2026/05/15 - 2026/05/15
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かっちんさん
神田川の源流は三鷹市の「井の頭池」。やがて善福寺川、妙正寺川の流れを集め、御茶ノ水を通り、最後に隅田川と合流する24.6kmの流路です。
神田川の中で、水道橋~御茶ノ水~秋葉原の区間は谷間を通ります。
この谷間は、江戸時代初期に江戸城周辺の洪水対策・外濠機能として、神田山と呼ばれていた湯島台(本郷台地)・駿河台を開削してできた放水路です。
それ以前は水道橋の飯田橋寄りから日本橋川へ流れていました。
大正12年(1923)に発生した関東大震災後、復興事業として合計425橋の震災復興橋梁が架設され、そのうち内務省復興局が主要な115橋を担当し、東京市が中小河川など310橋を架設しました。
神田川の橋梁は、復興局と東京市が架設しており、各々特徴ある名橋となっています。
復興局による復興橋梁は、聖橋をはじめほとんどがアーチ橋。美観に優れ、当時の舟運の通行には川の中に橋脚を設けなくてもすむからです。
今日は、NHK学園アウトドア講座「日本橋川・神田川クルーズ名橋めぐり」に参加します。
案内役は東京都道路整備保全公社の「紅林章央」氏。
橋の歴史や時代背景、橋の構造などの説明を聞きながら、クルーズ船からの醍醐味を楽しみます。
この旅行記は、浅草橋から上流の後楽橋までの神田川クルーズ船旅を紹介します。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・NHK学園資料「東京の橋めぐりクルーズマップ」「神田川に架かる橋」「日本橋川に架かる橋」
・伊藤義康ブログ「東京都江東区は鋼橋の博物館ー震災復興橋梁たち」
・建設業しんこうWeb、三上美絵「構造アーチと装飾アーチのギャップに萌える聖橋」
・屋形船 三浦屋のHP
・東洋経済「400年続く屋形船主人が訴える水都復権の急所 防災時の活用に余地、求められる治水との両立」:三浦屋
・千代田観光協会「左衛門橋」「美倉橋」「神田ふれあい橋」「万世橋」「昌平橋」「聖橋」「お茶ノ水橋」
・千代田区の文化財「柳森神社」
・建設MIL「アーチ橋とは?構造や仕組み、作り方を詳しく解説!」:2ヒンジアーチ橋
・ライブドアブログ「万世橋北詰の暗渠 真島町雨水幹線」
・東日本鉄道文化財団「旧万世橋駅」
・土木ウォッチング「下から見上げる橋梁探訪:神田川橋梁(JR総武本線)」
・ドボ博東京「東京インフラ029 御茶ノ水橋梁」:地下鉄丸ノ内線御茶ノ水橋梁
・鹿島「神田川を舞台に御茶ノ水駅上空に橋を架ける」
・コア東京Web、紅林 章央「連載:Kure散歩|東京の橋めぐり25お茶の水橋」
・東光コンサルタンツの技術短信「鋼床版橋について」
・橋と道路のはなし「箱桁橋」
・乗りものニュース「見れたらラッキー!? 神田川をどんぶらこ「ゴミ運搬船」は究極の「エコ優等生」か 「静脈物流」支える江戸風情とは」
・ウィキペディア「神田川」「万世橋」「昌平橋」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 私鉄
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
「東京の橋めぐりクルーズマップ」
橋めぐりコースは、神田川の浅草橋から上流の後楽橋へ向かいます。
その後、三崎橋~日本橋川~豊海橋~隅田川~柳橋~神田川~浅草橋まで一周します。
1時間30分のクルーズ船の旅です。 -
集合場所は浅草橋の「屋形船 三浦屋」
江戸初期から400年にわたって船宿(屋形船)を営む三浦屋さん。
屋形船は食事をしながら川を巡りますが、これから乗る観光クルーズ船は食事をせずに川面から名橋や風景を眺めます。 -
観光クルーズ船「三浦屋粋人丸(すいじんまる)」
左側の船です。
定員50名、屋根テントがあるので日差しや雨を防げます。 -
「クルーズ船の出航」
11:00に出航。神田川を上流の御茶ノ水方面へと進みます。
振り返ると水色の「浅草橋」、その先に緑色の「柳橋」と隅田川が見えます。 -
最初の橋は「左衛門橋」(神田川)
昭和5年(1930)に復興局が架設。
橋の北側に酒井左衛門尉の屋敷があったことから、この橋名がつきました。
橋の構造は「鋼2ヒンジアーチ橋」。 -
「鋼2ヒンジアーチ橋の解説」(説明資料)
