2026/02/01 - 2026/02/01
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ゆきたびひろさん
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散歩記録です。週末などに、ウォーキングやランニング、サイクリングをします。すべては、健康増進と旅行する体力向上のためです。私の旅行スタイルでは、かなり歩きますから。いつものコースをウォーキングしたのですけど、今回、投稿させていただいたのは、約5年ぶりに携帯電話を機種変更したからです。頑張って、Google Pixel 10 Proにしました!!!うれしさのあまり、パシャパシャ写真をとりまくりました。地元には魅力的なコースがたくさんあります。その一つを投稿させていただきました。
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JR三津浜駅です。JR予讃線の駅です。
三津浜駅 駅
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予讃線8000系のアンパンマン列車。列車の背景には、ポンジュース工場の看板も見えます。ポンジュースは、オレンジ果汁と愛媛県産温州みかん果汁をブレンドしています。オレンジの爽やかな酸味と、みかんの深い甘みが合わさることで、おいしいジュースになっています。
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こちらは、伊予鉄道の三津駅です。
三津駅 駅
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松山の「海の玄関口」として栄えた歴史ある港町、三津浜地区を歩きます。
三津浜商店街 市場・商店街
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三津浜エリアは、戦災を免れた明治・大正時代の古い建物が残り、近年はそれらをリノベーションしたおしゃれなカフェやショップが増えている人気の散策エリアです。
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古民家三津浜旅館です。
古民家 三津浜旅館 宿・ホテル
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旧濱田医院です。1923年(大正12年)に産婦人科医院として建てられました。当時としては非常にモダンな洋館で、街の憧れの存在でした。医院が閉まった後、十数年以上も空き家となり、一時は「お化け屋敷」と呼ばれるほど朽ち果てていました。しかし、2014年から地元の有志や大学生、専門家が協力してリノベーションを開始。当時の面影を大切に残しながら、2016年に「古民家デパート」として見事に再生されました。
旧濱田医院 名所・史跡
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土壁が残る路地を通ります。
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海に出ました。瀬戸内海です。松山第2埠頭周辺の様子です。
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松山市公設水産地方卸売市場です。
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ここにも正岡子規句碑があります。瀬戸の小魚 松山鮓(まつやまずし)」の碑です。石碑には、正岡子規が詠んだとされる「われに法あり 君をもてなす もぶり鮓(ずし)親しやかにな 鮮の味 われ愛す わが豫州(よしゅう) 松の鮓」が記されています。これは、子規が親友の夏目漱石を松山で迎えた際、母の八重さんが作った「もぶり鮓(松山鮓)」でもてなしたエピソードにちなんでいます。
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三津浜港フェリーターミナルです。三津浜港は、鎌倉時代から、伊予水軍の拠点でした。1603年、松山城に移った加藤嘉明が水軍の拠点としました。寛永年間には、松山藩松平初代藩主定行が、町奉行を置き、参勤交代の御用船の本拠としてから、物や魚の集散する松山藩の外港になりました。明治になると、三津浜町は、商工業も発展し、汽船の出入りする四国一の商取引所になりました。
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三津浜港フェリーターミナル前には、正岡子規が詠んだ句「十一人一人(いちにん)になりて秋の暮」が刻まれている石碑(旅立ちの碑があります。明治28年(1895年)10月、病気療養のため松山の夏目漱石の下に身を寄せていた子規が、再び東京へ向けて旅立つ際に、三津浜港で詠んだ句です。松山を離れる際、見送りに来た大勢の友人たち(十一人)が一人去り二人去り、最後には船に乗る自分一人になった寂しさと、秋の暮れの物悲しさを表現しています。
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ここからは、山口県柳井市の「柳井港」へ行く防予(ぼうよ)フェリーや中島の島々へ行くフェリーが出ています。
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秋祭りに使われる神輿が展示されています。
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ちょうど船が着きました。
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この船は中島汽船です。「東線」および「西線」があり、中島(大浦・西中)や周辺の島々(睦月島、野忽那島、釣島、怒和島など)を結ぶ船が発着しています。
中島汽船 乗り物
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これは救急艇です。離島の医療のための船で、救急車を乗せます。
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右側の建物は、石崎汽船旧本社です。国登録有形文化財です。
石崎汽船旧本社 名所・史跡
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旧鈴木邸です。明治時代から大正時代にかけて「真綿(まわた)」の卸問屋として栄えた鈴木家の邸宅で国登録有形文化財にもなっています。
旧鈴木邸 CHAYA グルメ・レストラン
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三津浜焼きののぼりが見えます。三津浜焼きとは、港町らしく「ちくわ」や「魚粉」を使い、そばやうどんに味付けをして二つ折りにした、独自のお好み焼きです。約30軒ものお店があり、食べ歩きも人気です。
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鯛メシ専門鯛やです。この建物も国登録有形文化財です。
鯛メシ専門 鯛や グルメ・レストラン
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「三津の渡し」壁画です。
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三津浜には、多くの漁船や遊漁船が並びます。
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三津浜沖では、タイ(真鯛)、ハマチ、タチウオ、アジ、メバルなどが釣れ、人気です。
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三津の渡しです。
三津の渡し 乗り物
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これは、単なる観光用の船ではなく、「松山市道高浜2号線(海の公道)」の一部という、非常に珍しい存在です。
