古書店の集まり、京都古書研究会が主催する秋の「古本まつり」(書物に感謝する全国唯一の古本供養と青空古本市)が、左京区・百萬遍知恩寺で10/29〜11/3まで開催。今年で三十五回目となる即売会。
京都三大古本祭の中で最も歴史があり、愛好家だけでなく、学生や家族連れなど様々な人が気軽に楽しめる催しとなっている。
「読書の秋」にふさわしく初日でもあったので、大勢の人が文学や歴史、美術など多種の古本や文庫本、雑誌など十五店が約二十万冊の古書が境内に並べられた中、お気に入りの品を探し品定めしておられました。
京都市美術館
「ワシントン・ナショナル ギャラリー展」
ゴッホやモネ、ルノアールなど印象派の代表的なコレクションがいっぱい。
そして、風景印(小型印)も存在するとなれば、行かねばなりますまい。
京都国立博物館
「細川家の至宝―珠玉の永青文庫コレクション―」
京都には名だたる神社仏閣などの文化財を保護する目的で建設された博物館に歴史に興味が無い私がやって来る日がこようとは、思ってもみなかったです。
大河ドラマ『江』より、細川ガラシャの影響、強しです☆
品の良いご年配の方が多い中、茶道具や着物・名刀等バラエティに富んでいて見応えがありました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8時半に京都駅に到着。
9時から、東寺開園だから、余裕だと思ってました。
それなのに、バスちゅーやつは・・・
朝だからまだ元気だし、1キロほどの道のりは、歩いてくれば良かったよ。
もうすぐ10時。
やっと到着しました。
南門から、入ります。 -
東寺
正式には、金光明四天王教王護国寺秘密伝法院と呼ばれ、空海(=弘法大師)で有名。
21日にこだわって訪ねて見たいと、ずっと以前から想い思っていながら、未だに実現出来ない東寺・弘法市「縁日」
毎月21日に開かれる縁日は「弘法さん」と呼ばれ、北野天満宮の「天神さん」と並んで大いに盛り上がるそうです。
うーー、行きたいよぉ〜〜〜 -
東寺
秋の特別拝観
東寺五重塔内部・宝物館・観智院が見られるの♪
開催日時 2011年9月20日〜11月25日 9:30〜16:00(受付終了) -
東寺
2011年10月28日〜11月4日の期間中は、五重塔の中にも入れます♪
昨日から、始まって、さっそくやってきました。 -
東寺
ここで団体さんが記念撮影しておられたので、写してみたけど、五重塔が入ってないんですけど、いいんですか? -
東寺
食堂(じきどう)
「しょくどう」と呼ぶと思っていたのは、私だけではありませんよーに(^_-)
身は高野(たかの)、心は東寺に納めおく」という 御詠歌があります。
弘法大師空海は、高野山奥の院にご入定になりましたが、心は東寺にあるとうたわれておられます。
四国八十八ヶ所巡礼は、東寺で出発のご挨拶をして、高野山奥の院で御礼をするんだって。
講堂の後方、境内の北寄りに建つ。
初代の食堂は空海没後の9世紀末から10世紀初め頃にかけて完成したと推定されるが、文禄5年(1596年)の地震で倒壊。
2世紀以上後の寛政12年(1800年)にようやく再建工事が始められた。この江戸時代再建の食堂は昭和5年(1930年)に火災で焼失し、現在の建物はその後の再建で、昭和9年(1934年)に完成したものである。
旧本尊の千手観音立像はこの時の火災で焼損したが、昭和40年(1965年)から修理が実施され、現在は寺内の宝物館に安置されている。
現在の食堂には明珍恒男作の十一面観音像が本尊として安置されている。 -
東寺
金堂
国宝。
東寺の中心堂宇で、諸堂塔のうちもっとも早く建設が始められ、東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)までには完成していたと推定される。
当初の堂は文明18年(1486年)の土一揆で焼失し、その後1世紀近く再建されなかった。
現存の建物は慶長8年(1603年)、豊臣秀頼の寄進によって再建したもので、奉行として片桐且元が任にあたった。
入母屋造本瓦葺きで、外観からは二重に見えるが一重裳階(もこし)付きである。建築様式は和様と大仏様(天竺様)が併用され、貫や挿肘木を多用して高い天井を支える点に大仏様の特色が見られる。内部は広大な空間の中に本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍像が安置されている。
木造薬師如来及び両脇侍像(重要文化財) - 金堂本尊。中尊の像高2.88メートル、台座と光背を含めた総高は10メートルに達する巨像で、中尊の光背には七仏薬師像を配している。
