2026/03/31 - 2026/03/31
38位(同エリア206件中)
ひらしまさん
麗江から直線で120kmほど南に大理(ダーリー)古城はある。
大理は8~9世紀、雲南を支配した南詔という国の都だった。チベット系の南詔が、漢族の大帝国である唐の軍勢を退け、独立を保ったというからたいしたものだ。
南詔滅亡後の10世紀にペー族の段氏が大理国を建て、その後13世紀にはモンゴル帝国が支配し梁王国を置いた。
14世紀、明が元を倒したときにペー族は明側について大理国の再建を図ったが、明はそれを許さず、雲南はついに漢族の帝国に支配されることになったという。
それから七百年。高地の民の国の名残はとっくの昔にないだろうなと思いながらも訪ねてみた。
☆ 3/24 上海泊
☆ 3/25 同里泊
☆ 3/26 上海泊
☆ 3/27 麗江泊
☆ 3/28 麗江泊
★ 3/29 大理泊
★ 3/30 大理泊
★ 3/31 羽田帰着
1元≒23円
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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麗江から大理に向かうバスで3時間あまり。大理古城にさしかかったところで運転手に「東門で降ろしてください」とアプリを通して頼んだら、ここがそうだよと降ろされた。運転手は荷物を出しながら、門の場所も指さして教えてくれた。
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東門から近い宿のDali Yuchuanshu Guanshan Innのおおよその場所は頭に入っているけれど、荷物を持って探し回るのは避けたく、正確なところを知ろうと地図アプリの高徳地図で検索するがまったくヒットしない。
幸いに門の脇に案内所(写真の三角屋根の小屋)があったのでそこで聞いてみたけれど、民宿はたくさんありすぎてわからないとつれない返事が返ってきた。
そこで、上海浦東空港で買ったSIMが電話番号付きだったことを思い出し、宿の電話番号を呼び出してみたが、なにか設定が必要だったらしく無音のままだ。
しかたがないのでもう一度案内所へ行ってTrip.comの予約確認書を見せ、そこに記載されている所在地を地図上で示してくれと頼んだけれど、曖昧な返事を繰り返すだけで役に立たない。では宿に電話してくれと頼み倒して、ようやく宿に連絡がついた。
しかし、宿から車で迎えに来てくれるかと思ったらそんなことはなく、若い男性がバイクで現れた。WeChatで連絡先を交換して地図情報を送ってもらい、スーツケース1個は彼に運んでもらい、わたしたちは歩いて宿に行った。
実はその日、宿からTrip.com経由でWeChat連絡先を知らせてきていたのだけれど、受け取ったのはGmailだったので日本に帰るまでわたしたちは知らなかったのだ。予定したSIMを入れられなかったことが、こうして時々響いてくる。 -
若い夫婦2人でやっている宿。中庭で猫たちが迎えてくれた。
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客室は簡素。なぜかベッドがやたら広かった。
この日はもう疲れたので、夕食は外に出ず、在庫を一掃して休む。 -
3月30日。
朝食は宿のすぐ近くの鮮花過橋米線という小さな食堂で。 -
妻は青菜痩肉粥。10元(230円)。大理古城内だというのに安い。
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わたしは刀削麺。18元。
うっかりスマホを持って行かなかったので翻訳アプリを使えなかったが、念のため予定表に書いてあった「不要辣」が役に立った。それでもスープには唐辛子と辣油が浮いていて、それをよけてなんとか食べた。
雲南の食は辛い。 -
この日はまず、大理古城の北23kmにある周城(ジョウチョン)という、藍染めで知られる村を訪ねる。
宿の主人にWeChatで周城行きバス停の場所を尋ねたら、観光タクシーをしつこく勧められたので、それは断りDiDiを呼ぶことにした。
このときのDiDiは車が少なかったのか周城行きが嫌われたのか、10分ほど待たされた。エコノミー車がなくスタンダード車にしたが、別にいい車になったということはない。30分ほど乗って50.2元。
しかし、周城に着けば”藍染め工房はこちら”みたいな看板かのぼりが立っていそうに思っていたけれど、甘かった。車を降りたところには何の変哲もない店が並んでいるだけ。
勘を頼りに西側の細い坂を登って見回すと、右方向に櫓のようなものが見えたので近寄ってみた。
するとペー族の民族衣装らしい服に身を包んだ女性たちが歩いているではないか。 -
ほとんどの女性が帽子のような鉢巻きのような華やかな飾りを髪に結わえている。服はわたしたちと同じようなものもあり、伝統的らしいものもある。そして、昔なつかしい背負い籠(しょいかご)!
