2026/05/12 - 2026/05/13
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14mさん
吉野川の歴史
吉野川は三好から香川県(讃岐平野)へと北上して海へ注いでいました。しかし、日本最大級の断層帯である「中央構造線」の激しい地殻変動によって土地が隆起。行く手を阻まれた川は、なんと東へと進路をガラリと変え、現在の徳島市側へと流れるようになったのです。大自然のパワーが四国の地図を書き換えた、歴史の大きな転換点です。この激動の歴史を今に伝えるのが、三好市にある「大歩危・小歩危」の断崖絶壁です。2億年もの歳月をかけ、激流が硬い岩石を削り続けてできた結晶片岩の渓谷で、まるで地球の割れ目のような大迫力の絶景が広がっています。地質学的な大変動と、歴史的な水運の拠点としてのドラマが交差する吉野川。社会科や地学の教科書がリアルに飛び出してきたような、ワクワクする謎解きが詰まったスポットです。
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愛媛県四国中央市(旧・川之江市)金生町切山の山中にある「生木地蔵」
歴史と由来
江戸時代中期(1730年)に仏師によって彫られたとされ、平家の落人伝説が残る切山地区の山奥にあります。
現在の姿
初代の母体となったカゴノキが枯れて朽ちたため、昭和54年に仏師によって新しい像が復元され、旧像はお堂の中で大切に保管されています。周辺には平家伝説の遺跡も残っています。
四国地方にいくつか存在しており、特に愛媛県西条市の「正善寺(境外仏堂)」や香川県観音寺市の「生木地蔵尊」が有名です。 -
生木地蔵の由緒
昭和五十五年八月
約三百年前 生きた鹿子の大木に仏師
鈴木庄兵衛さんが地蔵を刻その母体を通じ、天に地に広く恵みを授ける延命地蔵で耳の神様として知られている近年この老木が天命を完了したので
同所にある同じ鹿子の大木に昭和五十四年十一月十七日 平家遺跡保存会により復元建立
彫刻は観音寺市本大町荻田文昭師(三十八才)が丹精こめた二ヶ月間の力作
この地蔵は生木と共に生を同じうしている(他所には生木に取り付けた縁切地蔵さんもあるとの事)
全国でも稀な仏様であり
昭和五十四年十一月七日NHKテレビで全国放送の放映があった
切山遺跡保存会 -
愛媛県四国中央市金生町山田井の切山地区にある「真鍋家住宅(まなべけじゅうたく)」は、1970年(昭和45年)6月17日に国の重要文化財に指定された、愛媛県内に現存する最古の民家です
建築の貴重さ
江戸時代中期(17世紀中ごろ)に建てられたとされる、木造平屋建て・茅葺(かやぶき)屋根の住宅です。妻側と裏側の壁がすべて土壁で塗り込められた閉鎖的な造り(土蔵塗り籠め)になっており、四国東予地方の古い民家の原型として建築学上非常に高く評価されています。
平家落人(へいけおちうど)の歴史:
切山地区に潜入した平家落人の5人の武士のうちの1人、真鍋次郎・平清房(平清盛の八男)を先祖に持つとされる真鍋家が、代々大切に守り伝えてきました。現在の当主は16代目です。
屋根の全面葺き替え:
2019年に約40年ぶりとなる大規模な茅葺屋根の全面葺き替え工事が完了し、美しい姿が維持されています。
内部の公開:
内部は見学が可能で、昔ながらの囲炉裏(いろり)や、敵の襲撃に備えたとされる「秘密の部屋」「床下の貯蔵庫」などの遺構を見ることができます。真鍋家住宅 名所・史跡
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愛媛県四国中央市新宮町馬立にある「仙龍寺(せんりゅうじ)」は、四国山地の深い山奥に佇む真言宗大覚寺派の寺院です。四国八十八箇所霊場・第65番札所「三角寺」の奥の院であり、「四国総奥之院」とも称される非常に格式高い霊場です。
崖にそびえ立つ「懸造り(かけづくり)」:
境内の急斜面にへばりつくように建てられた本堂は、清水寺などと同じ「舞台造り(懸造り)」という建築様式です。外から見るとまるで巨大な古い木造旅館や歌舞伎の舞台のような、圧倒的な迫力と幽玄な佇まいを見せてくれます。
