2026/01/20 - 2026/01/26
16位(同エリア85件中)
nikodonさん
- nikodonさんTOP
- 旅行記32冊
- クチコミ3件
- Q&A回答5件
- 19,226アクセス
- フォロワー6人
ヨルダンのペトラ遺跡が見たくて
H社のヨルダン弾丸ツアーに参加しました。
その日記です。
★ペトラ遺跡については、
『入口→エル・ハズネ→エド・ディルまで写真を並べてみた。
「ペトラ遺跡inヨルダン」』
というタイトルで
別に詳しい日記をアップしています。
全体の行程は、下記。
1日目(1/20) 羽田23:30発 ドーハ乗換でアンマンへ。
2日目(1/21) アンマン着 午後マダバ観光 ペトラ泊
3日目(1/22) ペトラ観光(エル・ハズネ神殿、その先のエド・ディル、ペトラバイナイト)ペトラ泊
4日目(1/23) リトルペトラ観光、ネボ山、死海体験 死海そばのホテル泊
5日目(1/24) サルト観光、ジェラシュ観光、アンマン市内観光
6日目(1/25) アンマン2:30発 ドーハ乗換で羽田へ。
7日目(1/26) 羽田1:00着(カタール航空のサービスで無料で平和島温泉で朝まで休息)
南のペトラ遺跡から死海、北のジェラシュ遺跡まで見られて
添乗員さんも優秀でなかなか良い旅でした。
できれば、もう1日足を伸ばして最南のワディ・ラムの観光もあったら、
(それ以外にも世界遺産の地はあるけれど)
ほぼほぼ完璧だったのではと思います。
まあ、最もリーズナブル価格のツアーを選んだので仕方ないのですが。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 航空会社
- JAL カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
1/21 14:08
ヨルダンの首都アンマンのクィーンアリア国際空港。
略称QAIA 。
到着が1時間以上遅れました。
羽田からドーハ(カタール)、
乗り継ぎでドーハからアンマンでした。
ドーハからの離陸が1時間遅れました。
乗客の一人が乗れず、
カタール航空の関係者が一人代わりに降りた。
そのトラブルのためだったそうです。 -
15:03 マダバ
アンマンの空港からツアーバス約35分(20km)で
マダバという町に着き、聖ジョージ教会へ。 -
15:15 マダバ
聖ジョージ教会内部。
世界最古と言われる
エルサレムを含むパレスチナの地図がモザイク画として床に残っています。 -
聖ジョージ教会内部。
ヨルダンは9割がイスラム教徒の国ですが、
マダバはキリスト教徒の町で
ここはギリシア正教会の教会です。 -
15:30 マダバ
教会見学の後、15分ほど自由時間があったので、
GoogleMapを見ながら、
『ヨルダンの本屋に住んでみた』(著者フウ)という本の
本屋kawon Bookstoreを探しに行ってみましたが、
思ったよりちょっと遠くて、見つからず、途中で諦めました。
この本の掲載写真では素敵な店舗だったので
ちょっとでいいから覗いてみたかった。。
この写真の奥というか、少し先だと思うのですが。 -
15:39 マダバ
ツアーの皆さんとの(自由時間後の)合流地点である商店街に到着。
ザクロとそれを絞る機械と絞られたジュースが。
マダバの後はネボ山へ。 -
16:13 ネボ山
ネボ山の入口のゲート。
16時閉門で入れず。
飛行機が1時間以上遅れたのがアダとなり。
2日後にもう一度来ることになりました。 -
16:15 ネボ山
ネボ山入口ゲートの右手には
壮大なヨルダン渓谷が。
なかなかの眺めでした。 -
19:51 ペトラ
ペトラのホテルに到着(ネボ山から215km、約3時間30分)して、
すぐ夕食に。
今回のツアーでは、食事はほとんどビュッフェ形式でした。
いろいろな生野菜がサラダ用に並んでおり、
鶏肉、牛肉の煮込み料理、細い米など。
