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■■■完成された芸術から文化が生まれている現場へ<br /><br />今回のメキシコシティ旅行で、私が最も衝撃を受け、最も刺激され、そして最も「これから」を感じた場所。<br /><br />それは、有名な美術館でも、ミシュランのレストランでもなく、グラフィティに囲まれ、昔のアーケードゲームが並び、メキシカンラップやLOFIが流れる、ポップカルチャーの雑多な空間でした。<br /><br />もちろん、現代美術館も面白かった。<br /><br />教会を使ったインスタレーションには、宗教と教育、救済と支配について深く考えさせられたし、世界的なギャラリーもいくつか回りました。<br /><br />それでも、旅を終えて最も強く思い出すのは、完成された作品が静かに展示された場所ではなく、音と光と落書きと、そしてゲームと人間が入り交じり、何か新しい文化が、今まさに生まれようとしている場所だった。<br /><br />なぜ、私はこれほどまでに、あの空間へ惹かれたのだろう。今回は、旅を振り返りながら、この部分を掘っていきたいと思います。<br /><br />というわけで、今回もレッツゴー(^^)<br /><br /><br />■■■「綺麗」が、信じられなくなった時代<br /><br />先日、ふと、流れて来た可愛らしいアシカの写真を見て思った事がありました。<br /><br />昔なら、<br /><br />「よくこんな決定的な瞬間を撮れたな」<br /><br />「まさに神の一枚だな」<br /><br />と素直に感動したはずです。<br /><br />しかし今回、この奇跡のように美しく綺麗に整った写真を見て思い浮かんだのは<br /><br />「どうせ生成AIだろう」<br /><br />と疑いでした。<br /><br />問題は、この写真が仮に本物だったとしても、その疑いは完全には消えないという点です。<br /><br />そもそも、アシカ自身は人間に可愛いと思われるために、ポーズや仕草をするわけではありません。膨大な時間の中から、人間の感情に都合よく重なる一瞬だけを選び、意味を与えて切り取ったものです。<br /><br />そう考えれば、AIが生成した写真だけが作為的なのではない。何故なら、人間が撮った写真もまた、最初から「作られた現実」である事も多いからです。<br /><br />それでも以前は、その一瞬を待った時間や、そこへ行った人間の行動や、偶然が起こる可能性そのものを信じることができた。<br /><br />ところが今は、結果だけなら何でもAIが生成してしまう。綺麗な写真も、美しい映像も、完璧な音楽も、それらしい文章も、画面の中でいくらでも生成できる。<br /><br />その結果、私は、いつしか完成された美しさそのものに、以前ほど価値を感じなくなってきている事に気が付いたのです。<br /><br />むしろ、綺麗に整っていないもの。<br /><br />ノイズがあり、少し壊れ、誰かの体温が残り、まだ意味が定まっていないもの。誰かに見せるためにつくられたのではなく、その場所にいる人間が、自分の生を確かめるためにつくっているもの。<br /><br />そういう場所に、魅力を感じるようになっていました。何故なら、そこにこそ、本物の時間が残っているように感じるからです。<br /><br /><br />■■■「私」ではなく、「俺たち」のグラフィティ<br /><br />グラフィティを、ただの落書きと見る人は多いでしょう。実際、他人の壁へ勝手に描けば、法律上は落書きです(笑)しかし、落書きであることと、そこに表現が存在することは別の話です。<br /><br />例えば、ニューヨークでは、地下鉄や街角から生まれたグラフィティが、バスキアやキース・ヘリングらによってギャラリーの内側へ持ち込まれ、やがて美術市場の中で「アート」として扱われるようになりました。<br /><br />では、ギャラリーへ入った瞬間に、落書きが芸術へ変わったのか?<br /><br />違います。<br /><br />変わったのは作品ではなく、それを見る側の制度です。<br /><br />これ、メキシコの場合、さらに面白い。<br /><br />もちろん、現在のグラフィティを壁画運動の直系と断定するのは少々乱暴ですが、メキシコには昔から、壁を個人の所有物としてではなく、社会へ語りかける媒体として使ってきた歴史があります。<br /><br />ディエゴ・リベラ、オロスコ、シケイロスらの壁画は、美術館の中で少数の富裕層に鑑賞されるためのものではなく、文字を読めない人にも歴史や政治を伝える、街に開かれた巨大なメディアだった。<br /><br />その記憶が現在のストリート表現にも、どこかでつながっているように感じるのですね。<br /><br />だから、メキシコのグラフィティを見ていると、<br /><br />「私を見て」<br />「俺の作品を見ろ」<br />「どうだ、凄いだろう」<br /><br />という、個人へ集約する自己承認欲求的な表現とは少し違うものを感じる。<br /><br />むしろ、<br /><br />「俺たちは、こう考えている」<br />「俺たちが見ている世界は、こうだ」<br />「お前たちには、この景色が見えているか?」<br /><br />と、街や社会へ問いを投げ返している。<br /><br />メキシコでは、家族や仲間、そして自分が属するバリオ(共同体)の結びつきが強い。特にメキシコシティなら、テピートのような地域では、外から見れば危険で雑然とした場所でも、その内部には極めて強い共同体があります。<br /><br />個人が社会から切り離され、単独で自分を宣伝しているのではない。自分が属する共同体の記憶や怒り、誇りを、壁を使って外側へ示している。そこには「私」という署名以上に、「私たち」という主語があるのです。<br /><br /><br />■■■映像がリアルになれば、ゲームもリアルになるのか<br /><br />私の本当の目的は、元々は、このモールで営業しているアーケードギャラリーという、昔のゲームセンターに置かれていた所謂アーケードゲームが動態展示されている店にありました(一人大人平日$200ペソ/土日$250ペソで遊び放題)<br /><br />私自身が、アーケードゲーム(基板/筐体)やコンシューマー(家庭用テレビ/電子ゲーム)のコレクターである事もあり、どこへ行っても、必ずこうしたレトロなゲームセンターには顔を出す事にしています。<br /><br />この昔のアーケードゲームですが、当然、最新のゲームに比べれば、映像は粗い。<br /><br />動きも単純。<br /><br />音も、PSG音源やFM音源特有の、限られた電子音です。ところが、この音を聞くと不思議に安心する。昔は、これを懐古趣味と結び付けて、なつかしさと音が思い出にリンクしているからと考えていたのですが、最近は、若い世代も含めて世界的に80年代~90年代のアーケードゲームセンターが流行している。<br /><br />これは何故なのか?<br /><br />PSG音源にしても、決して自然界に存在する音ではありません。それなのに、今の完璧に加工された音よりも、どこか人間に近く感じる。<br /><br />ここには制約が存在します。<br /><br />同時に鳴らせる音の数も少ない。<br /><br />使える色も、記憶容量も、処理能力も限られている。<br /><br />だから当時の開発者は、その制約の中で、どうすれば人を驚かせ、どうすれば長く遊ばせられるか、徹底的に頭をひねりました。映像をリアルにできないから、アイデアで勝負するしかなかったわけです。<br /><br />最近のゲームは、現実に近づくことを一つの進歩としてきました。<br /><br />肌の質感、光の反射、銃の形、爆発の煙、崩れる建物。確かに、見た目は驚くほど現実に近い。しかし、映像が現実に近づけば、体験も現実になるのでしょうか。<br /><br />ゲームの中で銃撃戦をしても、自分が死ぬことは絶対にありません。現実の戦場で最も大きな要素は、銃の質感でも煙の描写でもない。壁から頭を出した瞬間、銃弾に撃ち抜かれて死ぬかもしれないという恐怖です。<br /><br />おそらく、それが戦場における99%のリアルです。<br /><br />その99%を取り除いたまま、残り1%の景色だけを精密に描いて、「よりリアルになりました」と言われても、それは本当にリアルなのか?<br /><br />むしろ昔のゲームは、最初から現実を再現することなど諦めていた。だからこそ、ゲームにしか存在しない世界をつくることができたのではないかと思うのです。<br /><br /><br />■■■価値があるのは、昔のゲームそのものではない<br /><br />もっとも、昔のゲームなら何でも面白いという話でもありません。私たちの感覚は、すでに強い刺激へ慣れ過ぎています。複雑な映像や膨大な情報量が当たり前になったあとで、昔のゲームを単体で遊んでも、懐かしさは感じても、何時間も夢中になるのは難しい。<br /><br />つまり、ゲームそのものに価値があるわけではない。<br /><br />価値があるのは、ゲームを取り囲んでいる空間です。<br /><br />古い筐体の発する光<br />ボタンを叩く音<br />PSGやFM音源が重なって生まれる、不思議な電子音のハーモニー<br />隣で遊ぶ人間の声<br />うまくいった時の歓声<br />失敗した時の悪態(笑)<br /><br />さらに、この店のあるモールの空間全体はメキシカンラップやLOFIが流れ、壁はグラフィティで埋められている。時にはコンサートやイベントも開かれる。<br /><br />古いゲームを博物館のケースへ入れて、過去の遺物として保存しているのではありません。昔の機械が、今の音楽、今のファッション、今の若者たちの感性と衝突し、新しい意味を与えられている。<br /><br />だから、ここにあるのは懐古趣味ではない。過去を素材として使いながら、これからの文化をつくっている現場だったのではいか??<br /><br /><br />■■■LOFIとは、技術の不足ではない<br /><br />LOFIという言葉も、単に音質が悪いという意味ではありません。ノイズを消し、音程を補正し、音圧を揃え、どこまでも滑らかに加工できる時代に、あえて歪みや揺れを残す。<br /><br />それは、技術がないからではありません。<br /><br />技術によって消されてしまった人間の痕跡を、もう一度取り戻そうとする行為です。<br /><br />少し伸びたカセットテープ<br />針の音が混じるレコード<br />リズムからわずかに遅れるビート<br />録音された部屋の空気<br /><br />本来なら修正されるはずのものが残っていることで、その向こうに人間の身体が見えてくる。<br /><br />そして、それはアーケードゲームにも、グラフィティにも共通している。<br /><br />線が揃っていない<br />音が完全ではない<br />機械が古い<br />壁が汚れている<br /><br />しかし、その不完全さの中に、人間が実際にそこに存在したという証拠がある。<br /><br />AIが完成品を無限に生成できる時代に、LOFIは単なる音楽ジャンルではなくなって来ています。それは、自分が今ここで生きていることを確認するための方法になっている。<br /><br />他人へ見せるための「映える人生」ではなく、自分自身が触れ、聞き、失敗し、時間を過ごしたという実感であり体験なのです。<br /><br /><br />■■■そして、再びJAPPY(笑)<br /><br />今回の旅行ではオンボロレンタカーの日産と、この日本食JAPPYが何度も出てきます(笑) そして、JAPPYは、このモールにあります。<br /><br />シェフはペルー人、スタッフはメキシコ人、誰一人日本人は働いていない。メニューには、ラーメンに文字。そして、お勧めを聞くと、日本人である私に堂々と、ラーメンを勧めて来る(笑<br /><br />当たり前ですが、ここで出される料理は、我々日本人が考える「本物の日本食」とは全く違います。<br /><br />そして、シェフ自慢のお勧めラーメンは、日本人の私には正直、美味しくない(苦笑)麺は緩いし、スープにもコクがない。ですが、このシェフに、何故このラーメンでそんなに自信をもって勧められるのか?!<br /><br />と素直に聞いたところが、皆美味しいと言ってくるからという回答でした。<br /><br />面白い話で、昔の私だったら、本当に美味しいラーメンを知らない客を相手にしているんだなと、上からマウントかましていたかもしれない。<br /><br />ですが、何故、このラーメンを美味しいと感じる人と、美味しくないと感じる人がいるのか?と自分に問いかけた時に、そこに問いが生まれる。自らを否定する問こそが、実は新たな発見を生む。<br /><br />そこで、ふと、私は思い出した事がありました。<br /><br />今は、メリダで日本食屋のチェーンを開いているヒロさん。彼が、自家製面で自慢のラーメンをカンクンで出していた頃、中国人の観光客の行列が止まらず大盛況だったのですが、こんな話をしてくれたのです。<br /><br />吉田さんね、僕は毎回僕が美味しいと思うラーメンを提供していたんですが、ある時、お客さんから、麺が固いからゆで直してくれと突き返されたんです。その方中国人のお客さんでした。<br /><br />ウチは日本人好みのコシのある麺を提供していたので、2分30秒がベースだったんです。それで、倍の5分で出してみたらまだ硬いという。。。結局、8分でやっとベストだと言われたんですよ。<br /><br />8分なんて、伸びてますから!<br /><br />でも、その8分が、その人の特殊な好みじゃなかったことが、今証明されているんですよ(笑)<br /><br />吉田さんね、僕ら日本人が好む麺の硬さって、それ日本人だけにしか通用しないんです。それをこれがホンモノの日本の味なんだと押し付けた所で、単なるマウントでしかない。<br /><br />僕は、中国の人にも美味しいと思って貰えるラーメンを提供したいと思ったら、麺を8分で出すってことだっただけなんです。<br /><br />因みに、韓国のお客さんには4分30秒がベストだという秘密も教えてくれました(笑)<br /><br />ここに本質があるとおもうんです。<br /><br />実際、JAPPYの「マグロ刺身」と呼ばれていた料理は、実際にはメキシコ風のカルパッチョだったのですが、これが実に美味しかった。<br /><br />娘はすっかり気に入り、<br /><br />「もう一度、あれを食べたい」<br /><br />と言い出し、翌日も同じ店へ行くことになりました。<br /><br />ここでも、まったく同じことが起きています。<br /><br />日本料理を、完成された正解としてそのまま保存しているのではない。日本から来た食材や技術を、メキシコやペルーなどラテンアメリカの味覚と組み合わせ、別の文化として再解釈している。<br /><br />日本人が食べて、<br /><br />「こんなものは本物の日本食ではない」<br /><br />と言うのは簡単です。<br /><br />しかし、そもそも「本物」とは何なのでしょう?<br /><br />日本人が日本で食べて美味しいと思う料理を、そのまま外国へ持っていくことなのでしょうか?<br /><br />それとも、異なる土地へ渡った料理が、その土地の味覚や歴史と出会い、別のものへ変化していくことなのでしょうか?<br /><br />ラーメンは、もともと中国から日本へ渡り、日本の中で変化した料理です。それを日本人が「本物」として固定し、今度はメキシコ人へ正解を教えようとする。<br /><br />少々、滑稽な話でもあります。<br /><br />文化とは、守るだけでは生き残れない。<br /><br />混ざり、誤解され、時には失敗しながら、別の誰かによって使い直されることで生き続けます。<br /><br />JAPPYの日本食も、グラフィティも、アーケードゲームも、LOFIも、すべて同じ。完成された過去をありがたがって並べているのではない。過去を解体し、現在の自分たちの感覚で、もう一度つくり直していたのです。<br /><br /><br />■■■完成品ではなく、生成の途中を見る<br /><br />私は今回の旅で、多くの完成されたものを見ました。<br /><br />美術館に収蔵された名作<br />世界的なギャラリーに展示された現代美術<br />評価の確立したレストラン<br />巨大な劇場で演じられる名作ミュージカル<br /><br />どれも素晴らしい体験でした。<br /><br />それでも、最も未来を感じたのは、まだ評価の定まっていない、この雑多な空間でした。<br /><br />なぜなら、そこにあったのは「文化の完成品」ではなく、「文化が生成されている途中」だったからです。<br /><br />グラフィティは、まだ上から別の誰かに描き足されるかもしれない。<br />古いゲーム機は、明日壊れるかもしれない。<br />ライブでは音を外すかもしれない。<br /><br />新しく解釈された日本食は、日本人から偽物だと笑われるかもしれない。<br /><br />しかし、生きている文化とは、本来そのようなものではないでしょうか?<br /><br />綺麗に整えられ、意味が固定され、誰も触れられなくなった瞬間、それは文化ではなく展示物へ変わる。<br /><br />あの場所にあったのは、保存された過去ではありませんでした。<br /><br />過去と現在が衝突し、若者たちがそれを勝手に使い、失敗しながら次の何かへ変えようとしている熱気でした。そして私は、完成された美しい作品を見るよりも、そうした未完成の場所に立っている時の方が、自分が生きていることを強く感じるようになっていました。<br /><br />AIが、どこまでも美しく整った世界をつくる時代。<br /><br />だからこそ私たちは、ノイズのある音を聞き、汚れた壁を眺め、古いボタンを叩き、知らない誰かと同じ空気の中で笑う。誰かに見せるためではなく、自分が今ここにいることを、自分自身へ確かめるために。<br /><br />ここは過去を懐かしむための場所ではありません。<br /><br />むしろ、過去を材料にして、まだ名前のついていない未来をつくっている場所だったのです。<br /><br /><br />PS.さて、今回訪れたアーケードゲームミュージアム。写真を見ながら、当時の思い出やらウンチクやらを書き連ねていたところ、気がつけば画像解説の域をはるかに超え、もはや一本の記事として独立できるほどの大長編になってしまいました(笑)<br /><br />どうやら懐かしいゲームを前にすると、私の記憶だけでなく、筆まで暴走してしまうようです。<br /><br />というわけで、この点、写真の方へ移動する前に、予め警告しておきます(苦笑) <br />