台座の懸裳の下には薬師如来の眷属である十二神将像が配されている。
仏師康正の作で、日本の仏教彫刻衰退期である桃山時代における佳作である。
薬師如来像が左手に薬壺を持たず、坐法が左脚を上にする降魔坐である点、台座を古風な裳懸座とする点などに復古的要素が伺える。 -
東寺
金堂
桃山時代の建築で、中には大きな薬師三尊が安置されています。
薬師如来の台座に配された十二神将像も小さいけどいい感じです。
天竺様ということで、東大寺の大仏殿に似た雰囲気があります。
金堂の後ろには重文指定の講堂があります。
こちらの方が色が鮮やかなのですが、時代は古く室町時代の建築です。講堂の中は国宝や重文の仏像を配置した立体曼荼羅です。
薬師三尊の金堂と立体曼荼羅の講堂はどちらもすごいですが、行った日が悪いのか?人がとにかく多くて落ち着いて見れないのが、ここの悲しいところです。
奈良の正倉院展も見に行きたいけど、かなり人が多そうなのでどうしようかなぁ… -
東寺
講堂
重要文化財。
金堂の背後(北)に建つ。
東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)にはまだ建立されておらず、天長2年(825年)空海により着工、承和2年(835年)頃完成した。
当初の堂は文明18年(1486年)の土一揆による火災で焼失し、室町時代の延徳3年(1491年)に再建されたのが現存する講堂である。
単層入母屋造で純和様である。
金堂が顕教系の薬師如来を本尊とするのに対し、講堂には大日如来を中心とした密教尊を安置する。
すなわち、須弥壇中央には大日如来を中心とする五体の如来像(五仏、五智如来)、向かって右(東方)には金剛波羅密多菩薩を中心とする五体の菩薩像(五大菩薩)、向かって左(西方)には不動明王を中心とした五体の明王像(五大明王)が安置されている。また、須弥壇の東西端にはそれぞれ梵天・帝釈天像、須弥壇の四隅には四天王像が安置されている。以上、全部で21体の彫像が整然と安置され、羯磨曼荼羅(立体曼荼羅)を構成している。
これら諸仏は、日本最古の本格的な密教彫像であり、空海没後の承和6年(839年)に開眼供養が行われているが(『続日本後紀』)、全体の構想は空海によるものとされる。
21体の仏像のうち、五仏(重要文化財に指定)のすべてと五大菩薩の中尊像は室町時代から江戸時代の補作であるが、残りの15体は講堂創建時の像で、平安時代前期を代表する密教彫像として国宝に指定されている。
これら21体の仏像の表す具体的意味について、かつては仁王経に基づく羯磨曼荼羅であると説明され、仁王経と金剛界法とを融合したものとも説かれるが、空海の真意が何であったかについてはさまざまな解釈があり、定説をみない。
五仏坐像(重要文化財) - 金剛界大日如来を中心とし、周囲に宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、阿閦如来(あしゅくにょらい)を配す。大日如来像は明応6年(1497年)、仏師康珍の作。宝生如来、不空成就如来、阿閦如来の各像は江戸時代の作で、阿弥陀如来像は頭部のみ平安時代の古像のものを流用し、体部は江戸時代の作である。
五大菩薩坐像(国宝) - 金剛波羅蜜多菩薩を中心に、周囲に金剛宝菩薩、金剛法菩薩、金剛業(ごう)菩薩、金剛薩埵(さった)の各像を配す。中尊の金剛波羅蜜多菩薩像は江戸時代の作で国宝の指定外である。
他の4体は後世の補修が多いが、当初像である。一木造に乾漆を併用し、作風・技法ともに奈良時代風が強い。
五大明王像(国宝) - 不動明王像を中心に、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王像を配す。東寺御影堂の不動明王像とともに、明王像としては日本最古の作例である。
梵天坐像・帝釈天半跏像(国宝) - 梵天像は法隆寺などにある奈良時代の像と異なり、4面4臂の密教像であり、4羽の鵞鳥が支える蓮華座上に坐す。帝釈天像は甲を着け、白象に乗り、左脚を踏み下げる。
両像の台座、帝釈天像の頭部などは後補である。
四天王立像(国宝) - 4体のうち持国天像は表情に怒りをあらわにし、激しい動きを見せるが、他の3体の表現は抑制されている。多聞天像は後補部分が多く、作風も他の像と異なっている。 -
東寺
東寺といえば五重塔☆
新幹線で京都を素通りするとき、「京都だなー」と思うのはこの五重塔。
高さは55m、木造の建築物としては日本一の高さ。
昔、烏丸今出川の相国寺には室町時代に、109mの塔が立っていたそうな。
京都タワーは131mだから、驚きです。 -
五重塔の内部中央に大日如来に見立てた心柱があり、その周りに金剛界四仏が安置されています。
