2006/10/14 - 2006/10/26
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SUOMITAさん
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2006/10/15より,本ホームページのアドバイスも受け,旧ユーゴスラビア4カ国2200kmのドライブにいってきました.レンタカーを借りていた期間は10/16-10/25の10日間です.LjubljanaからKotorまで往復しました.シーズンオフでとてもすいている旅で快適でした.Plitvickaの紅葉もすばらしく,アドリア海もすてきでした.しかしMostarへの旅路では,ethnic cleansingとユーゴの悲劇的な歴史について考えさせられました.
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ANA
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10/15ANANH209でNRTよりFRAに.フランクフルトで1泊.マイン川沿いを散策.翌日,JP117便FRA1015発で定刻の1130にLjubljanaのBrnik空港につく.途中快晴でアルプスが機上より良く見えた.
レンタカーをHertzで日本から予約.一番安いエコノミータイプの1.2L4ドアマニュアルをかりていたが,10日で780ユーロ,いろいろつけて1000ユーロにもなった.Kranjより高速(ここは無料)にはいり,その後E61をRadovljicaへ.そこで小さな道に下りBledへ.Bledは確かに絵に描いたようなところ.天気もよく.ユリアンアルプスも良く見えた.シーズンオフのためボートに乗り人も少なく,50分まってやっと5人になり,湖に浮かぶ聖マリア教会に.鐘の音がきれい.その後,湖畔を1周する観光列車に乗る.マイアミの米国人に話し掛けられずっとしゃべってほとんど景色は見れなかった.夜はVila Presrenでますを食べたが最高においしかった. -
10/17 朝ブレッド城に行く.晴れていて山も紅葉もきれい.その後Bohin湖に.ここはまるでオーストリアのようであった.文化も近いものを感じる.りんごの木とバルコニーつきの家には花がきれいに飾ってある.ユリアンアルプスのふもとにて山がとてもきれいであった.12時過ぎまでいて,あわてて車をとばす.Bled-Kranj-Ljubljanaの環状道路をとおり,(ここの高速は定額の支払いであった.)Ljubljanaの郊外をまわり,もう一度定額の料金所があり,Novomestoで高速を下りる.Novomestoの郊外のスーパーで食料やスリッパなどを買い,Metlikaでクロアチアへの国境を越える.スタンプを押してくれなかったので催促して押してもらった.Karlovacの町を迷いながらとおりすぎ,Slunjの町で一休みし,PlitvickaのホテルJazeroについたのは1830であった.
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10/18は一日Plitvicka Jazeraで過ごす.すべてのコースを踏破する.紅葉と滝がとてもきれい.朝は1度くらいに冷え込み霜が張る.日本人もたくさんきているのでびっくり.ツアー客以外は私達だけのようであったが.一番下の大滝の上にはセルビア人のものとおもわれる廃屋があった.ここはクライナセルビア人共和国の占領地にて激戦のあったことをおもいださせる.交通標識や家屋にもまだ銃弾のあとがあった.表紙にもしたとおり日本人には紅葉と滝と湖はたまらない.フィンランドの青い湖とはまた違う,深い緑の湖に紅葉が写り,とても美しい.この日だけで12キロは歩いたと思う.
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10/19朝8時50分Plitvickaの展望台で写真をとり,一路E71,国道1号を南下する.廃屋が目立つ.途中草原に雲が低く立ち込めているKrbavsko Polje で写真をとる.このあたりはほとんど家屋がない.Urbinaから522号線へ.地図とは異なり,きれいな道に改装されている,Gornja Ploca のインターから高速へ.最初どうやっていいかわからなかったら,後続の車が教えてくれる.日本と同様に通行券を自動発券機から受け取る形式であった.受け取るとバーが開く.ABCという日本のETCのような自動システムもある.途中トンネルを越えると景色が一変した.それまでの亜寒帯〜温帯の植生が一変に地中海のはげた潅木の山に変わる.オーストリアからトンネルひとつでギリシャにはいったようであった.