■第六章■完成された芸術から、文化が生まれている現場へ byウォータースポーツカンクン店長吉田

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2026/10/30 - 2026/10/30

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watersportscancun

watersportscancunさん

■■■完成された芸術から文化が生まれている現場へ

今回のメキシコシティ旅行で、私が最も衝撃を受け、最も刺激され、そして最も「これから」を感じた場所。

それは、有名な美術館でも、ミシュランのレストランでもなく、グラフィティに囲まれ、昔のアーケードゲームが並び、メキシカンラップやLOFIが流れる、ポップカルチャーの雑多な空間でした。

もちろん、現代美術館も面白かった。

教会を使ったインスタレーションには、宗教と教育、救済と支配について深く考えさせられたし、世界的なギャラリーもいくつか回りました。

それでも、旅を終えて最も強く思い出すのは、完成された作品が静かに展示された場所ではなく、音と光と落書きと、そしてゲームと人間が入り交じり、何か新しい文化が、今まさに生まれようとしている場所だった。

なぜ、私はこれほどまでに、あの空間へ惹かれたのだろう。今回は、旅を振り返りながら、この部分を掘っていきたいと思います。

というわけで、今回もレッツゴー(^^)


■■■「綺麗」が、信じられなくなった時代

先日、ふと、流れて来た可愛らしいアシカの写真を見て思った事がありました。

昔なら、

「よくこんな決定的な瞬間を撮れたな」

「まさに神の一枚だな」

と素直に感動したはずです。

しかし今回、この奇跡のように美しく綺麗に整った写真を見て思い浮かんだのは

「どうせ生成AIだろう」

と疑いでした。

問題は、この写真が仮に本物だったとしても、その疑いは完全には消えないという点です。

そもそも、アシカ自身は人間に可愛いと思われるために、ポーズや仕草をするわけではありません。膨大な時間の中から、人間の感情に都合よく重なる一瞬だけを選び、意味を与えて切り取ったものです。

そう考えれば、AIが生成した写真だけが作為的なのではない。何故なら、人間が撮った写真もまた、最初から「作られた現実」である事も多いからです。

それでも以前は、その一瞬を待った時間や、そこへ行った人間の行動や、偶然が起こる可能性そのものを信じることができた。

ところが今は、結果だけなら何でもAIが生成してしまう。綺麗な写真も、美しい映像も、完璧な音楽も、それらしい文章も、画面の中でいくらでも生成できる。

その結果、私は、いつしか完成された美しさそのものに、以前ほど価値を感じなくなってきている事に気が付いたのです。

むしろ、綺麗に整っていないもの。

ノイズがあり、少し壊れ、誰かの体温が残り、まだ意味が定まっていないもの。誰かに見せるためにつくられたのではなく、その場所にいる人間が、自分の生を確かめるためにつくっているもの。

そういう場所に、魅力を感じるようになっていました。何故なら、そこにこそ、本物の時間が残っているように感じるからです。


■■■「私」ではなく、「俺たち」のグラフィティ

グラフィティを、ただの落書きと見る人は多いでしょう。実際、他人の壁へ勝手に描けば、法律上は落書きです(笑)しかし、落書きであることと、そこに表現が存在することは別の話です。

例えば、ニューヨークでは、地下鉄や街角から生まれたグラフィティが、バスキアやキース・ヘリングらによってギャラリーの内側へ持ち込まれ、やがて美術市場の中で「アート」として扱われるようになりました。

では、ギャラリーへ入った瞬間に、落書きが芸術へ変わったのか?

違います。

変わったのは作品ではなく、それを見る側の制度です。

これ、メキシコの場合、さらに面白い。

もちろん、現在のグラフィティを壁画運動の直系と断定するのは少々乱暴ですが、メキシコには昔から、壁を個人の所有物としてではなく、社会へ語りかける媒体として使ってきた歴史があります。

ディエゴ・リベラ、オロスコ、シケイロスらの壁画は、美術館の中で少数の富裕層に鑑賞されるためのものではなく、文字を読めない人にも歴史や政治を伝える、街に開かれた巨大なメディアだった。

その記憶が現在のストリート表現にも、どこかでつながっているように感じるのですね。

だから、メキシコのグラフィティを見ていると、

「私を見て」
「俺の作品を見ろ」
「どうだ、凄いだろう」

という、個人へ集約する自己承認欲求的な表現とは少し違うものを感じる。

むしろ、

「俺たちは、こう考えている」
「俺たちが見ている世界は、こうだ」
「お前たちには、この景色が見えているか?」

と、街や社会へ問いを投げ返している。

メキシコでは、家族や仲間、そして自分が属するバリオ(共同体)の結びつきが強い。特にメキシコシティなら、テピートのような地域では、外から見れば危険で雑然とした場所でも、その内部には極めて強い共同体があります。

個人が社会から切り離され、単独で自分を宣伝しているのではない。自分が属する共同体の記憶や怒り、誇りを、壁を使って外側へ示している。そこには「私」という署名以上に、「私たち」という主語があるのです。


■■■映像がリアルになれば、ゲームもリアルになるのか

私の本当の目的は、元々は、このモールで営業しているアーケードギャラリーという、昔のゲームセンターに置かれていた所謂アーケードゲームが動態展示されている店にありました(一人大人平日$200ペソ/土日$250ペソで遊び放題)

私自身が、アーケードゲーム(基板/筐体)やコンシューマー(家庭用テレビ/電子ゲーム)のコレクターである事もあり、どこへ行っても、必ずこうしたレトロなゲームセンターには顔を出す事にしています。

この昔のアーケードゲームですが、当然、最新のゲームに比べれば、映像は粗い。

動きも単純。

音も、PSG音源やFM音源特有の、限られた電子音です。ところが、この音を聞くと不思議に安心する。昔は、これを懐古趣味と結び付けて、なつかしさと音が思い出にリンクしているからと考えていたのですが、最近は、若い世代も含めて世界的に80年代~90年代のアーケードゲームセンターが流行している。

これは何故なのか?

PSG音源にしても、決して自然界に存在する音ではありません。それなのに、今の完璧に加工された音よりも、どこか人間に近く感じる。

ここには制約が存在します。

同時に鳴らせる音の数も少ない。

使える色も、記憶容量も、処理能力も限られている。

だから当時の開発者は、その制約の中で、どうすれば人を驚かせ、どうすれば長く遊ばせられるか、徹底的に頭をひねりました。映像をリアルにできないから、アイデアで勝負するしかなかったわけです。

最近のゲームは、現実に近づくことを一つの進歩としてきました。

肌の質感、光の反射、銃の形、爆発の煙、崩れる建物。確かに、見た目は驚くほど現実に近い。しかし、映像が現実に近づけば、体験も現実になるのでしょうか。

ゲームの中で銃撃戦をしても、自分が死ぬことは絶対にありません。現実の戦場で最も大きな要素は、銃の質感でも煙の描写でもない。壁から頭を出した瞬間、銃弾に撃ち抜かれて死ぬかもしれないという恐怖です。

おそらく、それが戦場における99%のリアルです。

その99%を取り除いたまま、残り1%の景色だけを精密に描いて、「よりリアルになりました」と言われても、それは本当にリアルなのか?

むしろ昔のゲームは、最初から現実を再現することなど諦めていた。だからこそ、ゲームにしか存在しない世界をつくることができたのではないかと思うのです。


■■■価値があるのは、昔のゲームそのものではない

もっとも、昔のゲームなら何でも面白いという話でもありません。私たちの感覚は、すでに強い刺激へ慣れ過ぎています。複雑な映像や膨大な情報量が当たり前になったあとで、昔のゲームを単体で遊んでも、懐かしさは感じても、何時間も夢中になるのは難しい。

つまり、ゲームそのものに価値があるわけではない。

価値があるのは、ゲームを取り囲んでいる空間です。

古い筐体の発する光
ボタンを叩く音
PSGやFM音源が重なって生まれる、不思議な電子音のハーモニー
隣で遊ぶ人間の声
うまくいった時の歓声
失敗した時の悪態(笑)

さらに、この店のあるモールの空間全体はメキシカンラップやLOFIが流れ、壁はグラフィティで埋められている。時にはコンサートやイベントも開かれる。

古いゲームを博物館のケースへ入れて、過去の遺物として保存しているのではありません。昔の機械が、今の音楽、今のファッション、今の若者たちの感性と衝突し、新しい意味を与えられている。

だから、ここにあるのは懐古趣味ではない。過去を素材として使いながら、これからの文化をつくっている現場だったのではいか??


■■■LOFIとは、技術の不足ではない

LOFIという言葉も、単に音質が悪いという意味ではありません。ノイズを消し、音程を補正し、音圧を揃え、どこまでも滑らかに加工できる時代に、あえて歪みや揺れを残す。

それは、技術がないからではありません。

技術によって消されてしまった人間の痕跡を、もう一度取り戻そうとする行為です。

少し伸びたカセットテープ
針の音が混じるレコード
リズムからわずかに遅れるビート
録音された部屋の空気

本来なら修正されるはずのものが残っていることで、その向こうに人間の身体が見えてくる。

そして、それはアーケードゲームにも、グラフィティにも共通している。

線が揃っていない
音が完全ではない
機械が古い
壁が汚れている

しかし、その不完全さの中に、人間が実際にそこに存在したという証拠がある。

AIが完成品を無限に生成できる時代に、LOFIは単なる音楽ジャンルではなくなって来ています。それは、自分が今ここで生きていることを確認するための方法になっている。

他人へ見せるための「映える人生」ではなく、自分自身が触れ、聞き、失敗し、時間を過ごしたという実感であり体験なのです。


■■■そして、再びJAPPY(笑)

今回の旅行ではオンボロレンタカーの日産と、この日本食JAPPYが何度も出てきます(笑) そして、JAPPYは、このモールにあります。

シェフはペルー人、スタッフはメキシコ人、誰一人日本人は働いていない。メニューには、ラーメンに文字。そして、お勧めを聞くと、日本人である私に堂々と、ラーメンを勧めて来る(笑

当たり前ですが、ここで出される料理は、我々日本人が考える「本物の日本食」とは全く違います。

そして、シェフ自慢のお勧めラーメンは、日本人の私には正直、美味しくない(苦笑)麺は緩いし、スープにもコクがない。ですが、このシェフに、何故このラーメンでそんなに自信をもって勧められるのか?!

と素直に聞いたところが、皆美味しいと言ってくるからという回答でした。

面白い話で、昔の私だったら、本当に美味しいラーメンを知らない客を相手にしているんだなと、上からマウントかましていたかもしれない。

ですが、何故、このラーメンを美味しいと感じる人と、美味しくないと感じる人がいるのか?と自分に問いかけた時に、そこに問いが生まれる。自らを否定する問こそが、実は新たな発見を生む。

そこで、ふと、私は思い出した事がありました。

今は、メリダで日本食屋のチェーンを開いているヒロさん。彼が、自家製面で自慢のラーメンをカンクンで出していた頃、中国人の観光客の行列が止まらず大盛況だったのですが、こんな話をしてくれたのです。

吉田さんね、僕は毎回僕が美味しいと思うラーメンを提供していたんですが、ある時、お客さんから、麺が固いからゆで直してくれと突き返されたんです。その方中国人のお客さんでした。

ウチは日本人好みのコシのある麺を提供していたので、2分30秒がベースだったんです。それで、倍の5分で出してみたらまだ硬いという。。。結局、8分でやっとベストだと言われたんですよ。

8分なんて、伸びてますから!

でも、その8分が、その人の特殊な好みじゃなかったことが、今証明されているんですよ(笑)

吉田さんね、僕ら日本人が好む麺の硬さって、それ日本人だけにしか通用しないんです。それをこれがホンモノの日本の味なんだと押し付けた所で、単なるマウントでしかない。

僕は、中国の人にも美味しいと思って貰えるラーメンを提供したいと思ったら、麺を8分で出すってことだっただけなんです。

因みに、韓国のお客さんには4分30秒がベストだという秘密も教えてくれました(笑)

ここに本質があるとおもうんです。

実際、JAPPYの「マグロ刺身」と呼ばれていた料理は、実際にはメキシコ風のカルパッチョだったのですが、これが実に美味しかった。

娘はすっかり気に入り、

「もう一度、あれを食べたい」

と言い出し、翌日も同じ店へ行くことになりました。

ここでも、まったく同じことが起きています。

日本料理を、完成された正解としてそのまま保存しているのではない。日本から来た食材や技術を、メキシコやペルーなどラテンアメリカの味覚と組み合わせ、別の文化として再解釈している。

日本人が食べて、

「こんなものは本物の日本食ではない」

と言うのは簡単です。

しかし、そもそも「本物」とは何なのでしょう?

日本人が日本で食べて美味しいと思う料理を、そのまま外国へ持っていくことなのでしょうか?

それとも、異なる土地へ渡った料理が、その土地の味覚や歴史と出会い、別のものへ変化していくことなのでしょうか?

ラーメンは、もともと中国から日本へ渡り、日本の中で変化した料理です。それを日本人が「本物」として固定し、今度はメキシコ人へ正解を教えようとする。

少々、滑稽な話でもあります。

文化とは、守るだけでは生き残れない。

混ざり、誤解され、時には失敗しながら、別の誰かによって使い直されることで生き続けます。

JAPPYの日本食も、グラフィティも、アーケードゲームも、LOFIも、すべて同じ。完成された過去をありがたがって並べているのではない。過去を解体し、現在の自分たちの感覚で、もう一度つくり直していたのです。


■■■完成品ではなく、生成の途中を見る

私は今回の旅で、多くの完成されたものを見ました。

美術館に収蔵された名作
世界的なギャラリーに展示された現代美術
評価の確立したレストラン
巨大な劇場で演じられる名作ミュージカル

どれも素晴らしい体験でした。

それでも、最も未来を感じたのは、まだ評価の定まっていない、この雑多な空間でした。

なぜなら、そこにあったのは「文化の完成品」ではなく、「文化が生成されている途中」だったからです。

グラフィティは、まだ上から別の誰かに描き足されるかもしれない。
古いゲーム機は、明日壊れるかもしれない。
ライブでは音を外すかもしれない。

新しく解釈された日本食は、日本人から偽物だと笑われるかもしれない。

しかし、生きている文化とは、本来そのようなものではないでしょうか?