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五重塔は、年月とともに他の四本柱は塔の重みで縮み、五重塔全体が低くなってしまった結果、重量のかかってない心柱が屋根を突き上げてしまったんだそうです。
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そこで、五重塔の心柱の下の部分を切ったったそうです。
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台になっている部分も見せてくれます。
五重塔の内部で、唯一、人だかりが出来て、皆さん、のぞき込んでおられました。 -
東寺
五重塔出口
勿論全て撮影は禁じられています。
内部の壁や柱には、くれぐれも触らないように、いっぱいアナウンスされておられました。
そんなに言わなくても・・・と思いつつ、内部侵入すると、納得。
剥離しているが、もったいなくて仕方なかったです。
両界曼荼羅や真言八祖像が描かれているそうですが、想像乏しき私の頭では、想像出来ませんでした。 -
京都の象徴ともいうべき、五重塔だから、もっと立派だと思っていたけど、意外と狭かった。 -
現在の五重塔は5代目で、徳川家光により再興されたそうですね。
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これからも老朽化してくることだから、また心柱が屋根を突き上げることもあるのかな?
次回、訪問時は、高さが低くなっていたりして(笑) -
五重塔前にある瓢箪池
もっと時間があったら、ゆっくりお散歩をしたい!
駆け足で、横切ります(-_-) -
東寺
宝物館
東寺宝物館では名宝展が9月20日(火)〜11月25日(金)まで開催。
『東寺文書の世界−東寺を支えた人々−』をテーマに国宝、重文約15000点の寺宝のなかから選ばれたものが展示されてました。
国宝の兜跋毘沙門天、高さ約6メートルもの千手観音菩薩に圧倒されました。
色んな願いを聞き入れてくれそう。
仏像には興味無いから、行かないでおこうかと思いましたが、行って良かったです。 -
東寺
東寺北大門
東寺食堂の北側にある北大門から出て、北総門までの参道を少し上がったところに次に目指す観智院はあります。 -
観智院
特別拝観開催日時 2011年9月20日〜11月25日 -
観智院
わざわざ門を出て行くから、東寺での滞在時間が思いのほか長かったので、止めておこうかと思いました。
でも、せっかくの特別公開時期だし、
共通券で入れるし、
というわけで、さーーーっと覗いてみることにしました。
観智院は、真言宗の勧学院ですって。
何のこっちゃ???
大学の研究室みたいな場所なんですって。 -
蹲 踞
客殿玄関にありました。 -
観智院
立派な門をくぐって中にお邪魔すると、素敵なお庭がありました。
そんでもって、見学するには、靴を脱がなきゃならないとのこと。
靴ヒモをほどく手間を考えると一瞬止めておこうかと思いました。
でも、下駄箱には、多くの靴がすでに並んでいるので、きっと魅力的な場所に違いないと思い直しました。
ぎしぎしなる廊下を進むと、違うお庭が見えてきました。
この左のお部屋が客殿。
客殿は、江戸初期の慶長10年(1605)に北政所(ねね)の寄進により再建されたもので、桃山時代の書院造り。
この書院には、床の間に描かれた「鷲の図」と襖絵の「竹林の図」があります。
両方とも宮本武蔵が描いたんだって(驚)
剣豪武蔵だけでなく、絵も上手かったんだとびっくり。
撮影禁止のため画像にはおさめられないので、ぜひご自身の目で確認してきて下さいませ。 -
観智院
この庭園は「五大の庭」
空海が唐(中国)の長安から帰国の時に、海上で難に遭われた。
その時に、守護の海神に護られ無事帰国された様子を表現されているという。 -
観智院
「五大の庭」
五大の庭の「五大」とは、右奥の築山は唐の長安を表し、
中央の石は、遣唐船と守護する竜神・神亀・鯱(しゃち)を表し、
写ってないけど手前にある築山が日本(無事帰還)を表している。 -
観智院
五大の庭にて
口の中に龍玉を加えているから、これが竜神。
他の動物も説明されたけど、忘れちゃった(^_^;)
枯山水の置き石や、砂をわざわざ「あれは亀の頭で、こっちは船、砂の白いところは波しぶき・・・」説明されたから、ほぉーと思って聞いていたけど、聞かないとわかんないよね。
1回目、ここを通った時は、何か曖昧で、意味がないようで意味があるんだろうなぁーと思って通ったの。
事細かく説明されてしまったから、想像する楽しみがなくなった!?