煮込み料理は香辛料入りの料理が多いので、苦手な当方はちょっとヘキエキ。 -
1/22 7:52 ペトラ
2泊したエドムホテル。
ペトラ遺跡まで数分の好立地でした。
8:00にロビー集合でペトラ遺跡へ。
この日は、終日、ペトラ遺跡観光。 -
8:08 ペトラ
ペトラ ビジターセンター。
ペトラ遺跡の観光については
『入口→エル・ハズネ→エド・ディルまで写真を並べてみた。「ペトラ遺跡inヨルダン」』
というタイトルで
別に詳しい日記をアップしています。
なので、この日記では、
ざっくりとした紹介となります。 -
8:18 ペトラ
ペトラ遺跡の入口ゲート -
8:25 ペトラ
先ほどの入口ゲートからシーク(峡谷、岩の裂け目)の入口まで
800mはほぼ平坦な道。 -
8:39 ペトラ
シーク(峡谷。岩の裂け目)が始まりました。 -
8:45 ペトラ
シークのベスト撮影ポイント。 -
9:01 ペトラ
振り返って。
魚のような、鯨のような岩。 -
9:03 ペトラ
-
9:14 ペトラ
岩の間から、エル・ハズネ(宝物殿)が見えました。 -
9:16 ペトラ
ペトラ遺跡の代表的な岩窟建築、エル・ハズネ(宝物殿)。 -
9:17 ペトラ
-
9:48 ペトラ
エル・ハズネからエド・ディルに向かって歩き出しました。 -
9:54 ペトラ
途中、沿道の左手に砂絵ボトルを作って売るお店があり、
作り方を見せてもらいました。 -
10:10 ペトラ
左手にローマ劇場の跡がありました。 -
10:18 ペトラ
ベドウィンの土産物店がところどころに。 -
10:18 ペトラ
右手の上の方に王家の墓(4つの岩窟墓が並んでいる)が。
帰りにそばまで上り、そのうちの一つ、壺の墓は中も見学できました。 -
10:29 ペトラ
ペトラの町だったあたり。
地震で壊滅してしまったらしい。 -
10:31 ペトラ
列柱通り。 -
10:34 ペトラ
神殿。 -
10:38 ペトラ
カスル・アル・ビン。 -
10:46 ペトラ
木の後ろがレストラン「バシン」。
あとでランチに寄ります。 -
11:06 ペトラ
階段が始まります。 -
11:18 ペトラ
時おりベドウィンのお土産物屋さんが。 -
11:26 ペトラ
-
11:31 ペトラ
-
11:33 ペトラ
-
11:34 ペトラ
-
11:38 ペトラ
土産物店のトンネルを抜けると -
11:38 ペトラ
広場が見え、
この右後方が -
11:39 ペトラ
エド・ディル(修道院)でした。 -
11:45 ペトラ
広場から見えたもっと高いところをめざし、
歩き出しましたが、
(このまま進むと絶景が見えたらしいこと、
降りて来てから聞きました。
残念。先に聞いてたら絶対行ったのに。。)
左手の上り道を選んでしまい -
11:51 ペトラ
上った先に絨毯を敷いた建物があって
エド・ディルが見えました。 -
12:39 ペトラ
エド・ディルから各自降りてきて
このレストラン「バシン」でランチに。 -
14:07 ペトラ
レストランでのランチの後は
各自、来た道を戻り、ホテルへ。
レストランから戻る途中、左上方に見えた
ペトラ教会。内部の床のモザイク。 -
14:28 ペトラ
王家の墓にも寄りました。 -
14:34 ペトラ
王家の墓の一つ、壺の墓を見学しました。 -
14:38 ペトラ
壺の墓から下りる途中。
左下の方がエル・ハズネ。
右上の方がエド・ディル。
この後、エル・ハズネやシークを通過して
ホテルに戻り、休憩。
夕食後の午後8時過ぎ、またエル・ハズネまでペトラ・バイ・ナイトを見に。 -
20:44 ペトラ
ペトラ・バイ・ナイトを見るため
午後8時にホテルから歩いて、ペトラ遺跡の入口ゲートを通過し、
シークを歩いて、エル・ハズネへ。
写真は、シークの間から見えた、ライトに照らされたエル・ハズネ。 -
21:21
ペトラ・バイ・ナイト。
ペトラの歴史を
音楽とホログラム(プロジェクションマッピングのような感じ)で紹介するショー