綺麗に整えられ、意味が固定され、誰も触れられなくなった瞬間、それは文化ではなく展示物へ変わる。

あの場所にあったのは、保存された過去ではありませんでした。

過去と現在が衝突し、若者たちがそれを勝手に使い、失敗しながら次の何かへ変えようとしている熱気でした。そして私は、完成された美しい作品を見るよりも、そうした未完成の場所に立っている時の方が、自分が生きていることを強く感じるようになっていました。

AIが、どこまでも美しく整った世界をつくる時代。

だからこそ私たちは、ノイズのある音を聞き、汚れた壁を眺め、古いボタンを叩き、知らない誰かと同じ空気の中で笑う。誰かに見せるためではなく、自分が今ここにいることを、自分自身へ確かめるために。

ここは過去を懐かしむための場所ではありません。

むしろ、過去を材料にして、まだ名前のついていない未来をつくっている場所だったのです。


PS.さて、今回訪れたアーケードゲームミュージアム。写真を見ながら、当時の思い出やらウンチクやらを書き連ねていたところ、気がつけば画像解説の域をはるかに超え、もはや一本の記事として独立できるほどの大長編になってしまいました(笑)

どうやら懐かしいゲームを前にすると、私の記憶だけでなく、筆まで暴走してしまうようです。

というわけで、この点、写真の方へ移動する前に、予め警告しておきます(苦笑)

旅行の満足度
5.0
  • その瞬間にしか存在しないアート — Ex Fábrica MX<br /><br />この場所の面白さは、壁一面に描かれたグラフィティが、決して完成された作品ではないということだ。<br /><br />今回撮影した写真も、次に訪れたときには、まったく違う景色になっているかもしれない。<br /><br />例えば、以前ここでメキシコの人気ラッパー、Santa Fe Klanのコンサートが開催された際には、壁に彼をモチーフにしたグラフィティが描かれていた。しかし、それも今では別の作品に塗り替えられている。<br /><br />この場所では、誰かが描いた作品の上に、また別の誰かが新しい作品を描いていく。昨日まで存在していたものが消え、そこに新しい表現が生まれる。作品は保存されることを前提としていない。<br /><br />そして、それが実に面白い。<br /><br />美術館に収蔵された絵画なら、10年後でも20年後でも、基本的には同じ作品を鑑賞することができる。しかし、ここではそうはいかない。<br /><br />今回私が撮影したこの写真の空間も、この記事を読んで興味を持ち、実際に足を運んでみたら、すでにまったく違う姿になっている可能性が高い。<br /><br />つまり、私が見たものと、あなたが見るものは違う。<br /><br />そもそも、アートとは何なのだろう?<br /><br />作品を切り取って、額装して、美術館やギャラリーに持ち込み、値段をつける。そうすることで芸術としての価値が生まれることもある。<br /><br />しかし、この場所にあるものは、そうした美術の制度とは少し違うところに存在している。<br /><br />壁の絵だけが作品なのではない。<br /><br />建物の古びたコンクリート、無数に重ねられたスプレーの痕跡、薄暗い空間、そこに漂う匂いや音。そして、その場所に立ったときに感じる空気。<br /><br />それらすべてが一体となって、ひとつの体験をつくっている。<br /><br />だから、壁の一部を切り取って持ち帰ったところで、そこで見たものを手に入れたことにはならない。<br /><br />写真に残すことはできる。私もこうして撮影している。しかし、写真に写っているのは、その瞬間の空間のほんの一部分にすぎない。<br /><br />その場に身を置き、その空間に干渉し、そこから何かを感じ取る。その体験そのものが、この場所のアートなのだと思う。<br /><br />そして、その体験は持ち帰ることができない。<br /><br />持ち帰れるとすれば、自分の記憶の中だけだ。<br /><br />作品が消えてしまうことは、普通なら残念なことなのかもしれない。しかし、ここでは消えていくこと自体が、次の表現を生み出すための条件になっている。<br /><br />保存されることも、永遠に残ることも求められていない。そこにあるのは、そのとき、その場所でしか出会うことのできない表現だ。<br /><br />だからこそ、この場所には何度でも足を運ぶ意味がある。<br /><br />次に訪れたとき、そこに私の知っている景色はもうない。<br /><br />それでいい。<br /><br />むしろ、それがいいのだと思う。

    その瞬間にしか存在しないアート — Ex Fábrica MX

    この場所の面白さは、壁一面に描かれたグラフィティが、決して完成された作品ではないということだ。

    今回撮影した写真も、次に訪れたときには、まったく違う景色になっているかもしれない。

    例えば、以前ここでメキシコの人気ラッパー、Santa Fe Klanのコンサートが開催された際には、壁に彼をモチーフにしたグラフィティが描かれていた。しかし、それも今では別の作品に塗り替えられている。

    この場所では、誰かが描いた作品の上に、また別の誰かが新しい作品を描いていく。昨日まで存在していたものが消え、そこに新しい表現が生まれる。作品は保存されることを前提としていない。

    そして、それが実に面白い。

    美術館に収蔵された絵画なら、10年後でも20年後でも、基本的には同じ作品を鑑賞することができる。しかし、ここではそうはいかない。

    今回私が撮影したこの写真の空間も、この記事を読んで興味を持ち、実際に足を運んでみたら、すでにまったく違う姿になっている可能性が高い。

    つまり、私が見たものと、あなたが見るものは違う。

    そもそも、アートとは何なのだろう?

    作品を切り取って、額装して、美術館やギャラリーに持ち込み、値段をつける。そうすることで芸術としての価値が生まれることもある。

    しかし、この場所にあるものは、そうした美術の制度とは少し違うところに存在している。

    壁の絵だけが作品なのではない。

    建物の古びたコンクリート、無数に重ねられたスプレーの痕跡、薄暗い空間、そこに漂う匂いや音。そして、その場所に立ったときに感じる空気。

    それらすべてが一体となって、ひとつの体験をつくっている。

    だから、壁の一部を切り取って持ち帰ったところで、そこで見たものを手に入れたことにはならない。

    写真に残すことはできる。私もこうして撮影している。しかし、写真に写っているのは、その瞬間の空間のほんの一部分にすぎない。

    その場に身を置き、その空間に干渉し、そこから何かを感じ取る。その体験そのものが、この場所のアートなのだと思う。

    そして、その体験は持ち帰ることができない。

    持ち帰れるとすれば、自分の記憶の中だけだ。

    作品が消えてしまうことは、普通なら残念なことなのかもしれない。しかし、ここでは消えていくこと自体が、次の表現を生み出すための条件になっている。

    保存されることも、永遠に残ることも求められていない。そこにあるのは、そのとき、その場所でしか出会うことのできない表現だ。

    だからこそ、この場所には何度でも足を運ぶ意味がある。

    次に訪れたとき、そこに私の知っている景色はもうない。

    それでいい。

    むしろ、それがいいのだと思う。

  • 人はなぜ翼を生やしたがるのか?<br /><br />これ、世界中の観光地で見かけるお馴染みの撮影スポット(笑)<br /><br />ユカタン半島だけでも、バジャドリド、ピンクレイク、セノーテ・サポテなど、あちこちに存在する。壁画だったり彫刻だったり、形こそ違うが、やることはみんな同じ。<br /><br />翼の真ん中に立って写真を撮る。<br /><br />調べてみると、このスタイルが世界に広まるきっかけのひとつが、2012年にロサンゼルスで始まったコレット・ミラーの「Global Angel Wings Project」らしい。<br /><br />彼女が考えたのは、単に翼を描くことではなく、そこに立った人間が作品の一部になるということだった。<br /><br />なるほど、発想としては面白い。<br /><br />しかし、それにしても人間はなぜ、こうも翼を生やしたがるのだろう。<br /><br />空を飛びたいという願望なのか、天使になりたいのか。それとも、日常の自分とは違う何者かになってみたいのか。<br /><br />考えてみれば、翼というのは不思議なもので、それを手に入れた瞬間、人間は地上の制約から解放されたような気分になる。<br /><br />古代ギリシャのイカロスも、きっとそんな気分だったのだろう。<br /><br />もっとも、彼は調子に乗って太陽に近づきすぎ、墜落してしまったわけだが(笑)<br /><br />そして現代人は、太陽に近づく代わりにスマートフォンのカメラに近づく。<br /><br />イカロスは自由を求めて空を飛び、現代人は「いいね」を求めて翼を生やす。<br /><br />まあ、どちらも人間らしいといえば人間らしい。<br /><br />それにしても、誰が描いた翼であろうと、みんな嬉しそうにその真ん中に立つ。<br /><br />結局、人間は何千年たっても、空を飛びたいという夢を捨てきれないのかもしれない。<br /><br />ただし現代の翼は、空を飛ぶためではなく、写真に収まるためについている。<br /><br />イカロスか、お前は!(苦笑)

    人はなぜ翼を生やしたがるのか?

    これ、世界中の観光地で見かけるお馴染みの撮影スポット(笑)

    ユカタン半島だけでも、バジャドリド、ピンクレイク、セノーテ・サポテなど、あちこちに存在する。壁画だったり彫刻だったり、形こそ違うが、やることはみんな同じ。

    翼の真ん中に立って写真を撮る。

    調べてみると、このスタイルが世界に広まるきっかけのひとつが、2012年にロサンゼルスで始まったコレット・ミラーの「Global Angel Wings Project」らしい。

    彼女が考えたのは、単に翼を描くことではなく、そこに立った人間が作品の一部になるということだった。

    なるほど、発想としては面白い。

    しかし、それにしても人間はなぜ、こうも翼を生やしたがるのだろう。

    空を飛びたいという願望なのか、天使になりたいのか。それとも、日常の自分とは違う何者かになってみたいのか。

    考えてみれば、翼というのは不思議なもので、それを手に入れた瞬間、人間は地上の制約から解放されたような気分になる。

    古代ギリシャのイカロスも、きっとそんな気分だったのだろう。

    もっとも、彼は調子に乗って太陽に近づきすぎ、墜落してしまったわけだが(笑)

    そして現代人は、太陽に近づく代わりにスマートフォンのカメラに近づく。

    イカロスは自由を求めて空を飛び、現代人は「いいね」を求めて翼を生やす。

    まあ、どちらも人間らしいといえば人間らしい。

    それにしても、誰が描いた翼であろうと、みんな嬉しそうにその真ん中に立つ。

    結局、人間は何千年たっても、空を飛びたいという夢を捨てきれないのかもしれない。

    ただし現代の翼は、空を飛ぶためではなく、写真に収まるためについている。

    イカロスか、お前は!(苦笑)

  • 廃工場の片隅に置かれた、グラフィティまみれの古いフォルクスワーゲン・タイプ2。<br /><br />もはや車なのか、キャンバスなのか、それとも巨大な落書き帳なのか、よくわからない(笑)。<br /><br />自動車の世界には、ドレスアップとは反対に、あえてオンボロに見せる「ラットスタイル」というカスタム文化がある。錆びさせたり、塗装を剥がしたり、わざわざ古びた姿に仕上げるのだ。<br /><br />しかし、この車は少し違う。<br /><br />誰かが描いたものの上に、また別の誰かが描き足す。おそらく最初に描いた人間も、今の姿など想像していなかっただろう。<br /><br />普通なら、傷や落書きは車の価値を下げるものだ。ところが、ここでは落書きが増えるほど、むしろ存在感が増していく。<br /><br />ラットスタイルが「計算されたボロさ」だとすれば、こちらは「誰にも計算されていないボロさ」だ。<br /><br />そして何より面白いのは、この車をピカピカに修復した瞬間、その魅力の大半が失われてしまうことだろう。<br /><br />誰かが完成させた作品ではなく、誰も完成させるつもりのない作品。<br /><br />価値を下げるはずの行為が、価値を生み出している。<br /><br />もっとも、だからといって自分の車に落書きされて喜ぶ人間は、そうそういないだろうけれど(笑)

    廃工場の片隅に置かれた、グラフィティまみれの古いフォルクスワーゲン・タイプ2。

    もはや車なのか、キャンバスなのか、それとも巨大な落書き帳なのか、よくわからない(笑)。

    自動車の世界には、ドレスアップとは反対に、あえてオンボロに見せる「ラットスタイル」というカスタム文化がある。錆びさせたり、塗装を剥がしたり、わざわざ古びた姿に仕上げるのだ。

    しかし、この車は少し違う。

    誰かが描いたものの上に、また別の誰かが描き足す。おそらく最初に描いた人間も、今の姿など想像していなかっただろう。

    普通なら、傷や落書きは車の価値を下げるものだ。ところが、ここでは落書きが増えるほど、むしろ存在感が増していく。

    ラットスタイルが「計算されたボロさ」だとすれば、こちらは「誰にも計算されていないボロさ」だ。

    そして何より面白いのは、この車をピカピカに修復した瞬間、その魅力の大半が失われてしまうことだろう。

    誰かが完成させた作品ではなく、誰も完成させるつもりのない作品。

    価値を下げるはずの行為が、価値を生み出している。

    もっとも、だからといって自分の車に落書きされて喜ぶ人間は、そうそういないだろうけれど(笑)

  • 知る人ぞ知るスーパーレアタイトル、<br /><br />『XYBOTS』<br /><br />これ、ゲームそのものも珍しいんですが、もっと珍しいのが入力デバイスで、普通のジョイスティックではありません。<br /><br />レバーを前後左右に倒すだけでなく、左右に“捻る”ことができる。この捻り操作で、画面内の視点を左右に回転させるんです。<br /><br />今で言えば、3Dマップの中を歩きながらカメラ方向を変えるような操作。<br /><br />要するに、3D空間を操作しやすくするために、専用ジョイスティックそのものを作ってしまった(笑)<br /><br />いかにもこの時代らしい発想です。<br /><br />ただし、問題はここからで、この特殊ジョイスティック、今ではほぼ絶滅危惧種です。交換パーツなんて、まず簡単には出てこない。<br /><br />壊れたら、新しいレバーに交換しましょうでは済みません。壊れたら、その筐体自体が終了する可能性がある(笑)<br /><br />しかも『XYBOTS』自体が、もともとそれほど数の出たタイトルではありません。<br /><br />日本ではほとんど見かけなかったゲームです。<br /><br />つまり、<br /><br />ゲームがレア。<br />筐体もレア。<br />入力装置はさらにレア。<br /><br />しかも交換部品がない。<br /><br />という、保存する側からすると嫌な条件が全部そろっている(笑)<br /><br />普通なら、「動態保存していますが、壊れるので触らないでください」となっても何の不思議もない。<br /><br />ところが、ここでは普通に遊べる。<br /><br />捻れる。<br />回れる。<br />撃てる。<br /><br />ちゃんと『XYBOTS』として遊べる(笑)<br /><br />これ、マニアからするとかなり異常です。<br /><br />なにしろ、<br /><br />一回のプレイが、そのまま部品寿命を少しずつ削っている可能性がある。<br /><br />そんなゲームを、<br /><br />「どうぞ遊んでください」<br /><br />と開放しているわけです。<br /><br />いやもう、一体どういう覚悟で運営しているんでしょうか(笑)<br /><br />でも、だからこそ価値がある。<br /><br />映像だけなら動画で見られる。<br /><br />エミュレーターならソフトとして再現できる。<br /><br />でも、<br /><br />このジョイスティックを捻って視点を回す感覚だけは、実機でしか分からない。<br /><br />『XYBOTS』は、ゲーム内容だけではなく、操作そのものが作品の一部だった時代のゲームなんです。<br /><br />そんな壊れたら終わりのスーパーレア筐体を、2026年に普通に遊べてしまう。<br /><br />……どう思います?(笑)

    知る人ぞ知るスーパーレアタイトル、

    『XYBOTS』

    これ、ゲームそのものも珍しいんですが、もっと珍しいのが入力デバイスで、普通のジョイスティックではありません。

    レバーを前後左右に倒すだけでなく、左右に“捻る”ことができる。この捻り操作で、画面内の視点を左右に回転させるんです。

    今で言えば、3Dマップの中を歩きながらカメラ方向を変えるような操作。

    要するに、3D空間を操作しやすくするために、専用ジョイスティックそのものを作ってしまった(笑)

    いかにもこの時代らしい発想です。

    ただし、問題はここからで、この特殊ジョイスティック、今ではほぼ絶滅危惧種です。交換パーツなんて、まず簡単には出てこない。

    壊れたら、新しいレバーに交換しましょうでは済みません。壊れたら、その筐体自体が終了する可能性がある(笑)

    しかも『XYBOTS』自体が、もともとそれほど数の出たタイトルではありません。

    日本ではほとんど見かけなかったゲームです。

    つまり、

    ゲームがレア。
    筐体もレア。
    入力装置はさらにレア。

    しかも交換部品がない。

    という、保存する側からすると嫌な条件が全部そろっている(笑)

    普通なら、「動態保存していますが、壊れるので触らないでください」となっても何の不思議もない。

    ところが、ここでは普通に遊べる。

    捻れる。
    回れる。
    撃てる。

    ちゃんと『XYBOTS』として遊べる(笑)

    これ、マニアからするとかなり異常です。

    なにしろ、

    一回のプレイが、そのまま部品寿命を少しずつ削っている可能性がある。

    そんなゲームを、

    「どうぞ遊んでください」

    と開放しているわけです。

    いやもう、一体どういう覚悟で運営しているんでしょうか(笑)

    でも、だからこそ価値がある。

    映像だけなら動画で見られる。

    エミュレーターならソフトとして再現できる。

    でも、

    このジョイスティックを捻って視点を回す感覚だけは、実機でしか分からない。

    『XYBOTS』は、ゲーム内容だけではなく、操作そのものが作品の一部だった時代のゲームなんです。

    そんな壊れたら終わりのスーパーレア筐体を、2026年に普通に遊べてしまう。

    ……どう思います?(笑)

  • そして、これ。<br /><br />任天堂のVS.筐体!!<br /><br />1980年代に青春を迎えた世代には、もう懐かしいという言葉だけでは片付けられない筐体です。<br /><br />この独特の形。<br /><br />向こう側にも画面があって、二人が向かい合って座る。<br /><br />ゲームセンターでこれを見た瞬間、<br /><br />「ああ、これこれ!」<br /><br />となる人も多いでしょう。<br /><br />ところがこのVS.筐体、今となっては単なる懐かしのゲーム機ではありません。<br /><br />アーケードゲームコレクターの世界では、知る人ぞ知るスーパーレア筐体です。<br /><br />過去にオークションへ出てきたオリジナル筐体では、状態によって300万円を超える金額で取引された例もあります。<br /><br />つまり今となっては、<br /><br />ゲームセンターの備品というより、立派なコレクターズアイテム(笑)<br /><br />そんな筐体に、<br /><br />「展示品なので触らないでください」<br /><br />ではなく、<br /><br />普通に座って遊べる(笑)<br /><br />これが、この場所の恐ろしいところです。<br /><br />マニアからすると、<br /><br />「いや、それ本当にプレイさせちゃっていいんですか?」<br /><br />という話(笑)<br /><br />しかも、ここに入っていたタイトルがまたいい。<br /><br />『VS.テニス』<br /><br />VS.システム初期を代表する一本です。<br /><br />筐体のこちら側と向こう側に座り、実際に対戦する。しかもダブルス対応なので、最大4人。今ならオンラインで世界中の人間と対戦できますが、当時は、<br /><br />「だったら筐体の反対側にもう一人座らせればいいじゃん」<br /><br />です(笑)<br /><br />実に分かりやすい。<br /><br />そして、この時代のゲームには独特のコツがあります。最初は私の圧勝。そりゃそうです。こっちはリアルタイム世代。<br /><br />ボールを打つタイミングも、角度も、だいたい身体が覚えている。<br /><br />娘に、<br /><br />「まだまだ甘いな(笑)」<br /><br />なんて余裕をかましていたわけです。<br /><br />ところが。<br /><br />何度かプレイしているうちに、娘がこのゲーム特有のタイミングを覚え始める。<br /><br />「あれ?」<br /><br />さらに数ゲーム。<br /><br />「あれあれ?」<br /><br />気がつけば、こちらも普通に本気です(笑)<br /><br />300万円級の希少筐体に親子で向かい合い、40年前のテニスゲームでムキになっている。冷静に考えると、なかなか贅沢な時間です(笑)<br /><br />結局、この日一番長く遊んだのは、<br /><br />DDR、ギターフリーク、そしてVS.テニス<br /><br />最新のグラフィックでもなければ、複雑なゲームでもない。でも、向こう側に人が座っていて、ボールを打ち返すたびに、<br /><br />「あっ!」<br /><br />「よし!」<br /><br />「ちょっと待て!」<br /><br />となる(笑)<br /><br />40年前だろうが何だろうが、対戦ゲームは、相手が本気になった瞬間から面白い。<br /><br />そして娘にコツを覚えられた瞬間から、こちらにとってはもう、懐かしいゲームではなくなってました(笑)

    そして、これ。

    任天堂のVS.筐体!!

