玄奘三蔵法師さんと 慈恩寺さん:義臣さんの旅行ブログ
孫悟空でお馴染みの「玄奘三蔵法師」さんの
霊骨が此方にあるとは 意外の感でした。
昭和17年12月南京占領の日本軍が
稲荷神社を建立しようと整地していたら石棺を発見。
石棺には宋時代天聖5年(1027)
法師の頂骨が演化大師可政により長安から南京にもたらされた事が記されいました。
日中両国の専門家が調査の結果、
玄奘三蔵法師の頂骨である事が
確認されました。
翌年頂骨は仏像、銀、錫製の箱とう副葬品を南京政府に還付されました。
昭和19年 南京玄武山に「玄奘塔」が完成、盛大な式典が行われました。
完成の式典の際「法師は仏教の大恩人であり、日中の仏教徒に法師の遺徳を大切にしよう」の趣旨で、
日本仏教代表「倉持 秀峰氏」に手渡されました。
こうして霊骨は日本にもたされることになりました。
日本仏教連合会のおかれた 芝の 増上寺へ安置されましたが
大戦末期の無差別空襲が始まり、万が一灰燼に帰されることを懸念し、埼玉の倉持会長の住職寺「三学院」の仮安置
それでも東京に近いので再度連合会では疎開を検討
三蔵法師ゆかりの長安の大慈恩寺がその名を頂いている
仏教会事業部長の此方の慈恩寺へ奉安されることになり
昭和19年12月 寛永寺にて日本仏教連合会主催の下に
日中各界の臨席を得て法要を行い
「慈恩寺檀信徒」に迎えられ慈恩寺へ奉安されました。
敗戦後の昭和21年12月三周年記念法要の際
遺骨返還の話も有りましたが
中国の「蒋介石」主席の意向が伝えられ
「霊骨は返還に及ばない、むしろ日中提携は文化の交流にあり、
三蔵法師の遺徳の顕彰は誠に喜ばしいことであり、しかも、奉安の地が法師と因縁の地であるからは、
この地を顕彰の場と定めては」
との意向であり、正式に慈恩寺の地に霊骨塔建設が決定したのであります。
慈恩寺HPから要約
http://www.jionji.com/
当時の中国政府から正式に分骨されているのに
一部のマスコミが面白可笑しく、
盗んだ 強奪したの見ていたように発表。。
仏教徒としてそのような行為するでしょうか?
事実を知る人も少なくなって
有りもしない事を書かれ
日本の悪いイメージが残っていくことが
口惜しいです。
慈恩寺境内から4 500M離れた所に
玄奘塔はあります。
何故?
かの地にお住いの人のお話で。
日本仏教の各宗派に対する心使いであろうかと。
昭和30年中華民国(台湾)仏教界から
霊骨を台湾へお迎えしたいの要請で
日本仏教界では喜んで霊骨一部を奉じ
台湾へ渡りました。
台湾では国家的行事として国賓待遇で迎えられ
慈恩塔 玄奘寺を建立され
霊骨を奉安されました。
奈良の薬師寺さんから遺徳をしたい分骨を奉迎いたしたいとの意向が伝えられ。
薬師寺さんの法相宗
法相宗の宗祖が慈恩大師といわれる方で大師の師が玄奘法師でありました。
仏教界で協議の結果薬師寺さんへ
昭和55年解塔 霊骨を取り出し
昭和56年薬師寺落慶法要にあわせ正式に分骨を伝えられました。
全て廃材の家
体のがっちりした男性が
色々教えてくださいました。
日曜 祭日はここで興味のある方を迎え
質問の答え、お話をされているとの事でした。
「仏教は釈迦に帰れ」
心に響きます。
蕾に沢山ついた梅の枝を頂いて帰ってきたこともあります。
我が家の玄関に玄奘塔からの梅の枝
花を付かせて咲いています。
霊骨
天台宗の慈恩寺さんから
法相宗の薬師寺さんえ
台湾のお寺さんえ
玄奘三蔵法師さんならでは。
宗派を超えて。。
大事に奉安されていけるのでしょう。
敷地内のお住いの男性の言葉
「仏教は釈迦に帰れ」が改めて感じられます。
沢山書き込みましたが
慈恩寺のHPを拝見
それを私が略し書き込みましたが。
まだ略し方が違っている事が判明次第
訂正いたします。。
仏教に不案内なので。。
玄奘塔へ両三度伺ったので写真もそのたびに写したもので。
一回分で無い事をご承知ください。
完
お気いり仲間の 「まもちん」さんの
玄奘祭をご紹介いたします。
http://4travel.jp/traveler/mamochin/album/10237900/
来年は行ってみたい。

義臣さん こんばんは。
旅記の中で、「仏教は釈迦に帰れ」の言葉が耳から離れません。
私も同じように教えられた事があり、私は凡人・無宗ながら、
この、「仏教は釈迦に帰れ」の言葉には、
偉そうに云えませんが想うところはあります。
しかし、宗教は御言葉の通り奥深いですねぇ〜
私の知らない歴史を知る時々に、
今では普通の風習等が・エッ!と想う事も有り、
この旅記は、禅問答の伝承の様でとても印象的でした。
ありかどうございました。
いろんな意味で寺院に嵌って行き、離れれませんねぇ〜(^_-)-☆
amnojaku

amnojakuさん
理解してくれて嬉しいです。
生意気事を書いたようで、、少し恥ずかしく思っていたので。
言われた方も純然たる宗教人で無いだけに重みが有りました。
お休みの日に玄奘塔へ来る人に聞かれれば話 お茶を出し、、
不思議な人でした、
義臣
不思議その2
この方の仲間に会いました、短い時間でしたが
その方も、、彼を尊敬していました。

こんにちは〜
>壁には曼荼羅風のステンドガラス
奈良・新薬師寺本堂でも目にしましたので
此方にもと発見!
後になりましたが
弟様の順調なご回復のご様子何よりです。
また過日は改めましての冬の日光の
ご親切なお知らせを有難うございました。
昨年秋から暮れにかけて実家への行き来を何度となくしましたが
いつもバックに忍ばせている?コンパクトカメラはスッカリ忘れていまして
義臣さんの弟様へのお見舞いへの往来のお気持ちがよくよく理解できます。
暖かくなればご兄弟でのお出かけの楽しみが出来ますでしょう。

今晩は。
ご心配おかけしてます弟も、まだ歩く事は出来ませんが
順調と思っています、
その間お寺さんで写真を、、仏さんに失礼とは思いましたが
気持ちが落着いてくると。写す心の余裕もできて、
義臣
弟家族と京都へ行きたいです。
何時 実現できるか。。。
楽しみ

ノーベル平和賞を受賞した総理佐藤栄作氏が、
玄奘の遺骨を台湾の玄奘寺に分骨したそうです。
このことを台湾旅行で聞き、岩槻の慈恩寺で確認しました。

私は初めて知って恥じ入るばかりです。
そのような事はあまり知られていないのが不思議です。
なので、、アルバムに作成して少しでも宣伝が出来れば
そういう気持ちです。
お一人でも知っている方が居られる事が嬉しい
義臣
唐の僧、玄奘三蔵がインドから膨大な教典を携え帰国する。玄奘は、「西遊記」の三蔵法師のモデルである。...(by ぱふぅ家のホームページ on 2009年10月31日 21:36)