紅林氏よりイラストを使って説明してくれます。
半円形のアーチ部材「アーチリブ」が、上方向からかかる力を水平方向に逃がすことで、橋全体をしっかりと支える仕組みです。
アーチの両端に大きな力(水平反力)がかかるため、基礎地盤が強固な場所に建設します。
「2ヒンジアーチ橋」は、アーチ橋の両端が固定されず、一定の範囲で回転するヒンジ構造になっています。 -
「橋の下を通過」(左衛門橋)
青い「アーチ部材」と支点となる「ヒンジ」が見えます。 -
次は「美倉橋(みくらばし)」(神田川)
神田美倉町はもと佐柄木町・本銀町・紺屋町の蔵地からなり「三倉地」と呼ばれていました。
明治2年(1869)に「三」を「美」に改め、町名・橋名にしました。
橋上の通りは「清州橋通り」。(通りを南下すると隅田川に清州橋があります)
しばらく復興局が架設した「鋼2ヒンジアーチ橋」が続きます。 -
「江戸時代の和泉橋」の絵図
江戸時代は、木橋を人と荷車が通り、川では釣りをしたり、のどかな風景です。 -
現在の「和泉橋」(神田川の秋葉原付近)
川の周りにビルが建ち、橋上の通りは自動車道の「昭和通り」。
魚釣りはできませんが、ウミネコが飛んでいます。 -
「不思議な空間」(和泉橋)
上下のアーチ橋に挟まれたような空間を進みます。 -
「柳森神社」(神田川)
太田道灌が江戸城の鬼門除けとして、多くの柳を植え、京都の伏見稲荷を勧請したことに由来する神社です。
ここは神田須田町。 -
東北新幹線の下に水色の「神田ふれあい橋」(神田川)
元々、JR東北新幹線の工事用の橋でしたが、地元の要望により工事完了後も撤去しないで、平成元年から歩道橋(下路式鋼板桁橋)として供用されています。 -
「鋭い目つきのウミネコ」(神田川)
東京湾とは5kmほど離れていますが、川の下流なのでウミネコがいるのですね。 -
レトロでお洒落な「万世橋(まんせいばし)」(神田川の電気街付近)
アールデコ調の橋灯付き親柱があります。
橋の南詰(須田町側)地下に宮殿みたいな建物がありますが、これは公衆トイレの遺構。
橋の形式は、関東大震災で被害を受け、昭和5年に東京市が架設した「鉄筋コンクリートアーチ橋」です。 -
「橋の北詰(秋葉原側)に巨大な排水口」(万世橋)
北詰はかつて荷揚げ場だったようです。
現在はイベントや防災訓練の際に使用される船の乗降場になります。
数多くぶら下がる古タイヤは、船が岸壁にぶつかる衝撃を和らげます。
そして、大きな排水口は「真島町雨水幹線」(暗渠)の排水口。
暗渠の源流は豊島区駒込にある染井霊園の長池。そこから藍染川、谷田川となり、湯島ポンプ所にて大雨の洪水を防止する「真島町雨水幹線」となります。 -
「赤レンガの万世橋高架橋」(神田川の右岸)
ここに明治45年(1912)中央線の神田~御茶ノ水間に開業した「万世橋駅」がありました。
昭和18年に「万世橋駅」が休止、その後、交通博物館を経て、現在は商業施設「マーチエキュート神田万世橋」となっています。
高架橋は今でも中央線の電車が走っています。 -
イチオシ
「昌平橋(しょうへいばし)とその上を通過する黄色い電車」(神田川)
「昌平橋」は、車道橋と両側に人道橋があり、赤レンガの橋は下流側の人道橋。
真ん中の白い車道橋は大正12年(1923)に復興局が架設した「鉄筋コンクリートアーチ橋」です。
黄色い電車は総武本線「神田川橋梁」を通過しています。 -
「八の字形ラーメン構造の橋脚」(総武本線神田川橋梁)
ラーメン構造とは、橋桁(上部)と橋脚を一体化させた橋の造りのこと。 -
「下から見上げる橋の線路」(総武本線神田川橋梁)
-
アーチ橋に縦長アーチ穴が美しい「聖橋(ひじりばし)」(神田川の御茶ノ水)
「聖橋」の名前は、橋が湯島聖堂とニコライ堂(駿河台)を結んでいることから名付けられました。
昭和2年(1927)に関東大震災の復興橋の一つとして復興局が架設した「鉄骨コンクリートアーチ橋」です。 -
イチオシ
「聖橋の下を彩る赤い電車」(神田川の御茶ノ水)
東京地下鉄丸ノ内線が神田川を渡っています。 -
水面に近い位置の「丸ノ内線御茶ノ水橋梁」(神田川)
地下を走る鉄道なので、できるだけ水面に近い場所に橋が架けられています。
昭和31年(1956)に架設した「複線下路ボックスガーダ」という特殊な構造の橋梁です。
大先輩の「聖橋」や「お茶ノ水橋(後述)」に負けない新しいスタイルを検討した結果で、桁高を車窓より低い位置とし、表面仕上げに沈頭鋲を用いてスマートな桁を実現しています。