    1980年代に青春を迎えた世代には、もう懐かしいという言葉だけでは片付けられない筐体です。

    この独特の形。

    向こう側にも画面があって、二人が向かい合って座る。

    ゲームセンターでこれを見た瞬間、

    「ああ、これこれ!」

    となる人も多いでしょう。

    ところがこのVS.筐体、今となっては単なる懐かしのゲーム機ではありません。

    アーケードゲームコレクターの世界では、知る人ぞ知るスーパーレア筐体です。

    過去にオークションへ出てきたオリジナル筐体では、状態によって300万円を超える金額で取引された例もあります。

    つまり今となっては、

    ゲームセンターの備品というより、立派なコレクターズアイテム(笑)

    そんな筐体に、

    「展示品なので触らないでください」

    ではなく、

    普通に座って遊べる(笑)

    これが、この場所の恐ろしいところです。

    マニアからすると、

    「いや、それ本当にプレイさせちゃっていいんですか?」

    という話(笑)

    しかも、ここに入っていたタイトルがまたいい。

    『VS.テニス』

    VS.システム初期を代表する一本です。

    筐体のこちら側と向こう側に座り、実際に対戦する。しかもダブルス対応なので、最大4人。今ならオンラインで世界中の人間と対戦できますが、当時は、

    「だったら筐体の反対側にもう一人座らせればいいじゃん」

    です(笑)

    実に分かりやすい。

    そして、この時代のゲームには独特のコツがあります。最初は私の圧勝。そりゃそうです。こっちはリアルタイム世代。

    ボールを打つタイミングも、角度も、だいたい身体が覚えている。

    娘に、

    「まだまだ甘いな(笑)」

    なんて余裕をかましていたわけです。

    ところが。

    何度かプレイしているうちに、娘がこのゲーム特有のタイミングを覚え始める。

    「あれ?」

    さらに数ゲーム。

    「あれあれ?」

    気がつけば、こちらも普通に本気です(笑)

    300万円級の希少筐体に親子で向かい合い、40年前のテニスゲームでムキになっている。冷静に考えると、なかなか贅沢な時間です(笑)

    結局、この日一番長く遊んだのは、

    DDR、ギターフリーク、そしてVS.テニス

    最新のグラフィックでもなければ、複雑なゲームでもない。でも、向こう側に人が座っていて、ボールを打ち返すたびに、

    「あっ!」

    「よし!」

    「ちょっと待て!」

    となる(笑)

    40年前だろうが何だろうが、対戦ゲームは、相手が本気になった瞬間から面白い。

    そして娘にコツを覚えられた瞬間から、こちらにとってはもう、懐かしいゲームではなくなってました(笑)

  • レアなタイトルばかり紹介していますが、もちろん定番どころもしっかり押さえています。<br /><br />これは、<br /><br />『ミサイルコマンド』<br /><br />トラックボールを転がしながら、降り注ぐミサイルから都市を守るゲームです。<br /><br />冷戦真っただ中の1980年に登場しただけあって、題材がもう時代そのもの。核ミサイルが空から飛んでくるので、迎撃して都市を守る。<br /><br />今考えると、子供向けのゲームセンターに置く題材としては、かなり物騒です(笑)<br /><br />でも当時は、これが普通にカッコよかった。<br /><br />しかもトラックボールという入力装置がまた独特で、素早く照準を動かして迎撃する感覚が、レバー操作とは全然違う。<br /><br />『ゲームセンターあらし』にも何度となく登場したので、あの巨大なトラックボールに妙な憧れを持っていた人も多いんじゃないでしょうか。<br /><br />そして当時、このゲームには一つの分かりやすい壁がありました。<br /><br />100万点。<br /><br />私の周りでも、100万点を超えるような人間は、<br /><br />「こいつ、何者なんだ?」<br /><br />という扱いでした(笑)<br /><br />普通に遊んでいる我々から見たら、完全に異次元です。<br /><br />ところが、世界はさらに狂っています(笑)今回改めて調べてみたら、私の記憶では8000万点だったんですが、1億点を超える記録まで出ていました。<br /><br />Victor Sandbergが記録したスコアは、<br /><br />103,809,990点。<br /><br />プレイ時間は約71時間41分。<br /><br />……。<br /><br />3日近く、核ミサイルを迎撃し続けています(笑)<br /><br />しかもポーズなんてありません。<br /><br />食事に行く。<br /><br />トイレに行く。<br /><br />その間もゲームは進む。<br /><br />だから事前に都市を大量に貯めておいて、席を外している間に壊されるのを承知で戻ってくる。<br /><br />つまり、<br /><br />飯を食うために街を貯金しておく(笑)<br /><br />もう、ここまで来ると反射神経のゲームではありません。<br /><br />集中力。<br />体力。<br />眠気との戦い。<br />都市の管理。<br />休憩のタイミング。<br /><br />完全に耐久競技です。<br /><br />当時、100万点プレイヤーを見て、<br /><br />「化け物だ……」<br /><br />と思っていた私たちからすると、<br /><br />1億点なんて、もう同じゲームをしているように思えません(笑)<br /><br />100万点で異次元なのに、そのさらに100倍です。もはやハイスコアというより、『ミサイルコマンド』を生活にしてしまった人の記録になってました(苦笑)<br /><br />でも、こういう狂った記録が生まれるのも、この時代のアーケードゲームの面白さなんですよね。

    レアなタイトルばかり紹介していますが、もちろん定番どころもしっかり押さえています。

    これは、

    『ミサイルコマンド』

    トラックボールを転がしながら、降り注ぐミサイルから都市を守るゲームです。

    冷戦真っただ中の1980年に登場しただけあって、題材がもう時代そのもの。核ミサイルが空から飛んでくるので、迎撃して都市を守る。

    今考えると、子供向けのゲームセンターに置く題材としては、かなり物騒です(笑)

    でも当時は、これが普通にカッコよかった。

    しかもトラックボールという入力装置がまた独特で、素早く照準を動かして迎撃する感覚が、レバー操作とは全然違う。

    『ゲームセンターあらし』にも何度となく登場したので、あの巨大なトラックボールに妙な憧れを持っていた人も多いんじゃないでしょうか。

    そして当時、このゲームには一つの分かりやすい壁がありました。

    100万点。

    私の周りでも、100万点を超えるような人間は、

    「こいつ、何者なんだ?」

    という扱いでした(笑)

    普通に遊んでいる我々から見たら、完全に異次元です。

    ところが、世界はさらに狂っています(笑)今回改めて調べてみたら、私の記憶では8000万点だったんですが、1億点を超える記録まで出ていました。

    Victor Sandbergが記録したスコアは、

    103,809,990点。

    プレイ時間は約71時間41分。

    ……。

    3日近く、核ミサイルを迎撃し続けています(笑)

    しかもポーズなんてありません。

    食事に行く。

    トイレに行く。

    その間もゲームは進む。

    だから事前に都市を大量に貯めておいて、席を外している間に壊されるのを承知で戻ってくる。

    つまり、

    飯を食うために街を貯金しておく(笑)

    もう、ここまで来ると反射神経のゲームではありません。

    集中力。
    体力。
    眠気との戦い。
    都市の管理。
    休憩のタイミング。

    完全に耐久競技です。

    当時、100万点プレイヤーを見て、

    「化け物だ……」

    と思っていた私たちからすると、

    1億点なんて、もう同じゲームをしているように思えません(笑)

    100万点で異次元なのに、そのさらに100倍です。もはやハイスコアというより、『ミサイルコマンド』を生活にしてしまった人の記録になってました(苦笑)

    でも、こういう狂った記録が生まれるのも、この時代のアーケードゲームの面白さなんですよね。

  • そして、可動筐体というものに、本当の意味で革新と驚きを持ち込んだ作品の一つが、<br /><br />SEGA『アフターバーナー』<br /><br />しかもここでは、ちゃんと全方向に可動する筐体で遊べます。<br /><br />これ、かなり貴重です。<br /><br />何が凄いって、ゲームそのものが残っているだけではありません。1980年代の可動筐体が、今でもきちんと動く。<br /><br />これ自体が、もうほとんど奇跡です。<br /><br />モーターもある。<br />機械部品もある。<br />センサーもある。<br /><br />人間が乗って、何十年もガンガン揺らされてきた(笑)普通に考えたら、どこかで壊れていて当たり前です。<br /><br />それが今でも、<br /><br />乗れる。動く。遊べる。<br /><br />しかも遠慮なく何度でも遊べてしまう。<br /><br />いやもう、<br /><br />一体どうやったらこんな大盤振る舞いができるんでしょうか(笑)<br /><br />『アフターバーナー』が登場した時代といえば、ちょうど映画『トップガン』が世界的に大ヒットした頃。<br /><br />戦闘機<br />ミサイル<br />高速旋回<br />青空<br /><br />そして、やたらカッコいい男たち(笑)<br /><br />あの世界観を、<br /><br />「じゃあゲームセンターで体験させてやろう」<br /><br />と本気でやってしまったのが『アフターバーナー』です。今のVRみたいにゴーグルを被るわけではない。<br /><br />でも、筐体そのものがグイッと傾く。旋回すると身体も持っていかれる。ミサイルを避ければ、自分まで振られる。<br /><br />画面だけ見ているのに、身体の方が勝手に空を飛んでいるような錯覚を起こす。<br /><br />この妙な浮遊感が、今遊んでもちゃんと面白いんです。<br /><br />むしろ今だからこそ、<br /><br />「こんな方法で没入感を作っていたのか」<br /><br />と感心します。<br /><br />私の娘もこれがかなり気に入ったらしく、何度もプレイしていました。<br /><br />まあ、ここまではいいんです。<br /><br />問題は、<br /><br />私より全然うまい(笑)<br /><br />こちらはリアルタイム世代です。<br /><br />『トップガン』も知っている。<br /><br />『アフターバーナー』も知っている。<br /><br />当時のゲームセンターの空気まで知っている。<br /><br />なのに、<br /><br />初めてに近い娘の方がスイスイ進む。<br /><br />……。<br /><br />これは一体どういうことなんでしょうか(汗)<br /><br />世代の経験値とは、必ずしもゲームの腕には反映されないようです(笑)

    そして、可動筐体というものに、本当の意味で革新と驚きを持ち込んだ作品の一つが、

    SEGA『アフターバーナー』

    しかもここでは、ちゃんと全方向に可動する筐体で遊べます。

    これ、かなり貴重です。

    何が凄いって、ゲームそのものが残っているだけではありません。1980年代の可動筐体が、今でもきちんと動く。

    これ自体が、もうほとんど奇跡です。

    モーターもある。
    機械部品もある。
    センサーもある。

    人間が乗って、何十年もガンガン揺らされてきた(笑)普通に考えたら、どこかで壊れていて当たり前です。

    それが今でも、

    乗れる。動く。遊べる。

    しかも遠慮なく何度でも遊べてしまう。

    いやもう、

    一体どうやったらこんな大盤振る舞いができるんでしょうか(笑)

    『アフターバーナー』が登場した時代といえば、ちょうど映画『トップガン』が世界的に大ヒットした頃。

    戦闘機
    ミサイル
    高速旋回
    青空

    そして、やたらカッコいい男たち(笑)

    あの世界観を、

    「じゃあゲームセンターで体験させてやろう」

    と本気でやってしまったのが『アフターバーナー』です。今のVRみたいにゴーグルを被るわけではない。

    でも、筐体そのものがグイッと傾く。旋回すると身体も持っていかれる。ミサイルを避ければ、自分まで振られる。

    画面だけ見ているのに、身体の方が勝手に空を飛んでいるような錯覚を起こす。

    この妙な浮遊感が、今遊んでもちゃんと面白いんです。

    むしろ今だからこそ、

    「こんな方法で没入感を作っていたのか」

    と感心します。

    私の娘もこれがかなり気に入ったらしく、何度もプレイしていました。

    まあ、ここまではいいんです。

    問題は、

    私より全然うまい(笑)

    こちらはリアルタイム世代です。

    『トップガン』も知っている。

    『アフターバーナー』も知っている。

    当時のゲームセンターの空気まで知っている。

    なのに、

    初めてに近い娘の方がスイスイ進む。

    ……。

    これは一体どういうことなんでしょうか(汗)

    世代の経験値とは、必ずしもゲームの腕には反映されないようです(笑)

  • そして、同じ時期に登場したのが、<br /><br />SEGAの『ハングオン』<br /><br />オートバイレースのゲームです。<br /><br />本来なら、あのバイク型の可動筐体――といっても、機械が勝手に動くのではなく、自分で体重をかけて車体を倒す(笑)タイプが置いてあれば最高なんですが、さすがにそこまで求めるのは酷というもの。<br /><br />それでも、ハングオンをちゃんと置いている。<br /><br />これだけで、この施設のオーナーが「何となく有名なゲームを集めました」という人ではないのが分かります。<br /><br />ちゃんと時代の流れを知って選んでいる(笑)<br /><br />というのも、この頃のレースゲームには、ちょっと面白い因縁があります。<br /><br />1980年代初頭、ナムコが出した<br /><br />『ポールポジション』<br /><br />が大ヒットします。<br /><br />道路が奥へ伸びていく、当時としては驚異的だった疑似3D表現。F1ではなくF2を題材にしながら、ハンドルを握って本当にコースを走っているような感覚を作り出した。<br /><br />これが大当たり。<br /><br />以後、3D系のレースゲームではナムコが強烈な存在感を持つようになります。<br /><br />でも、セガからすると、ちょっと面白くない(笑)<br /><br />というのも、そもそもアーケードのレースゲームという分野では、セガはかなり早い時期から作品を出していた。<br /><br />上から見下ろす2Dタイプのレースゲームなど、「車を操作して競争する遊び」そのものは、むしろセガが得意としていた分野だったわけです。<br /><br />ところが、3Dになった途端、ナムコに持っていかれた(笑)<br /><br />「いや、それ本来うちの仕事じゃないの?」<br /><br />くらいの気持ちは、少なからずあったんじゃないかと思います(笑)<br /><br />そこでセガが出してきた答えが、<br /><br />車じゃなくて、バイク。<br /><br />『ハングオン』です。<br /><br />もう発想がセガらしい。<br /><br />ナムコが疑似3Dのカーレースで成功したなら、<br /><br />「じゃあ俺たちは、人間ごと傾ければいいじゃん」<br /><br />と(笑)<br /><br />画面の中だけを3Dにするのではなく、プレイヤー自身をゲームの一部にしてしまう。<br /><br />ハンドルを切るだけではない。<br /><br />体を倒す。<br /><br />筐体を傾ける。<br /><br />自分の身体そのものを入力装置にする。<br /><br />これが『ハングオン』の面白さです。<br /><br />だから、このゲームは単に、昔のバイクゲームがありますという話ではありません。レースゲームが、画面の中から身体へ出てきた瞬間の一つなんです。<br /><br />ナムコが『ポールポジション』で「道路の奥行き」を作った。<br /><br />それに対してセガは『ハングオン』で、<br /><br />「だったら体ごと走らせよう」<br /><br />とやった(笑)<br /><br />この辺りから、セガの大型体感ゲーム路線がどんどん加速していきます。<br /><br />だからこそ、この施設に『ハングオン』が置いてあるのを見ると、<br /><br />「ああ、このオーナー、分かってるな」<br /><br />と思ってしまうんですね(笑)