ここ周城でペー族のみなさんの文化に触れられるとは、思わぬ喜びだった。 -
先ほど横から見て櫓のようと思ったのはこんな門だった。
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その門を左に見て進むと広場があり、市が立っていた。野菜やその加工品が並んでいる。
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広場の中心には樹齢三百年の大木がそびえる。この大木は、昔から周城の人々の心の拠りどころとなっていたのだろう。
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こんな立派なステージもあった。
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先ほど車を降りた道路に出て広場を振り返ると、「白(ペー)族特色村」と扁額の掛かった大きな門があった。ここで降ろしてくれればわかりやすかったのだ。
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広場に戻って坂を登ってみることにした。男性は背負い籠を使わないのか。
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肉屋が多い。
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左に折れた先に藍染めののれんを見つけたので、はいってみた。
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先客の若い女性2人が藍染め体験中だ。
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周囲には売り物の藍染めが展示されている。
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そのうちの1枚に妻は一目惚れしてしまい、言い値の380元が250元になったところであっさり購入決定。
ところがWeChatPayもAlipayも拒否されてしまった。中国で金額が大きいと日本のカード会社は警戒して拒否することが多いらしいが、わたしたちはメールが使えない状態なのでカード会社と連絡がとれないのだ。
それを逆に利用して、200元なら現金があるよと持ちかけてみたが、相手の方が一枚上手で、じゃあ200元は現金で、50元はPayでと、うまく丸め込まれてしまった。
でもまあ、妻は自分にとってのその物の価値に納得できたのだから、それは適切な価格だったということになるのだろう。安ければ安いほどいい、というものでもない。 -
藍染めの工房を見たいと思って行ったのに、藍染めを買ったらそれで満足してしまい、あとは足の向くまま村を歩いた。
坂道で腰掛けて休んでいる女性と目が合った。優しい目と美しいシワが印象的で、写真を撮らせていただいた。ありがとうございます。 -
裏通りにはかなり傷んだ塀も目につく。
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今は誰も住んでいなさそうな家の門。
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こちらはなんの門かわからないけれど新しくきれいだ。
華やかな帽子に背負い籠という、ペー族女性の代表みたいな方が通ってくれた。
さらに歩いたところには「茶馬古道」の標識があった。7世紀ころから雲南特産の茶を馬でチベットに運んだところからその名がついた。チベットからは毛織物などが運ばれたという。
アジア大陸の奥深くの高地で、そのように古くから盛んに交易がおこなわれていたとは知らなかった。 -
表通りに出て最初の場所に戻る途中に、ペー族衣装専門店があった。
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いまや民族衣装も店で買うのか! 資本主義経済は雲南の少数民族の生活までも完全に覆い尽くしていた。
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もう12時だ。「白族特色村」の門の脇で売っているマントウでお昼にしよう。
その前に帰りのDiDiを呼び出そうとしたが、目的地の設定に手間取っているうちに、突然目の前にバスが現れた。
なぜかマントウ売りのおばさんまで「バスが来たよ。早く乗りな」っぽく促してくれ、行き先に「大理」とあるのを目の隅で確認し飛び乗った。 -
バスの客は地元の人ばかりで、ペー族衣装の女性もいる。
見ているとバス代はみな現金で払っている。Payで払ったのはわたしたちだけだった。1人10元。 -
古城北門バス停で降り、北門野菜市場へ。
さすがに雲南だけあってキノコの種類豊富なこと。真剣な表情だけど言い値で買ってしまう妻。ま、いいか。 -
肉屋はどこもダイナミックだ。
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肉になるのか、卵を産むのか。かっこいい鶏たち。
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野菜の色が力強い。
日本の野菜は味がなくなって久しい。発泡スチロールのトレイはいらんから、こんな野菜を食べさせてくれ。 -
古城内の玉洱園でひと休みして宿へ。
周城でマントウを買い損なったので、朝食べた店で包子を買ってきてお昼にした。 -
夕方、大理古城観光に出る。
人民路は観光客でいっぱい。いかにも中国人大好きっぽい店。 -
こちらは今風なのか、美女たちの大撮影大会。
