2025/09/11 - 2025/09/11
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frau.himmelさん
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ウィーンからゼメリンク鉄道を通ってグラーツにやってきました。
今回の旅は同行者3人で希望を出し合って決めました。
グラーツは私がどうしても行きたかった地でした。私は2009年9月末にグラーツに2泊しています。その時にエッゲンベルク城へ行ったのですが、時間が遅かったので内部見学はできませんでした。
そして帰国してひと月も経たない頃、NHKでエッゲンベルク城の特集をやっていました。それによるとエッゲンベルク城で豊臣秀吉時代の大坂城の屏風絵が見つかった。日本にもこの時代の大坂の城下町を描写したものは少なく学術的にも大変貴重なものである、というものでした。
もしあの時、内部見学をしていたら、その貴重な屏風絵を見ることができたかも知れなかったのに・・・。
そして、グラーツは1999年に「グラーツの歴史地区」として世界遺産登録されていましたが、私が訪れた翌年2010年にはグラーツの世界遺産にエッゲンベルク城が加わり拡大登録されたのです。
これには大坂城屏風絵の発見も関係していたかも・・・。
あの時私はそういう凄いチャンスを逃していたのです。これはいつかリベンジしなければと思っていました。
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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グラーツに到着して、ホテルに荷物を置き、早速路面電車1番でエッゲンベルク城へやってきました。
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エッゲンベルク城はハプスブルク家皇帝フェルディナント2世の重臣ハンス・ウルリッヒ・エッゲンベルク公(1568-1634)が建てたお城です。
路面電車を降りて、長い白い塀に沿って正門へ。 -
美しく装飾された正門
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広い庭園を進みます。
日本で見かける紫陽花やシュウメイギクに似た花が咲き、大木が茂る庭園。ときどき放し飼いにされているクジャクのけたたましい鳴き声が聞こえる。
林の奥に素敵な宮殿が見えてきました。 -
エッゲンベルク城の正面部分。
なんて窓が多いお城なんだろう。ちょっと違和感を覚える。
しかしこれこそがこの城に隠された秘密なのです。
なんとここは宇宙を象徴するお城として建てられたとのこと。
それには全体の建物像がないとわかりませんので、観光案内所でいただいた小冊子より城の全体像をコピーします。 -
全体像。観光案内所でいただいた資料よりコピーしました。
ほぼ正方形の城は表も中庭側も全て窓・窓・窓・・・で覆い尽くされています。資料によると、この城は1625年エッゲンベルク公が宇宙を象徴する城として建てられたものだそう。
4つの塔は正確に東西南北に位置しており、春夏秋冬の四季を、12の門は12カ月を、365の窓は1年の日数をあらわしているそうです。
他にも各階に並ぶ31の部屋は1か月を、52の扉は1年の週をと、建物全体が暦と宇宙空間を表現しています。 -
ではチケットを買って入城します。
入り口にはユネスコ世界遺産のマークが。
グラーツの歴史地区は1999年に世界遺産に登録されましたが、2010年よりエッゲンベルク城が追加拡張されました。 -
入場料はシニア割引3人で39ユーロ(一人13ユーロ)。
このチケットは、グラーツやシュタイヤマルク州の博物館・美術館・歴史館・お城など20以上の施設に入場できるものでした。 -
資料。この方が、ハンス・ウルリッヒ・エッゲンベルク公。
それにしてもこの冊子のお題「野望と幻想」。何を見せてくれるのでしょうか。
出発前の事前調査では内部見学はツアーのみとありましたが、ちょうどこういう特別展をやっており、ガイドツアーなしで自由に見て回れるようでした。
そして写真撮影も特に制限されることなく自由に撮れました。 -
そのかわりこういう腕バンドを付けられました。
館内を自由に見てもいいですよというパスポート。 -
チケット売り場にはこの大坂城のパネルが。
そこには日本語で
「文化は大陸を結ぶ」
エッゲンベルク城が誇る日本のパートナー、大坂城 2009年より友好城郭として提携」と。
そうなのよね~。私はこの大坂城の金屏風を見るために16年前のリベンジを果たしに来たのです。
きっとエッゲンベルク城の中でも日本の間は破格の扱いなんでしょうね。「豊臣秀吉時代の大坂城屏風」、ご対面~が楽しみです。 -
まず中庭に出て。
おお凄い!