    そして、同じ時期に登場したのが、

    SEGAの『ハングオン』

    オートバイレースのゲームです。

    本来なら、あのバイク型の可動筐体――といっても、機械が勝手に動くのではなく、自分で体重をかけて車体を倒す(笑)タイプが置いてあれば最高なんですが、さすがにそこまで求めるのは酷というもの。

    それでも、ハングオンをちゃんと置いている。

    これだけで、この施設のオーナーが「何となく有名なゲームを集めました」という人ではないのが分かります。

    ちゃんと時代の流れを知って選んでいる(笑)

    というのも、この頃のレースゲームには、ちょっと面白い因縁があります。

    1980年代初頭、ナムコが出した

    『ポールポジション』

    が大ヒットします。

    道路が奥へ伸びていく、当時としては驚異的だった疑似3D表現。F1ではなくF2を題材にしながら、ハンドルを握って本当にコースを走っているような感覚を作り出した。

    これが大当たり。

    以後、3D系のレースゲームではナムコが強烈な存在感を持つようになります。

    でも、セガからすると、ちょっと面白くない(笑)

    というのも、そもそもアーケードのレースゲームという分野では、セガはかなり早い時期から作品を出していた。

    上から見下ろす2Dタイプのレースゲームなど、「車を操作して競争する遊び」そのものは、むしろセガが得意としていた分野だったわけです。

    ところが、3Dになった途端、ナムコに持っていかれた(笑)

    「いや、それ本来うちの仕事じゃないの?」

    くらいの気持ちは、少なからずあったんじゃないかと思います(笑)

    そこでセガが出してきた答えが、

    車じゃなくて、バイク。

    『ハングオン』です。

    もう発想がセガらしい。

    ナムコが疑似3Dのカーレースで成功したなら、

    「じゃあ俺たちは、人間ごと傾ければいいじゃん」

    と(笑)

    画面の中だけを3Dにするのではなく、プレイヤー自身をゲームの一部にしてしまう。

    ハンドルを切るだけではない。

    体を倒す。

    筐体を傾ける。

    自分の身体そのものを入力装置にする。

    これが『ハングオン』の面白さです。

    だから、このゲームは単に、昔のバイクゲームがありますという話ではありません。レースゲームが、画面の中から身体へ出てきた瞬間の一つなんです。

    ナムコが『ポールポジション』で「道路の奥行き」を作った。

    それに対してセガは『ハングオン』で、

    「だったら体ごと走らせよう」

    とやった(笑)

    この辺りから、セガの大型体感ゲーム路線がどんどん加速していきます。

    だからこそ、この施設に『ハングオン』が置いてあるのを見ると、

    「ああ、このオーナー、分かってるな」

    と思ってしまうんですね(笑)

  • その後、アーケードゲームの世界は、どんどんインフレしていきます。<br /><br />最初は画面とレバーとボタンだけだったものが、<br /><br />「もっとデカくしよう」<br /><br />「動かそう」<br /><br />「いや、もう回しちゃえ」<br /><br />となっていく(笑)<br /><br />大型可動筐体の中には、プレイヤーを乗せたまま360度グルグル回転する、とんでもなくアクロバティックなものまで登場しました。<br /><br />当時でも一台2500万円だの3000万円だのと言われた世界。もうゲーム機というより、遊園地のアトラクションです(笑)。<br /><br />画面の方も負けていません。<br /><br />モニターを3台横につないで、一つの巨大なワイド画面にしてしまうゲームまで登場します。<br /><br />その代表格が、今回のTAITO<br /><br />『ザ・ニンジャウォーリアーズ』<br /><br />3画面を横につないだ、異様に横長な専用筐体。今ならウルトラワイドモニター一枚で済む話ですが、当時はそんなものありません。<br /><br />だったらモニターを3台並べればいいじゃん。<br /><br />発想が力技です(笑)<br /><br />バブルの時代でしたから(笑)<br /><br />でも、それがいい。<br /><br />そして、この時代になると、ゲームは単に画面が巨大化しただけではありません。<br /><br />もう一つ、大きく変わっていったものがあります。<br /><br />音楽です。<br /><br />ゲームミュージックが、単なる<br /><br />「ゲーム中に後ろで鳴っている音」<br /><br />ではなく、<br /><br />それ自体を聴くもの<br /><br />になっていきます。<br /><br />ちょっと熱くなってきたので、ここは少し語らせてください(笑)。<br /><br />この流れを語る上で、細野晴臣は外せません。<br /><br />1984年、細野晴臣がプロデュースした『VIDEO GAME MUSIC』<br /><br />『ゼビウス』をはじめとするナムコのゲーム音を、レコードとして「聴く音楽」にしてしまった。<br /><br />今ではゲームのサウンドトラックなんて当たり前ですが、当時は、ゲームセンターで鳴っているピコピコ音を、家でレコードで聴くなんて、かなり変わった発想だったわけです。<br /><br />そこにYMOの細野晴臣が入ってきた。<br /><br />これによって、ゲームミュージックが一気に「音楽文化」の側へ飛び出していった。<br /><br />もっとも、YMOとゲーム業界の関係は、それ以前から妙に面白くて、<br /><br />例えば1982年、SEGAの<br /><br />『スーパーロコモーティブ』<br /><br />これ、プレイ中に流れる曲が、<br /><br />YMOの『RYDEEN』なんです(笑)<br /><br />しかも、<br /><br />「ちょっと似てるね」<br /><br />どころではない。<br /><br />普通にRYDEEN(笑)しかも版権無視(爆)<br /><br />このゲーム自体、当時からどこのゲームセンターにも置いてあるようなメジャータイトルではありませんでした。<br /><br />もともと少ない。40年以上経って、さらに残っていない。しかもオリジナル基板では、ゲームを始めるとYMOの『RYDEEN』が鳴る。<br /><br />後年の移植では、当たり前ですが権利関係で『RYDEEN』ではなく、それを思わせる別曲『RYZEEN』へ差し替えられています(苦笑)<br /><br />つまり今となっては、<br /><br />「本物のスーパーロコモーティブ基板でRYDEENを聴く」<br /><br />ということ自体が、かなり特殊な体験になってしまった。<br /><br />面白いですよね。<br /><br />ゲーム音を細野晴臣が音楽の世界へ持っていく一方で、その少し前にはゲーム会社の方がYMOをゲームセンターへ持ち込んでいた(笑)<br /><br />ゲームとテクノが、お互いを行ったり来たりしていた時代なんです。<br /><br />そこからさらに、<br /><br />TAITOのZUNTATA<br /><br />KONAMIの矩形波倶楽部<br /><br />SEGAのS.S.T. BAND<br /><br />といった具合に、メーカーのサウンドチームそのものが、だんだんアーティストとして名前を持つようになります。<br /><br />『ザ・ニンジャウォーリアーズ』の「DADDY MULK」なんて、まさにその象徴です。<br /><br />ゲームのBGMなのに、<br /><br />ゲームをしていなくても聴きたい。<br /><br />そういう曲が、本格的に出てきた。<br /><br />しかも、この『ニンジャウォーリアーズ』の筐体には、音を外へ取り出すことまで意識したイヤホンプラグが用意されてます。<br /><br />これが面白くて、今の人には、少し分かりにくいかもしれないんですが、当時はYouTubeもない、Spotifyもない、スマホなんて当然ない。<br /><br />サウンドトラックだって、すべてのゲームに出るわけではない。<br /><br />でも、<br /><br />この曲を家でも聴きたい。<br /><br />じゃあ、どうするか?<br /><br />ゲームセンターへ、カセットデッキを持っていく(笑)そして筐体のスピーカーの前にマイクを置いて録音ボタンを押す!<br /><br />周囲では、<br /><br />「ピコーン!」<br /><br />「ドカーン!」<br /><br />「GAME OVER!」<br /><br />他のゲームの音までガンガン鳴っている(笑)<br /><br />それでも録る。<br /><br />録音している途中で誰かが横で喋ったら、<br /><br />全部入ります(笑)<br /><br />それでもゲーム音楽ファンは録音していました。今考えると、ものすごい情熱です。<br /><br />そして、その情熱がさらにおかしな方向へ行った代表例が、<br /><br />KONAMIの<br /><br />『グラディウス』。<br /><br />初期の『グラディウス』には、ROMではなく磁気バブルメモリを使った、いわゆるバブルシステムが採用されていました。<br /><br />これがまた、ものすごくクセのある基板で、電源を入れても、すぐにはゲームが始まりません。バブルメモリを使用できる状態にして、そこからゲームデータを読み込まなければならない。<br /><br />その起動待ちの間に流れるのが、有名な<br /><br />「モーニングミュージック」<br /><br />「Presented by Konami. Getting ready……」<br /><br />という音声とともに起動シーケンスが始まり、画面にはカウントダウン。<br /><br />そして、あの独特の音楽が流れる。<br /><br />ところが、このモーニングミュージック。<br /><br />妙にいい曲なんです(笑)<br /><br />だから当然、<br /><br />「これ録音したい!」<br /><br />という奴が出てくる(笑)<br /><br />問題は、この曲がゲームの起動時にしか流れないこと。じゃあ、もう一回聴きたかったらどうするか。<br /><br />……。<br /><br />電源を切る(笑)<br /><br />そして、<br /><br />また入れる(笑)<br /><br />ゲームを遊びたいからではありません。<br /><br />音楽を録音するためだけに、グラディウスの電源を落とす(笑)<br /><br />今考えると、完全に狂っています。<br /><br />しかも、このバブル基板。<br /><br />ものすごく繊細(笑)<br /><br />後にROM版が出てきたのも、バブルシステムが高価で扱いづらかったことが大きな理由です。<br /><br />そこへゲームミュージックマニアが、<br /><br />パチッ。<br /><br />「録音失敗した」<br /><br />パチッ。<br /><br />「もう一回」<br /><br />パチッ。<br /><br />とやる(笑)<br /><br />ゲームセンターの人間からしたら、<br /><br />「お前ら頼むからやめてくれ!」<br /><br />です(笑)<br /><br />そして実際、こうしたバブル基板はどんどん姿を消していきました。<br /><br />後に出たROM版の『グラディウス』ですら、今では非常に高価なものになっています。<br /><br />ところがコレクターの中には、<br /><br />「いや、グラディウスはバブルじゃなきゃダメなんだ」<br /><br />という人が今でもいる。<br /><br />ゲームそのものならROM版でも遊べる。<br /><br />でも、<br /><br />あの電源を入れた時の音声。<br /><br />カウントダウン。<br /><br />モーニングミュージック。<br /><br />ゲームが始まるまでの、あの時間。<br /><br />そこまで含めてグラディウスなんです。<br /><br />だから、生き残っているバブル基板には今でも根強い人気があり、かつ高額です。<br /><br />そして、こうやってゲームミュージックそのものを録音したい人間が大量に出てくると、メーカー側も当然気づきます。<br /><br />「こいつら、ゲームだけじゃなくて音楽を聴いてるぞ」<br /><br />と(笑)<br /><br />ならば、最初からちゃんと音を取り出せるようにしてやろう。<br /><br />サウンドトラックも出そう。<br /><br />サウンドチームにも名前を付けよう。<br /><br />ライブまでやろう。<br /><br />そうしてゲーム音楽は、<br /><br />単なるBGMから、<br /><br />一つの独立した音楽ジャンル<br /><br />になっていきました。<br /><br />だから、この『ザ・ニンジャウォーリアーズ』の巨大な3画面筐体を見ていると、<br /><br />単に、<br /><br />「昔はゲーム機がデカかったんだな」<br /><br />という話だけではないんです。<br /><br />巨大な画面。<br /><br />専用筐体。<br /><br />専用操作系。<br /><br />そして専用サウンド。<br /><br />ゲームの中へ人間を丸ごと放り込もうとしていた。<br /><br />今で言う「没入感」なんて言葉が一般的になる遥か以前から、<br /><br />ゲームセンターは、とっくにそれをやっていたんです(爆)<br /><br />そして、その横では、<br /><br />カセットデッキを抱えた奴がスピーカーにマイクを押し付け、<br /><br />別のゲームセンターでは、<br /><br />モーニングミュージックをもう一度録るために、<br /><br />誰かがまたグラディウスの電源を落としていたわけです(笑)

    その後、アーケードゲームの世界は、どんどんインフレしていきます。

    最初は画面とレバーとボタンだけだったものが、

    「もっとデカくしよう」

    「動かそう」

    「いや、もう回しちゃえ」

    となっていく(笑)

    大型可動筐体の中には、プレイヤーを乗せたまま360度グルグル回転する、とんでもなくアクロバティックなものまで登場しました。

    当時でも一台2500万円だの3000万円だのと言われた世界。もうゲーム機というより、遊園地のアトラクションです(笑)。

    画面の方も負けていません。

    モニターを3台横につないで、一つの巨大なワイド画面にしてしまうゲームまで登場します。

    その代表格が、今回のTAITO

    『ザ・ニンジャウォーリアーズ』

    3画面を横につないだ、異様に横長な専用筐体。今ならウルトラワイドモニター一枚で済む話ですが、当時はそんなものありません。

    だったらモニターを3台並べればいいじゃん。

    発想が力技です(笑)

    バブルの時代でしたから(笑)

    でも、それがいい。

    そして、この時代になると、ゲームは単に画面が巨大化しただけではありません。

    もう一つ、大きく変わっていったものがあります。

    音楽です。

    ゲームミュージックが、単なる

    「ゲーム中に後ろで鳴っている音」

    ではなく、

    それ自体を聴くもの

    になっていきます。

    ちょっと熱くなってきたので、ここは少し語らせてください(笑)。

    この流れを語る上で、細野晴臣は外せません。

    1984年、細野晴臣がプロデュースした『VIDEO GAME MUSIC』

    『ゼビウス』をはじめとするナムコのゲーム音を、レコードとして「聴く音楽」にしてしまった。

    今ではゲームのサウンドトラックなんて当たり前ですが、当時は、ゲームセンターで鳴っているピコピコ音を、家でレコードで聴くなんて、かなり変わった発想だったわけです。

    そこにYMOの細野晴臣が入ってきた。

    これによって、ゲームミュージックが一気に「音楽文化」の側へ飛び出していった。

    もっとも、YMOとゲーム業界の関係は、それ以前から妙に面白くて、

    例えば1982年、SEGAの

    『スーパーロコモーティブ』

    これ、プレイ中に流れる曲が、

    YMOの『RYDEEN』なんです(笑)

    しかも、

    「ちょっと似てるね」

    どころではない。

    普通にRYDEEN(笑)しかも版権無視(爆)

    このゲーム自体、当時からどこのゲームセンターにも置いてあるようなメジャータイトルではありませんでした。

    もともと少ない。40年以上経って、さらに残っていない。しかもオリジナル基板では、ゲームを始めるとYMOの『RYDEEN』が鳴る。

    後年の移植では、当たり前ですが権利関係で『RYDEEN』ではなく、それを思わせる別曲『RYZEEN』へ差し替えられています(苦笑)

    つまり今となっては、

    「本物のスーパーロコモーティブ基板でRYDEENを聴く」

    ということ自体が、かなり特殊な体験になってしまった。

    面白いですよね。

    ゲーム音を細野晴臣が音楽の世界へ持っていく一方で、その少し前にはゲーム会社の方がYMOをゲームセンターへ持ち込んでいた(笑)

    ゲームとテクノが、お互いを行ったり来たりしていた時代なんです。

    そこからさらに、

    TAITOのZUNTATA

    KONAMIの矩形波倶楽部

    SEGAのS.S.T. BAND

    といった具合に、メーカーのサウンドチームそのものが、だんだんアーティストとして名前を持つようになります。

    『ザ・ニンジャウォーリアーズ』の「DADDY MULK」なんて、まさにその象徴です。

    ゲームのBGMなのに、

    ゲームをしていなくても聴きたい。

    そういう曲が、本格的に出てきた。

    しかも、この『ニンジャウォーリアーズ』の筐体には、音を外へ取り出すことまで意識したイヤホンプラグが用意されてます。

    これが面白くて、今の人には、少し分かりにくいかもしれないんですが、当時はYouTubeもない、Spotifyもない、スマホなんて当然ない。

    サウンドトラックだって、すべてのゲームに出るわけではない。

    でも、

    この曲を家でも聴きたい。

    じゃあ、どうするか?

    ゲームセンターへ、カセットデッキを持っていく(笑)そして筐体のスピーカーの前にマイクを置いて録音ボタンを押す!