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なんとかSibenikに11時30分につく.聖ヤコブ聖堂が12時までというので,聖フランシスコ教会のそばのフェリー乗り場の駐車場に車を入れ,いそいでいく.その後聖アンナ要塞に上る.写真は要塞からの眺め.そこから国道8号でPlimostenに.島になっている町だが,シーズンオフなので閑散としていた.昼食を港沿いのレストランでとる.Trogirの町をみて,(ここの駐車場は広く止めやすい.町は狭いが風情があった.子供達に日本人とはやしたてられる)Splitに入る.Splitは大きな町で泊まるホテルを探すのに一苦労.Hotel Jardanであったが,まさか墓場の隣とは!!墓地を2回通り過ぎていた.
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10/20午前中,Splitの町を見学.宮殿をみる.ここも日本人の団体客が多い.町は南国の情緒あり,バザールもあり,お土産を買う.昼にホテルをでて一路Dobrovnikへ.アドリア海の風光明媚な国道8号線をはしる.海岸沿いなのでカーブが多いのに制限時速80km.とても走れず,いつも先頭,後続車をいらいらさせる.スロベニアの交通マナーはドイツ並であったがここはマナーは良くない.Splitでは4車線の隣の同方向の車線で,追突される現場を見る.(私の車は無事)その後Mostar近郊で交通事故の現場を,Ljubljanaでやはり隣の車線での追突をみる.(ここでは金だけ渡してさっさと別れていた.バンパーくらいぶつかるのをなんとも思っていないみたいだ)たった2200kmのドライブで3回も現場を見たのだが,よく無事故で戻ってこられたともおもう)
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Omisを通り過ぎると海岸線は雄大になる.写真はDubciの39号線との分かれ道だが,海岸から39号線はくねくねまわりながら山を登る.昨年のクレタ島のドライブを思い出す.景色がみたくて39号線にまがりZadvarjeの村まで行き,引き返す.Makarskaを過ぎ,食事にしたかったがドライブインがないかしまっている.やっと見つけたところも結構高い食事であった.シーズンオフの旅なのでやむをえないか.そこで食べた直後にBacinska湖が良く見えるドライブインを見つける.無念.まあこんなものだ.(帰りはこのドライブインに寄ったことはいうまでもない)Ploceのボスニア川からの鉄道駅のターミナルをみて,ネレトヴァ川沿いの肥沃な土地をとおる.オレンジを売る露店がたくさん道端に並んでいる.20個くらい入っているのでとても食べきれないと思い買わなかった.NeumのBosnia国境はそのままチェックも無く,素通り.Dobrovnikには18時到着.
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10/21土曜日,ホテルはBabin Kukにあり,少し離れていたので(本当はSobeに泊まりたかったが,家人が汚いところはいやと反対するのでホテルをとった),朝来るまでStariGrad(旧市街)へ行く.Buze門の前の駐車場に入れる(12時ごろには一杯で,500m以上列をなしていた.朝一番に行くのが正解と思う)さすがアドリア海の真珠といわれる町.いままでみたまちの中でもとても美しく文化と歴史のある町であった.写真は城壁からとった町である,12時に町をでて,モンテネグロへ.途中山が雄大な景色で迫る.国境はパスポートと車検証のチェックで簡単に通り過ぎる・Herceg Noviを経て,2時間弱でKotorへ.モンテネグロは私にとってヨーロッパ20カ国目の国となる.
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コトルは城壁に囲まれた小さな町である.山が迫ってきて,湾の奥にある町で,近づかないと待ちの全貌がわからない.車は湾をグルッとまわり,たどり着く.遅い昼食としたが,スパゲティが2.5ユーロ(モンテネグロはユーロが通貨)と安くおいしい.ここにも日本人の団体客がおり,びっくり.
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コトルの市内である.アドリア海の他の都市と同じように町の中は入り組んでいる.しかしDobrovnikなどに
くらべ手付かずの中世そのままの町のたたづまいが残る.町の後ろは険しい山で城壁が続く.小さいがとても印象深い町であった.できればBudvaまで行きたかったが,15時30分でもありDobrovnikへ帰ることにする. -
モンテネグロの観光案内に出てくる島と教会をみつつ,帰路の車をとばす.帰りのクロアチア側国境の管理が厳しく,1時間半通過にかかる.前のトルコ人らしい人たちの車は荷物すべてをおろされて調べられた.私達もパスポート,車検証を入念にチェックされ,どこからどこまで行くのか質問された.スタンプもしっかり押された(ここ以外の国境はほとんどパスポートを見るだけ.スタンプ押してと催促しないと押してくれない.唯一スタンプを押されたのは帰りクロアチアからEUのスロベニアにはいるときだけ)観光バスは別のブースをさっさと通り過ぎていくので団体ではこのようなチェックはないのであろう.