説明されても、すぐ忘れちゃってるから、一緒だわ。 -
観智院(かんちいん)
法大師空海の文書を集めた性霊集(しょうりょう しゅう)のなかに「心を洗って香となし、身を恭しんで華となす」という言葉があります。
多く の学僧が出入りした観智院では、1部屋を写経できる場として開放してありました。
どなたもおられなかったので、心を鎮めるためにと置いてあった手に揉み込むお香をちょっぴり拝借してきました。 -
観智院(かんちいん)
奥に進めば茶室「楓泉観」があります。貴人口を持つ本席と奥の席の二つの部屋からなる書院風の茶室で、奥の間の床柱は樹齢1000年という南天が使われています。
二つの部屋の間の天井はかなり低く、ぶつかるかと思った。
あかり取り用だと思うんですけど、窓の枠も素敵なんです。
電球も良い感じ♪ -
観智院(かんちいん)
ずんずん奥へ進んで行きました。
「楓泉観」という茶室がありました。
この茶室は、観智院の中でも他とは別の雰囲気を持っていました。
今まで、観光客がおられたのに、ここにはおられなかったせいもあるのかな?
この茶室は、室町時代に作られた茶室を、江戸時代にこちらに移築したそうです。
まだ千利休が登場する前の茶室とは、驚きです。
めずらしい書院造りとなっています。 -
観智院(かんちいん)
茶室「楓泉観」(ふうせんかん)
狭い茶室だけど、
狭い庭だけど、
座って、庭を眺めて、ぼーーーーっと眺めて過ごしていたい気分になりました。
「カエデ」が綺麗に見えたことから「楓泉観」と名づけられたそうです。
どの木が楓なんだかわかんないんですけど(-_-) -
観智院(かんちいん)
茶室「楓泉観」(ふうせんかん)より外を眺める
『珍石の手水鉢』
珍石って、台座が太古海底の化石から作られいるからなんですって(驚) -
観智院(かんちいん)
茶室「楓泉観」(ふうせんかん)
茶室には襖絵が多く、江戸幕府御用絵師の狩野氏信筆の楼閣 山水図や、尾張の南画を代表する中林竹洞筆の秋草図があります。 -
観智院(かんちいん)
茶室近くにあった坪庭 -
観智院(かんちいん)
枯山水 四方正面の庭
ガイドさんの説明によると、創建当時から残る庭だそうです。 -
観智院(かんちいん)
画像はありませんが本堂には、唐から持ち帰られたといわれる五大虚空蔵菩薩像が本尊として祀られています。
五大虚空蔵菩薩は獅子・像・馬・孔雀・カルラに乗ってはるんですが、そのうちのカルラは手塚治虫さんの火の鳥のモデルになったと仰っていました。
カルラという、体は鳥で顔が人間という生き物に乗った菩薩様は、とても興味深い本尊でした。じろじろと眺めちゃいました。
五大虚空蔵菩薩像の隣には、愛染明王像(縁結び、開運、子宝の本尊)が祀ってあります。
「縁結び」と書いてあるのを、後から見つけたので、再度、お参りしちゃいました。 -
観智院(かんちいん)
観智院は東寺の塔頭のなかでも最も格式高いお寺として知られるのが、わかるわ。
見応えたっぷりです。 -
観智院(かんちいん)
この写真は、書院前の廊下です。
この廊下は歩くと音がする鶯張り?