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五華楼に近づいたところで人混みがある。なにごとかと思ったら小学校のお迎えのようだ。
西洋では小学校の送り迎えは普通にあるらしいけれど、まさか雲南の小都市でもそんなことがおこなわれていようとは…。でも、あとで調べたら中国ではそれが当たり前らしい。驚いた。 -
8~9世紀に雲南を支配していた南詔の都が大理だ。
五華楼はその迎賓館を復元したのだそうだが、ほんとにこんなのが建ってたのと疑いたくなるほど立派なものだ。復元と称して倍ほど立派なものをつくっちゃうのは日本でもあるけれど、ここはどうなんだろう。 -
そしてこちらは大理の正門である南城楼。
南詔の後、大理国、梁王国を経て、14世紀、ついに漢族の帝国である明が雲南を制圧した。現在の城郭はそのときに明が築いたものだという。 -
南城楼に上がると大理古城を見渡すことができる。塔のように見えるのは先ほどの五華楼だ。
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その五華楼に戻ってきた。
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ここも登楼して大理古城の街並みと観光を楽しむ人々を眺めた。
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さきほど父母のみなさんが集まっていた大理一小の門を間近に拝観する。
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その門脇に掲げられた「中小学生守則」に目を見張った。
一番に挙げられているのが「愛党愛国愛人民」なのだ。小学生に求める一番のことが「愛党」なのか。あきれて言葉が出ない。
とはいえ、民主主義国のリーダーを標榜してきた米国が、選挙で独裁者を生み出し、ただの野蛮で強欲な大国に成り下がってしまった今、習近平氏は「大衆に政治をゆだねるのは危険すぎる」と自国の「民主主義」に自信を深めていることだろう。 -
最後の夕食は、グーグルマップで調べておいた阿旺私家厨房という店に来た。
辛くないお薦めを教えてもらい、「2品でいいと思う」という親切なアドバイスに好感。 -
でも、料理の方はとくにどうということもなかったな。
ここはWeChatPayは2人ともダメで、アリペイがOKだった。 -
3月31日。 きょうは日本に帰る。
まだ暗い朝7時過ぎに宿を出ると、昨日の朝と昼にお世話になった米線店のご夫婦と目が合った。二人だけで朝早くから夜まで頑張っている働き者ご夫婦だ。ニーハオ、再見!
DiDiで大理空港に向かう。
北京よりずっと西にある雲南は7時半ころようやく日が出てきた。 -
大理新市街。バイクのみなさんが綿入れ半纏のような風防を使っているので、危なくないのか心配になる。
渋滞にはまると、運転手は飛行機の時間は何時かと気にしてくれた。でも、あまり遅くならず1時間で到着。62元。 -
大理空港の徳克士というファストフード店で、注文が難しかったけれどアプリ翻訳でなんとかコーヒーを頼んで朝食。
空港のトイレに絵が飾られ、花が花瓶に挿されていたのには驚いた。 -
帰りの便は広州乗り継ぎの南方航空。
不器用なわたしがシートベルト着用に手間取っていると、隣の30歳くらいの男性が親切に教えてくれた。広東から遊びに来たという彼と、広東料理や雲南料理の激辛対処法などで盛り上がる。
広州に着くと彼は「今度中国に来たら食事をおごります」と電話番号と名前を教えてくれた。社交辞令だとしてもうれしかった。 -
広州発14時55分の羽田行きはズルズル遅れて17時過ぎに出発。
今度は妻の隣が日本在住の中国人男性で、彼も食事のメニューを日本語で教えてくれたり、CAに返すトレーを両手に預かってくれたり、いろいろ親切にしてくれた。
羽田に着いたのは2時間以上遅れたままで、そのうえ荷物が出てくるのにすごく時間がかかった。山手線の階段をスーツケース2個もって駆け下りたりして、なんとか電車が動いてるうちに自宅最寄り駅までは行けたけれどすでにタクシーはなく、午前1時過ぎ、ようやく家にたどり着いた。
中国の旅を振り返ってみると、SIMだけはうまくいかなかったが、そのことを除けば旅のインフラはかなり整備され快適で、そのうえ安い。かかったお金は8日間で1人あたり総額16万円。酷円安、惨円安の昨今、信じられないくらいだ。
そして、人の印象がよかった。中国は3回目だけれど前回まではガイド付きの時間が多い旅だった。それに比べて、音声翻訳アプリの助けを借りたり、あるいはボディランゲージで、直接いろんな人と向き合った今回はずっと印象がよくなった。
旅らしい旅ができた満足感が残っている。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- mistralさん 2026/06/14 15:49:22
- 大理にて。
- ひらしまさん
こんにちは。
中国旅行記をずっと興味深く拝見して来ました。
いまの中国をお知りになりたいと、身をもって体験なさってこられた旅行記に
感動しました。
しかもどんどん中国の奥深くへと分け入って行かれての旅行記です。
どんなにご不自由になって行かれるかと思いきや、その反対に心は自由へと
向かって行かれたように感じました。
高地の民の国、大理。
どのような位置関係にあるのかはさっぱりわからないのですが、
それでも、こちらさえしっかりとした想いさえあれば、どこへ行ったとしても
旅が有意義なものになっていくことが良くわかります。
ひらしまさんの旅行記を読んで、よし、今度はチャレンジしてみようと
思った方が少なからずいらっしゃるように思いました。
こう申します私自身も、行ってみたいなぁ、と思いました。
それでも予定されていたSIMがうまく働かない中で、それだからこそ一層?