その為Dobrovnikについたのは19時30分であった. -
10/22 ホテルの人にモスタルまでの道は危険がないかときいたが,全く問題ないといわれたので,Korculaへ行く予定を急遽変えBosnia Herzegovinaに行くことにした.途中Stonの城壁と塩田が見たくなり,寄り道した.となりのMaristonという町から続く,城壁は壮観であった.町の広場のカフェでは日曜日の朝でもあり,たくさんの人がいた.日本人をめずらしがられ,ずいぶん声をかけられた.
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8kmのボスニア領Neumを越えて,MetkovicよりBosnia Herzegovinaに入る.Neumもそうであるが,モスタルまでの道はほとんどがクロアチア人地域で,すべての町にボスニア国旗でなく,クロアチアの旗(クロアチア人地域の旗でクロアチアの国旗とは紋章がことなる)がはためいていた.複雑な民族問題を考えさせられた.写真は肥沃なネレトヴァの畑をNeum側の国道沿いの高台からとったところ.
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ネレトヴァ川沿いの渓谷をドライブしてモスタルにつく.やはりモスタルは不思議な町である.山の上には十字架が,川の向こうにはカトリックの教会があり,こちら側にはモスクがある.世界遺産のスタリモストと川から見た町は美しい.ドイツ人の観光客はいたが,観光客もシーズンオフのためかまばらであった.
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Koski Mehmet Pasina Dzamijaのモスクである.時間になると町にコーランがマイクをとおって鳴り響く.トルコ人の家もここがヨーロッパかとおもうほどであった.1566年スタリモストの橋が建設され,長い間,山に囲まれた美しい町,それがモスタルであった.そして民族や宗教の違いをみとめあいながら共存していた町であった.
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内戦で姿は一変する.町には銃弾がたくさん残った建物の廃墟が多数存在する.クロアチア側からの壮絶なムスリムへの攻撃があった悲劇の場所でもある.セルビアやクロアチアの民族主義者と犯罪者などによる民族浄化の悲劇.クライナセルビア人共和国のクニン陥落からのセルビア難民まで続く,セルビア,クロアチア,ムスリムすべての一般の人たちへの悲劇を忘れてはいけないとおもう.民族自決という言葉のマヤカシを思う.
当時の日本では「セルビア」悪玉論のみであったことを覚えている。アメリカやEUからの見方のみがニュースで報道されていた。セルビア側で民族浄化に反対の声もあったし、クロアチアなども犯罪者を周到に使った残虐な民族浄化を行った。最後は国際情勢を利用してクロアチアからセルビア人を追い出してしまった。民族主義者、犯罪者の手によって民族が分断され、放逐されてしまったのである。そこには民族間の歴史からくる憎悪を巧妙に利用したプロパガンダがあった。多方面からの情報を大切にし、真実を見る目をとぎすましておかないと「評価」すらあやまってしまうことがある。それが私自身のユーゴ問題への認識であった。今イラクやアフガニスタンの問題でも同様なことが起こっている.アメリカからの一辺倒の報道にまどわされないようにしたいとおもう。 -
モスタル近郊の家の廃墟.ここかしこにある.
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Neretva川沿いには砦や城が多い.Pociteljの町にはカトリック教会もモスクもあった.ゆっくり見学したかったが,物売りの子供達(モスタルでもボスニアには物売りの子供達がいた.他の国にはいなかった)が来たので早々に出発する.この日はBosnia HerzegovinaのNeumにあるホテルネウムに泊まることにした.本当は他のプチホテルにする予定であったがシーズンオフでしまっていた.第二希望のホテルもしまっており,ネウムは閑散としていた.このホテル建物はネウム一大きいコンクリートの建物である.サービスは最低で,まるで社会主義の遺物であった.フルコースの8ユーロの肉は硬く,ソーセージは一時代前のよう.コーヒーはまずく,部屋は狭く,汚かった.ポテトチップを落としたらありが群がっていた.40ユーロだったので仕方ないかな.ともかくボスニアに泊まりたかったのである.