それとも、古いから、ぎしぎし? -
観智院(かんちいん)
書院には、現代の画家・浜田泰介(1932-)による「春の朝」「初夏の芽」「秋の音」「新雪」の絵が描かれています。
抹茶と和菓子をいただくことができる有料席がありました。 -
観智院(かんちいん)
釣り灯籠の電球も絵になります。 -
観智院(かんちいん)
すだれも素敵です。 -
観智院(かんちいん)
ここには、一乗下り松の決闘の後、吉岡一門から追われていた宮本武蔵が隠れていたんだそうです。
観智院には3年間くらいいてはって、その時長谷川等伯に絵を習ったんだそうです。 -
観智院(かんちいん)
智院は見かけよりも内部の方がかなり広く、とても見応えのある寺ですね。
来て良かった♪ -
観智院(かんちいん)
教王護国寺(東寺)の塔頭(小院)の第一で、別格本山である。延慶元年(1308)後宇多法皇が東寺西院に3年間参籠され、21院を建立されたうちの一つで杲宝を開基とする。代々学僧が住し、東寺塔頭中もっとも格式が高く、当院の住持が東寺の別当職をかねた。古来多くの経文、書籍を所蔵していて有名で、徳川家康が古書を調査して、一宗の勧学院として後学の用に供するよう命じたことがある。現在の建物は、慶長10年(1605)完成の客殿を中心に、本堂、書院、土蔵、門など何れも江戸時代の建築である。客殿(国宝)は、入母屋造、銅板葺の代表的な書院造の住宅建築で襖絵は宮本武蔵の筆と伝えられる。本堂には山科安祥寺の恵運が唐から伝来した五大虚空蔵菩薩を安置していたが、現在は国宝に指定されている経文、書画、工芸の名品多数と共に東寺収蔵庫に収められている。
(「観智院」の駒札より) -
観智院を出て、
北大門に戻ります。
東寺境内を横断して、バス停をめざします。
おやっ?
カメさん、発見。
置物かと思うほど、動かないっ。
甲羅干しが気持ちよさそうでした。 -
東寺
五重塔も見納め
次回は、21日に来ようっと。 -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
ここの存在さえ知らなかったんですけど、バス停から迷わずにこれました。
迷うはずもないくらい、バス停からすぐだったんですけどね。
もちろん中は撮影禁止なので、外だけパチリっ。 -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」のポスター
ポジャギとは、日本の風呂敷のようなもので、四隅の角に紐がつけられ、ものを包んだり、覆ったりする四角い布のこと。チョガッポは端切れを縫いつなぎ、四角い布に仕上げたものでパッチワーク作品のようなもの。朝鮮時代(1392−1910)に多く創られたものが今回の展示。
「褓子器」と書き「ポジャギ」と読む。 -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
今までに目にしたことはありましたが、
無地布で透け感のある素材で、美しくつなぎ合わされているので、
飾り的要素が強いんだと思ってました。
一枚の布として使っておられるから、タペストリーとかのれんみたいに感じで、空間を仕切ったりするんだと思ってましたの。 -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
今回「ものを包む」という生活道具だったと知って、驚きました。
もったいなくて使えなさそうなんですもの(^_^;) -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
「ポ」という文字が「褓」で、古い文献には同音の「福」という字がポジャギの意味で使われ ているものもあります。
その背景には、一針一針丁寧に心を込めて作ったポジャギでものを包むのは、同時に福を包み込み、福を呼ぶとされた民間信仰がありました。
また、小さ なはぎれを無数につないでいく行為は、長寿を願うという意味にもつながっていたといいます。
文字通り、布であるけれど「器」なのですね。生活道具のひとつ。
小さな布切れを、無駄にならないように、そして布を最大限に活かせるように、
細やかに細く細く縫われる「つなぎ目」となって、
美しく丈夫に、時に愛らしい模様となって、素敵です。 -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
透け感のある麻の小さな布きれをつないだのが、「チョガッポ」
透き通ったものが風に揺れるのが、素敵でした。
手紡ぎの麻、苧麻、大麻、人の労力をかけて作られた当時の布たちも、素晴らしいんですが、
現代作家さんのものは、色使いが素晴らしかったです。
どピンクとか使ってあって、私好み♪ -
高麗美術館
「刺繍ポジャギとチョガッポ展」
自在で独特な配色とデザイン、手触り、質感は見事の一言に尽きます。
時には、涼しげであったり、
時には、温かみがあったり。
和でもない、他のアジアとも違う、だけど和にも洋にもアジアにも不思議になじむ韓国の伝統を垣間見れて良かったです。 -
