2001/05/26 - 2001/05/26
1470位(同エリア1655件中)
osdさん
西安2日目。
法門寺、乾陵、永泰公主墓、茂陵、咸陽博物館など西安郊外をまわる予定。
西安賓館(西安市長安路北段36号 電話029-5261351)
朝8時出発。
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西安賓館ロビー。朝8時出発予定に…起床6時、朝食6時30分はすこし早すぎた。が西安最初の朝、心配性はわが夫婦だけではなく、7時のロビーにはこれだけ集まっていたのだ(~_~;)。
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渭水
唐の王維の詩<渭城朝雨浥軽塵 客舎青青柳色新>
に詠われた渭水。
こんな筈ではなかった。こんな殺風景な川…幻滅!古の風懐なし…。 -
窰屯(ヤオトン)
黄土台地特有の崖斜面に穿かれた住居。
毛沢東の延安の鳳凰山旧居が有名。
バスの窓越しのスナップなので、拡大しても少し分かり難い。 -
法門寺
創建 後漢時代AB147〜189年
・法門寺真身宝塔:約2000年前、インドのアショカ王が仏法を広めるため仏舎利(釈迦の遺骨)を各地に送ったとされる。法門寺もその中のひとつで創建当初は阿育王(アショカ王寺)と呼ばれていた。 -
法門寺
・今日は土曜の朝、快晴暑くなりそう…。子供たちが参道脇で遊んでいる。観光客慣れしているのか、我々を無視!参道のお土産屋の子供たちか、服装もしゃれている。中国でも土曜休校なのかなー。 -
法門寺・地下宮仏塔
1987年 明代に建てられた塔を再建するため、1100年間密閉されていた地下宮殿の発掘・調査が行われ、仏舎利(指骨)ほか貴重な文物が発見された。
なかでも、仏舎利納骨の<八重宝函>は金、銀、真珠、白檀で創られ図案細工が素晴らしい。 -
<車窓風景>
・西安郊外の小さないなか町で…
法門寺から乾陵までいなか道をガタガタ走った。小さな町の交差点で車がストップ!信号はもちろん無い。窓から覗くと、突然!ひと、人、自転車、荷車、三輪車、耕運機などがドワドワと湧き出るように現れた。「ナ・ナンだ…?」雑然喧騒!ただ群衆の顔がなんか明るい。車の窓から頭を出していたガイドの王さんが「お祭り、小麦のお祭り!」「そうかー小麦の収穫祭かー!、今年は豊作なんだー!」
西瓜、饅頭、焼肉、竹カゴ、箒、生きた鷄・ヤギ・羊などパラソル屋台でなんでも売っている。ラッパのような大声喚声、すごい活気エネルギー、中国は人間の国だとつくづく実感! -
<車窓風景>
・西安郊外の小さな田舎町で 春の収穫祭ににウイグル民族風衣装の少女たちがくるくる舞い踊る。敬老愛老の垂幕があった。
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<車窓風景>
古色蒼然とした骨董お宝級の三輪車。ナゼカほのぼのとした懐かしさを感じるのだ。 -
永泰公主墓
約1300年も前に描かれた壁画が有名。、唐代の貴族社会を華麗に描いた墓室内彩色壁画は、日本の高松塚古墳の壁画との関連で、中国より日本国内でのほうが関心が高いようである。
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永泰公主墓壁画
・地下墓室通路の壁画。木柵だけの仕切り、手を伸ばせば生触り自由の状態。<接触撮影禁止>の注意書き等も監視もなし。日本人には有名だが、古代歴史たっぷりの中国では、ありふれた壁画なのだろうか…。観光施設的にはよく整備されている感じがするのだ。
誘惑に負けて<ほんのチョット指先だけ…>ゴメン!
奥の主墓室は暗く狭まい、壁画も見難い。観光客がぎっしり詰ると閉所恐怖感に襲われ、少々怖い。 -
昼食:いなか料理
・永泰公主墓近くの大衆レストラン 混んでいて、トイレも汚い。ナン(パン)はまずい、野菜は美味しかった。 -
乾陵
・唐の3代皇帝高宗と武則天の合葬墓。
乾陵は、梁山の主峰と南の峰を利用して造られている。写真は白石敷の長大広大な墓道。とにかく超弩デカイ!左右の山の石造物は乾陵の前衛、門柱みたいなものでR。 -
乾陵
・石碑(無字碑)のうしろの山(梁山)が乾陵である。とにかく気宇壮大!言葉を失う。 -
乾陵
・61賓王石人像 ほとんど首が無かった。彼らは辺境の少数民族の王族のようである。
ここの子供の物売りには辟易した。「5元!5元!」と叫びながら、網に入れた土産もの用兵馬俑陶を押し付けてくる。子供ながら決死の形相には迫られる。少し行くと、女の子がきれいな花飾りを「5元」と小さな声…。少し躊躇したが、一人に買うとワーッと来そうなので止めた。失望した少女の顔が今に残る。帰国して考えれば、5元=70円位のこと。3つ4つ買ってもどう言った金額でもないし、まして相手は子供のこと、寛容力のない自分に悔いが残るのだ。 -
茂陵
・漢の7代皇帝 武帝(BC157〜87)の陵墓。金糸の玉衣をまとい蝉玉を口中にして葬られたという。
写真は茂陵博物館=霍去病墓(武帝に愛された対匈奴戦の名将、早逝した)の門前。門奥に霍去病の墓山が見える。敷地内に漢代の石彫石刻の動物像が多く有。
乾陵から茂陵への道、当時は工事中が多かった。険路悪路、車中で身体が右左、上下に振り回され「カンベンして…!」の叫び。ガイドの王さん曰く「雨が降ったら、もっとタイヘンよ!」黄土の台地は自然の状態たっぷりであった。5年たった今、どうなっているだろうか?
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咸陽博物館
・咸陽は古代・秦始皇帝の都、西安市北西56km。
秦・漢両王朝の収集文物が多いのを特徴としている。彩色土器・彩陶などの秀品が展示されている。
観光的でなく素朴な陳列がかえって良かったが、保存状態は必ずしも、最適好適とは言えない。ガラスケースもなく、むき出しのままのものもあり、空調なども無かった。全般的に研究・学芸員などの調査整理の成果の展示資料も見かけられなかった。大火に埋葬された咸陽の研究はこれから咸陽博物館中心にされるべきであろうし、かなり貴重な収集品があるように思うので、少々はらはらの心境になるのだ。 -
咸陽博物館絵はがき表紙
・漢俑 -
咸陽博物館絵はがき
・漢 彩色陶俑 -
咸陽市人民政府庁舎
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夜の古文化街
・古文化街に行ったのは夜9時近かった。土曜日だったが店はほとんど閉まっていた。拓本、古書、筆、硯など、残念ながらこの時の旅ではチャンスを失う。
古文化街入口の中華百貨(デパート)正面でラジオのクイズ番組の公開放送をやっていた。当てると何か賞品を貰えるようで、音もガンガン、派手な女子アナもいたりして、これが社会主義の国とは思えない。
今日もけっこう疲れて西安賓館に帰る。
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