でした。
が、途中で退席しました。
道には小さな灯りが路面の端にあちこち置いてありましたが
かなり暗いので慎重に歩きました。
スマホのライトをつけても良かったのだけど、
それほどでもないようなビミョーな暗さでした。 -
1/23 7:35 リトルペトラ遺跡
1/23は、ツアーバスで
リトルペトラ(ペトラ遺跡の入口ゲートあたりから8~9km北)、
ネボ山、
死海の浮遊体験へ。死海そばのホテル泊。
写真はリトルペトラに着いて歩き出したところ。
右手はレセプションだったらしい。 -
1/23 7:36 リトルペトラ遺跡
ちょっとした岩の間を通過。 -
1/23 7:38 リトルペトラ遺跡
-
1/23 7:40 リトルペトラ遺跡
貯水槽跡。 -
1/23 7:45 リトルペトラ遺跡
2階部分の天井の彩色を見に上がってみましたが
風化してほとんどわからなかった。 -
1/23 7:48 リトルペトラ遺跡
リトルペトラは、この広場みたいなところでおしまい。
正面奥の窪みに階段があるようでした。
上れるのかは不明。 -
1/23 8:28 ペトラの写真スポット
リトルペトラ見学後、途中の写真スポットでツアーバスを止め、撮影タイム。
ペトラの入口あたり(どのあたりか失念してしまいました)と
エド・ディル(右奥の一番高い山)を眺めました。 -
1/23 9:13
ショーバック城。
第1回十字軍の指導者でもある、初代エルサレム王が
1115年に建てた城。
私たちはバスから降りて
逆光に輝く(!)城を撮影しただけでした。 -
1/23 10:06
ツアーバスから見えた風景。
緑がほとんど見られない。
が、ヨルダンでは北の方に行くと
野菜やワイン用ぶどうなど作っているそう。
確かにこのあと再訪したネボ山から見えたヨルダン渓谷は
緑がけっこうありました。 -
1/23 13:07 ネボ山
2日前に入れなかったネボ山に。
モーゼ終焉の地としてキリスト教徒、ユダヤ教徒にはゆかりの地です。 -
1/23 13:09 ネボ山
教会手前は整備されて公園のよう。 -
1/23 13:10 ネボ山
ネボ山のモーゼメモリアル教会。 -
1/23 13:11 ネボ山
2日前にも見たヨルダン渓谷がみごとでした。 -
1/23 13:12 ネボ山
4世紀の修道院で、転がして出入口の開閉に使われていた。
ネット情報では、モーゼの記念碑とも。どういう記念碑かは不明。 -
1/23 13:21 ネボ山
モーセが荒野で作って掲げた青銅の蛇、イエスが磔刑にされた十字架を象徴する
青銅の蛇のモニュメント。 -
1/23 13:24 ネボ山
ネボ山からの風景。13:11の景色より90度くらい左の方角だったかと。
確か、この方向に天気が良ければエルサレムが見えるのだったと思います。
モーゼがここからエルサレムを指差し、
あれが約束の地カナンだ、カナンに行けと言い残し生涯を終えた。
つまりここネボ山はモーゼ終焉の地として旧約聖書に書かれており、
キリスト教徒、ユダヤ教徒に崇められているのだそうです。 -
1/23 13:31 ネボ山
モーゼメモリアル教会の内部。 -
1/23 13:33 ネボ山
モーゼメモリアル教会の内部。 -
1/23 14:32 死海
ネボ山から、死海のそばのホテルへ向かいました。 -
1/23 14:35 死海
宿泊ホテルの
デッド シー スパ リゾートに到着。 -
1/23 14:37 死海
デッド シー スパ リゾートのロビー。
ちなみにこのホテルは部屋も食事も良かった。
敷地が広く、レストランが遠くて迷いました。 -
1/23 15:48 死海
死海の浮遊体験は
ホテルのプライベートビーチでした。
死海は海抜マイナス430m。
地球上で最も低い場所にある塩湖で
通常の海水の約10倍という塩分濃度(約30%)。
生物は住めず。
水中で手足を上げるとプカプカ浮きます。
経験しているのとは違う浮遊感覚がおもしろいところ。