上賀茂神社
美術館を出て上賀茂神社へ移動。
一の鳥居 -
上賀茂神社
上賀茂神社は正式名称を「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」といい、京都市内の北部上賀茂の地にあり、神代の時代から信仰を集めています。
上賀茂神社(賀茂別雷神社)は下鴨神社(賀茂御祖神社)と共に、賀茂氏の氏神を祀る神社で、葵祭(賀茂祭)などは賀茂神社両社共同で実施されます。
上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」は、母である玉依日売(たまよりひめ)が境内を流れる御手洗川に流れてきた白羽の矢を床に置いたところ懐妊したとされます。玉依日売とその父の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は下鴨神社に祀られています。御祭神である「賀茂別雷大神」の「別雷」とは若い雷(神鳴り)という意味もあり、雷を神様と考えていた古来日本人の信仰を伝えています。 -
上賀茂神社
立て砂が整えられてありました。
立派ですね。
神様が最初に降臨された神山を模しているそうです。
崩してみたくなったのは、私だけではないはず!! -
上賀茂神社
青空に赤い鳥居がきれいです♪
二の鳥居にやってきました。 -
上賀茂神社
幸せのおすそ分けをいただきました(*^_^*)
-
上賀茂神社
この角度で撮った方が綺麗だと思って、回り道をしたので、
正式ルートである、「樟橋(長寿橋)」を渡り損ねました。
ショック。 -
上賀茂神社
本殿は式年遷宮の準備で覆われています。 -
上賀茂神社
11月3日、上賀茂神社へ きもの姿で訪問されると、特典があるそうです。
きものと帯コンテスト
大抽選会への参加
野点無料サービス
詳しくはこちらからご覧下さい。
http://nishijin-nsk.jp/festival/ -
上賀茂神社
京都には17の世界遺産があります。
東寺・清水寺・二条城・下鴨神社・金閣寺・銀閣寺・比叡山延暦寺・西芳寺(通称:苔寺)・龍安寺・仁和寺・天龍寺・西本願寺・高山寺・醍醐寺・平等院・宇治上神社、そしてこの上賀茂神社です。
正直、上賀茂神社は周りに観光する場所が余りなく、なかなか行くきっかけがなかったのですが、
残る比叡山延暦寺・西芳寺(通称:苔寺)・仁和寺・高山寺・醍醐寺・宇治上神社も行って、制覇したくなりました。 -
上賀茂神社
縁結びの片岡社
一所懸命、お祈りしてきました。
素敵な縁が授かりますよーに☆
片山御子神社(片岡社)は、上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」の母君である「玉依比売命」を祀ったお社です。玉依比売命は賀茂族で最も権威の高い女性で、「賀茂別雷大神」に仕えて祭司を司っておられたと言われています。片山御子神社は第一摂社として上賀茂神社の祭礼でも、まず最初に祭りを行うのが恒例になっています。
紫式部の和歌の歌碑
片山御子神社は「縁結びの神様」としても古来から有名で、紫式部が何度もお参りしたことでも知られています。紫式部は、片岡社にちなんでこんな和歌を詠んでいます。
ほととぎす 声まつほどは 片岡の
もりのしづくに 立ちやぬれまし
(新古今和歌集:第三巻 夏歌)
「和歌の意味」
ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、片岡社の木の下に立ち、
朝露に濡れていましょう。 -
上賀茂神社
絵馬がハートではなく、葵の葉っぱなんです。
葵は、「あふひ」と表記し、「会う日」と通じることから、男女の逢瀬にかけて使われることもあった。それに因んでいるのでしょう。
最近、個人情報にうるさい世の中ですから、
この絵馬にも、シールが付いていて個人の名前や願いを隠せるようになっていました。
神さんには見えるのかな??? -
上賀茂神社
小学生・中学生の時代には、学校や市で優勝していた百人一首大会。
練習していたら、知らずに百人一首も耳で覚えてしまいます。
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは
みそぎぞ夏の しるしなりける
百人一首98番、藤原家隆作。
意味なんて考えもせず、札を取ることだけが目的のカルタ大会だったので、
「ならの小川」は「奈良の小川」だと思っていましたた。
奈良のことを詠んだ歌だとここに来るまで思っていたのです。
勘違いとは、恐ろしい。
「ならの小川」がこの写真です。
境内を流れているのが御手洗川で、その川が「ならの小川」のことだそうです。
とりあえず、勘違いが1つ減って良かった♪ -
今井食堂
上賀茂神社から、目的である「神馬堂の焼き餅」を買いに向かっていると、何やら行列発見。
小さな、とてもオシャレとは言えない、入りにくそうなお店なのに、なぜ行列???