神田川を斜めに跨いでおり、トンネルを抜けてきた地下鉄の車窓から一瞬の眺めを少し長く楽しめます。 -
「神田川上に設置した仮設桟橋」(神田川の御茶ノ水駅隣)
聖橋を通り抜けると御茶ノ水駅改良工事用の「仮設桟橋」が現れます。
御茶ノ水駅は昭和7年(1932)に現在の場所にホームが設置されてから、駅の施設はほとんど当時のまま。
斜面を切り欠くようにして設けられたホームの台地側には、商業ビルが立ち並び、工事ヤードを確保できないことが大規模な改築工事が行われず、昇降装置などバリアフリー対応設備がありませんでした。
いろいろ検討した結果、改良工事は線路と並行して流れる神田川の上に工事用の桟橋を仮設して2012年から開始。
2026年現在、バリアフリー化の実現だけでなく、聖橋口駅舎の新設、ホーム2階にエキナカ商業施設などがオープンしています。
御茶ノ水駅改良工事の詳細は工事を担当した鹿島ダイジェストが参考になります。
https://www.kajima.co.jp/news/digest/jul_2019/site/index.html -
「お茶ノ水橋」(神田川)
お茶の水の地名・橋名は、江戸時代に将軍家の茶の湯に用いる清水が橋下の渓谷近くから湧き出ていたことによります。
橋の構造は、関東大震災で損害を受け、昭和6年(2031)に東京市が架設した「鋼ラーメン・ゲルバー桁橋」。
紅林氏の評価は、御茶ノ水の2橋が演ずる優れた都市景観を楽しめ、「聖橋」が雄大な曲線、「お茶の水橋」が直線的でモダンなフォルム。
そこには、同時期に架設した復興局の「聖橋」に対抗心を持つ東京市の「お茶の水橋」の意地が感じられます。 -
「紅林氏の説明」
歴史的な背景を含めた説明は興味を引き、大変参考になります。 -
チョンマゲが特徴の「コサギ」(神田川)
-
イチオシ
「緑の多い深い谷の神田川」(御茶ノ水-水道橋間)
深い谷を流れる神田川は、今から約400年前の江戸時代初期に江戸城周辺の洪水対策及び外濠として、台地(神田山)を開削してできた放水路です。
幕府が仙台藩初代藩主伊達政宗に命じて作らせたことから「仙台堀」とも呼ばれ、台地の上から水面まで15m以上ある高低差は先人の土木工事の偉業を物語っています。 -
「静寂さを感じる神田川」(御茶ノ水-水道橋間)
町の中を流れる万世橋付近とは異なり、自然が残る景色です。 -
「高台を走る中央線」(御茶ノ水-水道橋間)
高台は駿河台。 -
イチオシ
「渓谷沿いを走るオレンジ色の中央線」(2025/10/15湯島台から御茶ノ水-水道橋間を撮影)
神田川とは思えない景色です。 -
「谷が浅くなる神田川」(水道橋付近)
水道橋に近づくと台地が徐々に低くなります。 -
江戸時代の「神田上水掛樋」(説明資料)
神田川に架かる橋は「神田上水掛樋」=水道橋。
初代 歌川広重筆の「東都名所 御茶之水之図」。 -
現在の「水道橋」(神田川の水道橋駅前)
左上に水道橋駅ホームが見えます。
昭和63年(1988)に東京都が架設した「単純鋼床版箱桁橋(たんじゅんこう しょうばん はこげたきょう)」。
桁橋は車両や人々が通行する床版と、それを支える主桁から構成されています。
箱桁橋は箱形に製作した桁を組んで渡します。箱の中は空洞。
「鋼床版箱桁橋」は、地盤条件が悪い箇所や、路下が航路、鉄道、道路など支間が長くなる箇所で、上部構造の重量を軽減する必要のある場合によく用いられる構造。 -
お澄まし顔の「オオバン」(神田川)
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「後楽橋」(神田川の後楽園前)
昭和2年に復興局が架設した「鋼アーチ橋」。 -
「東京都のゴミ処理施設」(神田川)
建物(千代田清掃事務所の三崎町中継所)から不燃ゴミを「廃棄物運搬船」に落とし、タグボートに引かれながら東京港沖合のごみ処分場(埋立地)まで運ぶ施設です。 -
「日本橋川の三崎橋」
「小石川橋」手前に、神田川から日本橋川に分岐するところに三崎橋があります。
これから日本橋川へ進むのですが、次の旅行記で紹介します。
神田川の都心を流れる風景と御茶ノ水付近の渓谷美、さらに数々の名橋を眺めながらクルーズ船旅を楽しむことができました。
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