ツアー参加の皆さんは
死海の紹介写真でよく見られるような
雑誌を読みながら浮いている写真を撮るんだ
と頑張っていました。
ここは、ホテルの建物から、舗装された歩道を数分歩くだけ。
裸足でもゴム草履のような足元が固定しづらい履き物で歩きやすく。
以前、イスラエル側で死海に入った時は
ホテルから砂利道が長く、かなり歩きにくい思いをしたので
えらい違いだなあ、と。
この日は1月にもかかわらず、気温は19度。
標高がマイナス400mというのも気温の温かさに関係しているようです。 -
1/24 9:34 サルト
1/24午前は、
世界遺産の町サルト
と古代都市ジェラシュの観光でした。
写真はサルトという町のハマム通り。
地元の店が軒を並べ、果物や香辛料も売られ、市場のような雰囲気も。 -
1/24 9:37 サルト
サルト、ハマム通り。
ファラーフェルというコロッケみたいな食べ物。
ひよこ豆とかそら豆をつぶして香辛料を混ぜ、固めて油で揚げます。
中東の国々ではポピュラーなようです。 -
1/24 9:40 サルト
レモン。
私たちの知っているレモンとは全然違いますが
砕いて(たぶん中身)ご飯に入れるのだそう。 -
1/24 9:47 サルト
ハマム通りで有名なおばさん。
薄く伸ばしたパン生地を、左の丸いクッションの上でさらに成形し、
後ろにあった鉄板で焼いてました。
ガイドさんが試食させてくれました。
ほんのり塩味の素朴な味でした。 -
1/24 9:54 サルト
ハマム通りを抜けたところの、右手にあったモスク。
閉まってました(と言っても私たちは開いてても入れません)。 -
1/24 9:54 サルト
前の写真の教会とは別方向のサルト歴史博物館。
昔のお金持ちのお家を博物館にしたもので見学無料。
長細いアーチの窓がオスマン建築の特徴だそうです。 -
1/24 10:03 サルト
サルト歴史博物館の2階からの景色。
サルトは交易都市として栄えたが
高原にあるため、行き来がハードで
他の道ができてから廃れていったそう。 -
1/24 10:14 サルト
ハマム通りを戻る途中。 -
1/24 10:21 サルト
ハマム通り。
トマト運搬中でした。 -
1/24 11:21
サルトからジュラシュへ向かう途中のバスから。
緑が多くなりました。 -
1/24 11:37 ジェラシュ
ジェラシュに到着。
写真はハドリアヌスの門。 -
1/24 11:40 ジェラシュ
ジェラシュは、一言でいうと埋もれていた遺跡都市。
はるか向こうまで列柱が続き、その広大さが一目瞭然。
今も掘り起こしているそうです。
ローマ帝国の支配下で黄金時代を迎えた都市で
何世紀もの間、砂に埋もれていたが
ここ70年で発掘、修復が進められ、
丘の上の神殿、劇場、公共広場、浴場、噴水などが見られ
当時の地方ローマ都市の興隆ぶりを想像させてくれます。 -
1/24 11:41 ジェラシュ
ヒポロドームから。 -
1/24 11:52 ジェラシュ
-
1/24 11:55 ジェラシュ
ここから城壁。 -
1/24 11:57 ジェラシュ
フォーラム。
写真では分かりませんが楕円形の広場です。 -
1/24 11:57 ジェラシュ
正面が列柱通り。 -
1/24 11:59 ジェラシュ
ゼウス神殿。
右奥は劇場。 -
1/24 12:00 ジェラシュ
柱の間に見えているのがアルテミス神殿。 -
1/24 12:08 ジェラシュ
ゼウス神殿か劇場あたりの高いところから
フォーラムが。 -
1/24 12:14 ジェラシュ
劇場の中。
バグパイプの演奏がありました。
ヨルダンでなぜバグパイプ?と思ったら、
イギリス統治の時代の名残りだそう。 -
1/24 12:31 ジェラシュ
ちょっと歩いて、アルテミス神殿に来ました。
階段を降りている黒服の男性、
先ほどまで列柱のたもとに座っていました。
列柱、よく見るとつなぎめのところがずれたりしているので、
