2026/05/16 - 2026/05/16
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naoさん
大阪府高槻市芥川町は、古来、淀川水運とともに政治・経済両面にわたって重要な役割を担う交通路であった西国街道が通る町で、江戸時代には京都・山崎と兵庫・西宮を結ぶ脇街道「山崎通(やまざきみち)」として多くの旅人が行き交うようになったことから、芥川宿が設けられました。
西国街道は西国大名の参勤交代にも使われたため、芥川宿の最盛期には、本陣3軒、脇本陣1軒、旅籠屋33軒を数える宿場町へと成長し、東海道の宿場町と比較しても甲乙つけがたい、規模の大きな宿場町として発展しました。
西国街道には、東から山崎宿(島本町)、芥川宿(高槻市)、郡山宿(茨木市)、瀬川・半町宿(箕面市)、昆陽宿(伊丹市)の宿場町が設けられましたが、その中でも、かつての面影を色濃く残しているのが芥川宿で、今も切妻屋根の厨子2階建てに虫籠窓や格子窓をしつらえた伝統的な町家が、ビルやマンション群と共存するように点在する町並みが残っています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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阪急京都線の高槻市駅にやって来ました。
ここから歩いて西国街道を目指します。 -
高槻市道と西国街道が交差する地点に着きました。
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では、西国街道沿いの町並みを歩きます。
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西国街道沿いには、今も虫籠窓や格子窓をしつらえた伝統的な町家が、ビルやマンション群と共存するように点在する町並みが残っています。
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瓜型の虫籠窓や格子窓をしつらえた伝統的な町家です。
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玄関廻りの木材にはベンガラが塗られています。
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高槻市の汚水桝の蓋。
市の花「卯の花」と市の木「欅」とともに、北摂の代表的な景勝地である摂津峡の春がデザイン化されています。 -
こちらの町家にもベンガラが塗られています。
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道路の隅切りに合わせて、建物の角を斜めに切った厨子2階建ての町家です。
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厨子2階建てといっても、実際はこんな変則的な外観になっています。
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四つ葉のクローバーをイメージしたと思われる絵を壁に散りばめた町家です。
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形式の異なる格子を使い分けておられる町家です。
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ここまでの町並みを見返した光景です。
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西国街道と芥川商店街が合流する所にあるお寿司屋さんの前に、何やらいわくありそうな説明板が設置されています。
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「芥川仇討の辻」と題された説明板によれば、おおよそ300年前の江戸時代初期にここで仇討があったと記されています。
当時、この仇討は双方が武士道のモラルを貫いた美談として語られたそうです。 -
血なまぐさい話はさておき、芥川商店街に入った所にとても愛嬌のあるマンホール蓋が設置されているのを見つけました。
これは、令和6年12月に関西将棋会館が高槻市に移転オープンしたのを記念して製作された「将棋のまち高槻オリジナルデザインマンホール」で、漫画「将棋の渡辺くん」の著者、伊奈めぐみさんがデザインされたそうです。 -
「芥川仇討の辻」のお寿司屋さんの角に立っている案内ポールに「芥川一里塚」と書かれているので、先へ進みます。
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こちらが、西国街道芥川一里塚になります。
この一里塚のある所は、芥川宿の東口付近にあたるそうです。 -
では、西国街道芥川一里塚をあとに先へ進みます。
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蔦の絡まる町家です。
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蔦が絡まっているところに、ふさがれた窓は無いのかな~?
老婆心ながらちょっと気になります。 -
芥川宿の町並みです。
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虫籠窓のある町家は、木部にベンガラが塗られています。
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こちらは天保三年(1832年)に創業された酒店さんで、「地元の名前を冠した、地元の人々に愛されるお酒を造りたい」との思いから、高槻市富田町にある蔵元とタイアップして「西国街道 芥川」という銘柄のオリジナルの地酒を生み出したそうです。
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こちらの、木の香漂う格子がアクセントの町家に、強烈な印象を覚えました。
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こちらは、町屋をリノベーションした自家焙煎の珈琲店です。
コーヒー豆はもちろん、家庭用コーヒー器具も販売しているようです。 -
厨子2階建ての伝統的な町家です。
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正面には頑丈な駒留がめぐらされています。
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芥川宿の町並みです。
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2階の屋根を支えるための、持ち送りを設けた町家です。
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新しく建てられた町家のようですが、芥川宿の町並みに違和感なく溶け込んでいます。
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厨子2階建ての虫籠窓のある町家です。
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その町家の屋根は、棟の途中に鬼瓦が見えるいびつな形状をしているんですが、一体どうなっているんでしょうか。
私が推察するところでは、裏側に直交する屋根が接続しているためではないかと思われます。 -
芥川宿の町並みです。
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こちらは、地蔵堂と愛宕燈籠になります。
地蔵堂の中には子宝地蔵尊が祀られています。 -
愛宕燈籠は地元の「愛宕講」によって文政5年(1822年)に立てられたものだそうです。
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こちらは、金毘羅大権現の常夜燈です。
文政12年(1829年)に地元の人々によって立てられたものだそうで、側面には金毘羅大権現までの道程63里半と書かれています。 -
伝統的な様式の町家です。
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こちらは、橋詰地蔵尊と神峯山毘沙門天の道標です。
橋詰地蔵尊は芥川宿の西口に位置し、道祖神の役目も果たしていたとのことです。 -
神峯山毘沙門天の道標は、参詣道に設けられた16基のうちの1基で、享和元年(1801年)の建立だそうです。
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では、これで西国街道芥川宿の町歩きを終わります。
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