眼前に迫るこの窓や扉が月や日、週など暦を表すエッゲンベルク公の宇宙なのですね。 -
館内のすべての部屋を見学できるので、自由気ままに回ります。
さて、この部屋は「野望と幻想」展のプロローグ。
1600年ごろのヨーロッパにおける危機に満ちた時代、エッゲンベルク家はどのように潜り抜けてきたか?というテーマらしい。
私には難しいです。天体や宇宙と繋がって行くのでしょうか。 -
この部屋はまさに宇宙空間。
宇宙の中にエッゲンベルク城は存在するということ?。 -
この城の建築主ハンス・ウルリッヒ・エッゲンベルク公は皇帝フェルディナント2世に仕える重臣でしたが、もともとは地方貴族。中央で頭角を現すにはその存在を示さなければならない。
そこで天体、惑星、宇宙をテーマにした驚くような城を建て、自分は知的で教養がある貴族なんだと顕示した、という説があります。 -
別な部屋で見つけた人物像。
中央の人物(矢印)がハンス・ウルリッヒ・フォン・エッゲンベルク。彼を取り囲んでいるのは当時の歴史的に有名な人物。
写真左にはフェリペ4世やマクシミリアム1世。右側にはフェルディナント2世と妃、端には有名な30年戦争のヴァレンシュタインの姿も。彼もエッゲンベルク公と同じころフェルディナント2世に仕えていました。
錚々たる顔ぶれです。こんな中で頭角を現すには並大抵ではありません。 -
この部屋は城の建築中にハンス・ウルリッヒ公が実際に暮らした部屋とのこと。
扉の入り口に彼の紋章「黄金の冠を被った3羽のカラス」と彼のイニシヤル(組み合わせ)があります。 -
あらまた蒼い宇宙空間に迷い込みました。
中央の人物は、天文学者ヨハネス・ケプラー(1571-1630)。とすると、彼の両脇はケプラーの法則?(すみません、全くの知ったかぶりです・笑) -
ケプラーは数年間、グラーツの大学で天文学を教え「宇宙の神秘」を著わしています。エッゲンベルク公にも影響を与えたのかもしれません。
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こちらは17世紀前後のいろいろな時計。
時計といえば天体や暦に大きく関係ありますね。
左の大理石製の塔のようなものは円柱日時計? -
歴史的な置時計や懐中時計。
面白いのは右の時計。16~17世紀に創られた象牙製の携帯用の二つ折り式日時計らしい。
左は東インド会社が江戸参府の際、将軍に献上したお土産の中にも似たようなものがありましたね。 -
やっと宮殿らしい広間にたどり着いた!と思ったら、ここは大変な部屋でした。
宮殿で最も豪華な部屋で最もテーマに沿った部屋。名前も「惑星の間」。
エッゲンベルク公の孫にあたるヨハン・ザイフリート公(1644-1713)が、宮廷画家ハンス・アダムス・アダム・ヴァイセンキルヒャーに描かせたもので、天井画は全て、当時知られていた7つの惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星)がテーマとなっている。
大きな壁画は12の星座を表しているそう。 -
中央には太陽。戦車に乗る太陽神「アポロン」が描かれています。
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画家ヴァイセンキルヒャーは7つの惑星を一族で重要な7人の人物に割り当てているのだそう。
ちなみにヨハン・ザイフリート公は木星のジュピターになぞらえてあるとか、写真が不鮮明でどれがどれだかわかりません。
ザイフリート公は芸術の力を借りてエッゲンベルク家の存在を誇示したのですね。 -
太陽の周りはこんな絵が。
7つの惑星を表している神話らしいが、どれがどれだか?
この部屋は迎賓の間として使われており、1765年には皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とマリア・テレジア夫婦も訪れたそうです。 -
エッゲンベルク一族の肖像画。
ハンス・ウルリッヒ・エッゲンベルク公の肖像画はありませんが、孫のヨハン・ザイフリート公は上の写真の左(黄色矢印)。
そしてエッゲンベルク家最後の君主は写真下赤矢印のマリア・エレオノーレ(1694-1774)。
彼女には後継者がいなかったので、エッゲンベルク城はエレオノーレの夫ヘルベルシュタイン公爵に引き継がれました。 -
そうして1774年エッゲンベルク城は幕を閉じたのです。
エッゲンベルク城が脚光を浴びたのはわずか100年ほどの短い期間でした。
貴賓室の豪華な天井。 -
美しい天井や壁。
豪華な迎賓室として使われた部屋。
部屋の隅に白い陶器の暖炉や置時計が。当時の調度品がそのまま残っています。 -
さてアチコチ回りましたが、探している「日本の間」ってどこにあるんだろう?