本堂の下を流れる清流と滝:
本堂の建物の真下を川が流れており、山水が滝(清滝・きよめの滝)となって流れ落ちています。堂内にいても常に心地よい滝の水音が響き、マイナスイオンに包まれた厳かな空間を体感できます。
弘法大師(空海)の修行聖地:
弘仁6年(815年)、42歳の弘法大師がこの地で21日間の護摩修行を行い、満願成就の際に自らの姿を刻んだ大師像が御本尊(厄除大師・虫除大師)として祀られています。仙龍寺 寺・神社・教会
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馬立本陣
土佐藩が六代藩主山内豊隆候の享保
三年(1718年)から十六代藩主山内
豊範候の文久二年(1862年)までの間に渡り、参勤交代の際に本陣としていた屋敷跡。
建物は明治三十年の火災で焼失してしまったが、約1000mにも及ぶ敷地は石垣の上に高さ1・8mの銃眼を備えた土塀で囲まれており、内側は御殿、藩
士宿所等のほか、籠が50丁並ぶほどの広大な庭があったと言われている。
正門は明治初期に金川村(市内金田町)の円徳寺に移築されていたものが、昭和五十八年に返戻され元の場所に復元されたものであり、石垣と並び当時の面影を残している。
なお、正門までの登りは現在石段であるが、当時は勾配がもっとゆるく、たたきであった。
四国中央市教育委員会馬立本陣跡 名所・史跡
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馬立本陣(うまたてほんじん)は、愛媛県四国中央市新宮町馬立にある、江戸時代の土佐藩(高知藩)主が参勤交代の際に使用した宿舎(本陣)の跡地です。旧土佐街道沿いに位置し、現在は「馬立本陣跡」として市指定史跡に登録されています
146年間にわたる殿様の宿:享保3年(1718年)、6代藩主・山内豊隆侯が参勤交代の陸路(土佐北街道)を整備した際、地元の庄屋であった石川氏の屋敷を本陣と定めました。以後、16代豊範侯にいたるまで146年間、歴代藩主の宿所として利用されました
往時の広大な佇まい:約1,000㎡の広大な敷地を持ち、高さ約3m、長さ約50mの立派な野面石積(のづらいしづみ)の石垣が築かれています。当時は銃眼を備えた土塀で囲まれ、庭には50丁もの駕籠(かご)が並ぶほどの大規模なものでした
正門の奇跡的な移築と返還:明治30年(1897年)の火災により御殿自体は全焼してしまいました。しかし、明治初期に一度、川之江(金田町)の円徳寺に移築されていた「正門」だけは難を逃れ、昭和58年(1983年)に元の場所へと戻され再建されました。馬立本陣跡 名所・史跡
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川人家長屋門
徳島県三好市池田町西山にある、江戸時代(安永年間:1772~1781年頃)に建てられたとされる歴史的な建造物です。代々この地で大庄屋(おおじょうや)を務めた川人(かわひと)家の格式を示す壮大な構えを残しており、徳島県指定有形文化財(建造物)に登録されています
村役人の強大な力を伝える構え:東西約22m、奥行約4.5mという非常に大きくて立派な長屋門です。門内には、問屋・番屋・用人部屋・寝室・馬小屋などが備えられており、藩政時代の村役人が持っていた強い権力や当時の生活の様子を今に伝えています
武士(士分)の象徴:川人家の家伝文書によると、当時の6代目当主が剣術師範として「士分(しぶん:武士の身分)」に取り立てられた際に、この長屋門が建てられたと記されています
美しい外観と地形を活かした工夫:入母屋造(いりもやづくり)の茅葺き(かやぶき)屋根と、白漆喰で美しく仕上げられた白壁が大きな特徴です。吉野川流域で採れる「撫養石(むやいし)」を使った石垣の上に建っており、傾斜地の高低差を利用して東側の床下が馬小屋として活用されています。 -
門が建つ洞草(どうそう)台地からは、三好の市街地や吉野川を一望できる素晴らしい景色が広がっています