    周囲では、

    「ピコーン!」

    「ドカーン!」

    「GAME OVER!」

    他のゲームの音までガンガン鳴っている(笑)

    それでも録る。

    録音している途中で誰かが横で喋ったら、

    全部入ります(笑)

    それでもゲーム音楽ファンは録音していました。今考えると、ものすごい情熱です。

    そして、その情熱がさらにおかしな方向へ行った代表例が、

    KONAMIの

    『グラディウス』。

    初期の『グラディウス』には、ROMではなく磁気バブルメモリを使った、いわゆるバブルシステムが採用されていました。

    これがまた、ものすごくクセのある基板で、電源を入れても、すぐにはゲームが始まりません。バブルメモリを使用できる状態にして、そこからゲームデータを読み込まなければならない。

    その起動待ちの間に流れるのが、有名な

    「モーニングミュージック」

    「Presented by Konami. Getting ready……」

    という音声とともに起動シーケンスが始まり、画面にはカウントダウン。

    そして、あの独特の音楽が流れる。

    ところが、このモーニングミュージック。

    妙にいい曲なんです(笑)

    だから当然、

    「これ録音したい!」

    という奴が出てくる(笑)

    問題は、この曲がゲームの起動時にしか流れないこと。じゃあ、もう一回聴きたかったらどうするか。

    ……。

    電源を切る(笑)

    そして、

    また入れる(笑)

    ゲームを遊びたいからではありません。

    音楽を録音するためだけに、グラディウスの電源を落とす(笑)

    今考えると、完全に狂っています。

    しかも、このバブル基板。

    ものすごく繊細(笑)

    後にROM版が出てきたのも、バブルシステムが高価で扱いづらかったことが大きな理由です。

    そこへゲームミュージックマニアが、

    パチッ。

    「録音失敗した」

    パチッ。

    「もう一回」

    パチッ。

    とやる(笑)

    ゲームセンターの人間からしたら、

    「お前ら頼むからやめてくれ!」

    です(笑)

    そして実際、こうしたバブル基板はどんどん姿を消していきました。

    後に出たROM版の『グラディウス』ですら、今では非常に高価なものになっています。

    ところがコレクターの中には、

    「いや、グラディウスはバブルじゃなきゃダメなんだ」

    という人が今でもいる。

    ゲームそのものならROM版でも遊べる。

    でも、

    あの電源を入れた時の音声。

    カウントダウン。

    モーニングミュージック。

    ゲームが始まるまでの、あの時間。

    そこまで含めてグラディウスなんです。

    だから、生き残っているバブル基板には今でも根強い人気があり、かつ高額です。

    そして、こうやってゲームミュージックそのものを録音したい人間が大量に出てくると、メーカー側も当然気づきます。

    「こいつら、ゲームだけじゃなくて音楽を聴いてるぞ」

    と(笑)

    ならば、最初からちゃんと音を取り出せるようにしてやろう。

    サウンドトラックも出そう。

    サウンドチームにも名前を付けよう。

    ライブまでやろう。

    そうしてゲーム音楽は、

    単なるBGMから、

    一つの独立した音楽ジャンル

    になっていきました。

    だから、この『ザ・ニンジャウォーリアーズ』の巨大な3画面筐体を見ていると、

    単に、

    「昔はゲーム機がデカかったんだな」

    という話だけではないんです。

    巨大な画面。

    専用筐体。

    専用操作系。

    そして専用サウンド。

    ゲームの中へ人間を丸ごと放り込もうとしていた。

    今で言う「没入感」なんて言葉が一般的になる遥か以前から、

    ゲームセンターは、とっくにそれをやっていたんです(爆)

    そして、その横では、

    カセットデッキを抱えた奴がスピーカーにマイクを押し付け、

    別のゲームセンターでは、

    モーニングミュージックをもう一度録るために、

    誰かがまたグラディウスの電源を落としていたわけです(笑)

  • アーケードゲームというのは、近未来を象徴する世界でした。なので、ロボットや宇宙船というのは所謂定番で、こうした筐体にも反映されていました。<br /><br />これはアタリのロボトロンですが、このオリジナル筐体もまた、レアすぎて驚愕してしまいます。。。

    アーケードゲームというのは、近未来を象徴する世界でした。なので、ロボットや宇宙船というのは所謂定番で、こうした筐体にも反映されていました。

    これはアタリのロボトロンですが、このオリジナル筐体もまた、レアすぎて驚愕してしまいます。。。

  • 最近はアメリカでも、いわゆるオールドアーケードがかなり盛り上がっています。<br /><br />70年代から90年代にかけて人気を博したゲームを集め、実際に遊べる施設も随分増えました。<br /><br />ただし、ここで少し違いがあります。<br /><br />アメリカのこうした施設は、もちろんタイトル数は多い。場合によっては、何百台というゲームが並んでいます。でも、その多くはアメリカでは一般的だったアップライト筐体。<br /><br />ゲームごとに側面のデザインや看板は違っていても、基本的な筐体の形や入力方式は同じ。ジョイスティックとボタンで遊ぶタイプが中心です。<br /><br />もちろん、それはそれで素晴らしい。<br /><br />ただ、この場所の面白さはそこではありません。<br /><br />ここに置いてあるのは、<br /><br />『アフターバーナー』<br />『VS筐体』<br />『ザイボッツ』<br />『720°』……<br /><br />とにかく<br /><br />普通の筐体では成立しないゲームばかり(笑)<br /><br />専用ハンドルだったり、特殊なレバーだったり、筐体そのものが動いたり。<br /><br />つまり、ゲームソフトだけ保存しても意味がない。<br /><br />筐体そのものがゲームの一部なんです。<br /><br />ここが非常に重要。<br /><br />遊べるタイトルの数だけで比較すれば、アメリカの大規模なアーケード博物館の方が圧倒的に多いと思いますし、私も日本に2000タイトルを越える基板コレクションを所有してます(笑<br /><br />でも、この場所には、普通のレトロゲーム施設ではまず遊べないものが残っている。<br /><br />しかも、ちゃんと動く!!<br /><br />そこに価値があります。<br /><br />そして、その象徴みたいなものが……<br /><br />これ<br /><br />『ARM CHAMP II(アームチャンピオン2)』(笑)<br /><br />いや、これを見た時は本当に驚きました。<br /><br />というより、<br /><br />「お前……生きてたのか……」<br /><br />という感じ(笑)<br /><br />まさか2026年になって、現役でこれを遊べる日が来るとは思ってもいませんでした。<br /><br />ちょっと涙が出そうになりました(笑)<br /><br />なぜなら、このゲーム。その名の通り、腕相撲のゲームです。機械から伸びている腕を握って、本気で倒す。<br /><br />もうこの時点で嫌な予感しかしません(笑)<br /><br />この手の人間の力を直接ぶつけるゲームは、だいたい運命が決まっています。<br /><br />壊される(笑)<br /><br />子供も大人も遠慮なく全力。<br /><br />酔っ払いなんか来たら最悪です。<br /><br />「うおおおおお!」<br /><br />とか言いながら、本来想定されていない方向に力を加える。<br /><br />そりゃ壊れます(笑)<br /><br />だから、こういう筐体は現存しているだけでも珍しい。<br /><br />ましてや、ちゃんと遊べる状態で残っていること自体が奇跡に近い。<br /><br />しかも『アームチャンピオン2』は、ただ動けばいいというものでもありません。<br /><br />調整が非常に重要です。<br /><br />弱すぎたらゲームにならない。<br /><br />逆に最初から強すぎても面白くない。<br /><br />ゲームの進行に合わせて、<br /><br />「お、勝てるかな?」<br /><br />と思わせながら、少しずつ相手が強くなっていく。<br /><br />この絶妙な力加減が必要なんです。<br /><br />で、ここの筐体。<br /><br />完璧でした(笑)<br /><br />「うわ、ちゃんとこの感じだ!」<br /><br />と思わず声が出ました。<br /><br />娘は横で、<br /><br />「……これ、本当に売れたの?」<br /><br />と、ものすごく冷静(笑)<br /><br />まあ、今の世代から見たら、そう思うでしょう。<br /><br />画面の中で腕相撲するなら分かる。<br /><br />でもこれは、<br /><br />ゲームセンターに来て、本当に機械と腕相撲をするゲームです(笑)<br /><br />それでも娘も、<br /><br />「やってみる」と挑戦。<br /><br />最初は笑っていたのに、<br /><br />数十秒後には、顔を真っ赤にして本気になっていました(笑)。<br /><br />その姿を見ながら、<br /><br />ああ、やっぱりこういうゲームはいいなと思いました。<br /><br />グラフィックでもない。<br /><br />ストーリーでもない。<br /><br />スペックでもない。<br /><br />その機械でしか体験できない遊びがある。<br /><br />そして、それが40年近く経った今でも、ちゃんと人を本気にさせる。<br /><br />この場所の面白さは、まさにそこにある。もうね知り合いのコレクター皆んなにCDMX行け!と伝えたい(笑<br />

    最近はアメリカでも、いわゆるオールドアーケードがかなり盛り上がっています。

    70年代から90年代にかけて人気を博したゲームを集め、実際に遊べる施設も随分増えました。

    ただし、ここで少し違いがあります。

    アメリカのこうした施設は、もちろんタイトル数は多い。場合によっては、何百台というゲームが並んでいます。でも、その多くはアメリカでは一般的だったアップライト筐体。

    ゲームごとに側面のデザインや看板は違っていても、基本的な筐体の形や入力方式は同じ。ジョイスティックとボタンで遊ぶタイプが中心です。

    もちろん、それはそれで素晴らしい。

    ただ、この場所の面白さはそこではありません。

    ここに置いてあるのは、

    『アフターバーナー』
    『VS筐体』
    『ザイボッツ』
    『720°』……

    とにかく

    普通の筐体では成立しないゲームばかり(笑)

    専用ハンドルだったり、特殊なレバーだったり、筐体そのものが動いたり。

    つまり、ゲームソフトだけ保存しても意味がない。

    筐体そのものがゲームの一部なんです。

    ここが非常に重要。

    遊べるタイトルの数だけで比較すれば、アメリカの大規模なアーケード博物館の方が圧倒的に多いと思いますし、私も日本に2000タイトルを越える基板コレクションを所有してます(笑

    でも、この場所には、普通のレトロゲーム施設ではまず遊べないものが残っている。

    しかも、ちゃんと動く!!

    そこに価値があります。

    そして、その象徴みたいなものが……

    これ

    『ARM CHAMP II(アームチャンピオン2)』(笑)

    いや、これを見た時は本当に驚きました。

    というより、

    「お前……生きてたのか……」

    という感じ(笑)

    まさか2026年になって、現役でこれを遊べる日が来るとは思ってもいませんでした。

    ちょっと涙が出そうになりました(笑)

    なぜなら、このゲーム。その名の通り、腕相撲のゲームです。機械から伸びている腕を握って、本気で倒す。

    もうこの時点で嫌な予感しかしません(笑)

    この手の人間の力を直接ぶつけるゲームは、だいたい運命が決まっています。

    壊される(笑)

    子供も大人も遠慮なく全力。

    酔っ払いなんか来たら最悪です。

    「うおおおおお!」

    とか言いながら、本来想定されていない方向に力を加える。

    そりゃ壊れます(笑)

    だから、こういう筐体は現存しているだけでも珍しい。

    ましてや、ちゃんと遊べる状態で残っていること自体が奇跡に近い。

    しかも『アームチャンピオン2』は、ただ動けばいいというものでもありません。

    調整が非常に重要です。

    弱すぎたらゲームにならない。

    逆に最初から強すぎても面白くない。

    ゲームの進行に合わせて、

    「お、勝てるかな?」

    と思わせながら、少しずつ相手が強くなっていく。

    この絶妙な力加減が必要なんです。

    で、ここの筐体。

    完璧でした(笑)

    「うわ、ちゃんとこの感じだ!」

    と思わず声が出ました。

    娘は横で、

    「……これ、本当に売れたの?」

    と、ものすごく冷静(笑)

    まあ、今の世代から見たら、そう思うでしょう。

    画面の中で腕相撲するなら分かる。

    でもこれは、

    ゲームセンターに来て、本当に機械と腕相撲をするゲームです(笑)

    それでも娘も、

    「やってみる」と挑戦。

    最初は笑っていたのに、

    数十秒後には、顔を真っ赤にして本気になっていました(笑)。

    その姿を見ながら、

    ああ、やっぱりこういうゲームはいいなと思いました。

    グラフィックでもない。

    ストーリーでもない。

    スペックでもない。

    その機械でしか体験できない遊びがある。

    そして、それが40年近く経った今でも、ちゃんと人を本気にさせる。

    この場所の面白さは、まさにそこにある。もうね知り合いのコレクター皆んなにCDMX行け!と伝えたい(笑

  • さて、稼働こそしていませんが、建物の奥には家庭用ゲーム機をはじめ、さまざまなゲーム関連機器が展示されています。<br /><br />そして、その入口に鎮座しているのが、これ。<br /><br />Computer Space(コンピュータースペース)!!<br /><br />いやあ……これは、ちょっと思い出深い(笑)<br /><br />というのも、<br /><br />実は私、昔これを持っていたんです(笑)<br /><br />1990年代、古いアーケードゲームは日本ではすでにコレクターズアイテムとして注目され始めていましたが、アメリカではまだまだ「こんな古い機械、誰が欲しいんだ?」という世界。<br /><br />今から考えれば信じられませんが、私がこの『Computer Space』を買った時の値段は、2500ドルでした。<br /><br />ただし問題が一つ。<br /><br />デカい(笑)<br /><br />アメリカから日本へ送ろうとすると、本体より送料の方が高くなる。<br /><br />「いや、それはさすがにアホだろ……」<br /><br />ということで、アメリカ人の友人の家に置かせてもらっていました。<br /><br />ところが数年後、その友人から<br /><br />「俺、引っ越すんだけど」<br /><br />という連絡が来る。<br /><br />……でしょうね(笑)<br /><br />こんな巨大な謎の宇宙船みたいなゲーム機を、いつまでも人の家に置いておくわけにもいかない。<br /><br />泣く泣く手放しました。<br /><br />とはいえ、2500ドルで買ったものが4500ドルで売れたので、<br /><br />「まあ、儲かったからいいか(笑)」<br /><br />くらいに思っていたんです。<br /><br />ところが。<br /><br />2026年現在。<br /><br />稼働する『Computer Space』は、状態によっては7万ドルを超え、良好な個体なら10万ドル級とも言われる世界になっています。<br /><br />……。<br /><br />売らなきゃよかった(笑)<br /><br />2500ドルで買って、4500ドルで売って、<br /><br />「2000ドル儲かった!」<br /><br />と喜んでいた30年前の自分を、ちょっと呼び出して説教したい(笑)<br /><br />そんなことを考えながら、展示されている筐体を、<br /><br />「お前……ずいぶん偉くなったなあ」<br /><br />と撫でておりました(笑)<br /><br />しかも、この『Computer Space』<br /><br />見た目だけなら、ものすごく未来的です。<br /><br />1971年にこんな筐体を作っていたというだけでも異様で、ゲーム機というより、SF映画のセットか現代彫刻に近い。<br /><br />ところが肝心のゲームはというと……<br /><br />難しい(笑)<br /><br />というより、<br /><br />何をすればいいのか、初見ではよく分からない(笑)。<br /><br />宇宙船を操作して敵を撃つゲームなのですが、そこが点と線だけでほとんどプレイヤーの頭の中の創造力で完成させる世界観でしたので、商業的には大成功とはいきませんでした。<br /><br />このあとATARIが『PONG』を出します。<br /><br />皆さんも一度くらいは見たことがある、左右の棒でボールを打ち返す、あのテレビテニスです。<br /><br />『Computer Space』と比べると、笑ってしまうくらい単純。<br /><br />でも、それが重要だった。<br /><br />見れば遊び方が分かる。<br /><br />説明書なんて読まなくても、<br /><br />「ああ、この棒で球を打ち返すんだな」<br /><br />と理解できる。<br /><br />つまり『Computer Space』は、未来へ行きすぎてしまった(笑)<br /><br />ゲームセンターに置くゲームなのに、プレイヤー側に「まずルールを勉強してください」と要求してしまったわけです。<br /><br />その点、『PONG』は徹底的に単純だった。<br /><br />そして結局、その単純さが世界を変えていく。<br /><br />そう考えると『Computer Space』は、商売としては少し早すぎたけれど、ゲーム史としてはとんでもなく面白い存在です。<br /><br />そして私にとっては、それ以上に、<br /><br />「2500ドルで買えた時代があったんだよなあ……」<br /><br />という、少々切ないゲームでもあります(笑)

    さて、稼働こそしていませんが、建物の奥には家庭用ゲーム機をはじめ、さまざまなゲーム関連機器が展示されています。

    そして、その入口に鎮座しているのが、これ。

    Computer Space(コンピュータースペース)!!