何々???と、足を止めてみた。
3日間煮込んだ「サバ煮」が有名な、今井食堂。
次回は、ここにも来なくっちゃなりませぬφ.....(。_。)メモメモ -
上賀茂神社にやって来た目的は、神馬餅。
もの凄く美味いですって。
あんこ大好き人間としては、いただいておかなくっちゃと思ってやってきたのに・・・
閉まってる。
売り切れ次第閉店とは、書いてありましたが、まだお昼なんですけど・・・
その商売っ気の無さが、美味しさの秘密なんだろうなぁー。
出直して来ます(>_<)
食べれたお客様に、ヤキモチ焼いちゃうわ(^_^;) -
葵屋やきもち総本舗
神馬堂の焼き餅が食べれなかったので、残念そうに、帰ろうとすると、、、
惹かれるのぼり発見。
休憩を兼ねて、「焼もち」をいただきました。
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葵屋やきもち総本舗
中に粒あんが入った直径5cmぐらいの薄い焼もち。
あっさりしていましたし、一個ではもの足りませんでした。
あと、三個くらい食べたい。 -
百万遍・知恩寺の古本まつり
知恩寺の古本まつりの入口
百万遍・知恩寺の古本まつり(2011.10.29〜11.3)に立ち寄ってみました。
春には「春の古書大即売会(みやこめっせ)」、夏には「納涼古本まつり(下鴨神社糺の森)」、秋には「秋の古本まつり(知恩寺)」があり、これを「京の三大古本まつり」と言われています。
山門をくぐると正面に本堂、両側に古本の露店がずらり並んでいます。
高価な古書を始め、「100円均一コーナー」、「3冊500円」という値段のコーナーがありました。 -
百万遍・知恩寺の古本まつり
全集も多かったです。
重いのにどうやて持って帰られるんだろうと眺めておりましたら、ちゃんと宅配便のコーナーも用意してありました(^_^;) -
百万遍・知恩寺の古本まつり
文字がいっぱいある本には、あまり興味が無いので、ふらふらぁ〜〜と眺めておりましたら、私の興味をそそるものを発見しました(^o^) -
百万遍・知恩寺の古本まつり
紙モノには、大変弱い私。
着物の柄をイメージした色紙を見つけちゃいました。
誰もご覧になってる人がいないので、たーーーぷり拝見させていただくことができました。 -
百万遍・知恩寺の古本まつり
古い絵はがきも売ってました。
現代には無い色使いに、何千枚もあろうハガキをあさってしまうちゅーねん。
見てるだけで、むふふっ。興奮してきちゃいました。 -
百万遍・知恩寺の古本まつり
境内より
こんなに人が大勢おられる割りには、ちゃんとお参りされてる方が少ない気がしました。
知恩寺も浄土宗七大本山の一つとして、由緒あるお寺なんですよ。
長徳山功徳院(ちょうとくざんくどくいん)と号し、百万遍(ひゃくまんべん)と通称する。知恩寺と称される以前は加茂の河原屋などといわれたこともあり、法然上人の弟子源智(げんち)が興隆した。後醍醐(ごだいご)天皇の時、七日間の百万遍念仏(ねんぶつ)を厳修して、疫病をとどめたので百万遍の寺号を賜わった。そのため、通称百万遍知恩寺、略して百山(ひゃくさん)といわれ、大数珠繰(じゅずくり)が有名。重要文化財も多く存在する。 -
百万遍・知恩寺の古本まつり
鐘楼の前では、本のチャリティオークションをやっていました。
人数が少ないから、入札する人が少ないので、なんだかもの凄くお得なような気もするのですが、本当に欲しいんだろうか???という疑問も持っちゃいました。
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百万遍・知恩寺の古本まつり
客層は、おじさまが多かったですが、若い人もかなりおられました。
たくさんの本を買って持って帰る人たちが多くて、驚きました。
自転車で来られてる方が多いんですかね?!