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10/23 Neumを午前7時50分に出発.家人のお腹の調子が悪く,途中Omisの町に寄りたかったが諦める.一路Trogirから高速へ.Pasedarjeのインターで降り,Pag島へ行く.途中荒涼とした月世界のようなところをとおる.そこでうつした写真とレンタカー.パグにはレース編みを見たかったが,家人の調子が悪く諦めて高速に帰り,一路北へ向かう.ホテルをどうしようかと思ったが,昨日のNeumがあまり悪かったため,家人の希望もあり,良いホテルをということなので,一路リゾート地のOpatiaまで車を走らせる.高速は制限時速130kmでとても走りやすい.料金は日本の1/5程度だが,こちらの人には高いのかとてもすいている.この日は約600kmはしってOpatijaにとまる.あてずっぽうではいったMiramarという4つぼしホテルは最高!ツインでハーフボードで160ユーロであった.食事はフルコースつき(残念ながら家人は食べられなかったが)!!
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10/24 OpatiaからRijeka市内をとおった.あいにくの雨で雲が低く立ち込める.あまりの雨のひどさにRijekaの市内見学をあきらめ,いちろスロベニアに北上.国境まで高速道路であったが,国境を越えると田舎道になってしまう.雨も上がり紅葉がきれい.地中海性の殺伐とした植生から見ると,命が歌っているよう.Iirska Bistrikaの町で銀行により,クロアチアクーナをスロベニアトラールに両替.2007/1/1よりユーロになるというので,スロベニアトラールからユーロへの両替手数料が大変低いことにきずく.これならユーロにしなくても安心.Postojnaで有名な鍾乳洞をみる.フィンランド人の一家と少し話す.その後洞窟城へ.洞窟の入り口に城があるが,中は湿っぽく,よく住んだものだ.きわもの観光地だ.しかしそこまで行くスロベニアの田舎町のドライブは最高であった.Postojnaから高速に乗り,Ljubljanaへ車でたどり着くのに便利なようにBrdoのインターのそばのホテルMonsへ.
ホテル到着後おなかの調子の悪い家人にうどんを食べさせたく,また私は酒が飲みたくタクシーで市内の日本レストラン寿司ママへ. -
10/25 朝Ljubljanaの市街を見学.名所旧跡をみる.またVodnikov広場の青空市場でお土産を買う.急坂をお城まで登る.3D映画で町と国の歴史をやっていたが面白かった.オーストリアの地方都市のようだが,それよりは田舎っぽく,逆に活気がある気がする.経済成長著しい国の首都を髣髴とさせる.
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青空市場にてKAKIをみてびっくり.なんかの本で日本から来た柿をそのまま定着し「KAKI}になったと読んだことがある.『(追記)しょうちゃんというトラベラーから教わりました.「柿の件ですが、第一次世界大戦中同盟国である英国政府からの要請で、小型駆潜艇(600トンクラス)6〜8隻と1巡洋艦(3000トンクラス)を地中海(マルタ島基地)に派遣した際、日本の柿を持ち込んだようです。」とのことです.』
14時にLjubljana市街をたち,Brnik(このまありにガソリンスタンドが無く,レンタカーを満タンにするのに,6KM先のSuhadoleという町までいってしまった.ガソリンは市内で入れるべし.1755発JP124FRANH210便でNRT1450に帰ってきた.
レンタカーで回ったため,また家人も一緒であったため,人と知り合える旅にはならなかった.その点では少し不満が残ったが,シーズンオフだが,まだ天候の安定している10月に4カ国をドライブできたことは収穫であった.アドリア海のドライブは最高であり(少々マナーがわるかったが),また北のスロベニアから南のモンテネグロまでの気候の違いを肌で感じることも出来た.高速道路もよく整備されており,治安もよく,物価も高くなく,いままでのヨーロッパのドライブ(北欧4カ国,ドイツ,オーストリア,ギリシャで運転しているが)でも最高であった.団体観光客も多かったが,個人旅行でもバスなどの便もよく(私達はレンタカーであったが)最適のところと思われた.
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