    いやあ……これは、ちょっと思い出深い(笑)

    というのも、

    実は私、昔これを持っていたんです(笑)

    1990年代、古いアーケードゲームは日本ではすでにコレクターズアイテムとして注目され始めていましたが、アメリカではまだまだ「こんな古い機械、誰が欲しいんだ?」という世界。

    今から考えれば信じられませんが、私がこの『Computer Space』を買った時の値段は、2500ドルでした。

    ただし問題が一つ。

    デカい(笑)

    アメリカから日本へ送ろうとすると、本体より送料の方が高くなる。

    「いや、それはさすがにアホだろ……」

    ということで、アメリカ人の友人の家に置かせてもらっていました。

    ところが数年後、その友人から

    「俺、引っ越すんだけど」

    という連絡が来る。

    ……でしょうね(笑)

    こんな巨大な謎の宇宙船みたいなゲーム機を、いつまでも人の家に置いておくわけにもいかない。

    泣く泣く手放しました。

    とはいえ、2500ドルで買ったものが4500ドルで売れたので、

    「まあ、儲かったからいいか(笑)」

    くらいに思っていたんです。

    ところが。

    2026年現在。

    稼働する『Computer Space』は、状態によっては7万ドルを超え、良好な個体なら10万ドル級とも言われる世界になっています。

    ……。

    売らなきゃよかった(笑)

    2500ドルで買って、4500ドルで売って、

    「2000ドル儲かった!」

    と喜んでいた30年前の自分を、ちょっと呼び出して説教したい(笑)

    そんなことを考えながら、展示されている筐体を、

    「お前……ずいぶん偉くなったなあ」

    と撫でておりました(笑)

    しかも、この『Computer Space』

    見た目だけなら、ものすごく未来的です。

    1971年にこんな筐体を作っていたというだけでも異様で、ゲーム機というより、SF映画のセットか現代彫刻に近い。

    ところが肝心のゲームはというと……

    難しい(笑)

    というより、

    何をすればいいのか、初見ではよく分からない(笑)。

    宇宙船を操作して敵を撃つゲームなのですが、そこが点と線だけでほとんどプレイヤーの頭の中の創造力で完成させる世界観でしたので、商業的には大成功とはいきませんでした。

    このあとATARIが『PONG』を出します。

    皆さんも一度くらいは見たことがある、左右の棒でボールを打ち返す、あのテレビテニスです。

    『Computer Space』と比べると、笑ってしまうくらい単純。

    でも、それが重要だった。

    見れば遊び方が分かる。

    説明書なんて読まなくても、

    「ああ、この棒で球を打ち返すんだな」

    と理解できる。

    つまり『Computer Space』は、未来へ行きすぎてしまった(笑)

    ゲームセンターに置くゲームなのに、プレイヤー側に「まずルールを勉強してください」と要求してしまったわけです。

    その点、『PONG』は徹底的に単純だった。

    そして結局、その単純さが世界を変えていく。

    そう考えると『Computer Space』は、商売としては少し早すぎたけれど、ゲーム史としてはとんでもなく面白い存在です。

    そして私にとっては、それ以上に、

    「2500ドルで買えた時代があったんだよなあ……」

    という、少々切ないゲームでもあります(笑)

  • そして、家庭用テレビゲームのコーナーに入った。私もご多分に漏れずコンシューマ系も相当収集しているので、どれくらいのボリュームゾーンかは分かる。。。<br /><br />凄い(笑 <br /><br />当時の家庭用テレビゲームに思いを馳せながら見ていると、娘が一台のゲーム機を指さした。<br /><br />「これ何?」<br /><br />見ると、Coleco Telstar Arcadeだ。<br /><br />まあ、そりゃ聞く(笑)<br /><br />三角形の巨大な本体に、パドル、光線銃、ハンドル、シフトレバーまで全部ついている、コレクター市場ではかなりのレア機種である。<br /><br />そもそも見た目が完全におかしい。<br /><br />ここで普通の親なら、<br /><br />「昔はいろんなゲーム機が出てたんだよね」<br /><br />くらいで終わるんだと思うが、私は終わらない(笑)<br /><br />「これはちょうどカセット交換式のゲーム機が出始めた頃に、あーちなみに本当の初期のカセット交換式は、このチャンネルFってやつなんだけど、商業的に大成功したのはアタリの2600て、あーこれね。。。で、これからはいろんなゲームを一つの本体で遊べるようにしよう、って発想が生まれてた時代」<br /><br />娘はふむふむ言っている。<br /><br />「で、そのカセット交換でも遊べないゲームを一つにまとめちゃえという乱暴な商品がこれなのよ」<br /><br />パドル<br />光線銃<br />ハンドル<br />シフトレバー<br /><br />全部、本体についている。<br /><br />「いろんなゲームを遊べるようにしたいという発想を、当時出てたハード系のテレビゲームを全部一つにまとめちゃったという完全にモンド系ゲーム機なんだな(笑)」<br /><br />娘はたぶん、この時点ではまだ少し面白がっていた。<br /><br />「でね、その前の時代も面白い」<br /><br />私が指さしたのは、メキシコの NESA 製PONG系ゲーム機。一番初期のテレビゲーム。<br /><br />「そもそもアメリカでATARIのPONGが最初に出てきて爆発的にヒットしたんだけど、高かった」<br /><br />「だったらメキシコでも似たの作ればいいじゃんってコピーしたのがこれ(笑)」<br /><br />当時は今ほど版権や知的財産権の扱いも厳密ではない。日本でもPONG型の日本初のテレビゲームであるテレビテニスが出ているがもちろん版権など無視だ(笑<br /><br />私はどんどん楽しくなってくる。<br /><br />「つまりこの頃って、世界中で、これうちでも作れるじゃん?が始まった時代なんだよ」<br /><br />「ある意味、家庭用テレビゲームの世界的コピー天国の始まりだな(笑)」<br /><br />そして、さらに奥に VECTREX が見えた。<br /><br />まずい<br /><br />見つけてしまった(笑)<br /><br />「お、これなんか凄いんだぞ!」<br /><br />もう誰も聞いてない。<br /><br />「これはVECTREX。日本では“光速船”って名前で売ってたやつ」<br /><br />娘は半分、パパの思い出話に付き合ってる状態だ。<br /><br />私は一人で説明を続ける。<br /><br />「これがまた変な機械で、ベクタースキャンなの」<br /><br />もちろん娘はベクタースキャンが何なのか知らないので、ちょうど、その空間に置いてあるASTEROIDの筐体を指さしてあれの家庭版!だねと説明を入れる。<br /><br />ほーと言いながら、それを潮に逃げようとする娘を引き留める(爆<br /><br />「ベクタースキャンというのは、要するに、普通のテレビみたいに画面全体を描くんじゃなくて、線を直接描く方式で、昔のアーケードでは結構あったんだよ」<br /><br />「しかしモノクロ」<br /><br />「でも時代はカラーの時代だから、そこに対応する為に、ゲームごとに色のついた透明な板、カラーオーバーレイを画面にかぶせた(笑)」<br /><br />昔のスペースインベーダーで、モノクロ画面に色付きのセロハンを重ねてカラーっぽく見せていた、あの苦肉の策と同じような発想である。<br /><br />「もうその頃ってフルカラーのゲーム機が普通に出始めてる時代にモノクロで、色は板でつける(笑)」<br /><br />私は完全に一人で盛り上がっている。<br /><br />そして、<br /><br />「しかも日本で79,800円もした。今の物価価値ならお父さんの1ヶ月の給料くらいの世界」<br /><br />「しかもATARI 2600とかIntellivisionみたいなフルカラー機が出てる時代に、ベクタースキャン、モノクロ、色はオーバーレイ、79,800円(笑)」<br /><br />「これもう、一般家庭向けっていうより、“昔のアーケードのベクター画面が好きなんだよ”っていうニッチなマニア向けに出したとしか思えない作品なんだな」<br /><br />「だから売れなくて、逆に今は希少なんだよ」<br /><br />もう娘は完全に別の展示を見ている。<br /><br />それでも私は続ける。<br /><br />「状態のいいやつで、オリジナルの箱も説明書も全部揃ったミントなら30万円を超えることもある。売れなかった珍機が40年後に宝物になる。こういうのが面白いんだよ」<br /><br />すると娘が、ようやくこちらを向いて聞いた。<br /><br />「で、パパはこれ持ってるの?」<br /><br />来た。<br /><br />この質問はいけない。<br /><br />「持ってる(笑)」<br /><br />即答。<br /><br />「日本版とアメリカ版、ミントコンディションの完品で2台。それとは別に、自分で遊ぶ用の本体だけのやつも1台」<br /><br />もう完全にコレクション自慢である(苦笑)<br /><br />娘が少し考えて、<br /><br />「じゃあ、お金に困ったら売ればいいね」<br /><br />…………。<br /><br />「そうだね」<br /><br />少し間を置いて、<br /><br />「パパが死んだらね」<br /><br />娘、<br /><br />「…………」<br /><br />話が急に相続になった(笑)<br /><br />娘は最初、<br /><br />「これ何?」<br /><br />とTelstar Arcadeを指さしただけである。<br /><br />それが、<br /><br />Telstar Arcadeから始まり、<br />ATARI 2600に寄り道し、<br />Channel Fまで遡り、<br />PONGへ戻り、<br />メキシコのNESAに飛び、<br />日本のテレビテニスを経由し、<br />VECTREXに着地して、<br />ベクタースキャンを説明し、<br />カラーオーバーレイを語り、<br /><br />中古相場に入り、<br /><br />最後は、<br /><br />「パパが死んだら売ればいい」<br /><br />というところまで来てしまった。<br /><br />もはやゲーム機の説明ではない。<br /><br />終活である(笑<br /><br />娘からすれば、<br /><br />「私は最初の一台を聞いただけなんだけど」<br /><br />である(笑)<br /><br />しかしマニアというのは、そういう生き物だ。<br /><br />「これ何?」<br /><br />その一言でスイッチが入る。本人は暴走しているつもりなどまったくない。<br /><br />むしろ、<br /><br />「せっかく興味を持ったんだから、ちゃんと説明してあげよう」<br /><br />くらいに思っている(笑)<br /><br />その結果、一台のゲーム機について質問しただけなのに、時代背景、技術史、コピー文化、失敗作、希少価値、中古相場、そして父親の死後の資産処分まで全部ついてくる。<br /><br />マニアに「これ何?」と聞いてはいけません。<br /><br />答えは一言では返ってきません。<br /><br />場合によっては、<br /><br />遺産整理の話まで返ってきます(爆)

    そして、家庭用テレビゲームのコーナーに入った。私もご多分に漏れずコンシューマ系も相当収集しているので、どれくらいのボリュームゾーンかは分かる。。。

    凄い(笑 

    当時の家庭用テレビゲームに思いを馳せながら見ていると、娘が一台のゲーム機を指さした。

    「これ何?」

    見ると、Coleco Telstar Arcadeだ。

    まあ、そりゃ聞く(笑)

    三角形の巨大な本体に、パドル、光線銃、ハンドル、シフトレバーまで全部ついている、コレクター市場ではかなりのレア機種である。

    そもそも見た目が完全におかしい。

    ここで普通の親なら、

    「昔はいろんなゲーム機が出てたんだよね」

    くらいで終わるんだと思うが、私は終わらない(笑)

    「これはちょうどカセット交換式のゲーム機が出始めた頃に、あーちなみに本当の初期のカセット交換式は、このチャンネルFってやつなんだけど、商業的に大成功したのはアタリの2600て、あーこれね。。。で、これからはいろんなゲームを一つの本体で遊べるようにしよう、って発想が生まれてた時代」

    娘はふむふむ言っている。

    「で、そのカセット交換でも遊べないゲームを一つにまとめちゃえという乱暴な商品がこれなのよ」

    パドル
    光線銃
    ハンドル
    シフトレバー

    全部、本体についている。

    「いろんなゲームを遊べるようにしたいという発想を、当時出てたハード系のテレビゲームを全部一つにまとめちゃったという完全にモンド系ゲーム機なんだな(笑)」

    娘はたぶん、この時点ではまだ少し面白がっていた。

    「でね、その前の時代も面白い」

    私が指さしたのは、メキシコの NESA 製PONG系ゲーム機。一番初期のテレビゲーム。

    「そもそもアメリカでATARIのPONGが最初に出てきて爆発的にヒットしたんだけど、高かった」

    「だったらメキシコでも似たの作ればいいじゃんってコピーしたのがこれ(笑)」

    当時は今ほど版権や知的財産権の扱いも厳密ではない。日本でもPONG型の日本初のテレビゲームであるテレビテニスが出ているがもちろん版権など無視だ(笑

    私はどんどん楽しくなってくる。

    「つまりこの頃って、世界中で、これうちでも作れるじゃん?が始まった時代なんだよ」

    「ある意味、家庭用テレビゲームの世界的コピー天国の始まりだな(笑)」

    そして、さらに奥に VECTREX が見えた。

    まずい

    見つけてしまった(笑)

    「お、これなんか凄いんだぞ!」

    もう誰も聞いてない。

    「これはVECTREX。日本では“光速船”って名前で売ってたやつ」

    娘は半分、パパの思い出話に付き合ってる状態だ。

    私は一人で説明を続ける。

    「これがまた変な機械で、ベクタースキャンなの」

    もちろん娘はベクタースキャンが何なのか知らないので、ちょうど、その空間に置いてあるASTEROIDの筐体を指さしてあれの家庭版!だねと説明を入れる。

    ほーと言いながら、それを潮に逃げようとする娘を引き留める(爆

    「ベクタースキャンというのは、要するに、普通のテレビみたいに画面全体を描くんじゃなくて、線を直接描く方式で、昔のアーケードでは結構あったんだよ」

    「しかしモノクロ」

    「でも時代はカラーの時代だから、そこに対応する為に、ゲームごとに色のついた透明な板、カラーオーバーレイを画面にかぶせた(笑)」

    昔のスペースインベーダーで、モノクロ画面に色付きのセロハンを重ねてカラーっぽく見せていた、あの苦肉の策と同じような発想である。

    「もうその頃ってフルカラーのゲーム機が普通に出始めてる時代にモノクロで、色は板でつける(笑)」

    私は完全に一人で盛り上がっている。

    そして、

    「しかも日本で79,800円もした。今の物価価値ならお父さんの1ヶ月の給料くらいの世界」

    「しかもATARI 2600とかIntellivisionみたいなフルカラー機が出てる時代に、ベクタースキャン、モノクロ、色はオーバーレイ、79,800円(笑)」

    「これもう、一般家庭向けっていうより、“昔のアーケードのベクター画面が好きなんだよ”っていうニッチなマニア向けに出したとしか思えない作品なんだな」

    「だから売れなくて、逆に今は希少なんだよ」

    もう娘は完全に別の展示を見ている。

    それでも私は続ける。

    「状態のいいやつで、オリジナルの箱も説明書も全部揃ったミントなら30万円を超えることもある。売れなかった珍機が40年後に宝物になる。こういうのが面白いんだよ」

    すると娘が、ようやくこちらを向いて聞いた。

    「で、パパはこれ持ってるの?」

    来た。

    この質問はいけない。

    「持ってる(笑)」

    即答。

    「日本版とアメリカ版、ミントコンディションの完品で2台。それとは別に、自分で遊ぶ用の本体だけのやつも1台」

    もう完全にコレクション自慢である(苦笑)

    娘が少し考えて、

    「じゃあ、お金に困ったら売ればいいね」

    …………。

    「そうだね」

    少し間を置いて、

    「パパが死んだらね」

    娘、

    「…………」

    話が急に相続になった(笑)

    娘は最初、

    「これ何?」

    とTelstar Arcadeを指さしただけである。

    それが、

    Telstar Arcadeから始まり、
    ATARI 2600に寄り道し、
    Channel Fまで遡り、
    PONGへ戻り、
    メキシコのNESAに飛び、
    日本のテレビテニスを経由し、
    VECTREXに着地して、
    ベクタースキャンを説明し、
    カラーオーバーレイを語り、

    中古相場に入り、

    最後は、

    「パパが死んだら売ればいい」

    というところまで来てしまった。

    もはやゲーム機の説明ではない。

    終活である(笑

    娘からすれば、

    「私は最初の一台を聞いただけなんだけど」

    である(笑)

    しかしマニアというのは、そういう生き物だ。

    「これ何?」

    その一言でスイッチが入る。本人は暴走しているつもりなどまったくない。

    むしろ、

    「せっかく興味を持ったんだから、ちゃんと説明してあげよう」

    くらいに思っている(笑)

    その結果、一台のゲーム機について質問しただけなのに、時代背景、技術史、コピー文化、失敗作、希少価値、中古相場、そして父親の死後の資産処分まで全部ついてくる。

    マニアに「これ何?」と聞いてはいけません。

    答えは一言では返ってきません。

    場合によっては、

    遺産整理の話まで返ってきます(爆)