近くにいた係員に訊ねました。 -
ここです、って教えていただいた部屋、というよりコーナー?
えっ、これが!?
広い美しい部屋に黄金の屏風がうやうやしく飾られているものとばかり思っていました。 -
それにどう見ても描かれているのは支那人ですよね?
でも両脇はなんとなく日本の城。 -
一枚おきに大坂城の絵です。
学術的にも貴重な屏風がどうしてこんなことに?
「豊臣期大坂城屏風」はもともとは八曲一隻の屏風だったと考えられています。 -
そうそうこんな感じですね。
この屏風はたぶん17世紀ごろ、エッゲンベルク家がオランダ東インド会社より買い求めたものではなかったかと。
豊臣秀吉時代の大坂城と城下町の町民の生活の様子が細かく描かれています。
参照:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Osaka-zu_byobu.jpg -
ヨハン・ザイフリート公没後1754年にエッゲンベルクの客間を改装した際、屏風が解体され中国の絵と交互に組み込まれて壁を飾りました。
しかし、どう見ても支那人が主役でそれを引き立てる日本の風景としか思えないですね。 -
天井画は、ホロフェルネスの首を討ち取ったユディットの絵のようです。全く日本にも支那にも関係ない(笑)。
当時この部屋は「インドの間」と言われていたようです。
そしてエッゲンベルク家が歴史の幕を閉じ、長い間注目されることなく埋もれていました。 -
それが近年になって修復のために調査が進められた際に、この部屋の写真が日本に送られました。日本でもこの時代の大坂の情景を描いた絵は現在はほとんど残っていないため、この屏風が歴史的価値があるものと判明したものとのこと。
2007年より関西大学の文化遺産研究センターとオーストリアとの共同研究が行われています。
わかり易いように写真を2枚に分解してみました。 -
ロココ調の壁絵に囲まれた中に草が生い茂っている不思議な部屋。その中にエッゲンベルク家が栄華を誇ったころの女性の肖像画。
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エッゲンベルク家最後の君主であったマリア・エレオノーレ。
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1774年エレオノーレが没して3番目の夫ヘルベルシュタイン伯爵がこの城を管理するようになってからは、長い間この城は注目されることはなくなりました。
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見事な天井画。
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女性のドレス。
ずいぶんと地味なドレスだなー。 -
とよく見たら、女性の名前がプリントしてあります。
エッゲンベルク家の女性たちの名前でしょうか。 -
いったん中庭に出ます。
ふと背後から強い視線を感じました。
振り返ると・・・。 -
窓から顔を覗かせてこちらをじっと見ている女性たち。
わかりますか?(○印)
やはりちょっと奇妙な館でしたね。 -
エッゲンベルク城にはアルテギャラリー(美術館)や考古学博物館、コインギャラリーなどもあります。
アルテギャラリーで美術品の鑑賞をしました。
ビザンチン・中世・ルネサンス・バロックなどいろんなジャンルの収蔵品は大変充実しており、素晴らしかった。
私はすっかり夢中になって何と100枚近く写真を撮っていました。
しかしここでは主なものを紹介するに留めておきます。いつか時間に余裕が出来たら、老化防止・ボケ防止のために、何よりも私の備忘録として整理したいと思っています。 -
中でも聖書の絵画はいろんな分野に及んでいました。
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ステンドグラスの収集
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キリストの誕生・エジプトへの逃亡・キリストの割礼・幼児虐殺。
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ピエタ像
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彫像もいろいろ。
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ピーター・ブリューゲルの絵もあります。下はヤン・ブリューゲル
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歴史的に有名な戦いの絵も。
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ルーカス・クラナッハの絵もいくつか。
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官能的な神話の絵。
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肖像画
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風景画
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静物画
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人物画。
見ごたえがありました。写真はもっと撮っていますが、いずれ時間がある時に備忘録としてまとめたいと思います。 -
エッゲンベルク城に3時間近く滞在していました。それでも後で調べたら館の中で見残した重要な部屋がいくつもありました。
それに美しく整えられた庭園の散策もしなかった。コイン博物館・考古学博物館にも行っていない。パビリオンにも、カフェにも・・・。
16年前の若いころの私だったら、もっと精力的に行動できたかな。
いずれにしろ私の16年前のリベンジは終わりました。 -
エッゲンベルク城の外を出ると、道路の向かいは壁画アート。
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近代アートを眺めながら路面電車の停留所に向かいます。
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