人間どうしの深い心の触れ合いができたのでしょうね。
売り物だった見事な藍染めの布をあっさりと購入された奥さま
体験工房へいらっしゃったわけですが、体験して自作のものを持ち帰るより
きっと、その素晴らしい出来栄えのクロスに一目惚れなさったことと
想像しました。
mistral
- ひらしまさん からの返信 2026/06/15 00:13:58
- Re: 大理にて。
- mistralさん、こんばんは。
中国旅行記におつきあいくださいまして、ありがとうございます。
>中国旅行記をずっと興味深く拝見して来ました。
>いまの中国をお知りになりたいと、身をもって
>体験なさってこられた旅行記に感動しました。
>しかもどんどん中国の奥深くへと分け入って行かれての旅行記です。
>どんなにご不自由になって行かれるかと思いきや、
>その反対に心は自由へと向かって行かれたように感じました。
もったいないようなお言葉、恐悦至極にございます。
僕自身が中国から目を背けていたわけですが、東南アジアの旅をきっかけに、もう一度中国に向き合ってみようと思いました。
日本人としてなじみの深い漢族の豊かな文化の蓄積もあれば、数多くの少数民族それぞれの独自の文化もあり、本来とても魅力的な旅先なのですから。
旅のしやすさという面では、WeChatなどの中国製アプリを使えば、かなりしやすいと思いました。
あれだけ長距離移動しても言葉も通貨も同じ、必要なアプリも同じですから、奥深くに分け入ってる感じはあまりなく、次第に慣れていけたのかもしれません。
そういう意味では、去年のバルカンよりずっと楽でした。それがいいかどうかは別として。
>ひらしまさんの旅行記を読んで、よし、今度はチャレンジしてみようと
>思った方が少なからずいらっしゃるように思いました。
>こう申します私自身も、行ってみたいなぁ、と思いました。
うれしいです。
中国が心理的に遠くなってしまってる今ですから、素敵だと思ったことも、ひどいと思ったことも、この旅行記の中で等身大の中国のごくごく一部でも、読んでくださった方に見つけていただけたらいいな、と思っています。
そして、次はご自分の目で見ていただければ。
時差1時間ですから疲れません。安いし。
ぜひ、いらしてくださいね。
ひらしま
-
- ソウルの旅人さん 2026/06/12 10:20:41
- 中国は広大です。
- ひらしま様
中国旅行記を興味深く拝見しました。
SIM交換なく、ガイドの付き添いもなく、音声翻訳アプリを頼りに中国最深部を旅行することは至難のはずですが、「ボディランゲージで直接向き合った今回はずっと印象がよくなった。」旅行になったことは素晴らしいです。恐らく、中国人とも直接に接すればわかり合えるのでしょう。
入国審査が厳しくなり、フリー旅行者は不審者扱いされるのが中国と思っていましたが、そんな様子は微塵もなく、通常の観光旅行ができる国になっていることが驚きです。「隣の超大国を生で体験する」と目的を書いておられますが、現在の中国の姿が生でうつされていると感じました。
同里は中華圏の真ん中に位置する漢民族の文化です。柳・運河・路地・窓格子のデザイン・不均等な石段等は如何にも中華の景観です。観光地として成立していますが、多くの観光客の姿には驚きます。中国では観光業が成り立つほど人々の生活は豊かになっているのでしょう。『静かに注意深く歴史のささやきに耳を傾けて』の標語が架かっているシーンには心底吃驚です。中国人のイメージとは正反対なので・・。