  • そして次は、LSIゲーム、液晶ゲームのコーナー。ここはもう、私にとっては完全に子供時代そのものだった。<br /><br />毎年クリスマスが近づくと、<br /><br />「今年はどれを買ってもらおうか……」<br /><br />と、玩具屋の広告を眺めながら悩みに悩んだ。<br /><br />しかも友達同士で、<br /><br />「お前それ買うの?」<br />「じゃあ俺はこっちにする」<br /><br />と、なるべく機種が被らないように事前協議までしていた。せっかく一人一台しか買ってもらえないのだから、同じものを買うより、みんなで違うものを買った方が遊べるゲームが増える。購入後は学校が終わると誰かの家に集合して、それぞれ持ち寄って遊んだり、交換して貸し借りしたり。<br /><br />今考えると、子供なりに実に合理的な共同ゲームライブラリーを構築していたわけです(笑)<br /><br />そんな懐かしいLSIゲームが、ここにはズラッと並んでいる。<br /><br />「うわー、これあったなあ……」<br /><br />当然、私は一台ずつ見ていく。しかし隣を見ると、娘は妙に静かである。さっきの家庭用テレビゲームコーナーでは、<br /><br />「これ何?」<br /><br />とColeco Telstar Arcadeを指さしたばかりに、長講釈の挙句、<br /><br />「パパが死んだら売ればいい」<br /><br />という相続の話まで聞かされている。娘も学習したらしい。今度は何を見ても、<br /><br />一切、質問してこない(笑)<br /><br />明らかに、<br /><br />「下手に『これ何?』と言ったら、また始まる」<br /><br />という警戒感がある。<br /><br />実に賢明な判断である(爆)<br /><br />ちなみに、このLSIゲームの世界にも、とんでもない怪物がいる。<br /><br />ENTEX Adventure Vision<br /><br />1982年に登場した、カセット交換式の卓上型電子ゲームである。<br /><br />これがまた尋常ではない。<br /><br />赤色LEDを縦に並べ、それを高速回転するミラーに反射させて画面を作るという、説明を聞いても、<br /><br />「なんでそんなことを思いついた?」<br /><br />と言いたくなる機械である(笑)発売されたゲームはわずか4本。現在では電子ゲーム収集の世界で“Holy Grail”とまで呼ばれる超レア機のひとつになっている。<br /><br />完品クラスともなると市場価格はすでに数百万円級。<br /><br />しかも問題は値段以前に、<br /><br />出てこない。<br /><br />だからコレクターの世界では、条件の揃った個体が本当に市場に出れば、将来どこまで行くのか分からない、という類の存在になっている。<br /><br />さすがに、そのAdventure Visionまではここにもなかった。私も持っていないが、友人のコレクターはこのミントを持っている。当時、彼の持つ全財産とコレクションを処分して手に入れたもので、私もそこまでするかと思ったが実に賢明な判断だったと、話をするたびその話になる(笑<br /><br />「まあ、さすがにアレはないか……」<br /><br />と私が一人で残念がっている横を、娘は何も聞かずにスーッと通過していく。<br /><br />完全に前のコーナーの後遺症である(笑)。<br /><br />⸻<br /><br />そして翌日。<br /><br />気に入ったので、もう一度ここを訪れた。今度は嫁も一緒だった。<br /><br />妻と私がLSIゲームのコーナーへ近づき、<br /><br />「あ、これね——」<br /><br />と言いかけた、その瞬間。<br /><br />嫁が先に言った。<br /><br />「あ、大まかな話だけでいいから」<br /><br />さらに、<br /><br />「写真だけ撮れればいいから」<br /><br />(笑)<br /><br />まだ何も説明していない。<br /><br />一言目すら最後まで言わせてもらえない。長年一緒にいるだけあって、こちらの行動パターンを完全に読まれている。<br /><br />娘は前日の経験から質問しないという防御法を覚え、嫁は翌日には説明が始まる前に止めるという先制攻撃を覚えていた。<br /><br />対する私は、<br /><br />「いや、でもこれにはね……」<br /><br />と、まだ話そうとしている(笑)<br /><br />家族旅行の博物館である。<br /><br />しかし私だけは、頼まれてもいない学芸員になっている。<br /><br />どうやら我が家では、展示物そのものより先に、<br /><br />「パパに質問をしてはいけない」<br /><br />という学習が進んでいるようです(爆)

    そして次は、LSIゲーム、液晶ゲームのコーナー。ここはもう、私にとっては完全に子供時代そのものだった。

    毎年クリスマスが近づくと、

    「今年はどれを買ってもらおうか……」

    と、玩具屋の広告を眺めながら悩みに悩んだ。

    しかも友達同士で、

    「お前それ買うの?」
    「じゃあ俺はこっちにする」

    と、なるべく機種が被らないように事前協議までしていた。せっかく一人一台しか買ってもらえないのだから、同じものを買うより、みんなで違うものを買った方が遊べるゲームが増える。購入後は学校が終わると誰かの家に集合して、それぞれ持ち寄って遊んだり、交換して貸し借りしたり。

    今考えると、子供なりに実に合理的な共同ゲームライブラリーを構築していたわけです(笑)

    そんな懐かしいLSIゲームが、ここにはズラッと並んでいる。

    「うわー、これあったなあ……」

    当然、私は一台ずつ見ていく。しかし隣を見ると、娘は妙に静かである。さっきの家庭用テレビゲームコーナーでは、

    「これ何?」

    とColeco Telstar Arcadeを指さしたばかりに、長講釈の挙句、

    「パパが死んだら売ればいい」

    という相続の話まで聞かされている。娘も学習したらしい。今度は何を見ても、

    一切、質問してこない(笑)

    明らかに、

    「下手に『これ何?』と言ったら、また始まる」

    という警戒感がある。

    実に賢明な判断である(爆)

    ちなみに、このLSIゲームの世界にも、とんでもない怪物がいる。

    ENTEX Adventure Vision

    1982年に登場した、カセット交換式の卓上型電子ゲームである。

    これがまた尋常ではない。

    赤色LEDを縦に並べ、それを高速回転するミラーに反射させて画面を作るという、説明を聞いても、

    「なんでそんなことを思いついた?」

    と言いたくなる機械である(笑)発売されたゲームはわずか4本。現在では電子ゲーム収集の世界で“Holy Grail”とまで呼ばれる超レア機のひとつになっている。

    完品クラスともなると市場価格はすでに数百万円級。

    しかも問題は値段以前に、

    出てこない。

    だからコレクターの世界では、条件の揃った個体が本当に市場に出れば、将来どこまで行くのか分からない、という類の存在になっている。

    さすがに、そのAdventure Visionまではここにもなかった。私も持っていないが、友人のコレクターはこのミントを持っている。当時、彼の持つ全財産とコレクションを処分して手に入れたもので、私もそこまでするかと思ったが実に賢明な判断だったと、話をするたびその話になる(笑

    「まあ、さすがにアレはないか……」

    と私が一人で残念がっている横を、娘は何も聞かずにスーッと通過していく。

    完全に前のコーナーの後遺症である(笑)。

    ⸻

    そして翌日。

    気に入ったので、もう一度ここを訪れた。今度は嫁も一緒だった。

    妻と私がLSIゲームのコーナーへ近づき、

    「あ、これね——」

    と言いかけた、その瞬間。

    嫁が先に言った。

    「あ、大まかな話だけでいいから」

    さらに、

    「写真だけ撮れればいいから」

    (笑)

    まだ何も説明していない。

    一言目すら最後まで言わせてもらえない。長年一緒にいるだけあって、こちらの行動パターンを完全に読まれている。

    娘は前日の経験から質問しないという防御法を覚え、嫁は翌日には説明が始まる前に止めるという先制攻撃を覚えていた。

    対する私は、

    「いや、でもこれにはね……」

    と、まだ話そうとしている(笑)

    家族旅行の博物館である。

    しかし私だけは、頼まれてもいない学芸員になっている。

    どうやら我が家では、展示物そのものより先に、

    「パパに質問をしてはいけない」

    という学習が進んでいるようです(爆)

  • 720°というモンドゲーム(笑)<br /><br />アメリカのゲームって、ときどき発想の順番がおかしい(笑)<br /><br />普通なら、<br /><br />「面白いアイデアを思いつく」<br />↓<br />「ルールを整理する」<br />↓<br />「誰でも遊べるように調整する」<br />↓<br />「発売する」<br /><br />となりそうなものですが、アメリカは違う。<br /><br />「これ面白くね?」<br />↓<br />「よし、出そう!」<br /><br />なんです(笑)<br /><br />この『720°』もまさにそんなゲーム。<br /><br />スケートボードを題材にしたアーケードゲームなのですが、初めて遊ぶと、<br /><br />「……で、俺はいったい何をすればいいんだ?」<br /><br />となる(笑)<br /><br />コインを入れた瞬間から爽快に遊べる、なんていう親切設計ではない。<br /><br />どこへ行くのか?<br />何をすれば得点になるのか?<br />どうやって技を出すのか?<br /><br />ちゃんと理解して遊べるようになるまで、かなりの回数を必要とします。ゲームセンターで初見プレイするには、なかなか凶悪です(笑)<br /><br />でも、そこがアメリカのアーケードゲームの面白いところでもあり、<br /><br />『マーブルマッドネス』もそうですが、この時代のATARIには、普通のレバーとボタンだけではない、特殊な入力装置そのものを遊ばせるゲームが結構ありました。<br /><br />『720°』のコントローラーなんて、それだけでもう遊具です(笑)<br /><br />そして、こういうゲームは今遊ぶと妙に面白い。<br /><br />なぜなら、もう100円玉が減っていく恐怖がないからです。当時の日本のゲームセンターは基本1プレイ100円。子供にとって100円は結構な大金でした。<br /><br />だから重要なのは、<br /><br />「このゲームが面白いか」より、「100円で何分粘れるか」<br /><br />だった(笑)<br /><br />ところが当時のアメリカでは、1プレイ25セントがベース。当時の為替感覚なら、日本の100円プレイの半額以下です。<br /><br />そのため北米のアーケードゲームには、とにかく短時間でプレイヤーを殺しにくるように同じタイトルでも難易度が高いのがデフォルトだったんです。<br /><br />日本のゲームなら、<br /><br />「もう少し遊ばせてあげよう」<br /><br />という場面でも、<br /><br />アメリカのゲームは、<br /><br />「はいゲームオーバー!次の25セントどうぞ」<br /><br />でした(笑)<br /><br />だから子供の頃にアメリカ版を遊ぶと、<br /><br />「なんだこれ、無茶苦茶じゃねえか!」<br /><br />と思ったものです。ギャラクシアンなんて、上一列並んで絨毯爆撃してきたりしましたからね(笑<br /><br />そして『720°』は、その無茶苦茶さをかなり濃縮した一本(笑)<br /><br />でも今になって、コインの残量を気にせず何度でも遊んでみると、その雑さの奥にあるアイデアが見えてくる。<br /><br />洗練されてはいない。<br /><br />親切でもない。<br /><br />完成度だけなら日本のゲームの方が高いものも多い。<br /><br />それでも、<br /><br />「こんな遊び方、誰もやってないだろ?」<br /><br />というものを、特殊筐体まで作って力ずくで商品にしてしまう。<br /><br />そこが、この時代のアメリカのアーケードゲームの最高に面白いところなんですね。<br /><br />『720°』。<br /><br />今ならようやく、財布を気にせず、<br /><br />ゲームのルールを覚えるところから遊べます(笑)

    720°というモンドゲーム(笑)

    アメリカのゲームって、ときどき発想の順番がおかしい(笑)

    普通なら、

    「面白いアイデアを思いつく」
    ↓
    「ルールを整理する」
    ↓
    「誰でも遊べるように調整する」
    ↓
    「発売する」

    となりそうなものですが、アメリカは違う。

    「これ面白くね?」
    ↓
    「よし、出そう!」

    なんです(笑)

    この『720°』もまさにそんなゲーム。

    スケートボードを題材にしたアーケードゲームなのですが、初めて遊ぶと、

    「……で、俺はいったい何をすればいいんだ?」

    となる(笑)

    コインを入れた瞬間から爽快に遊べる、なんていう親切設計ではない。

    どこへ行くのか?
    何をすれば得点になるのか?
    どうやって技を出すのか?

    ちゃんと理解して遊べるようになるまで、かなりの回数を必要とします。ゲームセンターで初見プレイするには、なかなか凶悪です(笑)

    でも、そこがアメリカのアーケードゲームの面白いところでもあり、

    『マーブルマッドネス』もそうですが、この時代のATARIには、普通のレバーとボタンだけではない、特殊な入力装置そのものを遊ばせるゲームが結構ありました。

    『720°』のコントローラーなんて、それだけでもう遊具です(笑)

    そして、こういうゲームは今遊ぶと妙に面白い。

    なぜなら、もう100円玉が減っていく恐怖がないからです。当時の日本のゲームセンターは基本1プレイ100円。子供にとって100円は結構な大金でした。

    だから重要なのは、

    「このゲームが面白いか」より、「100円で何分粘れるか」

    だった(笑)

    ところが当時のアメリカでは、1プレイ25セントがベース。当時の為替感覚なら、日本の100円プレイの半額以下です。

    そのため北米のアーケードゲームには、とにかく短時間でプレイヤーを殺しにくるように同じタイトルでも難易度が高いのがデフォルトだったんです。

    日本のゲームなら、

    「もう少し遊ばせてあげよう」

    という場面でも、

    アメリカのゲームは、

    「はいゲームオーバー!次の25セントどうぞ」

    でした(笑)

    だから子供の頃にアメリカ版を遊ぶと、

    「なんだこれ、無茶苦茶じゃねえか!」

    と思ったものです。ギャラクシアンなんて、上一列並んで絨毯爆撃してきたりしましたからね(笑

    そして『720°』は、その無茶苦茶さをかなり濃縮した一本(笑)

    でも今になって、コインの残量を気にせず何度でも遊んでみると、その雑さの奥にあるアイデアが見えてくる。

    洗練されてはいない。

    親切でもない。

    完成度だけなら日本のゲームの方が高いものも多い。

    それでも、

    「こんな遊び方、誰もやってないだろ?」

    というものを、特殊筐体まで作って力ずくで商品にしてしまう。

    そこが、この時代のアメリカのアーケードゲームの最高に面白いところなんですね。

    『720°』。

    今ならようやく、財布を気にせず、

    ゲームのルールを覚えるところから遊べます(笑)

  • スプリントなど、上方視点の車ゲームは、当時多く出ました。私もデパートの屋上でよく親にねだって遊ばせてもらったものです。。。70年代のタイトルですね。

    スプリントなど、上方視点の車ゲームは、当時多く出ました。私もデパートの屋上でよく親にねだって遊ばせてもらったものです。。。70年代のタイトルですね。

  • ここは二度訪れた初日の夜。LOFIアンダーが流れる不思議な空間。。。

    ここは二度訪れた初日の夜。LOFIアンダーが流れる不思議な空間。。。

  • メキシコで枝豆を注文すると大体炒めて濃厚な味付けになっています。もちろん、手はべたべたになります(笑) メキシコでは手がべたべたになる事に対する抵抗が著しく低いのが特徴で、結構な確率で手がべたべたに何でもなります(笑)

    メキシコで枝豆を注文すると大体炒めて濃厚な味付けになっています。もちろん、手はべたべたになります(笑) メキシコでは手がべたべたになる事に対する抵抗が著しく低いのが特徴で、結構な確率で手がべたべたに何でもなります(笑)

  • 「アラチェララーメンがお勧めですよ!」と言われ、期待して注文したのがこちら<br /><br />最近は日清のカップヌードルでもBIRRIA味が人気だったりするので、メキシコらしい牛肉の旨味が凝縮されたラーメンを勝手に想像していたのですが……<br /><br />出てきたのは、濃厚なしょうゆベースラーメン。。。<br /><br />そして、なぜかアラチェラは別皿で登場!<br /><br />いやいや、それって単なる**「ラーメン&焼肉セット」**ですから!<br /><br />ちなみに、アラチェラをラーメンに入れるかどうかは客の判断に委ねられております。料理の融合どころか、完全に別居してました(^^)

    「アラチェララーメンがお勧めですよ!」と言われ、期待して注文したのがこちら

    最近は日清のカップヌードルでもBIRRIA味が人気だったりするので、メキシコらしい牛肉の旨味が凝縮されたラーメンを勝手に想像していたのですが……

    出てきたのは、濃厚なしょうゆベースラーメン。。。

    そして、なぜかアラチェラは別皿で登場!

    いやいや、それって単なる**「ラーメン&焼肉セット」**ですから!

    ちなみに、アラチェラをラーメンに入れるかどうかは客の判断に委ねられております。料理の融合どころか、完全に別居してました(^^)

  • JAPPY風から揚げ。これはね、ボリュームたっぷりでしたが、日本のから揚げとは違って、フライドチキンを和風の味付けにしている感じのものでした。個人的にはこういうジャンクは大好きです。

    JAPPY風から揚げ。これはね、ボリュームたっぷりでしたが、日本のから揚げとは違って、フライドチキンを和風の味付けにしている感じのものでした。個人的にはこういうジャンクは大好きです。

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