私だったら怖くて絶対そばに寄らないなあ、と。 -
1/24 12:32 ジェラシュ
列柱のつなぎめがズレてて
だるま落としのよう。 -
1/24 12:36 ジェラシュ
列柱通りを歩いて戻りました。 -
1/24 12:36 ジェラシュ
列柱の多さから
当時の繁栄ぶりが伺えます。 -
1/24 12:40 ジェラシュ
列柱通りから見えた別の通り。 -
1/24 13:35
昼食のレストラン。 -
1/24 13:35
レストラン内部。 -
1/24 13:52
昼食はヨルダンの伝統料理「マンサフ」。
牛肉の煮込みにヨーグルト風のソースがかかっています。
香辛料入りで苦手な私は全く食べられませんでした。
この後、アンマンへ向かいました。 -
1/24 16:12 アンマン
中央に見えているのがアンマンのローマ劇場跡。アンマン城塞から。
6,000人収容できたそうです。 -
1/24 16:18 アンマン城塞
2世紀のヘラクレス神殿の跡。
神殿にはヘラクレスの巨像があったと考えらています。 -
1/24 16:27 アンマン城塞
モスク跡。 -
1/24 16:28 アンマン城塞
ガイドさんはレセプションホールと。
ネットではウマイヤ朝の宮殿と。 -
1/24 16:30 アンマン城塞
-
1/24 16:34 アンマン城塞
ウマイヤ王朝の建物跡。 -
1/24 16:46 アンマン城塞
アンマンの街が一望できます。
街の真ん中に白い巨大なポールが。
国旗を掲揚するそう。
どのくらいの大きさの国旗なのかなあ? -
1/24 16:48 アンマン城塞
-
1/24 16:52 アンマン城塞
ヘラクレスの巨像で残った手らしいです。 -
16:53 アンマン城塞
ヨルダン考古学博物館。 -
16:59 アンマン
ヨルダン考古学博物館の展示物。 -
1/24 17:37 アンマン
床屋さん。移動のバスから。 -
1/24 17:43 アンマン
アンマン城塞から眺めたローマ円形劇場跡に来ました。 -
1/24 17:48 アンマン
しばらく街歩きに。 -
1/24 17:53 アンマン
香水の店。 -
1/24 17:55 アンマン
水タバコの店。 -
1/24 18:01 アンマン
デーツ(ナツメヤシ)の店。 -
1/24 18:02 アンマン
-
1/24 18:05 アンマン
香辛料の店。 -
1/24 18:07 アンマン
-
1/24 18:07 アンマン
-
1/24 18:11 アンマン
フセインモスク。
窓から中が見えるのでちょっと覗いてたら、
現地の男性が「中に入ってもいいよ、ノープロブレム」と。
もちろん入ったりはしなかったけど。
ヨルダンの人たちは、
寛容な人が多いみたい、というのが今回の旅の印象でした。
そんなに豊かな国ではないと思うけど、
周りの国やパレスチナからの難民をたくさん受け入れているそうです。
日本政府の援助があったから日本人にはいい印象を持っている
のかもしれません。 -
1/24 18:11 アンマン
モスクの塔と三日月。 -
1/24 18:19 アンマン
ヨルダンの伝統衣装の店。 -
1/24 18:25 アンマン
焼き栗。 -
1/24 18:27 アンマン
-
1/24 18:48 アンマン
夕食。
ケバブがメインでしたが、撮り忘れました
(かたまり肉が3個くらいお皿に載って提供されました)。
他の料理は珍しく4人くらいで取り分けて食べるものでした。
ビニール袋に入ったナンのようなパンがおいしかった。。
この後、アンマンの空港へ。
翌25日2時半(深夜です)の飛行機でドーハ乗換、
26日 1時(深夜です)羽田空港着。カタール航空(JALとの共同運航)の帰路のチケットを見せると無料になる平和島温泉で(バス送迎あり)お風呂に入り、朝、動き始めた電車で帰路に。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
126