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料金は無料(市道なので誰でもタダで乗れます)。運行時間は7:00~19:00(年中無休、荒天時は欠航)。所要時間は約2分です。距離は約80mで、日本最短級の渡し船です。定期的な時刻表はありません。乗り場に行って、船が対岸にいる場合は呼び鈴を鳴らすか、手を振って合図すると迎えに来てくれます。
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室町時代(1467年頃)に、伊予守河野通春(みちはる)が港山城主の時、お城の兵隊に食料を運ぶために始まったと言われています。1663年、松山藩主が洲崎の魚市場を正式に定めたことで商人などでにぎわい、頻繁に利用されました。江戸時代には小林一茶が、明治時代には正岡子規や夏目漱石も、この船に乗って対岸へ渡った記録が残っています。大正の初めころまでは小舟を水竿で操り、その後、手漕ぎ時代が長く続き、昭和45年にエンジン付きの渡船になりました。
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今でも地元の学生や住民の皆さん、観光客が乗り込む姿が見られます。自転車を乗せることができるので、サイクリングでこの付近を走る時は、自転車も乗せます。
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約2分の船旅?を楽しみます。
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港山城跡(標高約50m)です。
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港山側に着きました。
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海沿いを歩きます。今日は北西の風が強く、瀬戸内海にしては波があります。
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左奥に見えるのは、興居島(ごごしま)です。
興居島 自然・景勝地
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おしゃれなカフェ「ブエナビスタ」があります。
ブエナビスタ グルメ・レストラン
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栽松碑(さいしょうひ)と呼ばれるものです。これは、明治42(1909)年、伊藤博文および有志の寄付を得て、松の種をまき育てられたものです。伊藤博文のルーツ(先祖)が松山にあるという歴史的背景が関係しています。戦国時代、松山市桑原地区にあった湯築城主・河野通直(こうのみちなお)の家臣に、林淡路守通起(はやしあわじのかみみちおき)という人物がいました。豊臣秀吉の四国征伐で、河野氏が敗れた際、林氏は山口県へと移り住みました。その林氏の11代目の子孫が「林利助(りすけ)」、のちの伊藤博文です。彼は父が伊藤家の養子となったことで伊藤姓を名乗ることになりました。伊藤博文が、明治42年(1909年)に松山の道後温泉を訪れた際、「ここは私の先祖の故郷である」と演説し、翌年には親族を集めて先祖(林淡路守通起)の300回忌をしたいと語っていました。しかし、同年10月にハルビン駅で暗殺されたため、再来は叶いませんでした。
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松山出身の海軍軍人、秋山真之(あきやまさねゆき)の銅像です。秋山真之と秋山好古、正岡子規の三人は、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公として描かれています。秋山真之(1868年~1918年)は、明治から大正にかけて活躍した、日本海軍の参謀です。松山藩士・秋山久敬の五男として、現在の松山市歩行町(かちまち)に生まれました。秋山好古(よしふる)は実の兄です。15歳で上京し、親友の正岡子規と同居していました。明治19年、海軍兵学校に入学し、首席で卒業しました。日清戦争を経てアメリカへ留学し、近代的な海軍戦術(マハン戦術)を学びました。そして、日露戦争では、東郷平八郎司令長官のもと、作戦主任参謀として活躍しました。日本海海戦では、伊予水軍に伝わるといわれる「丁字戦法(ていじせんぽう)」を駆使してバルチック艦隊を撃滅し、戦局を決定づけました。有名な「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ各員一層奮励努力セヨ」というZ旗の文言は、真之が作ったものです。大正6年に中将に進みましたが、翌年、病気のため亡くなりました。この像は、日本海海戦が行われた対馬海峡方面(西北西)を向いています。
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この銅像は、秋山好古(あきやまよしふる)です。「日本騎兵の父」と呼ばれる陸軍軍人です。秋山久敬の三男として生まれました。真之の実兄です。陸軍士官学校・陸軍大学校を経て騎兵科を志し、フランスへ留学しました。日露戦争では騎兵第一旅団長として、世界最強といわれたコサック騎兵と戦い、大功を挙げました。のちに大将となり、朝鮮軍司令官や教育総監などの要職を歴任しました。退役後は、乞われて北予中学(現・松山北高)の校長となり、後進の育成に尽力しました。この像は昭和45年に再建されたもので、日露戦争の主戦場であった満州方面(北)を向いています。
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伊予鉄道高浜線の梅津寺駅(ばいしんじ)です。1899年(明治32年)に臨時駅として開業し、1931年(昭和6年)に常設駅となりました。当駅と隣の高浜駅の間は、戦時中の資材供出のために単線化された歴史があり、現在もその遺構を見ることができます。
梅津寺駅 駅
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「海に最も近い駅」の一つとして知られる絶景スポットです。現在、梅津寺駅は無人駅となっていますが、夕暮れ時には美しい夕日が見られるフォトスポットとしても人気です。
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ホームのすぐ裏側が砂浜(旧梅津寺海水浴場)になっており、瀬戸内海の穏やかな景色を間近に楽しめます。ホームのベンチに座って海を眺めることができ、「日本の絶景駅」の一つにも数えられています。
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1991年に大ヒットしたドラマ「東京ラブストーリー」の聖地でもあります。最終回ロケ地として非常に有名です。
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海沿いを伊予鉄道が走ります。
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観光客もいます。
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駅から見た梅津寺海岸の眺めです。
梅津寺海岸 自然・景勝地
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梅津寺公園は、かつての遊園地跡で、現在は梅や桜の名所として親しまれており、坊っちゃん列車の実物展示などもあります。
梅津寺公園 公園・植物園
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みきゃんパーク梅津寺です。梅津寺駅のすぐ隣にあり、愛媛県産かんきつの加工工程を見学したり、みかんジュースやスイーツを楽しんだりできます。約3時間30分、15㎞のウォーキングでした。今回も拙い投稿、最後までご覧いただき、申し訳ございません。ありがとうございました。
みきゃんパーク梅津寺 カフェ グルメ・レストラン
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