上海ー麗江間は上海ー成田間より遠い。中国は広大であることを再認識です。そしてそこは日本列島と同じく中華ではなくその周辺国であることが実感されます。特に雲南まで足を伸ばす旅程を組まれた意図が分ります。そこは中華世界(漢民族)と事なり、その伝統に従った『国』の姿が残っているはずだった。束河・白沙などは同里とは異なる世界が展開するはずだった。しかし、そこではナシ族建築風街並みには土産物店が並び、セブンイレブンの店舗があり、コスプレ姉ちゃんが闊歩する資本主義世界が展開されていた。(着物を着て京都見学・チマチョゴリを着てソウル故宮見学と同じであることに感慨あり)それを見られて「14億人の中国人が観光を楽しみ始めた。結構なことだ。」と評価されています。将にその通りでしょう。雲南の山奥にまで資本主義が浸透し、それが豊かさをもたらしている。まさしく現地に行って、その姿を見なければ判らないことです。現在中国の姿なのでしょうが、想像さえ出来なかった様子です。
(蛇足ですが、白色は韓国語で”ペク”と発音されます。冬のソナタのペ・ヨンジュンの”ペ”とぺ族の”ぺ”は同じです。勿論同一民族ではありませんが、漢字を使用していることによる同一性です。同里の漢字表記に感心しておられましたが、漢字が亜細亜の共通文化であることがいかに大きな意味が有ることかと、大変おもしろかったです。)
現代中国の生の姿をカイマ見せて頂き、感謝です。
ソウルの旅人
- ひらしまさん からの返信 2026/06/12 20:45:01
- Re: 中国は広大です。
- ソウルの旅人さま
大変丁寧なメッセージをお寄せくださり、ありがとうございます。
>同里は中華圏の真ん中に位置する漢民族の文化です。
>柳・運河・路地・窓格子のデザイン・不均等な石段等は如何にも中華の景観です。
同里のしっとりとした景観はまさに僕のイメージする中国であり、ああいう歴史的景観が残されていることは素晴らしいと思いました。
日本でいえば中山道の妻籠や奈良井を思い出しました。
>束河・白沙などは同里とは異なる世界が展開するはずだった。
>しかし、そこではナシ族建築風街並みには土産物店が並び、
>セブンイレブンの店舗があり、コスプレ姉ちゃんが闊歩する
>資本主義世界が展開されていた。
そうなんです。
少数民族の文化が観光資源になるのは必然のことでしょうが、そこに当事者が主体的に存在していないとなんだかニセモノっぽく、さらには金もうけの道具に感じられてしまい、とても残念な気がしました。
>多くの観光客の姿には驚きます。
>中国では観光業が成り立つほど人々の生活は
>豊かになっているのでしょう。
中国も経済的格差はひどいとはいえある程度の余裕が出て、金持ちじゃなくても国内旅行くらいは当たり前になってきているのだなと思いました。
>『静かに注意深く歴史のささやきに耳を傾けて』の
>標語が架かっているシーンには心底吃驚です。
>中国人のイメージとは正反対なので・・。
ですよね(笑)。
わたしもそう思って写真に撮りました。
蘇州の地下鉄駅で感じたように日本人の3倍くらいの声量で話すのがデフォルトとなっている彼らも、場に応じてコントロールしていかないと世界で尊敬を得られないと感じているのでしょう。
これから次第に中国人の振る舞いはスマートになっていくような気がします。
>入国審査が厳しくなり、
>フリー旅行者は不審者扱いされるのが中国と思っていましたが、
>そんな様子は微塵もなく、
>通常の観光旅行ができる国になっていることが驚きです。
中国が世界に冠たる監視社会であることは確かですが、米国政府なんか世界中(日本を含む)で違法な監視活動をやっていることがスノーデン事件で明らかになっちゃいましたからね。
国家とは(日本を含めて)本質的に人々を監視したがるものなのだと思えば、中国だからといってとくにストレスは感じませんでした。
でも、中国関連のスマホアプリは、必要がなくなった時点ですべて削除しました。一応(笑)。
>「ボディランゲージで直接向き合った今回は
>ずっと印象がよくなった。」旅行になったことは素晴らしいです。
>恐らく、中国人とも直接に接すればわかり合えるのでしょう。
やっぱりそれが旅の醍醐味だなって、あらためて思います。
ありがとうございました。
また、ソウルの旅人様の『地元愛あふれる旅行記』をお待ちしております。
ひらしま
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