また、この周辺は隠れたそばの名所としても知られています。毎年秋(10月頃)になると、歴史ある茅葺き屋根の長屋門の前に可憐な白いそばの花が一面に咲き誇り、奥深い歴史を感じる日本の原風景として多くの写真家や観光客を魅了しています -
峯ノ久保パノラマ展望台
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般若心経の石段:般若心経と同じ全278段の石段があり、一段ずつ上ることで煩悩を滅するとされます。
箸蔵寺(はしくらじ)は、徳島県三好市池田町州津蔵谷にある真言宗御室派の歴史ある古刹です。標高約600mの箸蔵山頂付近に位置し、「こんぴら奥の院」としても広く全国の信仰を集めています。
天長5年(828年)、弘法大師(空海)がこの山を巡錫した際、金毘羅大権現から「箸を挙ぐる者、我誓ってこれを救はん」というご神託を授かったことが開創の由来です。
「箸を挙ぐる者」とは「食事をする全ての人々(=国民のすべて)」を意味し、生きとし生けるものすべてを救済するという強い誓いが込められています。この伝説から、箸蔵寺では「お箸の供養」が全国的に知られているほか、赤ちゃんの健やかな成長を願う「お箸初め(お食い初め)」のご祈祷も大変有名です。箸蔵寺 寺・神社・教会
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壮麗な文化財建築:江戸時代末期再建の神仏習合の様式を残し、本殿や護摩殿など6棟が国の重要文化財に指定されています。
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彫刻が素晴らしいので見惚れてしまう
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旧:永井家 庄屋屋敷
徳島県美馬郡つるぎ町貞光(さだみつ)にある、江戸時代中期(寛政3年・1791年)に建築された歴史的な建造物です
庄屋としての特別な格式:
築地塀(ついじべい)に囲まれた約550坪の広大な敷地を持ち、四国地方の一般的な古民家とは異なる、庄屋(町の役場のような役割)ならではの風格ある間取りが特徴です。
茅葺き(かやぶき)の主屋と展示物:
美しく維持された茅葺き屋根の母屋(主屋)をはじめ、かつて藍を寝かせる作業場だった「ネドコ(ハナレ)」や蔵が残されています。館内では、永井家で代々使われてきた人力車や琴、銅鏡などが展示されており、往時の生活に触れられます。
鶴亀蓬莱庭園(つるかめほうらいていえん):
京都の金地院(こんちいん)の庭園を手本にして作られたと伝わる、コンパクトで見事な枯山水の中庭(座視鑑賞式)があり、母屋の縁側に腰をかけてのんびりと眺めることができます。 -
「阿波の土柱(あわのどちゅう)」
100万年以上前の地層が長い年月の風雨によって侵食され、まるで巨大なカーテンのようなひだ状の土壁や、無数の奇妙な土の柱が絶壁のようにそびえ立つ独特の景観を作り出しています。アメリカのブライスキャニオン、イタリアの南チロル地方と並び、「世界三大土柱(世界三大奇勝)」の一つに数えられており、国の天然記念物にも指定されています。
迫力満点の絶壁(正面展望台):
もっとも規模が大きく造形が美しいとされる「波濤(はとう)がだけ」を正面から見上げるスポットです。高さ10m~18mに及ぶ切り立った土壁の迫力を安全に体感できます。
スリル抜群の「頂上」散策:
遊歩道を登ると、この断崖絶壁の真上(淵)まで行くことができます。柵のすぐ向こう側がそのまま削り取られたような崖になっており、足がすくむほどのスリルと、上から見下ろす不思議な奇岩群の景色を楽しめます。
幻想的な夜のライトアップ:
夜間は土壁がライトアップされ、昼間の荒々しい大地の姿から一転して、宇宙の惑星に迷い込んだかのような幻想的な世界が広がります。阿波の土柱 自然・景勝地
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