本って重いから、スーパーの袋にたくさん入った本を手でぶら下げて帰るには、大変だと思うんですけど。 -
京都市美術館
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」へ。
アメリカの首都ワシントンD.C.にあるギャラリーが、大規模改修を行うのを機に、印象派画家の作品が京都にやってきてます。
19世紀中頃、印象派の「父」エドゥアール・マネから、中心となったクロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、ポスト(後期)印象派とよばれる
ポール・セザンヌ、ポール・ゴーギャン・・・
多くの人が知っているであろう超有名画家の作品が、ずらすらぁ〜〜〜と展示されているので、チケット購入するのにも、並んでいました。
フェルメールの時よりも人気無いと思っていましたが、なかなかの人気ぶりでした。
印象派って、明るくてきれいだし、何を描いているかがわかりやすいから好きなんです。
絵画の「○○派(主義)」というのは、それまでの流れに対抗したり、変化を求めて違うやり方を見出すことで新しい「派」が生まれてくる。
19世紀末から20世紀初頭にかけて発生。
印象派はそれまでの「写実主義」(見えるものを忠実に描く)の流れの中にいながら、絵に写し取る形そのものよりも、その場の空気感や光の感じ=つまり印象を
表現しようとしたことで生まれてきたという。
チューブ絵の具が普及して、屋外へキャンバスを持って行きやすくなった
なんていう背景もあったらしい。 -
京都市美術館
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」へ。
印象派の絵も興味あるけど、私がここへやってきた1番の理由は、「小型印」です。
郵便の切手に押してある消印なんて、なんでもよさそうなんだけど、
消印のうちでも、記念のために押印される特別通信日付印(とくべつつうしんにっぷいん)が大好きなんです。
普通のポストに投函しただけでは、押してもらえないし、「限定」モノには弱いんですもの(^o^)
小型印は、日本郵便のHPをご覧になって下さい
http://www.post.japanpost.jp/stamp/kogata/ -
小型印を押して、投函した裏面は、前夜作成した版画。
まだちゃんと乾いて無くて、はがきが汚れてしまって、ごめんなさい。 -
京都国立博物館
京都には名だたる神社仏閣がたくさんあります。
国立京都博物館の場所は、東山区の七条、三十三間堂の真向かいに位置しており周囲に有名な神社仏閣が数多くあります。
この歴史ある神社仏閣などの文化財を保護する目的で、明治22年に京都国立博物館(旧帝国京都博物館)が建設され、明治30年(1897年)に開館しました。
本館は、宮廷建築家、片山東熊によるルネサンス様式のレンガ造り洋館となっており、昭和44年に国の重要文化財に指定されています。
建物だけで、何枚写真を撮ったことか(^_^;)
素敵な建物です☆ -
京都国立博物館
年間数回、特別展を旧館(旧帝国京都博物館本館)で催しています。
歴史マニアにとっては、とてもとても魅力的なテーマで毎回開催されておられるようです。
歴史には、全く興味が無い私がここを訪問することになろうとは・・・
大河ドラマの「江」の影響です。
細川ガラシャ遺愛の品々をのぞきにやってきました。 -
京都国立博物館
「細川家の至宝展」珠玉の永青文庫コレクション
公式ホームページhttp://hosokawa2011.exh.jp/
永青文庫は、旧熊本藩主・細川家に伝わる日本有数の文化財コレクションを所蔵しています。
所蔵されているのは、歌人でもあった初代藤孝(幽斎)の和歌資料、二代忠興(三斎)が所有した利休ゆかりの茶道具、細川ガラシャ愛用の品など細川家伝来の品々、また十六代護立が収集した中国美術、近代絵画などが加わり、総数8万点超えるそうです。
この展覧会では、選りすぐりのお宝を見せていただくというわけです。
前半(10/8〜10/30)と後半(11/1〜11/23)で展示品の入れ替えがあります。
細川家は「文武両道」だそうで、甲冑や刀が最初ずらずらと展示されてるので、興味が無い私は早足で通り過ぎました(笑)
人だかり(おじさんが主)が出来ていると思って近づいてみると、太刀でした。
国宝ということで、立ち止まってみてみたけど、よく切れそうで、こわいという感想しか持てなかった(^_^;)
お茶のお道具もあり、ほぉーっと眺めつつ、
能面や能衣装も数多くありましたが、それぞれにきちんと意味があって興味深いです。
蔓帯も美しかった。
布は、時間がたてば朽ちてしまいそうなのに、薄い生地の衣装も綺麗に保存されていました。
とっても細かい刺繍や、綺麗な総柄が刺繍のように織り込まれたものや、
衣装がとってもとっても、豪華で綺麗で、うっとりしちゃいました。
「桜九曜紋唐草蒔絵螺鈿料紙箱」も素晴らしかったです。
桜の花びら模様の美しさと光によって輝きの色が変化するの。
ただ、ただ見とれるばかりでした。 -
京都国立博物館
「細川家の至宝展」珠玉の永青文庫コレクション
公式ホームページhttp://hosokawa2011.exh.jp/
長い年月を経た織田信長や明智光秀の書簡がきちんと保存されていました。
よくぞここまで、保存されており、凄いですね。
我が家にあったら、虫食いで、原型とどけていないであろうなぁー。
美しきよきもの、お宝を拝見しました。
とても幸せな気分で博物館を後に出来ました。 -
京都国立博物館
庭園の噴水前には、有名なロダンの考えて頬杖をつくひと「考える人」が展示されています。
本来「考える人」はロダンが別に制作した「地獄の門」の前に置かれることを企図して制作されたものでしたが、現在では単品で多く鋳造されて世界中に置かれていますね。 -
今回の旅で使用したJR乗り放題切符
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